05.受け継がれる絆
ジルミルさんが落ち着きましょうと淹れてくれたハーブティーをいただき、トイレ休憩を挟んでからミニコンサートとなる場所の広さを確認した。
再びトウマとともに主庭に出て、チビにステージとなる場所のことを聞く。何日か前から森の巡回のときにヴィスランティ家の屋敷に顔を出してチビも意見を出していたという。そのチビからラワンさんが聞いているので大きくズレてはいないと思うが、聞いていたのと実際に見るのでは認識の違いもあったりする。殿下警備の責任者となったことで楽器隊として出られるか不明だけど、楽器隊一員のコロンボンさんが不審者対応が終われば来てくれるだろうからステージに立つ側として意見がほしいところだ。
ヴィスランティ家の主庭の改造は前々からたまに話題には上がっていたようだが決定打がなく現状維持が続いていたらしい。
庭師さんたちは、そろそろジュニオル様に本腰を入れて庭の変更の相談をしなければとなった頃に、未来のヴィスランティ家の女主人候補となる私の存在を知り、浮足立った。
庭を作り変えるなら、未来の女主人の好みにするのはどうか?
庭師や使用人からの進言にジュニオル様も「いい提案だ!」とノッたという。
それで森の巡回のついでに屋敷に顔を出したチビを捕まえ、私の好きなものを聞き出したのは間違いの行動ではなかったと思うし、チビも嘘は答えていない。
でも主庭に苔はない。
ジュニオル様の何のツボにハマって面白がったのかわからないが、本気ではなかったのでリセットできた。
今一度、広々とした庭を眺める。
……食べられる植物を植えたらだめなんだろうか。だめなんだろうな。
庭のことは庭師さんたちが上手くやってくれるだろう。
今はステージのこと。
チビが低い位置でふよふよ浮いて「このあたり~」と大体の範囲を教えてくれる。
「この前来たとき、えっとねー、左右のこのあたりだったかな。機材を隠す板だか何かを建てるって言ってたけど、板を立てるのか何かを建てるのかがよくわかんなかった」
「建てる? トウマ、確認してもらっていい?」
「ああ、ヨーダに聞けば計画書にあるだろう」
「でね、お姫様が横になってご覧になるかも知れないからって、あまり首を動かさないでも全体が見えるところを探してみたのがこの紐で囲ってあるところ。床板を張る範囲だって」
「じゃあここが右端ってことか」
王子妃殿下の観覧席候補は二つあった。
さきほど私が案内された部屋の窓から出たウッドデッキで観覧いただくのが一つ目の候補。
もう一つは二階で、一階よりも少し右寄りになると聞いて見上げると大きなバルコニーがあった。
「ご体調次第となると考え、観覧席についてはどちらになってもいいように準備は進めております」
ジルミルさんが補足して教えてくれた。
屋敷の一階はパブリックスペースと護衛や使用人などの部屋があるのみ。
プライベートスペースや客室は二階以上。
ヴィスランティ家の屋敷の本邸となる建物は四階が一番高い。殿下らが使う部屋が何階になるのか、そもそも本邸なのか、左右にある東翼か西翼のどちらかを専用で使えるようにするのかもまだ決まっていないと聞いて、間に合うのだろうかと少し心配になった。
「ぶっちゃけどこを使ってもらっても構わねぇんだがな」
「ええ、坊ちゃまが居らずともどこもかしこも掃除しておりますとも」
トウマの言葉にジルミルさんがにっこりと返した。「坊ちゃま言うな」とトウマがボソボソと言っているが、これ以上藪からヘビを出さないようトウマはミニコンサートのステージの確認に戻した。
当日のステージ中に私が待機する場所も考えられていた。
ステージ袖がないので一階の観覧席候補の横が私の待機場所。子どもたちも私が見えることに安心するだろうし、何かあったらすぐに駆けつけられるので最適だった。
しかし子どもダンサーズが十人だと私一人では心細い。屋敷に着けばトウマがいるし、お屋敷の方々も助けてくれるだろう。しかし今日までの子どもたちとトウマの接点が不明。見慣れない大人に懐かないどころか泣き出されても困る。それにトウマには殿下付きの役目もある。こう考えるともう一人子どもたちがよく顔を知る人が保護者役でついていられるのが望ましいのだろう。
「もう一人か。カーラさんはだめなのか?」
「エバンスくんをニット先輩に預けて?」
「そうだった。泣かなくなってきたとは聞いたが、ほぼ一日母親不在にさせるのはだめか」
ニット先輩がエバンスくんを背負って業務にあたっていることはしばしばある。エバンスくんが外で見るあれこれに興味津々で部屋から連れ出さないと泣くというから前とは違う苦労さだろう。
一応トウマの案も完全には否定はしないが、『管理所のどこかにいる』のと、『管理所から離れた場所にいる』では気持ちが違うと思う。
私とトウマだけでは答えを出せないので、あとで関係者に相談しようとなった。
そんな話をして部屋に戻ったら、護衛チームの方々が不審者探しに区切りをつけてぞろぞろとやってきた。どうやら不審者と思しき者たちは追い返せたらしい。ひとまず安心だ。
引き続きヴィスランティ家専属警備員さんたちが屋敷の警備にあたっていて、部屋に来たのは領主館警備隊と管理所警備隊から選任された人たち。そしてダニエルさん。
ダニエルさんの首元からモジャが飛び出してきた。私の波長か何かを知りたいんだよね。
「すまんが、オイラを手で抱えるように持ってもらえないか?」
「こう?」
両手のひらで器を作るような形にして腕を伸ばせば、モジャが乗ってきた。モジャの全身を見たらハムスターに近い姿だった。
前脚で私の手のひらを揉み扱いたり、くるんとひっくり返って頭を擦り付けたりして、私の波長というか妖獣が感じ取る何かを記憶し始めた。
妖獣が人を識るのは接触が一番いいのことは知っている。でもこうして識られるのは実は初めてで、オニキスやフェフェ、キィちゃんは日々の中で勝手に私を識ってくれた。ゴゴジもそうだった。
どれくらいで終わるのかがわからないので、モジャを手の器に乗せたままでいるしかない。
トウマとコロンボンさんが紐で囲った場所に行き、中央にチビ、その左右に警備隊員を立たせてスペースを確認している。
「オレっちの周りを子どもダンサーズが回る振り付けがあるし、両手を広げるポーズもあるし、余裕がないとぶつかっちゃう」
「六人だとスペースがねぇか」
「左右五人だな」
「観覧場所があそこだとして、そうなるとチビのセンター位置はもう少しこっちじゃねぇかな? 紐の位置を少しずらそう。何か印になるもの置いとくか」
コロンボンさんが周囲を見渡して石を拾ったけど、先にコロンと登場した丸いもの。人の頭くらいあるそれはなに?
「じゃじゃじゃじゃーん! 磨きに磨いた泥団子ー!」
「チビ、片付けようか」
「そう言わないで見てよ! 見て見て! ピカピカ!」
自慢はあとで聞くからと仕舞わせた。宝石を出されるよりはマシだと思おう。
プルプルと笑いを堪えながらダニエルさんが目印で使ってもいいと花壇で使っていたレンガを置いてくれた。花壇を取り壊した際のレンガはまだ撤収してなかったので、ステージの範囲や他にも位置の目印に使う。
ステージになる板材を敷いたら板に直接印をつけてもらうことになった。
トウマがジュニオル様を補佐してミニコンサートのステージのセッティングにも目を配ってくれるなら安心だ。
「ステージのことで確認があったらコロンボン? ラワンさんか?」
「楽器隊全員宛先で構わないが、俺はきっと反応が遅い。急ぎはラワンかメイリンさんで頼む。あー、フェフェが音響をやる気マンマンだったな」
「了解。だったら当日はシュークリーム必須だな」
コロンボンさんとトウマに任せてしまうと私はやることがなくなって、部屋に戻って待っていたらモジャが私を記憶し終えたのか手の器から肩に飛び移られた。
「オニキスから聞いた。心がつらくなったらすぐにチビと逃げるんだぞ。なんだかんだオイラたちは楽しくやってるから思い悩むな?」
「……ありがとう」
こそっと耳元で告げられた言葉に目が潤みそうになった。
私を識るのが妙に長いなと思っていたら、モジャはこっそり話せる機会を伺っていたからだった。
私が知ってしまった妖獣たちが抱えている悲しい記憶。キィちゃんが私はそれを知る者だと他の妖獣に知らせると言っていた。
彼らそれぞれが接点のある妖獣に少しずつ伝えていて、管理所の妖獣預かりに来た妖獣が私を見定めているのも知っている。モジャのように励ましてくれる妖獣が多い。
領主館に勤める方を相棒にしているツバメの姿に似た妖獣もわざわざ泊まりに来て、いつもなら徹夜語りで睡眠不足になるのに、一晩中子守唄を歌われてやはり寝られなかった。そしてやっと名呼びを許してくれた。
多くの妖獣の監視という見守り。
言わない。
書き残さない。
私の中に入ってしまった妖獣たちの記憶の断片は、私が消えるときに消える。
それを見届けてほしい。
「よし! 次からはリリカや警備隊員のみんなが障壁を抜けられるように作るからな!」
「うん。よろしくね」
モジャは私とのコソコソ話を終えて、私の気持ちを切り替えるように大きな声で言ってから飛び、部屋に戻ってきたダニエルさんの首の隙間からまた制服の下に潜り込んだ。
ダニエルさんが着ている制服は詰め襟で、今は首元をくつろげているけれど、きっちり締めているときもモジャは首元から顔を覗かせるんだろうか? 素朴に疑問で聞いてしまった。
「大丈夫。オイラのためにこっちにも穴がある」
ダニエルさんの首元からモジャの顔が引っ込んだと思ったら、胸ポケットから顔が出てきた。モジャの頭がモジャモジャっと出て、コサージュに見えるだろうと言われたけれど、コサージュに見えるとは言い難い。ダニエルさんも苦笑いだった。
でも胸ポケットのほうがダニエルさんは苦しくなくてくすぐったくもなさそう。制服の改造はご法度だがダニエルさんはモジャのために胸ポケットの改造許可してもらっているという。こういうのは許可されないと困るよね。
「お昼をご用意いたしました」
ヨーダさんがそう告げに来てくれたが、お昼を頂戴する予定はなかったはず。もう帰るだけなのに申し訳ないと固辞したら、ご用意いただいた食事がもったいないことになる。ありがたく頂戴することにした。
案内されて移動したのは、いつぞやチビの歌のグッズ制作選考会をしていた部屋で、先ほどいた部屋より絢爛豪華な内装に緊張が増した。来賓を招く食堂ならば中規模くらいだろうか。こちらの部屋のほうが主庭に面している窓が大きく、チビも窓からグッズ制作のあれやこれやに参加していたのだろう。
昼食は定食スタイルとビュッフェスタイルが組み合わさっているような形で、完全給仕スタイルではないことにホッとしたのは私だけではない。コロンボンさんも安堵した一人で目配せして笑い合った。
使用人さんたちがどんどん食べてくださいとおかわりを促してくるので、ついつい食べ過ぎてしまった気がする。
食事をしながらこれからのことを聞いたら、護衛チームのメンバーは任務の間、丘の麓にある警備駐在所に引っ越すのだそうだ。早い人は今日の午後から引っ越しだという。引っ越しと言っても任務期間中の一時的なもので、家具などはすべて用意されている集合住宅になっているから、身の回りのものさえ持ってくればすぐに住める。
土地勘のある管理所と領主館の警備隊が丘の麓、屋敷はヴィスランティ家専属護衛の方々で分担し、殿下の到着で王族護衛隊が合流したら、ヴィスランティ家専属護衛の方々の一部も丘の麓の増援に入る予定だという。
昼食をいただいたら解散となった。
トウマはジュニオル様の補佐で残ることになり、車で管理所に送ってもらうのは私とコロンボンさん。
「一緒に戻れなくてスマン」
「大丈夫。お屋敷のこと頑張ってね」
チビには森を伝うルートで管理所に帰ってもらって、再びジャパスさんの運転でヴィスランティ家の車で送ってもらう。
しっかり密封された毒苔はジャパスさんの運転席横。管理所に着いたらこれの対応をしなくちゃ。
ふと、コロンボンさんが何か落ち込んでいる感じがして声をかけたら、護衛チーム結成がギリギリになったことを悔やんでいた。屋敷に着いたときにあった不審者騒動は丘の麓の巡回体制が強化されていれば防げたんじゃないかと。
けれど、それはコロンボンさんの責任ではない。
チビの歌発売もあって街は観光客で大混雑。毎日のように小さい揉め事が多発していて管理所と領主館の警備隊員さんたちは休む暇もない忙しさだと知っている。
「『あんなに騒動が多い街に王族が療養するなんて』と噂されるほうが聞こえが悪くなります。その判断で護衛チームの結成は今になったとお聞きしています」
「そうなんだが」
「コロンボン様、悲しいことに屋敷がある敷地への不法侵入は年がら年中ございます。とくに柵もございませんので、どこから敷地となるのかわかりません。けれど、この丘の斜面に生える草たちを自然のままにしているのは当家の我儘。わかって代々警備してまいりました。麓の警備は、あのように、この地域の者たちに支えられております」
ジャバスさんの声色が優しいものになり、窓の外を見るよう促されて視線を移せば、だいぶ離れた場所だがこの付近の住人だろう人たちがロープを持ってヴィスランティ家専属警備員と何やら話し込んでいるのが見えた。そして車の行く道の先では子どもたちが自分の身長と同じくらい長い棒を持って仁王立ちしている。
「とまれー!」
「ちがうよ! あのくるまはおやしきのだよー!」
「ほんとだ! ジャパスさんだー! いってらっしゃーい!」
「わっ! おきゃくさまのせてる! しゃんとしよ! しゃんと」
道の左右にある敷地との境界線となる高い柱に寄り、敬礼の真似をする子どもたち。ぶんぶんと手を振ってくる子もいて、私も手を振り返してしまった。
「あちらの者たちは簡易の柵を拵えようとしてくれているのでしょう。たまに杭とロープで簡単なものを設置しますが、この丘はそれくらいでいいんです」
ヴィスランティ家は、その昔王族の姫がヴィスファスト家に降嫁したときにできた分家。当時のヴィスファスト家の家臣や王女についてきた人たちなどが麓に住み着き、今に至っている。長い年月が過ぎ、明確な身分制度がなくなってもこの麓の住人はヴィスランティ家に仕えているのだとわかる光景だった。
ジャパスさんもこの地の出身。押し付けられて教えられたわけではないが、ああして門番ごっこをしたという。
子どもたちの門番ごっこは微笑ましく、木陰で休んでいるご老人もほのぼのとした光景に見えて、子どもたちの見守りと道行く人の監視も兼ねていると説明してくれた。
「子どもたちへのお駄賃は決まっているんですか?」
「いいえ。子どもに門番ごっこでは金銭支給はしていません。あくまでもごっこ。お金目当てで門番ごっこをさせないためです。ですが目の数が多くあることで先ほどのように通報が早く入る利点で助けられているのは事実なので、お菓子だったり、飲み物だったり、屋敷の惣菜を分けたりですね。ふふっ、門番ごっこ出勤簿があるんですよ」
「出勤簿? しっかりしてますね」
「私が子どものときもあったので、受け継がれているいい遊びであり、学びの場でもありましたね」
子どもたちが持ってきた出勤簿を見て、学校をサボって門番ごっこしていた場合は叱っているという。
子どもたちが門番ごっこを始めると、子どもに危害が及ぶことがないかを見守る大人も出てくる。おもに高齢者で、道の脇の雑草が酷くならないように草むしりしたり、子どもたちに声をかけてごっこ遊びに混ざってみたり、木陰でのんびりのふりで見守ったり。
子どもたちを見守る役目は正規の依頼で些少だが対価を支払っている。
高齢の方々の大半は元使用人や元警備員だと聞けば、ヴィスランティ家とこの地域の人たちの絆の強さと深さを垣間見た気がした。
「明日から子ども門番のみんなに俺の顔を覚えてもらわねぇと」
「そうですね。子どもたちに危険がない限りは、ごっこ遊びは見逃してください。普通の観光客は子どもに『だめだ』と言われると結構退散してくれるんですよ」
車の後ろの窓から通り過ぎた門柱を見れば、子どもたちはしゃがんで何かをし始めていた。
車に乗り込むときは険しい顔つきだったコロンボンさんだけど、その表情には明るさが戻っていた。
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