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38話 心の中でだけ付け足した

 微睡みの中でゆっくりと意識が戻ってくる。昨夜はイヤな夢を見なかったな。これで何日連続だろう。きっと隣でお兄様が、一緒に眠ってくれているからかな。

 ベッドのシーツに抜け毛がくっついてる、ちょっと申し訳ないようなかんじだ。

 

 この異世界でしばらく過ごして解ったんだけど、どうやら身体構造とかはヒトと猫の中間みたいなかんじ。なんだけど生態というか本能というか、そういうのはかなり猫寄りな気がする。

 いずれ柱とかガリガリしたくなるのかな。


 んんっ、って伸びしてるとお兄様が後ろから抱きしめてくれた。

 首汗とかクンクンされると、ちょっと恥ずかしいような。でもお兄様だからいいのかな。


「さぁ朝ごはん一緒に食べよう。今日はアリスの大好きなハンバーグだよ」


 うん、お兄様。

 ……愛してます。

 って、心の中でだけ付け足した。






「うーぃ、リリファ飯」

「ただいま用意します。テーブルで待っててください」


 ふぁー寝た寝た。ったく昨日はさんざん疲れたっての。


「昨晩はお疲れ様でした」

「昨晩も、だよ。ったく後始末のせいで寝不足だっての。8時間しか寝れてねえ」

「ご苦労様です。温かいスープで胃を癒してください」

「なあリリファ、もうちょい肉系とか欲しいんだけど。ベーコンとかあったろ」

「睡眠不足で弱っている身体に濃い味付けはよくありません。温かくて美味しい高級野菜のたっぷり入った栄養満点のコンソメスープを召し上がってください」


 いや1ヶ月くらいずっと健康食ばっか食わされてんだけど。俺って長期入院患者じゃねーんだぞ。

 視線で訴えかけてもリリファは素知らぬ顔で、ハーブの練り込まれた健康的な食パンを皿に並べていく。

 もういいや、腹減ってるし。食パンに塗るバターを地下の保存庫から引っ張り出した。


「便利なものですね、その能力」


 根元から千切れたようになってる俺の右腕をじっと眺めながらリリファは呟く。

 どうも俺は馬鹿力が過ぎちまって、ついうっかり空間をねじ曲げてしまう。まあ扱い慣れれば日常生活でも役立つがな。


「私も魔道を極めれば再現可能でしょうかね。さすればアリスに合法的にセクハラ出来るのですが」

「いやがっつり違法だって、あんまやり過ぎるとラズが切れるから止めてくれ」

「ところでランキス様の右腕は優れた錬金素材になるやもしれませんね」

「オメーが言うと洒落にならねえな。そのナイフはバターを塗る以外の用途で使うなよ」


 もうちょい主人に対する敬意とかねぇのかコイツは?

 

 カサカサ。

 

 リリファの足元に蜘蛛の群れが集っている。ほう非常時か、立て続けに面倒くさいな。トーストを齧りながら説明を促す。


「ランキス様、少々の懸念材料があるようで」






 それが防衛戦に変わったのはつい先程だった。しかし、いまやこの惨状を見てそう表現する第三者は皆無だろう。

 地獄絵図、悪夢、阿鼻叫喚? これを簡単な言葉で切り取るのは難しいかもしれない。


 ドラゴンが、人を喰い散らす光景など。


 おびただしい血液。周囲に転がるのは、かつて人間だった肉塊など。

 皮を剥がれ、頭部を潰されているそれらは、かろうじで元人間だったと判断できるくらい。性別や体格すら不明で、遺族も引き取るのは難しい。


「かハァ……」


 水洗場の老人はまだ生きていた。血液と臓物と骨の海を芋虫のようにのたうつ。

 もぎ取られた両手は周囲に転がっていた。指に嵌められた豪華な指輪がひどく虚しい。


 グルルル。

 ドラゴンは唸る、老人に対して。口内で赤黒いジェルを泡立て床へ滴る。


 それの体長は約3mほど。サイズは小柄な方だろうか。年齢は不明。ドラゴンの種類は多岐に渡るため専門家でもない限り無理だろう。

 外見的特徴は。漆黒の龍鱗と、意外に小さめな翼、鋭い爪や牙や角、憎しみに彩られた赤い瞳、といったところか。


 コツン。

 小さな音が響いた。生き残った調理師が包丁を投げつけたのだ。それは突き刺さることなく龍鱗に弾かれる。

 投げなきゃよかったと、瞬間男は後悔する。もとよりここに戦闘武具などない。なにせここはレストラン。食材をカットする包丁ごときで到底止められやしない。

 

 大したダメージは与えていない。ややメタ視点の例えだが、HPは1も削られていない。だが今のを明確な攻撃意思と判断し、ドラゴンは血走った目を向ける。

 

「ひっ、た助けアアアァァァ!」


 地獄の業火。骨まで焼き尽くすブレスを全身に浴びて男は文字通り消滅した。この世に生を受けた証すら残せず。

 食用油に引火したのか、そこかしこで爆発が起きる。弾ける死体。人肉が香ばしく焼ける不快な臭気。ドラゴンは悠然と歩を進める。その巨体からは想像出来ないほど静かな足取りで。

 

 焼けた芋虫老人の頭部を掴み、引っ張り上げた。ギリギリと力を入れる。まだそんな余力が残っていたのかと感心するほどの絶叫、そして。




 数十分後、駆けつけた衛兵が見たのは調理済みの人間だけだった。

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