第十七話 布教と報告
第十七話 布教と報告
「大変だったね、2人とも」
喫茶『アルフ』へと報告に向かえば、マスターが眉を『八』の字にして出迎えてくれた。
口元には安堵の笑みが浮かんでおり、本気で心配してくれていたのだという事がわかる。
「報告書は明日で良いから、今日はゆっくりしてね。今、コーヒーを淹れてくるから」
「あ、はい。ありがとうございます。でも、魔石だけ先に……」
「ああ、そうだったそうだった。ごめんね?」
パタパタとカウンターの向こうへ行こうとしたマスターが、慌てて戻ってくる。
基本的に、冒険者はダンジョンへ行った後クランへ向かい、報告と共に魔石を提出するのが決まりだ。その際に、報告書も書く事になっている。
報告書と言っても用紙1枚分だが。それでも、今日は先送りにしたかった。
「いやー。2人とも無事で何より。あーしもお祖母ちゃんも心配したんグステン」
「それは、どうも……いや今のはもうギャル語というより、オヤジギャグでは?」
「やめてくれオタク君。その言葉はマジで効く」
璃子先輩が若干遠い目をした後、大袈裟に咳払いをする。
「おっほん!ま、無事で安心したのは本当だよ。ボスモンスターなんて滅多に遭遇するもんじゃないのに、運が悪いねー、2人とも」
「まあ……はい」
「そんなに、ボスモンスターとの遭遇率は低いものなのですか?」
小鳥遊さんが、不思議そうに首を傾げる。
「え?さあ……講習会で、そう簡単に遭遇する事はないって聞いたけど」
「あーしも。お祖母ちゃんすら、1年間冒険者やっていて、見かけたのは1回だけって言っていたよ」
「そう、なのですか」
どこか納得した様な、していない様な顔で頷く小鳥遊さん。
未来では、ボスモンスターがその辺を歩いていても珍しくないのだろうか。つくづく恐ろしい世界である。
「お待たせ。ミルクと砂糖もここに置くね」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。いただきます、マスター」
「うん。召し上がれ」
柔らかく微笑むマスターに礼を言い、砂糖とミルクを入れる。小鳥遊さんは、流石に前の様な『コーヒー味の砂糖』にしない様だ。
それでも、かなり多めに砂糖を入れているけど。
「そして美由っち。あーしからはこれだ……!」
何故かドヤ顔で、璃子先輩が小鳥遊さんの前に紙袋を置く。
「へっへっへ。例のブツだぜ。今どの辺りまでヤってんだい……?」
ギャルじゃなくてギャングじゃねぇか。キャラぶれてんぞ。
……会う度にブレているから、むしろ変わらないな、この人。
「はい。現在仮面ラ●ダーク●ガは、26話まで視聴しました」
「ふっ、もう折り返しか……やはり見どころしかねぇぜ、美由っち。流石あーしが見込んだ女だ」
「ありがとうございます。全部見終わったらお返しします」
「おうよ。その袋にはア●トが入っている。クウ●を見終わった後に、見始めると良い……!」
「なに布教してんですか、貴女」
思わずジトっとした目を向けると、璃子先輩は顎に指をあて、目をキラリと輝かせた。
「いやいや。これは美由っちの人生に彩りを与えようっていう、あーしの優しさよ。や・さ・し・さ。ドラ●もんも知らないって事だから、もしやと思ったけど……仮面ラ●ダーを見ていないとか、人生の9割損しているね」
「全人口の何割の人生否定したんですか、貴女」
「だぁまっらしゃい!クウ●は漢の義務教育じゃろうが!」
「貴女も小鳥遊さんも女性では……」
「心のチ●ポの話をしているんだよ、メスお兄ちゃん!」
「璃子」
「あふん!」
ぽん、と。璃子先輩の頭にマスターがお盆を置く。
「お店で、そういう事を言うのは禁止。あと、メス……とか言うのも、失礼だからね。ちゃんとごめんなさいして」
「あい。ごめんなさい」
少しだけ頬を赤くしたマスターが、そそくさとカウンターの向こうに戻っていく。
「……璃子先輩。まさか、乙女度でマスターに負けているんじゃ……」
「お、乙女度に勝ち負けなんてねぇぜオタク君。もーまんたいもーまんたい。あーしは生粋のギャル。今日もナイトプールへいつか行った時に備え、お風呂でイメトレさ」
「あ、行った事はないんですね」
「タメだからな、あーしら。未成年がそういう所行くの駄目だよマジで」
「そうですね」
真顔で正論を言ってくる璃子先輩に、こちらも真顔で頷く。
この変人、真面目なのかそうじゃないのかどっちなのだろうか。
「話は戻るけど、仮面●イダーは、その中でも●ウガはあーしの最推しだぜ!存分にあの日常の中に非日常が混ざっていく感覚を、そして人の心の輝きを見届けるんだ美由っち!」
「はい。とても良い作品だと思います」
「ふっ……また迷える子羊ちゃんを、目覚めさせちまったぜぃ……!」
「……思いっきり布教だし、やはり自分をギャルだと思い込んでいるオタクなのでは?」
「ちっがぁーう!あーしはギャルなんだ!誰が何と言おうとギャルなんだ!なんだかんだ!」
「何がなんだかんだ……?」
「つうかオタク君!もっとあーしに優しくされようとしようぜ!?ずっと他人行儀じゃん!?タメなんだしせめて敬語はずそうぜおい!?」
「え……いや、それは恥ずかしいし……」
「ここまで雑な言葉のキャッチボールしているのに、そこはシャイなの何で……?」
それはね。対ボケの経験は中学時代までに結構してきたけど、対女子の経験は皆無だからだよ。
小鳥遊さんと璃子先輩との会話で、既に『ここまでの人生における同世代の女子と話した合計時間』を上回っている可能性が高い。
どれだけ思い出そうとしても、クラスの女子と楽しく会話した記憶がねぇ。
もう、僕は十分貴女に優しくしてもらっていますよ、璃子先輩……。
「こいつ、なんて悲しい目をしていやがる……まるで喜びを知らずに育った少年兵みてぇだ……」
「…………」
「そしてこっちの子は、少年兵が平和な国で幸せを見つけたみたいな目でBDのパッケージを見ていやがる……」
微妙に正解をかすめてくるな、この人。
たしかに、無言ながら小鳥遊さんは待ちきれないとばかりに紙袋の中を覗いている。相変わらず表情にほとんど変化はないが、頬を少しだけ赤くし、瞳をキラキラとさせていた。
小鳥遊さんは自分達の視線に気づいたのか、慌てて背筋を伸ばす。
急に動かないで頂きたい。オッパイがボインボインします。
「し、失礼しました。何でしょうか」
「いいんじゃ……いいんじゃよ、美由っち。君の将来を、あーしは楽しみにしているよ……」
胸の下で腕を組み、感慨深げに頷く璃子先輩。
強調された彼女の大きめの膨らみから気合で目を逸らし、コーヒーを飲む。
美味しい。自分も、小鳥遊さん程ではないがそこそこ砂糖を入れるタイプだ。コーヒーの香りと、口の中に広がる甘さが幸せを運んでくれる気がした。
「お祖母ちゃんのコーヒー、美味しいでしょう」
こちらの表情を読んだのか、はたまた無意識に吐息が出てしまったのか。
璃子先輩は自慢気な笑みを浮かべ、自分を見ている。
「近所でも評判なんだよー。まあ、異能者になって少しお客さんは減っちゃったけど。それでも、『私』の自慢なんだー」
「……そう、なんですね。何となく、わかる気がします」
「でしょー?ちなみに、個人的に1番好みなのはエスプレッソ。直火のやつ。ミルクは入れずに、代わりに砂糖多めに入れるのが好きだなー。香りよし、味よし。アレをチビチビ飲むのが、好きなんだよねー」
へらっとした、力の抜けた笑顔。
そんな顔で語る孫に、視界の端でマスターが赤くなった耳をピコピコとさせている。
分かってはいたが、仲良しだな。この祖母と孫。
「あっ!ちなみに『エスプレッソはカフェインが少ない』ってのはデマね。普通に入っているよ。でもねー。それがむしろ元気をくれるって言うか。いや、味が好みってのが1番だし、作っている光景もなんか好きでさー」
「璃子。その、お皿洗うの手伝って」
「おっと。こいつぁいっけねぇ。じゃあなお二人さん!ごゆっくりー」
恥ずかしさに耐え切れなかったのか、マスターが少しどもりながら璃子先輩を呼んだ。
ひらりとメイド服のスカートを揺らしてカウンターに駆けていく姿を、つい目で追ってしまう。
……うん。
璃子先輩が似非ギャルを辞めた場合、自分はまともに会話出来ない気がしてきた。
何と言えば良いのか。女子力……いや乙女力……?兎に角、『魅力的な異性』度が増すので、緊張で口が重くなる。
気安い距離感でありながら、魅力的な異性でもあるという、『オタクに優しいギャル』の極致に近いのかもしれない。
璃子先輩……恐ろしい子……!
「そう言えば、マスター」
勝手に戦慄している自分を余所に、小鳥遊さんがマスターに声をかけた。
彼女は椅子から立ち上がり、ピンと背筋を伸ばす。
「どうしたのかな、小鳥遊ちゃん。あ、お代わり?」
「いえ。報告書は明日でも良いとの事ですが、先にお伝えしたい事が」
そこで一拍置いた後、小鳥遊さんが胸を張った。
「ボスモンスターの接近を感知する直前の戦闘にて、私の霊格が上昇しました」
「え、そうなの?おめでとう!」
少し誇らしげな小鳥遊さんに、マスターが満面の笑みを浮かべる。
なるほど。確かに、言われてみれば彼女の魔力量が少し上がっている気がした。
「おー、おめっとさん」
「おめでとう、小鳥遊さん」
「はい。ありがとうございます」
「にしても、初レベルアップちょい遅かったっね。逆にオタク君のレベルアップは早かったから、こいつ他人の経験値吸う異能でも持ってんのかと疑っちゃったよ」
「いや持っていませんよ、そんな異能」
冗談だと言って、ケラケラと笑う璃子先輩。異能というやつは何でも有りなので、洒落に聞こえないから勘弁してほしい。とんでもない冤罪である。
だが、そう言われるとちょっとだけ不安になってきた。小鳥遊さんは、こちらが提供したスクロールを使い戦闘している。もしかしたら、それが影響して魔物を倒した時の魔力が自分へ多く流れているのかも……。
理論上そんな事は有り得ないのだが、可能性に0はない。彼女の妙に遅い霊格の成長の原因が思いつかず、背中に冷や汗が流れる。
「いえ。矢広さんは関係ありません」
しかし自分達の疑念を、小鳥遊さんはキッパリと否定する。
そして。
「原因は分かっています。問題ありません」
その瞳が、一瞬だけ揺れた様に思えた。
読んでいただきありがとうございます。
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『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿しましたので、そちらも見て頂ければ幸いです。




