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ことぶき荘の聖域管理人 〜若返った最強おじいちゃんは、掃除ついでに世界を救う〜  作者: 渡部安恵
第2

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閑話 神々の黄昏と置いてけぼりの異世界

【プロローグ:天界のゴミ捨て場にて】



 善吉が生まれた次元、その狭間。神界の掃き溜め」とも呼ばれる、打ち捨てられた概念が漂う無の空間です。

 先ほどまでこの場所には、この世のものとは思えないほど凄まじい「般若の形相」をした女神――通称・姉御神が仁王立ちしていましたが、今はもう、嵐が過ぎ去った後のような不気味な静寂が広がっていました。


 その中心に、二つの「無残な塊」が転がっています。


「……あ、あうぅ……。あのアマ、本当に容赦ねぇ……。わし、神様だぞ……一応……」


 ろくでなしの神が、原型を留めないほど腫れ上がった頬を押さえながら、カエルの潰れたような声で呻きました。その隣では、かつてはライバルの邪神がトレードマークの禍々しい角をポッキリと折られ無様に地面をのたうち回っています。


「おの……おのれぇ……。我の『魔導隕石』を、あの掃除人の人間に布団叩きで粉砕させた挙句、この私を直接殴るなど……神の尊厳が……」

「うるせぇよ、お前が善吉に構わなければ良かったんだろ!お前のせいで俺まで姉御にボコられたんだぞ!」


 ろくでなし神が震える拳で邪神の脇腹を小突きました。

 邪神は激痛に顔を歪ませ、折れた角をガムテープで補修しようとしていた手を止めて、ろくでなし神のすでにボロボロの布切れと化した襟首を掴みました。


「何だと!?そもそも貴様が、あのチート級の魂を隠し持っていたのが原因ではないか!貴様のせいだ、全部貴様のせいだ!」

「あぁ!?やんのかコラ!神力が尽きても、拳はまだ動くんだよ!」


 二柱の神は、よろよろと立ち上がると、もはや神格も何もない「泥臭い取っ組み合い」を開始しました。


 パンチは空を切り、掴みかかれば二人して地面を転がり、互いの髪を引っ張り合う。


「いでっ、髪を引っ張るな!そこはもう薄いんだよ!」

「うるさい!私のこの角の痛みを知れぇ!」


 一応は全宇宙の理を司る上位存在であるはずが、その光景は「公園の砂場で喧嘩する幼稚園児」か「酒に酔って揉める酔っ払い」にしか見えません。


 しかし、この「あまりに低レベルな争い」には笑えない代償が伴っていました。

 姉御神に全エネルギーを文字通り「搾り取られ」、その後の泥仕合でなけなしの精神力を使い果たした二人は、自分たちが管理する「代理戦争中の星」に干渉する余力を完全に失ってしまったのです。


「はぁ……はぁ……。おい、邪神……もう、力が出ねぇ……」

「……私もだ。信仰を集めて……奇跡を授ける……回路が、完全に焼き切れている……」


 二人はそのまま大の字になって天を仰ぎました。

 神々が「怪我の療養」と「意地の張り合い」でダウンしたその瞬間、神界から地上へと流れていた『神力供給』の蛇口が、ピタリと閉じられました。


 それが、あの過酷な戦争を続けていた異世界にとって、五千年にも及ぶ「想定外の平和」への幕開けになるとは、この時の二人はまだ、知る由もなかったのでした――。



【神に見捨てられた星の「勝手な」進化】



 姉御神の拳による後遺症と、神界で二柱の神が泥仕合を繰り広げたことで「神力供給」がストップしてから、地上の異世界では劇的な変化が起きていました。


 これまでは、邪神が「壊せ!」と言えば魔族が暴れ、ろくでなし神が「耐えろ!」と言えば人間が盾を構えるという、神々の盤上の駒のような世界でした。しかし、その「命令《神託》」がパタリと止まったのです。

 それは、5千年に及ぶ「自分たちで勝手にやっていい時間」の始まりでした。



『魔界の多様化――「破壊ってコスパ悪くない?」』


 邪神からの恩恵――暴力的な衝動と無限の魔力――が途絶えた魔族たちは、最初に「深刻な空腹」に直面しました。神の力で無理やり活性化されていた身体は、今や普通の食事を摂らなければ維持できません。


「……なぁ、人間を襲って村を焼いても食い物まで焼けちゃうだろ?効率悪すぎないか?」


 そう呟いたのは、かつて破壊の限りを尽くした上位魔族の将軍でした。

 これをきっかけに邪神サイドは一気に分裂。


「征服こそが伝統!」と叫ぶ名門のエリート派は、誇りを守るために細々と侵略を続けましたが、いかんせん神の加護がないので「人間側の罠」にかかりまくるという、どこか抜けた存在に。

 一方で、「強い奴と戦えれば誰でもいい」という戦闘狂派は、もはや戦場を求めて魔界と人間界を放浪する「一番質の悪い酔っ払い」の集団と化しました。


 しかし、最大の変化は消極的安定派と融和派の台頭です。

「破壊するより人間界のスパイスで作ったカレーの方が刺激的だぞ」という事実に気づいた彼らは、勝手に人間界の商人と交易を開始。

 魔族の娘が人間の街でパンを焼き、人間の冒険者が魔界の温泉で腰痛を癒やす――。邪神が見たら泡を吹いて倒れるような「なし崩し的な平和」が、じわじわと世界を侵食していきました。



『人類の現状――「神がいないなら商売しよう」』


 一方、ろくでなしの神に「見捨てられた」と思っている人間たちもまた独自の進化を遂げていました。


 これまで圧倒的に負け続けていた歴史から、「魔族に媚びを売って生き延びる」邪神寄り|《絶望派》の都市は、今や魔族との一大交易拠点へと変貌。

「あきらめんな!」と叫ぶ対抗派の熱血騎士団は、戦う相手がいなくなったので、なぜか「魔物の駆除」や「開拓事業」にその熱量をぶつけ、世界最強の建設会社へとジョブチェンジを果たしていました。


 その中でも、最も「カオス」を象徴していたのが、大陸中央に位置する中立都市『アルカディア』でした。

 ここは魔族の「消極的安定派」と、人類の「消極的中立派」が手を組み、「ぶっちゃけ、どっちが勝ってもいいから静かに暮らそうぜ」という、やる気ゼロの意志が結集して出来た奇跡の街。


 そしてこの街に、頼んでもいないのに「それ」は現れたのです。



『チート転生者降臨――「俺、また何かやっちゃいました?」』


 空間の歪みから、ひょっこりと一人の少年が現れました。

 名前は、佐藤カズヤ。どこかの次元の地球で、トラックに跳ねられることもなく、ただ「異世界に行きてぇなー」と寝る前に願っていただけの、純度100パーセントのオタクくんです。

 神々の管理がガバガバになった隙間に、宇宙の迷子として吸い込まれてしまった、いわば「ろくでなし神サイドのイレギュラー」でした。


「おぉ……!マジかよ、ここ異世界!?しかもステータス……うわ、俺つぇえええええ!」


 カズヤは、神の審査を一切受けていないため出力制限のない「チート能力」をフル装備で持っていました。

 彼が最初に降り立ったのはアルカディアのギルド。そこでは魔族の融和派と人類の消極派が仲良く「どっちの酒が旨いか」で議論をしていました。


「ふははは!雑魚ども、俺様の力を見るがいい!『極大消滅呪文アルティメット・イレイザー』!!」


 カズヤが街の外の荒野に向けて景気付けに放った一撃。

 ドゴォォォォォォン!!という衝撃と共に地平線まで広がる森が消し飛びました。

 かつての戦争時代なら、英雄として崇められたであろうその威力。しかし、今のカオスな安定期において、その反応は冷ややかなものでした。


「……おい、あのアホ。あそこの森、来週の『魔界キノコ狩りツアー』の会場だぞ」

「マジかよ、予約キャンセル料かかるじゃねえか。誰だあのガキに弁償させろよ」


 魔族の融和派の主婦と、人間の消極的中立派社畜戦士が、呆れた顔でカズヤを取り囲みました。


「……えっ?あ、あれ?俺、凄まじい魔法使いましたよね?驚かないの?」

「あー、凄い凄い。それより君、不法な土地破壊の罰金、金貨100枚ね。払えないなら、あの対抗派の建設会社で100年くらい土木作業手伝ってもらうから」


 カズヤの「俺つぇええ!」なチート能力は、この平和ボケした世界において、もはや「ちょっと強力すぎる重機」程度の扱いに。

 しかし、カズヤは諦めませんでした。彼は「対抗派」の熱血騎士たちに拾われ、彼らの建設事業において「山を更地にする担当」として、過酷な肉体労働と熱苦しい精神論の洗礼を受けることになったのです。


「カズヤ!まだまだ根性が足りないぞ!魔法の威力で誤魔化さず、心のスコップで大地を掘れぇぇぇ!!」

「いや、だから、俺……救世主とか、勇者とかに……あぁぁぁ!!」



『安定という名の泥沼』


 神々が天界で「髪を引っ張り合って」いる間に、地上は救世主すらも「便利屋」として飲み込むほどの図太い安定を手に入れていました。


 魔族は人間と合コンをし、人間は魔族に商売を教わり、チート転生者は熱血騎士にシゴかれながら「不毛な山を住宅街に変える」という、非常に有意義な……しかし神々の意図からは一万光年ほど離れた公共事業に勤しむ。


 邪神サイドの「エリート派」がたまに攻めてきても、カズヤが「あ、すんません、今そこ工事中なんで」とチート魔法でデカい壁を瞬時に作り、魔族側も「あ、そう。じゃあ帰るわ」とあっさり撤退する始末。


 信仰心は失われましたが、代わりに「明日の飯」への執着が世界を一つにしていました。

 神々の恩恵が消えたことで、世界は皮肉にも「神様、いなくても全然困らないな」という、最も神にとって残酷な結論に辿り着こうとしていたのです。


 現地時間で5千年。

 この「神の不在という名の黄金期」は、カズヤが建設業界のレジェンドとして歴史に名を残すまで延々と続くことになります。



 一方その頃、天界のゴミ捨て場では――。


「……ぜぇ、はぁ……。邪神、もういいだろ……そろそろ仲直り……」

「……ふん、貴様が……謝るなら、考えて……やっても……」


 二柱の神は、まだ泥仕合の真っ最中。

 地上の人々が自分たちのことを完全に忘れ、チート転生者が「魔法でタワーマンション」を建て始めていることなど、一ミリも気づいていないのでした。



【そして、誰も神を拝まなくなった】



「邪神……。俺たち、もしかして……もう、あの中に、居場所なくね?」


 ろくでなし神の言葉は、乾いた砂のように虚空に消えていきました。

 二柱の神が「遠見の鏡」に見たのは、かつて自分たちが何万年という歳月と、天文学的なリソースを注ぎ込んで構築した『究極の代理戦争エンドレス・バトル』の無惨な成れの果てでした。


 かつては血を流し、絶望に叫ぶ駒たちがひしめいていた美しい戦場。

 そこは今や、チート転生者の暴力的な魔力によって「一等地の宅地」へと舗装され、魔族と人間が肩を並べて「マイホームのローン計画」を相談し合う、反吐が出るほど健全な平穏に満ち満ちていたのです。


「……ありえん。私の……私の数百万年にわたる恐怖政治のテンプレートが……!私が魂を削って設定した『絶望の呪い』はどこへ行った!?なぜあの魔王の末裔が、エプロンを付けて『子育て支援センター』で笑っているのだ……!」


 邪神は、鏡を掴む手がガタガタと震えていました。

 彼にとって、あの星はただの星ではありませんでした。自らの神としての威厳と、恐怖の美学を注ぎ込んだ「最高難易度のステージ」だったのです。それが今や、神の干渉が途絶えた瞬間に、住人たちの手で勝手に「イージーモードの生活シミュレーション」へと書き換えられてしまった。


「終わった……。俺がコツコツ貯めて、勇者候補たちにバラまいた『加護のリソース』も全部、あのアホ転生者のタワーマンションの自家発電システムに転用されてやがる……。全ロスだ……。全リソースが生活インフラに溶けちまった……」


 ろくでなし神はもう涙も出ませんでした。

 神々の管理がガバガバになった隙に、世界は「神々のチェス盤」であることを辞め、自分たちのための「大地」を選んだのです。


「邪神よ。もう……跪く者どころか、わしらの名前を憶えている奴らすらいないぞ。あいつらにとって、わしらは『昔、空の上で喧嘩して勝手に自滅した、よく分からん迷惑な天災』扱いだ……」

「……あ、ああ……。私の……私のバトルフィールドが……」


 邪神の目から力が失われていきました。

 注ぎ込んだ信仰、削った魂、練り上げたシナリオ。そのすべてが、一人のオタクくんの「チート魔法による大規模土木工事」によって、物理的に上書きされ、消滅した。

 二柱の神は、鏡の前に力なく座り込み、そのままズルズルと魂が抜けるように平伏しました。それは信者が神に捧げる祈りではなく、運営していたゲームのサーバーが、プレイヤーたちの暴走によって「勝手に作り替えられ、二度とログインできなくなった」廃人たちの絶望そのものでした。




 一方その頃――遡ること5千年前。

 中野の「ことぶき荘」では、善吉が新しい竹箒を手に、管理人室の掃除を終えたところでした。


「ふむ。今日は一段と空が晴れやかですな」


 善吉は空を仰ぎ、どこか遠い異空で「全リソースを溶かして」廃人化した二柱の神々の哀愁を、微塵も感じることなく、穏やかに笑いました。

 

 神々が遊技場《世界》を失い、項垂れているその下で。

 世界は神がいなくなったからこそ、誰にも邪魔されない「自分たちの明日」を、力強く、そして勝手に謳歌し続けるのでした。


「さて……。夕飯の前に、商店街まで買い出しに行くとしましょうかね」


 パチンと、がま口財布の乾いた音が、神々の嗚咽すらもかき消して中野の空に心地よく響きました。




【神々の黄昏と置いてけぼりの異世界——完——】

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