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捜索×令嬢  作者: 神木 有
第二章 ~婚約者はイケメン竜騎士でしたが、簡単に心は許しません!~
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 部屋に帰るとマリーはすでに戻ってきていて、勝手に外出していたことを怒られた。そしてアンジュの口からラウンジでの顛末を報告するとさらに怒られた。

 ただしドラクーリエ伯爵と知己を得たことについては好意的に受け止めてくれた。どうやらグレインディール公爵家と伯爵家は親密でこそないが、先の戦争ではともに最前線で戦ったこともあり、互いに敬意を抱き合う関係であるという。特に当代であるヨハン氏は自ら戦場に立ち軍を指揮していたとのことで、この身体の父である公爵もその手腕と勇気を高く評価していたとのことだった。

「そのご縁を大切になさいませ。まだお若い辺境伯閣下とお嬢さま、おふたりの心強い後ろ盾ともなってくださいましょう」

 もちろんわたしもそのつもりだった。頼るつもりはなくとも、とでも興味を惹かれる人物であることは確かだ。この世界を深く知るためにも、彼の話を聞く機会はもっと持ちたいものだ。

 やっとお説教から解放されて寝室に入ったときには、すでに深夜を回ってしまっていた。そうしてお嬢さまとしての髪の手入れも肌のケアもお構いなしに、そのまま柔らかいベッドに倒れ込む。実はお説教の途中から、強烈な睡魔に襲われていたのだった。だから正直、マリーの小言は半分も耳に入っていなかった。旅の疲れもあるのだろうが、軟弱になったものだ。かつては張り込みのときなど、二徹三徹も平気だったのに。

 それにしても、と朦朧とした頭で考える。フィールズ一家の背後にいる存在。先日の一軒の黒幕。帝国。二十年前に終わったはずなのに、ひそかに続いている戦争。まだわからないことばかりだ。

 戦争のことについては、公爵邸の書庫でも調べられる限りのことは調べたつもりだった。しかし肝心の、帝国とはどのような国なのか、いったい何を求めて闘っていたのかということについては、どの記録にもまったく書かれていなかった。それはいっそ、不自然なくらいに。

ーー彼らはただ、私たちのような存在を認められないだけです。

 伯爵の言葉が頭に蘇る。その「私たちのような存在」とは、彼と同じヴァンパイアのことか。あるいはわたしも含めこの王国に住むすべての人間のことか。しかしどうして認められないのか。王国が彼ら帝国にいったい何をしたというのだろうか。

「わたしは、まだ……何も知らない」

 あらためてそう思い知らされた。この世界を知り、元いた世界へと帰る方法を見つけ出す。その道行きは、まだまだ遠いようだった。



 そうして、いよいよ襲爵式の日となった。その日は朝からマリーがわたしに付きっ切りで、花弁を敷き詰めた風呂に入れられたり髪に香を焚き込まれたり、徹底的に磨き上げられた。

 領地にいたときには着たこともなかった上等なドレスまで用意されていて、初めてコルセットまで着けた。息をするのがようやっとというくらいまで胴を締め上げられ、やっと身支度が終わったときには、窓の外はもう日が傾きはじめていた。いやはや、お貴族さまというのは本当に大変だ。

「お嬢さま……お綺麗です」

 そう言われて、運ばれてきた大きな姿見を見る。そこに写ったわたしは、なるほど確かに別人だった。過剰に装飾的で機能美のないドレス。どこのキャバクラ嬢だとばかりに盛り盛りに盛った髪。それこそ出来の悪い着せ替え人形めいていて、服に着られている感が半端ない。

 それでもまあ、ハレの場というものはこのくらい派手派手しくするものなのだろうと納得するしかなかった。とにかく、ひと晩だけの辛抱だ。今夜はこれでお人形さまよろしく、ただ黙って笑ってやり過ごすのがお役目。これもまた、ヴァイオレットという少女の身体を借りている以上は果たさなくてはならない義務である。

 そうして迎えの馬車で辺境伯邸へと向かった。式典はすでに始まっているようで、どうやらわたしの入場はその最後であるらしい。めでたく新辺境伯となった当主が、満を持して自分の婚約者を皆に披露するのだとか。いやいい晒しものだな、と気が重くなる。

 辺境伯邸へは馬車で五分もかからなかった。そんくらいなら歩けばいいだろうにと思ったが、それでも仰々しく馬車を使うのが貴族の格式というものなのか。正門をくぐって広い中庭を横切り、式典の行われている本程の正面玄関前で馬車は止まり、御者たちが恭しく扉を開いた。

「行ってらっしゃいませ。私どもがご一緒できるのはここまでですので」

 そう言って、マリーとアンジュは馬車の傍で頭を下げた。どうやらここから先は、わたしひとりで行かなくてはならないらしい。さすがに心細さを覚えてふたりを振り返ると、マリーは励ますように頷き、アンジュは先輩メイドから見えないように身体の陰で親指を立てて見せた。まったくふたりとも、他人事だと思って勝手なものだ。

「それではお嬢さま、どうぞこちらへ」

 聞き覚えのある声がして顔を上げると、出迎えに現れたのは昨日会ったばかりの騎士ローエだった。ここからは、彼の先導で式場に向かうらしい。

「それにしても……また、見違えましたな」

「笑ってくれてもいいのよ。お仕着せだって自分でもわかってるから」

「いえ、お綺麗ですよ。それでは参りましょうか」

 こちらとしても、昨夜会ったばかりとはいえ見知った顔がいてくれていくらか気が楽だった。もしかしてそれもあって、わたしの案内に名乗り出てくれたのだろうか。

 そうしてふと、昨夜彼が言いかけたことを思い出した。まあ微妙に嫌な予感を呼び起こす言葉ではあったが、今は気にしないでおこう。

 ローエと部下の騎士たちに付き添われながら、緩やかに湾曲した廊下を進んで行く。この廊下はは半地下になった円形のレセプションルームを取り囲む回廊のようなものなのか、やや下から拍手や人のざわめきが漏れ聞こえてくる。どうやら来場者はなかなかの人数らしい。

「硬くなることはありませんよ。私たちトゥドールの者はみなヴァイオレットさまを歓迎しております」

「まあ、そりゃこんなんでも一応公爵家のご令嬢なんで?」

「違いますよ」と、棋士は白い歯を見せて笑った。「グレインディールを陰謀から救った英雄として、です。先のご活躍は、この地でも大変な話題でしたから」

 返す笑顔が引き攣った。いったいどんなお転婆だと伝わっていることか。

「あの件がどう伝わってるかは知らないけど、別にわたしが何かしたわけではないわ。グレインディール騎士団とウォレン兄弟(ブラザース)、それとあの町のみんなが頑張った結果よ」

 そうは言っても、ローエは微笑んだまま頷くだけだった。

 そうしてわたしたちはようやく、騎士たちの背丈の倍近くはありそうな両開きの扉の前にたどり着いた。すでに厳粛な式典は終わり、レセプションと歓談の時間に移っているのだろう。先ほどよりはっきりと、軽快な音楽や来賓たちのざわめきが聞こえてくる。

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