16話 一体なんの話をしているの
「このゴミ共、始末が面倒臭いな」
「なあリリファ。襲って来たのはそもそも向こうからなんだろ。役立つ臓器だけ回収して、残りはほったらかしちまおうぜ」
「そうだな。アリスも疲れているようだし」
ちょっと前まで生きていた、死体の頭部をつま先で転がしながら、ランキスさんは肩をすくめてる。
「僭越ながらラズウェル様。私達は色々と悪目立ちしすぎていますから。まあ偉い人に睨まれていますのは今まで通りですが、今回は勝手が違います」
「なにか問題でもあるのか」
「繰り返しますがラズウェル様、この街では少々勝手が違います。我々はとあることをしでかしてしまいました」
「貴族からの仕事を土壇場でキャンセルしてしまった件か? あれはアリスの為なんだ」
刀剣に付着した血液を拭き取りながらお兄様は。
「印象は最悪と申しても差し支えないかと。今までのように衛兵に金貨でも握らせて口封じ、という訳にはいかないでしょう」
「マジかー。ってことは勝手に臓物抜き取るのもアウト判定?」
「戦場であればともかく、街中でそれを行ってしまうのは如何かと」
「一般常識的に考えて、か」
「それからもう一つラズウェル様、残念ですが向こうから絡んできた、という物的証拠が残っていません。仮に現場検証をする騎士達が、チームランキスに嫌悪を抱いていたとしたら。例えば例の貴族の息のかかった」
「あーOKOK。まあ後先考えずに殺しちまったのは失敗だったかな」
「控えめに申し上げますが、大失敗です」
靴底に付着した血液を鬱陶しそうに、地面に擦りつけてるランキスさんと、手入れを簡単に済ませて刀剣を仕舞ったお兄様は。
「厳しいなオイ。ったく2年前くらいなら、仕事見つけてくるだけで精一杯だったってのに。売れっ子になったらなったで面倒だよな。やれやれ毒使いリリファも随分と有名になったもんだ」
「半分はご主人様方のせいですが」
……一体なんの話をしているの。
どうしてそんな、お気楽な口調で会話することが出来るの?
握っているそれは、赤色をしてる剣と槍だよね。リリファさんが引っ掻いた爪だって真っ赤だよね。
「まあしょうがないか。衛兵ンとこには俺が向かうわ。ラズはその奴隷連れて早く家帰ってろ。つかラズ連れてったら、また面倒起こしそうだし」
「すまないなランキス。じゃあ先に帰ろう」
……。
「色々あってお腹が空いてるだろう、もう夕食の下準備は済ませてるんだ。帰ったらすぐに食べよう」
そうか、お兄様の住んでるところが、私がこれからずっと住んでいく家なんだ。
お兄様は私に優しく手を差し伸ばしてくれた。
なぜか拒否したくなる衝動を押さえて、その手を握る。冷たい気がした。革手袋越しの体温はとても高いのに。
お兄様が色々と語りかけてくれながら、私達は家路へと帰っていった。道中トラブルは起きなかった。
お兄様の革手袋は仄かに臭かった。
「汚れてしまったね。服を着替えよう。先にお風呂に入ろうか。湯を沸かしてくるよ、すぐに済ませるから待ってて」
あのお兄様。
「どうしたんだい。アリスは可愛いなあ」
これから先もずっと、ずっとお兄様は私と一緒に、暮らしていくのですよね。
「もちろん。もう離れ離れにならない、ずっと一緒さ」
そう言って私を抱きしめてくれた。
お兄様に包まれてると幸せな気分になれる。ずっと浸っていたい、だけど言わないと。
お兄様に再会出来て本当に嬉しいです、お兄様がいなくなってもう会えなくなってずっと淋しかった。
「俺もだよ」
優しい笑顔。
ずっと望んでたお兄様の笑顔。
なのに、どうして?
お兄様の笑顔が信じられない。
私とリリファさんを助けてくれた。でも私とリリファさんを襲ってきた、あの3人は容赦なく殺してしまったときからずっと。
「あの連中がどうしたんだい」
連中という響きは、私の名を呼ぶ声と明らかに違う。侮蔑が混じっていた。
お兄様、人殺しはいけないと思います。
「襲ってきたのは向こうじゃないか。奴らはアリスに剣を向けた。世界一可愛いアリスに害なす連中など死んで当然さ」
そんな。
それはおかしいと思います。
確かに悪い人達でした。ですが死んでいい人間なんて、死んで構わない人間なんかいない。
日本にいた頃のお兄様ならきっとそう答えた筈なのに。
私の知ってるお兄様はそんな発言しない。お兄様は一体、誰なんですか?
ネガティブな発想が浮かんでる。
まるで間違った選択をしてしまうとお兄様が消えてしまう。そんな強迫観念を植え付けられているような。
どうして恐れてるんだろう。
私は一体、なにを恐れているのだろう。
私に向けてくれる笑顔の裏で、人を殺めてしまうことに全く戸惑いもない表情が見え隠れしてる。
3人の男の人たちがやったことは確かに悪い。だから正当防衛で殺す、それは仕方ないことなのかもしれない。
だけどどうして、あんなに淡々とそれを行えるの。
4年間。私の知らない空白の期間に、一体何をしていたのだろうか。
……。
お兄様、私達の名字を覚えていますか。
小さかった頃の、私やお父さんお母さんとの思い出を覚えていますか。
近くの公園の名前はなんですか、好きな遊具はなんですか。
どうして目をそらすんですか。ちゃんと答えて下さい。
お父さんとお母さんの名前を言ってください。
言えないのですか。
お兄様はランキスさんやリリファさんから、ラズウェルって呼ばれてますよね。
日本にいた頃の名前を一度も名乗ってませんよね、どうしてですか。
どうして獣人になってしまった私を、どうしてすぐに私がアリスだって気付いたんですか。
視界がぼやけた。涙が溢れ、止まらない。頭の中がぐちゃぐちゃ。駆け寄ってくるお兄様から離れた。
ごめんなさいお兄様、少しだけ、少しだけ1人でいさせて下さい。
私は衝動のままに飛び出してしまった。