第十四話
「貴君、早く帰ろうよー」
前の方を無邪気に駆け回っている優芽。俺はそんな元気いっぱいで何の心配も不安もないような、そんな彼女にずっと負い目を感じてきた。どうしてあの時なにもしなかったのか、どうしてあの時、一瞬でも優芽を見捨てようとしたのか。俺はずっと自分を責め続けてきた。
俺はそんな俺が大っ嫌いだ。
あれは忘れもしない小等部2年の春だった。
~2092年 SS層 NPOC小等部~
小等部の裏庭には池がある。池と言っても沼地みたいなものではなくしっかりとコンクリートで作られたプールだ。今思うとそこまで深くもないが、小等部2年の頃の身長を考えると底なし沼のような恐怖があった。この池は生き物を観察したり、理科の実験で使うことが主な目的だが、毎日昼休みになると多くの生徒はこの池のほとりで遊んでいた。
「貴君見てみて、カエルだよ」
優芽は満面の笑みでカエルを乗せた手を差し出してきた。
「ゆっ、優芽やめろよ。俺、カエルは嫌いなんだ」
「えへへ、いい事聞いちゃった。えいえい」
どうして優芽はこんなものを触れるのだろうか。それに苦手って言った端から面白がって俺にカエルを突き出してきている。こいつは本当に人間か?
「優芽、やめてくれよ。俺は…トマトくらいカエルが嫌いなんだ」
「えー、どうしてー。こんなにかわいいのに」
カエルをスリスリ頬に当てながら優芽が言った。見ているだけで気持ち悪い。早くカエルから離れたい俺は、
「優芽、俺は木の陰で本を読んでるからな。何かあれば言えよ」
そう言い残し池のほとりを離れた。それから10分ほど経った頃だっただろうか。
「バッシャーン」
池のほうから大きな水しぶきの音が聞こえた。嫌な予感がした俺は本を投げ捨て池まで走った。池まで行くとそこには溺れている優芽がいた。
「たsえてたっくn…」
優芽は俺に必死で助けを求めてきた。俺はすぐに助けようと池に入ろうとした。だがその日は運が悪かった。その日は1か月に一回水門が開き水を入れ替える日だったのだ。優芽は水道管の方へと流されている。そして流れに逆らうこともできずあっという間に流されていった。俺はただその光景を見ることしかできなかった。
~同時刻 SS層 地下水道管~
この学園の水道管は無駄に幅があって両端に歩道もある。俺たちは冬休みにこの水道管の入り口を発見して遊び場にしていた。
「孝也、ジュース持ってきたか。俺忘れちまったよ」
「あるぜ、ほらよ」
俺が投げたペットボトルは空中できれいに一回転して博人の方へと渡った。
「ナイスパス」
俺たちは高等部2年だ。昔から悪ばっかりやってきたから先公どものあたりが強い。今までは満足に集まって遊ぶこともできなかったが、偶然見つけたこの水道管は誰も来ないから心置きなく遊べる。まさに俺たちの楽園だ。
ジャッバン、ジャッバン。遠くから勢いよく水が流れてくる音が聞こえる。
「ちっ、そういえば今日は小等部の泥沼の水抜きの日じゃねぇか」
池の水はそこそこの量があるのでたまに道が水浸しになることがある。そうなってしまえば遊ぶどうこうの話ではない。
「よし今日はお開きだ」
そう言って片づけをしていると水のかさが一気に増した。流れはそんなに早くないがこれでは俺でも足が届くかどうか分からない。
「おい!女の子が流されてるぞ、溺れてるみたいだ」
仲間の一人が大声で叫んだ。何事かと思い水路を見てみると女のガキが流されてきた。確かに溺れてるみたいだ。
「おい、まずいんじゃないか。このままじゃ溺死する」
博人のこの言葉を聞いた俺は無意識のうちに飛び込んでいた。足はギリギリ底につかない。流れているガキがそこまで迫っていた。俺は手を伸ばしガキを捕まえることができた。すると歩道から紐のついたペットボトルが投げ込まれた。
「孝也これにつかまれ」
俺はペットボトルに掴まることができ少し安心できた。
「孝也、女の子貸せ」
仲間上からガキを引っ張り上げてくれた。俺も続いて歩道に上がった。
「おいガキは大丈夫か」
「あぁ、気を失っているみたいだが生きてるぞ。にして孝也カッコよかったな」
「うるせぇ」
俺はガキを助けられたことに安堵した。だけど褒められるのは久しぶりだから背中がむず痒い。でも一つ不思議なことがある。
「こいつどこから流れてきたんだ」
~NPOC 小等部職員室~
「先生、先生、たすけて」
俺はノックもせずに職員室に駆け込んだ。
「なんですか山本君。職員室に入るときはノックして『失礼します』でしょう」
「それどころじゃないんだ、優芽が、西郷が流されちゃったんだ」
「流されたって何にですか」
「池に落っこちちゃって、水門が開いて、水道管に流されちゃったんだ」
「待って、山本君それは本当なの?」
さっきまで怒っていた先生の表情が変わった。困惑と恐怖が入り混じっているような表情だ。
「ほんとだよ!でも俺、俺、何もできなかった…」
俺はここまで言うと泣き出してしまった。悔しかった、何もできなかったことが。許せなかった、優芽を見殺しにしてしまった自分が。
「大丈夫。泣かなくていいわよ。よく先生のところまで知らせに来てくれましたね。ここからは先生たちが西郷さんを助けますから、山本君は落ち着くまであそこのソファーにいなさい。いいですね?」
今まで聞いたことがないくらい優しい先生の声だった。俺は黙って頷いた。
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目が覚めると私は知らないベットの上にいた。体が少し冷えている。横を見ると、保健室の先生が仕事をしていた。先生はチラッとこっちを見ると、私が目覚めたことに気づき、
「あっ、よかった。西郷さんわかる?ここは保健室よ。池に落ちて溺れてたところを高等部の子たちが助けくれたの」
と満面の笑みで話してくれた。どうして私は池に落ちたんだろう。確か私はカエルを捕まえようとしてて、滑って池に落ちて、それからどうなったのだろう。思い出せない。
「ちょっと待っててね。あなたの担任の先生を呼んでくるから」
そう言って保健室の先生は慌てた様子で保健室から出て行った。もう少し寝ておこうと思い私は再び目を閉じた。
~2092年NPOC小等部職員室~
「新井先生、新井先生、あっ、新井先生ここにいらしたんですね」
「新川先生いつも言ってるでしょ。女性としてもっと気品にふるまいなさいって。だからあなたはいつまで経っても結婚できないのよ」
「それは新井先生も一緒ですよ?じゃなくて西郷さん!西郷さんが目を覚ましましたよ」
新川は新井の手を取ってピョンピョン跳ねながら言った。
「ホントですか?こうしてはいられません。新川先生、飛び跳ねるのは後回しです。保健室に行きますよ」
新井は新川の手を振りほどいて足早に職員室を後にした。
「もぅー待ってくださいよ新井先生―!」
俺は泣き疲れて職員室のソファーで寝てしまっていた。でもあんなテンションの人が騒いでいたらどんなに熟睡している人も起きてしまうだろう。俺も例外ではなく起きてしまった。でも先生たちはどこに行ったんだろう。あれだけ騒ぐことだ。きっといいことに違いない。
「まさか、優芽が見つかった?」
俺はソファーを飛び出し保健室に向かった。
~NPOC小等部保健室~
ガラガラという音とともに扉が勢いよく開いた。
「西郷さん大丈夫?先生のことわかる?」
「新井先生…」
私が先生の名前を呼ぶと先生の目は涙でいっぱいになった。
「よかった、よかった、あなたが無事で本当に良かった…」
泣きながら先生は言った。いつも怒ってばっかりで怖いイメージしかない先生が泣いているので私はびっくりしてしまった。
ガラガラ。次は人一際大きな音で扉が開いた。
「あなたは確か新井先生のクラスの子よね?」
保健室の先生が言った。
「優芽、優芽大丈夫か?」
そこにいたのは貴君だった。私の中で何かがはじけるような感じがした。
「ウェェェェーーーン。だかぎゅん、だがぎゅん、わだじ、わだじ、こわがっだよー」
私は貴君の顔を見るなり安心して泣いてしまった。
「優芽泣くなよ。泣かないでくれよ。ごめんな、助けてやれなくて」
貴君の目にも薄っすら涙が浮かんでいる。でも貴君は泣きたい気持ちをぐっと我慢した様
子でこう続けた
「優芽、俺守るから。何があってもお前のことだけは守るから。だから優芽は俺のことを信じてほしい。二度と優芽を見捨てたりしないから」
嬉しかった。貴君が心の底から言ってくれているのがわかったから。
「うん!わかった。絶対に優芽を守ってね。優芽も貴君のこと信じるから」
私は今できる精いっぱいの笑顔で答えた。
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俺はあの日誓ったんだ。命に代えても優芽だけは守ると。
私はあの日決めたんだ。貴君に一生ついていくんだって。




