「王女である前に ――“恋を選ぶ覚悟”」
朝の空は、どこまでも澄んでいた。
城下町へ向かう馬車の中、
リュミエラ姫はいつもより静かだった。
豪華なドレスではなく、
今日は動きやすい街用の服装。
それでも隠しきれない気品は、さすが王女だ。
「……ブランデー」
不意に名前を呼ばれる。
「今日のデート、
少しだけ……覚悟が必要になります」
その声は柔らかいが、
芯の通った“決意”の音が混じっていた。
「覚悟?」
「はい。
わたくしが“王女である理由”を
あなたに見せる覚悟です」
◇
【城下町】
城下町は、いつも以上に賑わっていた。
露店の呼び声。
パンの焼ける香り。
子どもたちの笑い声。
リュミエラ姫は、
その全てを懐かしむように見つめている。
「ここは、わたくしが生まれ育った場所です」
歩きながら、静かに語り始めた。
「王女として、
民の声を聞き、
顔を覚え、
笑顔を忘れないことを教えられました」
店主が気づいて、声をかける。
「おや、姫様じゃありませんか!
今日はお忍びですかな?」
姫は柔らかく笑い、軽く頭を下げた。
「ええ。
今日は“一人の少女”として来ていますの」
その瞬間、
周囲の空気が少しだけ和らいだ。
◇
【姫の過去】
市場を抜け、
人通りの少ない路地へ。
「ブランデー。
わたくしは、ずっと知っていました」
足を止め、こちらを向く。
「いつか、
“国のために結婚する日”が来ることを」
言葉は穏やかだが、
覚悟と諦めが滲んでいる。
「好きな人ができても、
それを選ぶ権利はない。
そう教えられて育ちました」
胸が、少し痛んだ。
「でも……」
姫は、はっきりと言った。
「あなたに出会ってから、
それが“当然”じゃなくなった」
◇
【街デート】
話題を変えるように、
姫は小さな店の前で足を止める。
「こちら、昔よく来た菓子屋ですの」
中に入ると、
懐かしそうに棚を眺める。
「この焼き菓子……
幼い頃、初めて“自分で選んだもの”でした」
「王女でも?」
「王女だから、です」
微笑む。
「“自分で選ぶ”という行為が、
どれほど大切か……
この国で生きる全ての人に伝えたいのです」
二人で焼き菓子を分け合いながら、
並んで食べる。
リュミエラ姫は、
その一瞬を大切そうに噛みしめていた。
◇
【王族の影】
だが――
その空気は長く続かなかった。
黒服の護衛が現れる。
「姫様。
国王陛下より、緊急の伝言です」
姫の表情が引き締まる。
護衛は、こちらを一瞥してから告げた。
「正式な縁談が決定しました。
お相手は隣国の王太子です」
――来たか。
姫は一瞬、目を伏せた。
そして、
ゆっくりと顔を上げる。
「……そうですか」
声は、震えていない。
「では、
父にこうお伝えください」
護衛が身構える。
「“リュミエラ・アルトリアーナは、
自らの意志で人生を選びます”と」
護衛が息を呑む。
「姫様……それは――」
「王女の命令です」
凛とした声。
その場の空気が、
完全に“王女”のものになった。
護衛は深く頭を下げ、去っていった。
◇
【選択】
静寂。
姫は、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……怖くないと言えば、嘘になります」
こちらを見る。
「国を、民を、家族を、
全て裏切るような気がして……」
その目に、初めて不安が浮かんだ。
俺は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「裏切りじゃない。
“責任を持って選ぶ”ってことだ」
姫の瞳が揺れる。
「あなたは、
王女である前に、一人の人だ」
一歩近づく。
「その選択を、
誰にも奪わせるな」
◇
【リュミエラの本音】
姫は、しばらく黙っていた。
そして――
胸に手を当て、はっきりと言った。
「ブランデー。
わたくしは……
あなたを、愛しています」
真っ直ぐで、
一切の迷いがない告白。
「王女としての未来を失っても、
それでも後悔しないと……
今は、そう思えるのです」
それは、
“重い愛”ではない。
責任を理解した上での、
“覚悟の愛”だった。
俺は、深く息を吸い――
正面から答える。
「その想い、
俺は軽く扱わない」
姫の目が、少し潤んだ。
「……それで、十分ですわ」
◇
【別れ際】
城下町の出口。
姫は立ち止まり、
そっと俺の手を取る。
「今日のデート、
一生忘れません」
指先に、
温かさが伝わる。
「次に会う時、
わたくしは――
“王女としての覚悟”を、
もう一段、進めているでしょう」
軽く、
額に口づけ。
「これは、
誓いのキスです」
静かで、
しかし重みのある一瞬。
◇
【ラスト】
部屋に戻ると、
ゼロが低い声で報告した。
(マスター。
本日の選択により――)
(王国関連の未来分岐が大きく変動しています)
(“恋を理由にした政治的変革”が、
現実的なルートとして確定しました)
「世界、荒れそうだな……」
(はい。
ですが――)
一拍置いて。
(“後悔のない未来”です)
俺は窓の外を見る。
ローゼリアの優しさ。
ルナの未来を捨てる勇気。
アルティナの剣を置く覚悟。
リュミエラの国を背負う決断。
……全員、本気だ。




