第3章 アナスタシアは完璧で退屈だった
ミーナがエリスの部屋に駆け込んできたのは、ある晴れた午後のことだった。
彼女の手には、雑誌の切り抜きが握られていた。
「見てください、エリスさま! これ、絶対エリスさまのドレスじゃないですか?」
その紙面には、社交界の若手デザイナーとして注目されている“匿名作家”の紹介がされていた。
掲載されたドレスの写真。縫い目、色合い、装飾――すべてに見覚えがある。
あれは、エリスがこっそり仕立て、知人経由で寄付したドレスだった。
「“新進の感性”とか“詩的な装飾美”とか書かれてますよ。すごいですよ、これ!」
ミーナはきらきらと目を輝かせるが、エリスの心には奇妙なざらつきが残った。
“誰かに見られる”ことが、こんなにも落ち着かないなんて――
その数日後。
エリスは、父に言われるまま出席した茶会で、彼女に出会う。
「――あなたが、例のドレスのデザイナーなのね」
アナスタシア・ド・グランメール。侯爵家の令嬢であり、社交界の“女王”と呼ばれる存在。
真紅のドレスを纏い、艶やかに微笑む彼女は、完璧に整った美しさを湛えていた。
「うわさは聞いているわ。商会のパーティーで、あなたのドレスが話題になっていたもの」
彼女はすっと歩み寄り、エリスの顔をじっと覗き込んだ。
「趣味の域を超えている気がするわ。誰かに師事したの?」
「……いえ。独学です」
「まあ。すばらしいわね。それで、次はどんなテーマで縫うの?」
「……まだ決めていません」
アナスタシアの微笑みは、どこか冷たい。
その目は、まるでエリスを“面白い素材”として見ているかのようだった。
その日以来、社交界の令嬢たちの間で、エリスの名前がひそかに囁かれるようになる。
「あの子でしょ? ドレスの」
「でも、なんか庶民っぽくない?」
「可愛いけど……ちょっと浮いてない?」
エリスは背筋を丸め、耳を塞ぎたくなった。
――どうして、“見つかる”って、こんなに苦しいんだろう。
そのとき、そっと近づいてきたのは、レオンだった。
「……苦手だよね、こういうの」
彼は小さく呟くと、エリスの手元を見てにこりと笑った。
「でも、僕は君のドレス、好きだよ。上品で、気負ってなくて」
「……レオンさんは、変わってるって言われませんか?」
「それ、褒めてる?」
「……一応、肯定的に」
「君が縫ってる姿も、君自身も――嫌いじゃないよ」
ふいに、胸の奥にあたたかい風が吹いた気がした。
夜、エリスの元に父からの封筒が届く。
「アナスタシアさま主催の舞踏会、出席を頼まれた。……行くか?」
封筒を開くと、淡いラベンダー色の招待状が舞い落ちた。
そこに記された文字は、どこか遠い世界のもののように感じられた。




