35
わたしたちは再び、暗い地下道を列になって進んでいた。先頭には案内役としてウォレンが立ち、わたしがそのあとに続く。最後尾はマリーとアンジュがふたりで固めていた。そして、わたしの後ろにはもうひとり。
「あなたはお兄さまのところに残っていてもよかったのよ、エドガー」
「……いえ」、ワッツは少し頼りなさげに声を震わせながら、それでもきっぱりと答えた。「私もご一緒します。これでも、騎士団の一員ですから」
しかしその言葉をあざ笑うように、ウォレンはまた「ひひっ」と喉を鳴らす。
「威勢だけはいいが、足を引っ張るんじゃねえぞ。何しろこの人数だ、誰もお前のことなんか守ってやれねえからな」
つまり自分の身は自分で守れと。それはわたしに対しての言葉でもあるのだろう。もちろん、それは承知の上だった。
けれど、ワッツが同行してくれることは正直ありがたい。もしわたしの推理通り大聖堂にシンボルがあっても、どうやって破壊するのかの目処も立っていない。とにかくまず現物を見て、あとは出たとこ勝負だ。それには、彼の魔術の知識は頼もしかった。
「それはあなたも同じでしょう、マーカス。よかったの、全員陽動に行かせちゃって。護衛に何人かは残しておいたほうがよかったんじゃない?」
「必要ない」と、その声は背後から聞こえた。アンジュだった。「親父はあたしが守る。ひとりで十分だ」
「……ちっ」
と、ウォレンは小さく舌打ちをした。
「お前に守られるほど錆ついちゃいねえよ。いいからお前は、そこのお嬢さまに張り付いてろ」
おや、と訝しく思った。ウォレンのその返事は、言葉遣いこそ相変わらずだが、不思議といつものせせら笑うような響きはなかった。アンジュのまっすぐな言葉に、なんだか照れてでもいるみたいだ。
大聖堂の地下には、公爵邸のと同じような広間があった。おそらくは神官たちもここで礼服を着替え、一般人に紛れて外へ出られるように用意するのだろう。
しかしその広間も、今は人の姿はなかった。神官たちから地下道の存在を知らされていれば、ここにも見張りを置いているかもしれないと警戒したのだが、どうやら杞憂だったらしい。
それでも、ごく最近に人が出入りしていたと思われる形跡はあった。おまけに聖教会には似つかわしくない剣や防具が備えられていて、何やらものものしい雰囲気だ。
「ほらよ、お嬢さま。あんたも心得はあるんだろう?」
ウォレンはそう言って、長剣のひとつをわたしに差し出してきた。
「あんたの兄貴の結界が生きてるうちは、ご自慢の魔術も使えねえ。身を守るためにも必要だぜ」
そう言えばそうだった。ならば丸腰は心許ないので、素直に長剣を受け取る。品としてはあまりいいものではないが、それでもないよりマシだ。
マリーとワッツも、それぞれ置かれていた武具を手にする。ただしアンジュだけは自前の短剣があれば十分と、興味を示さなかった。
「さてと、どうかね。あんたの推測が外れて、誰もいないようなら最初からやり直しだが?」
「いいから行くわよ。時間はあまりないわ」
わたしがそう急かすと、ウォレンは大げさに肩をすくめて見せた。そうして広間の隅に吊るされた縄梯子を伝い上がって行く。
上り切った先はまた暗闇だった。目を凝らすと、積み上げられた木箱や布の掛かった調度品などが並べられているのがわかる。おそらくは祭具などを収納している倉庫なのだろう。やはり人気はなかった。けれど外からは、確かに何かの気配が伝わってくる。人の声、足音。そして剣が交わる金属音。
奥にわずかな光が差し込んでくる小窓があり、足元に気を付けながら近付いて行った。そして気付かれぬよう身を隠しながら外を伺うと、口々に何かを叫びながら走り回る男たちが見えた。神官とも、改修工事を請け負う職人たちとも見えない。明らかにならず者の風体だった。おそらくはフィールズ一家、ヴォロヴィッツの配下の者たちだろう。
「どうやら、賭けはあんたの勝ちのようだな」
「そうね。あなたのところの人たちも頑張ってくれてるみたいね」
どうやら彼らも突然のザールたちとの交戦で手一杯で、わたしたちが侵入したことにはまだ気付いていないようだった。その上ここは大聖堂前広場から少し奥まったところの倉庫らしく、彼らからほとんど目につかない。
「で、算段はまとまったかい。どうやって広場のシンボルをぶっ壊す?」
わたしは目を巡らせて、闇の中にワッツの姿を探す。
「エドガー。シンボルは一部でも壊せば術式は発動しないのよね?」
「そのはずです」と、ワッツは答える。「ただ正直、どの程度壊せばいいのかはわかりません。シンボルが描かれた石畳に、少し傷をつけたくらいでは影響はないでしょうし……最低でも、数メートル分は消さないと」
何かペンキみたいなものをぶち撒けるにしても、それなりの量は必要ということか。しかしそんなものを今から用意するのは難しい。
ではどうするか。そう思案しながら、また小窓の外に目を向けた。ちらちらと揺れる遠い篝火。その向こうにぼんやりと浮かび上がる大聖堂。
頭上の重たい圧力は、なおも感じていた。発動しようというアルカロンと、兄の結界がせめぎ合って夜気を軋ませている。しかしそれも、徐々に不安定になりつつあった。結界が押されているのか、術式が発動する前に空気の密度が増すように感じる感覚が、だんだん短くなっている。
「……まずい」と、ワッツが虚空を見上げてつぶやいた。「もうあまり猶予はないかもしれません」
おそらく彼には、わたしにも見えない何かが見えているのだろう。
「あとどのくらい持ちそう?」
「わかりません。あと十分か、一分か。それも、アルフォンスさま次第でしょう」
つまり今この瞬間にも、結界が破られてもおかしくないということか。なら、迷っている時間はない。
わたしは小窓の向こう、広場を斜に横切った先にある大聖堂と、その上にそびえる尖塔を指差した。
「あの上に登るわ。手伝ってくれる?」
「何をする気だ?」
「悪いけど、細かく説明してる時間はない。とにかくわたしを信じて。あそこの上までわたしを連れて行ってくれたら、必ず何とかしてみせる」
尖塔の最上階までとは言わないが、できる限り高く。思い付いたのは策とも呼べない力業だが、それが不可欠だった。勝負は兄の結界が破られてから、アルカロンの術式が発動するまでのわずかな間。そのときどれだけ高い場所に陣取っていられるかが分かれ目だ。
「承知いたしました、お嬢さま」
即座にそう答えたのはマリーだった。続いて、ワッツとアンジュも頷く。
「何を思いついたのかは知らないけど、それに賭けるしかなさそうだしね」
そのアンジュの言葉に、ウォレンも仕方ないと言うように首を縦に振った。
「いいさ、何でも好きにすればいい。こっちは雇われの身だ」




