第2章 ちくちく、ふわり、少しずつ
その日も、屋根裏部屋に春のような光が差し込んでいた。エリスは机の前に座り、白地に薄桃色の花を刺繍していた。そして――その隣に、レオンがいた。
「……こうして見ると、君って手がすごく細いな」
「作業の邪魔です」
「ごめんごめん。静かにしてる……よし」
彼は糸を選びながら、手元の小さな布端を縫っていた。指の動きは器用で、エリスは思わず見とれる。
「本当に……裁縫、慣れてるんですね」
「うん。母さんが好きでさ。ちょっとだけ教わってた。……貴族の男の子には珍しいって、よく言われるけど」
「……別に、悪くないと思います」
ぽつりと返した自分の声に、エリスは驚いた。以前の自分なら、何も言わず黙っていたはずなのに。
チク、チク、チク――針の音が、ふたりの間に静かに流れる。
「……エリス」
「なんですか?」
「前から思ってたけど、君って……静かなのに、なんか、強いよね」
「……それは、褒めてますか?」
「もちろん。僕、たぶん君みたいにひとりじゃ頑張れないから」
エリスは目を伏せた。
“ひとりじゃ頑張れない”と言ったその声が、どこか少し、寂しそうに聞こえたから。
そうして黙々と作業を続けていたとき――
「エリスさまー!」
使用人の呼び声に、ふたりが顔を上げる。
扉が開くと、弾けるような笑顔の少女が飛び込んできた。
「ミーナ・フロラです! 今日、お父さまに連れられてご挨拶に来ました!」
小柄な商家の娘。明るい金髪を揺らしながら、まるで春風のように部屋に入り込んでくる。
「これ、わたしがずっと持ってた小物入れなんですけど……エリスさまが縫ったって聞いて……!」
彼女が差し出したのは、刺繍入りのリボン袋。数ヶ月前、使用人に頼まれて縫った品だった。
「ほんっとうに可愛くて……大好きです!」
ミーナの目は、心からの“好き”で輝いていた。
エリスは、少しだけ頬を赤らめた。こんなふうに、まっすぐに褒められるのは初めてだった。
「わたし、ドレスも見てみたいです! エリスさまの作ったもの、絶対すてきだと思うんです」
「……よければ、見ていきますか?」