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Ⅹ・試合

「暑中見舞い」が「残暑見舞い」に変わった頃…つまり「お盆」が過ぎた頃…ぼくは早朝、自転車で家を出る。

 今日は、Y西中学校「剣道部」との練習試合だ。


(ぼくの街の中学には、東西南北よっつの「Y」がある。Y東・Y西・Y南・Y北。もちろん他にも中学はあるけど、このよっつは旧制の頃からある、(ふる)い学校だそうだ。ちなみに、ぼくの学校は「Y北中学校」)。


 剣道をやっていた頃のぼくは、いつも「必殺技」ばかり考えていた。

「ブルース・リー」師匠をマネた変なステップを踏んだり、竹刀を縦横無尽に振り回す。そして、相手の竹刀を腕でかわして…


(真剣じゃないから、切れっこないのだ。それに、「(メン)」=頭のてっぺん・「(ドウ)」=右脇腹・「小手(コテ)」=右手首。そこに入らなければ、「一本」にはならない。ちなみに、「篭手(こて)」とは小手…手先の部分にはめる防具…の事で、「(わざ)」の場合は「小手」と言う。なお、中学以下では、「突き」は禁止されている)。


 そして、返す刀でメンを打つ。これは、マスケーやホーチャンも使う技(?)となった。


(実際ぼくは、打たれ強かった)。


 三年生になってから、すでに卒業した先輩が練習に来た事がある。ぼくと竹刀を交えた先輩は、ぼくのそんな動きにとまどっていた。


『コイツ、やりずらいな』


 面の奥に見える先輩の顔には、そんな表情が浮かんでいた。


 さて…試合は、Y西中で行われる。

 学校に集合したぼくたちは、自転車でY西中を目指す。自転車なら、三十分といったところ。

 さすがにこういう時は、顧問の先生も登場し、車で防具を運んでくれる。


(もちろん、女子の剣道部員もいたけど…まったく別の集まりみたいで、こういう時でもなければ、交流はほとんどなかった)。


 Y西中を目指して自転車を漕ぐぼくは、ちょっぴりドキドキ。

 経験年数は長かったけど、ぼくはほとんど大会に出た事がない。公式戦は、小学生の時に一度、市の大会に出場した事があるだけだ。

 でも、「習っていた」とは言っても、市の「剣道教室」。「道場」などと違って、実戦向けの稽古をやっていたわけじゃない。右も左もわからないまま、一回戦で簡単に負けてしまった。


『まあ今回は練習試合。気楽にやるさ』


 Y西中の体育館に入ると…素足に伝わる、ひんやりとした床の感触が心地好い。


(冬はコイツがつらいのだけど)。


 今日はランダムに、Y西中の人たちと対戦するのだが…実際に自分で「剣道」を始めるまで、ぼくには、「剣道は、寡黙な男のスポーツ」というイメージがあった。

 でも実は、かなりやかましい。

「気合」や「威嚇(いかく)」のため、声を張り上げる。下手は下手なりに、「ヤル気」のあるところを見せなくてはならないし、だいたい、どんなに見事な「剣さばき」を見せようと、当たった瞬間に「メン!」「ドウ!」「コテ!」と大声でアピールしなければ、「一本」にならない。

 はっきり言って、ぼくは基本的にテレ屋だから、大声を出すのは苦手だった。


「メンでもかぶってなくちゃ、やってられないよ」


(これは、大人になってからも変わらない。宴会の席でのカラオケは、「酒でも飲まなくちゃ、やってられないよ」って感じだ)。


 まずは、メン以外の防具を身に着け、準備体操。剣道には、竹刀を持った一連の体操がある。


(と言っても、「ラジオ体操」のように、順序だった・秩序だったものじゃないけど)。


 竹刀の両端を握って、伸びをしたり・ひねったり。前屈や後ろ反り。その後、「素振り」やあれこれ。


 そして二年生も交え、順番に試合が始まる。

 中央に立つふたり以外は、四角く区切られた枠の外に、順番に並んで正座して、出番を待つ。


『…』


 ぼくはボンヤリと、試合の流れを見ていた。

 対戦相手は、たぶん、ぼくの向こう正面に座っている男だ。おそらく、同じ三年生だろう。身長やカラダつきは、ほぼ互角。前ダレに名前が入ってないところを見ると…


(「()れ」とは、腰の周りにヒラヒラしている防具の事だ)


 レギュラーではなさそうだ。

 でも、あれこれ考えたって仕方ない。ぼくたちは、初対面なのだ。それに、ぼくの戦法は決まっていた。ぼくが得意なのは「コテ」だ。だいたい、メンやドウなんて、いきなり打って入るものじゃない。


 昔の「果し合い」だって、半日もにらみあった末、一瞬でケリがついたそうだ。

 だって、そうだろう。もし剣道みたいにやり合っていたら、切り傷だらけになるだろうし、刀はすぐ「刃こぼれ」するから、「チャンチャン・バラバラ」なんてやってたら、打撲だらけになるだろう。

「剣道」と「人斬り」は、まったくの別物らしい。


(「明治維新」の立て役者「(かつら)小五郎(こごろう)」先生…後の「木戸(きど)孝充(たかよし)」侯は、免許皆伝の剣道の達人だったらしいが、「逃げの小五郎」と言われるくらい、逃げ足が速かったそうだ)。


 西部劇の「決闘」だってそうだ。背中を合わせたところから五歩・十歩。振り返って「バン!」。

 きっと、昔の拳銃は精度が悪かったから、目と鼻の先じゃなくちゃ当たらなかったのだろう。「早撃ち」とはつまり、至近距離ゆえに、先に抜いた方が勝ちなのだ。


(このあたりは、相手に先にアクションを起こさせる、「居合抜き」の考え方とは逆だ)。


 でも、今みたいに医療も進んでいない時代。「手負い」になっただけで、やがて最期を迎えた人もたくさんいただろう。

 真剣勝負でぼくみたいな剣術を使っていたら、すぐ死んじゃうのだ。


*閑話休題:「野球」は、ほぼアメリカと日本だけで人気があるけど…『生まれ育った環境や文化による「国民性」なのだろう』と思っている。

 前者は、西部劇のガンマンの決闘。後者は、時代劇のサムライの果たし合い。つまり…主役は「バッター」と「ピッチャー」、二人の対戦。


(ぼくは「野球」とは、『集団でやる個人競技』だと思っている。個々人の技量がしっかりしていれば、チーム・ワークなんて必要ない。実際、血液型の統計を取ると…プロ野球選手には個人型のB型が多く、サッカーは集団型と言われるA型が多勢を占めるそうだ)。


「銃や剣の使い手」


 そんなバック・グラウンドがあるので、両国ではベース・ボールに人気があるのだと想像している。

 でも、全世界的に見れば、「サッカー」の人気の方が高い。


『野球は一対一の対決の構図だけど、サッカーは何だろう?』


 ぼくは後年になるまで、ずっと・そう思っていたのだけれど…お酒が飲める歳になって、出張先での夕餉(ゆうげ)の時間。ぼくは宿の食堂にいた。テレビでは、夏の暑い日なのに、サッカーの試合が放映されている。


『そうか!』


 ホロ酔いの良い気分で、ボ~ッと画面を眺めていて、突然ひらめいた!


「大勢に、よってたかってゴールに追い込まれる、あわれな白ウサギ」


 白いボールを目で追っていて、そんなイメージが浮かんだ時…


『なるほどな』


 ぼくは納得した。サッカーとは、「狩猟の構図」だったわけだ。


(未開の人類の歴史が進んで、つい数千年前の「君主」の時代になると、狩猟は支配階級が独占する高貴なスポーツになり、吉凶を占う儀式的な意味合いも含むようになったそうだ)。


 話を元に戻すと…


『コレしかないよな…』


 迷いはなかった。

 ぼくは手首のスナップが強かった。こちらから仕掛けるなら、「電光石火」のコテしかない。


「はじめ!」


 ふたつ前の試合が始まった。次の試合が始まる頃には、メンをかぶって待っていなくてはならない。

 手拭いを頭に巻き、汗の匂いの染み込んだメンをかぶる。緊張のせいか、暑さはまったく感じないけど…ぼくは、メンをキチキチに締め上げるのが嫌いだった。上の方で軽く縛る。脱ぐ時は、コテをはめたままの手で、ヒモも解かずに脱ぐ事ができる。


(これをマネたマスケーは、一度転んだ拍子にメンが脱げ落ちてしまった事がある。彼はぼく以上に、ルーズに縛る)。


『よし!』


 さて、ぼくの番だ。

 左手で、腰に刀を差したような位置に竹刀を固定し、中央付近に引かれた二本の白線の手前まで。

 お互い向き合い、主審の「礼!」の合図で一礼。

 前に進み出ながら、(さや)から剣を抜くような仕草で竹刀を構える。

 中腰にしゃがみ込みながら、相手の竹刀と切っ先を合わせ、開始の合図を待つ。


「…」


 主審の手が、ぼくたちの前に差し出される。声が掛かるから、審判の手を見ている必要はない。正面にいる、相手の姿を見ていればいいのだ。


『横格子(こうし)の風景』


 剣道経験者には、馴染みの景色。メンの前面を覆う、横方向に張られた金具のせいだ。その隙間からでは、対戦相手の表情は良く読み取れないけど…。


「はじめ!」


 開始の合図と同時に…


「コッテ~…」


「パシッ」という、気持ちの良い感触…と同時に、右に身体をひるがえし、相手の横を駆け抜ける。


「いっぽん!」


 勝負は、一瞬にしてついた。

 ぼくは立ち上がりながら踏み込んで、切っ先を返し、相手の右手に痛烈な一撃をお見舞いしたのだ。


(メンの奥には、目をまん丸にして面食らった顔。アゼンとした表情だ)。


 試合は「三本勝負」。ぼくがあと一本取るか、このまま時間になれば、ぼくの勝ち。二本目は…


「はじめっ!」


 相手はパッと跳び退()くが、ぼくはすぐには立ち上がらない。ユックリと腰を上げ、両手で竹刀を持った肩を振り、構え直す。


「イヤア~」


 少し間を置いてから、闇雲に打ち込んでくる。先手を取られて、アセッているのだ。


『チェッ!』


 ぼくは舌打ちし、竹刀を突き出すようにリーチを伸ばす。踏み込まれないようにするためだ。


(ぼくは、やたらと竹刀を振り回す奴が嫌いだった。それに、「つば競り合い」ならともかく、竹刀を接しての押し合いなんて、なんだかカッコが悪くて、大嫌いなのだ)。


 少し間合いをとる。こうなったら…振りかぶった瞬間にコテを決めるしかない。でも、たいそうな勢いだ。ふところに入れない。


(疲れてくると少しさがって、また打ち込んでくる)。


 けっきょく、そのまま時間切れ。最後に…


「礼!」


 ぼくの勝ちだ。

 決闘場を出ると、歩きながらコテをはめたままの手で、下からはぐようにメンを脱ぐ。


「ふ~」


 いい気分だ。

 こうしてぼくは、中学校での部活動を締めくくった。


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