76.やっとだね
チビのサプライズコンサート成功を祝う打ち上げ会は、夏に建てた新しい休憩所でやることになった。
基本休みなしの管理所だけど、建物や設備点検などの理由で一般来訪休日をとることがある。
打ち上げ会は一般来訪休日に実施。それがたまたま私の誕生日なだけで──
「去年と一昨年にも年終わり前に休所日は取ってるぞ? 展望塔の予約の都合で、ツアー先には三カ月前には休みを知らせなきゃなんないから、こう言っちゃなんだがたまたまだな」
「あ、そうですよね」
リーダーと妖獣の仮設仮眠所の待機室でせっせと繕いもの。
妖獣が寝るときに使ったクッションが破けたので縫製中。クッションは妖獣の持ち込みもので管理所のものではない。
今日の早朝の仮眠所見回り担当はルシア先輩だったけれど、「縫い物は下手だから」と私に連絡があって餌担当業務と交代した。
妖獣におずおずと差し出された破れたクッションは、だいぶ年季が入ったもので、中の綿もだいぶヘタっていて、洗濯部に依頼するか考えたけれど、この大きさなら私でも直せなくはない。ここのところキィちゃんのアクセサリー作りをしていて、小さい工作と裁縫が息抜きになっていることもあり、私が直すことになった。
妖獣は五日間預かり滞在するから、中の綿も手作業でできる範囲の打ち直しみたいなことをやってあげることになり、只今誠意作業中。
仮眠所にいたリーダーが手伝ってやろうと言ってくれたけれど、裁縫能力は壊滅的なことを知っている。それでもやりたがったので、そこそこ暇なんだろう。中の綿が洗っても問題がない素材か調べてもらうことに誘導。
そうして作業しながらの雑談の話題は、打ち上げの話しになった。
「次の一般休みがリリカの誕生日なのはたまたまだが、なんて都合がいいんだと気付いてな。これは祝ってやらねばとシードと話したんだ。管理所の職員が入所後に成人することなんてないからな。みんなリリカが入所したときの歳のことを知っていたのに忘れていた。俺もな。本当にすまん」
「とんでもない!」
シャーヤラン領付近では成人の祝いは家族や友人たちとワイワイとやるのが普通の認識。やらないと心配されることがあると追加の解説をしてくれたのは、王太子殿下の来訪を告げに来たときのペニンダさん。
侯爵夫人が私の晴れ着の撮影となった際、祝いの席を考えてくれたことも、「今の関係性を考えると妥当かな」と言われて、地域文化の差ってすごいと驚いた。
ラワンさんはシャーヤラン出身ではないが、「私の出身地はシャーヤランほど派手にやる雰囲気はないですが、やっぱりやるのが普通ですねえ」と言われ、シシダのあるパース領北部は、昔は陸の孤島だったこともあって独自の文化が育ったんだろうと話したのは昨日のこと。
リーダーも祝いは派手にやったなあと教えてくれた。
「おーい、新人を連れてきたんだけど挨拶できるかー?」
仮設妖獣仮眠所の入り口からトーマスの声がしたので、リーダとともに外に出る。
トーマスが牧場に新しく来た新人さんを連れてきていた。前にトーマスとマドリーナが言っていた獣医師資格を取った方で、すぐに来るような様子だったのに今日まで延びていたのだ。
「初めまして。シャーヤラン畜産管理施設の獣医師として配属となりましたミダリーヌ・コストゥです」
おおっ、コストゥ姓の人がまた増えた。
女性で坊主頭に近い髪の長さは珍しいけれど、これがこの方の姿なのだろう。髪の色がかなり明るい薄茶色で、濃いめの茶色と黒髪が多い王国ではそこそこ珍しい。
真っ直ぐに立ち、片方の手のひらを胸にあてる挨拶は軍のそれ。この挨拶をすると管理所は軍管轄だと思い出すが、普段することは滅多にない。
「アロンソ・コストゥです。妖獣世話班のリーダーを務めています」
「リリカ・コストゥです。私もコストゥですが、リーダーと血縁関係はまったくありません」
「俺ともな」
トーマスがマドリーナと結婚する前の家名もコストゥ。
今ここに血縁関係がまったくないコストゥが四人もいて、自然と笑いが出てしまう。
「ここは仮設で、隣に建設し始めている建物が、今後、妖獣を預かる場所になります」
陛下たちご帰還のあとから、人工森林を切り拓いている場所の整備が再開。
とくに仮設妖獣仮眠所のすぐ隣は、チビが木の根を取り除くときに無駄に大きく掘り起こしてしまったのを、多数の妖獣がギャンギャン怒って埋め直して、そりゃもうきれいな更地に仕上げてあった。
仮設の建物は既存の倉庫の枠をそのまま使ったこともあり、専有する敷地面積が広くなってしまったが、建設する建物の敷地面積は仮設の三分の二くらい。
建物の半分は三階までで、半分は四階がある。半四階建てと言えばいいのだろうか?
妖獣が仮眠する部屋のほかに、室内遊び場、治療室、妖獣世話班職員の待機室などができる予定。四階は妖獣世話班を中心とした職員寮になる予定だが、どちらかと言うと仮眠室みたいな利用を考えているらしい。職員村ができたら、その時々で利用目的は変わるだろう。
リーダーがミダリーヌさんに、管理所の治療室から医療機器や設備を移動する際には、獣医師として立ち会ってほしいことを話し、現在牧場にいる他の獣医師二人とともに来てくれる約束などをした。
「俺を相棒にしているフェフェには会いましたか?」
「いえ、チビさんとオニキスさんには朝の餌の時間にお会いしましたが、フェフェさんはまだです」
ミダリーヌさんが妖獣の名前にも『さん』を付ける初々しさ。私もオニキスとフェフェを呼び捨てにするまで少し時間がかかったのを思い出す。
「あいつ、今、どこだ?」
「多分、ホワキンさんと博物館か作業小屋だと思います」
リーダーがフェフェの居場所を把握してなくて、私が把握している不思議。
でも不思議でもなんでもなく、妖獣たちの餌の時間のあとの午前中、フェフェと定期的にゴゴジのボヤきを読み進めているので、私とフェフェはかなり頻繁に会っているし、連絡も取っている。
一昨日、試してみてもよさそうなものを見つけて、ホワキンさんとナタリオさんに話しに行ったら、フェフェが熱く語り始めてしまった。その後、フェフェと図書室で会う約束をしていない。この流れから博物館か作業小屋だと予想できる。
「何か面白いものでもあったのか?」
「フェフェは『なんだそれは? 見たい! 見たい!』と面白がっていましたが、実際は面白いというものではなく、昔の工作用機械です。博物館にあるのはわかったんですが、動かしていいのかと随分食いついていたので、しばらく帰ってこないかと」
「ふーん? ホワキンとナタリオが一緒ならほっとくか。俺を相棒にしているフェフェはそのうち会うだろうが、自由なやつだ」
「は、はぁ……?」
ミダリーヌさんはキョトンとした雰囲気になりかけつつも、真面目な顔を崩さなかった。隠さず笑っているトーマスがフォローするだろう。
ミダリーヌさんの基本の勤務先は牧場だけど、しばらくは討伐班の巡回に同行する研修があるので不在があると言う。
「最後の卒業訓練が海だったんだと。海が荒れて荒れて大幅に遅れていると連絡は聞てたんだが、めでたく卒業よかったな!」
「海揺れがなかなかハードでした……」
ゴゴジと相棒さんの遺灰を海に還すときに海用の船に乗ったけれど、穏やかな波だったことと速度を出さない走行だったので、海揺れの洗礼は受けていない。海揺れは乗り物酔いのなかでもそうとうきついと聞く。
アクロバティックな空中旋回もかなりハードだが、どちらにしても不調になる酔いはきつそうだ。
シャーヤランに海はない。だからこそ、ミダリーヌさんはシャーヤランの畜産管理施設に正式に配属となる前に海を知っておこうと、卒業訓練の場所を海にしたと聞いて、真面目だなーと思った。
トーマスとマドリーナから、十五歳くらいの頃に学校を抜け出していたことを聞いてしまっているから、もっと、こう、不真面目さがあるイメージだったので、想像とのギャップが大きい。
何が何でも牧場に勤めたいと意識を変えたきっかけから、努力に努力して獣医師の資格を取り、たしか食品衛生管理の資格も取っているはず。そう考えると学校をサボりがちだった頃は、将来の目標が見つからない迷路にいたのかもしれない。
私も学院でチャルデン教授と会い、苔の魅力を知るまでは、何をしたいなんてなかったのを思い出す。
リーダーが建設中の妖獣仮眠所以外にも職員村ができる計画などを話しながら工事現場の様子を見学し、トーマスが職員寮の研究室フロアや売店などを案内してくると去っていった。
「これでユゲも結婚か」
「?」
トーマスとミダリーヌさんが去ったあとに、リーダーが呟いたユゲ──ユゲルノさんは牧場の頼れるおじさん。牧場主として経験も知識も足りないトーマスの指導役でもある方で、離婚歴があり、現在独身の四十歳台だった記憶。
結婚? いい人が見つかったのは喜ばしいことだけど、なぜ、いきなりなんでユゲルノさんの話し?
「ミダリーヌはユゲと一緒にいたい一心で猛勉強したんだ」
「え?!」
「ミダリーヌが十何歳だったか忘れたが、ユゲはあのとき離婚したばっかで腐っててな。『屠殺をなめんじゃねぇ!』って恫喝して振り切ったんだが、本当に獣医師になって戻ってくるとは」
驚きの真相。
つまり、ユゲルノさんと一緒の職場にいたいから?
「健気!」
「健気なのか、真っ直ぐなのか、粘着質と言ったらぶん殴られそうだが。ここから猛アタックだろうな」
ミダリーヌさんのあの短い髪型も、若い時分に猪突猛進でユゲルノさんにアタックした際、「フワフワチャラチャラした髪型で加工作業場に入れさせるわけねぇだろうが!」と怒鳴られて、翌日にはツルツルの坊主頭にしてきた流れのまま短いんだろうと聞けば、やっぱり健気だと思う。坊主頭にしてしまう振り切り方が凄いけど。
ユゲルノさんは街に出るとその顔つきだけで職務質問を受ける強面。領都の警備隊の新人隊員が巡回し始める時期に街に出たら、ほぼ確実に声をかけられる。
ちょっと離れている第二領都を歩いたら、何回職務質問を受けるか賭けが開催されるほど。
なお、ユゲルノさんに職務質問した警備隊員の新人さんたちには、「顔で判断してはならない」と、きっつい研修があるそうだ。
そんなユゲルノさんとご結婚されていた方は、牧場の業務──とくに屠殺に対する意識というか感覚的なことになるが、どうも駄目だったらしい。
討伐も屠殺も解体も誰かがやらねばならないものだが、人によって受け入れきれないなら仕方ないと言えば仕方ない。
ユゲルノさんも最初から屠殺業務に就いていたわけではなく、経験を積んだことで任せてもらえるようになった。しかし、そうなったら別れた女性は、実際に屠殺の現場を見るわけじゃないのに、夫が屠殺に関わっていることがどうしても嫌で、それで喧嘩になり離婚。
一方、ユゲルノさんに惚れているミダリーヌさんは、獣医師になったくらいなので、牧場の業務に不満なんてあるわけはなく、押しに押していくだろうと言うのがリーダーの想像。
「コストゥ姓仲間が増えたと思ったらすぐに減る」
めでたいことでコストゥ姓仲間が減るのはいいと思う。
「リリカがヴィスランティになればもう一人減る」
「セクハラです、セクハラです」
「笑いが出るほど凄い棒読みだな。……まあ、目を背けてないならいい。何かあればウチのにすぐ相談しろ」
頷きしか返せない。
メイリンさんには引き続きマナーや上流階級特有の事柄を習うことになっている。
トウマとの付き合いと家のことは別。
だけど、習っておくことに越したことはない。
ブブブと耳に嵌めている通信魔導具が震えた。震え方で重要度レベルを変えているが、最高レベルではないけど最低レベルでもない管理所の全職員向け通信だった。
リーダーの腕輪の通信魔導具も震えて、同時に通信に反応すれば、チビの歌の発売日を解禁する内容。
「やっとー!」
「やっとかー」
ゴンゴン、ドドド、ゴゴゴ、ガンガンと響いていた重機の音も止まって、あちこちから「やっとかー」「やっとだなー」という声が聞こえてきた。
「チビの発表が重要度の中レベル」
「影響範囲が大きいからな」
少し前に、年明けと同時発売は内々で職員に通達されたけれど、最終決定まで予定よりも随分と時間がかかった。
根回しに根回ししまくってあるので、最後の難関は国政との兼ね合いだった。
陛下がチビの歌に絡みついてきたことは予想の範囲内だったが、思いがけないところ──国政を鑑みて、『オレっちチビ』の歌詞の内容に物言いがついたのだ。
チビは『オレっちチビ』で世間の声に噛み付いた。
どうして動物を愛玩目的で飼育しない法律ができたか忘れたか! そしてどれだけ研究者が涙を流して命を見送っているのか知ってんのかよ! たくさんの命の犠牲と研究者の涙も知らず、便利な生活だけ享受して、殺せ、殺すなと勝手なこと言うんじゃねぇ!
私がチビをシャーヤランの森に帰したいと奔走したときにあった非難の声。
非難の声は教授たちにも及んでしまい、発光苔の予算が取りにくかったのも、そういう世間の声に忖度しての影響だったと聞いている。
私だけならまだよかった。
世間の声に妙に慮って、一時期は教授や先輩方々にも肩身の狭い思いをさせてしまって申し訳なかった。世間の温度が落ち着いた頃合いに解消されたけれど、チビはけっこう怒っていた。
チビは全部見ていたし、聞いていた。
サプライズコンサートで『オレっちチビ』を歌ったのは、チビにとっては鬱憤晴らしもあったのだ。
『オレっちチビ』の歌がサプライ部コンサートで報道されて多くの人が知った結果、チビが巨大竜になる前にあった実験動物としての扱いと、その後の顛末の際のことが少々話題になった。
私にとっては世の中のどんな曲よりも『オレっちチビ』は大事なものだが、結構ストレートな言葉でチビが怒っている歌詞がある。そんな曲が収録されるものに、陛下の名前を載せるわけにはいかないとなっていたのだ。
背景に、ここ最近の王国で、動物を飼育したい要望が少し高い。
他国では動物の飼育が認められているところもあるので、動物飼育の要望は何十年か単位で議題に挙がる。それで国政でもチビの歌詞の内容にピリピリとなったのはわからないでもない。
動物一匹の販売の裏に、数百、数千の死があるのが生体販売の実態。売るために繁殖させて、売れなければ処分。劣悪な環境で飼育とも言えない扱いで亡くなる個体も多々。
禁猟・禁漁の密売も起きる。
命を飼うのはぬいぐるみを買うのと違うのに、後先考えずに購入し、飼育の大変さから捨てる者も出るだろう。
愛玩としている動物が食肉として売られていることに非難する者まで出て、ギスギスとした日常となる歴史を繰り返すのだろうか。
学んだ歴史を思い出して気分が落ち込んだ。
とは言え、私自身が政や法制度に物申したいわけではないこともあり、チビのガウガウと世間に噛みついた歌詞がどう捉えられるか、とにかく静観だった。
「それにしたってあんなに新曲を追加しなくてもよかったのでは?」
「ウチのは楽しそうだったけどな」
メイリンさんはそうだったろうな。ラワンさんもコロンボンさんも楽しそうだった。
当初はサプライズコンサートで披露した五曲入りで売る予定だったけれど、国からの物言いに真正面から立ち向かう気はなく、バラバラにして一曲ずつ売ることも検討された。
結局、『オレっちチビ』を抜いて、代わりの曲を入れることで着地。
『おひさまイェーイ!』
『さかながたべたい』
『やさいのきもち』
『動かせ筋肉!』
『ふえる数字へる数字』
『おうさまとトカゲ』
『魚の虜』※ヴァイオリンバージョン
『替え歌、サカカナはウマイ!』※ノーマルバージョン
『魚の虜』※ピアノバージョン
『動かせ筋肉!』※マッチョバージョン
『替え歌、サカカナはウマイ!』※マッチョバージョン
なんだかんだと増えに増えた。
『おひさまイェーイ!』は、百五十年前に作詞作曲された方はお亡くなりになっていて、王国では当たり前に歌われている子ども向けの定番曲。誰が歌ってもよく、それで得た収益がある場合は一部を児童福祉に寄付する。チビはその他の全てでも一定割合で寄付を決めているので問題ない。
『さかながたべたい』で子どもが魚を食べるようになった、抵抗感が下がったという声があり、新曲を作るなら野菜を苦手とする気持ちを緩和できないかとなって『やさいのきもち』が誕生。
『動かせ筋肉!』は、運動しながら体の部位や部分的に筋肉の名前が出てくるストレッチ体操の歌だ。幼児に筋肉の名前は早いのではと思いきや、聞いた子どもたちが面白がって「じょーわんにとーきん!」などと楽しんでいた様子で採用された。
『ふえる数へる数』は数字を覚えるための歌。リズムに合わせて数を言っていくもので、めちゃくちゃ簡単な暗算言葉も歌詞になっている。
『おうさまとトカゲ』が陛下とチビのデュエット曲。これを録るまで帰らないとごねた陛下だったが、事前に曲はできていたのでサクサクと収録。陛下の浮遊城艦にあるステージをわざと手作り感満載の下手くそ風に飾り立てた宣伝映像も撮ってある。
『魚の虜』の通常収録はサプライズコンサートで披露したヴァイオリン演奏のもの。
『替え歌、サカナはウマイ!』は、大御所バンド『フェスティーナー・レンテー』の曲『大声で泣け! そして笑え!』の替え歌。快く収録を許可してくださった。むしろ大笑いしながら入れてくれと懇願された。
そのあとに収録される曲はオマケなのだが、大人が本気モードの遊びで作っている。
『魚の虜』のピアノバージョンは、序の口。
『動かせ筋肉!』と『替え歌、サカナがウマイ!』のマッチョバージョンから、大人が本気モードの遊び。
菜園班、討伐班、土木整備チーム、警備隊などからマッチョな人たちがノリノリで参加して、宣伝映像も撮っている。野太い声とムキムキマッチョ軍団の舞いを見て、笑い死にそうになる人多数。筋肉を見せびらかすなら負けないリーダーとシード先輩は、首を横に振って参加してくれなかったけど。
「発売と同時に笑い死ぬ人が出ないことを祈らないと」
「笑い過ぎて過呼吸になって救急はあるんじゃないか?」
「フェスティーナー・レンテーで発生済みです」
「救急が増えないことを祈らないとな」
「祈りましょう」
発売前にちら見せで十数秒の宣伝映像を流す予定があったことを思い出し、発売決定したから早ければ明日から映像が流れる。笑いの渦が王国どころか全世界で生まれそうな気がしてならない。
待機室に戻ってクッションの修理を再開。リーダーは取り出した中身が真綿ではないことを確認し、洗い方を調べて別の布にくるんで桶でもみ洗いをし始めてしまった。
「そう言えば、ニットも収録の見学には嬉々として参加してエバンスくんが泣かなくなったと言っていたな」
「そうなんです。少なくなりました」
エバンスくんは泣くことは減ったけれど、突如、ゴゴゴゴゴ、ボボボボボなどの謎の擬音を発して、うっきゃー! と笑い転げることが増えている。
「あれ、何の真似だろな?」
「もしかしたらベースの音じゃないかと、コロンボンさんが言ってました」
「音楽のわからん俺にはわからん」
「それは私もです。ところでリーダー、サリー先輩からダイランくんのことで相談ありましたか?」
トーマスとミダリーヌさんが来ていた際、学校をサボっていたミダリーヌさんが獣医師になったことを思い出したら、今まさに将来の目標が見えない迷えるダイランくんのことを思い出していた。
話しの切れ間を見つけて、他に誰もいないのでリーダーに聞いてみたら、「サリーから時間がほしいと相談だけあったが、ダイランくんのことか」と、まだ聞いてなかった。
「珍しくフェフェからも、サリーを突付いて話しをしろと言われて、どうにも仕事のことじゃなさそうだと思ってはいたんだが、私事にコッチから首を突っ込むのもな」
「サリー先輩がリーダーに相談打診していたと聞いただけも安心です。すみません、仕向けたのは私です」
リーダーが桶の水をシンクに捨てて、綿を絞る。鍛えるだけ鍛えて日ごろは一切有効活用されないリーダーの筋肉が、綿の脱水で有効活用されていると言ったら、事実を言うなと笑われた。
「戻るかこれ」
「……戻しましょう」
ぺったんこになった綿を解していくが、今更ながら水洗いしていい素材だったのかと、リーダーの判断に不安が募る。
真綿でなくても駄目だったのでは?
……乾いた状態を見てから考えよう。
私がチクチクと縫っていた綿を詰める中カバーは、プロには負けるがこんなもんだろう。綿を詰めてから縫い止める部分だけ残し、こちらもざっと洗ってリーダーに絞ってもらって干す。
そんなことをしながら、リーダーに話せそうなところだけ掻い摘んで話した。
「なるほどな。ダイランくんもなかなか真面目だな」
「真面目も真面目です」
リーダーは「最終的には二人が話すよう仕向ければいいってことだな」と役割をわかってくれた。
「サリーの相談の着地次第だが、方向性はわかった」
「よかった。ダイランくん、今日は学校行ったかなぁ」
「ん?」
「最近学校に行ってない日があるんです。私とフェフェが午前に図書室にいるときに会うんで」
「ミダリーヌと同じか?」
「ミダリーヌさんの過去は知らないですが、通信授業で補習を受けてどうにかしているっぽいんですけど、これ、続くのはよくないと思って」
「うーん、よくないかもしれんなぁ」
ガリガリと頭を掻くリーダーは、ダイランくんの親戚のおじさん役を早めに実行してくれそう。サリー先輩の憂いが解消されるといい。
「さて、リリカはそろそろ帰っていいぞ?」
「……」
あまりにも普通に言われた『帰っていいぞ』の言葉に、帰りそうになるが踏みとどまる。
ルシア先輩と私は業務を交代しているから、私は引き続き仮眠所の担当。
ニット先輩がそろそろ仮眠所のフォローに来る。
管理所の受付はサリー先輩。
シード先輩は今日は休み。
リーダーも休みの日なのに、なぜ仮眠所にいるのか。リーダーが当たり前のように仮眠所にいるのがおかしいのだ。
朝にルシア先輩が仮眠所に来たら「想像していたから驚かないと思うけど、リーダーが普通に起きてきた」と呆れていた。
私も仮眠所に来て、状況を見て、即座に部長さんに連絡した。
「リーダー、ここは妖獣世話班全員での仮眠所の見回り用の待機室であって、リーダーの部屋じゃありませんからね?」
「ん?」
ん? じゃない。
いつの間にこんなに生活感溢れる待機室に改造したのか!
山小屋の近くに簡易住居を建てて過ごしていたときのベッドなどが搬入されていて、下着まで干してある待機室なんて落ち着きゃしない!
仮設には待機室を一つしか作ってないんだから、専有禁止!
新しくできる妖獣仮眠所に専用部屋を作るんだから、それまで待とうよ!
活用頻度が低いだろう大型妖獣用の仮眠室を専有するのも駄目だと、部長に怒られたの忘れましたか!
「リーダー、部長さんがお呼びです。しっかり怒られてきてください」
「酷いぞ!」
「酷くないです! 部長さんからリーダーによる仮設仮眠所の部分私物化があったら報告せよと、みんな厳命受けてます」
「酷いぞ!」
「部長さんに言ってください。あ、ニット先輩! リーダーを連れてってください!」
「酷いぞ!」
「うわぁ。ルシアから連絡もらったから早めに来たけど、ここのところ待機室に入れてくれないと思ったら、こんな改造してたんですか。はい、リーダー、僕もしっかり見ました。僕らが酷かろうがなんだろうがリーダーは部長のところです!」
「酷いぞーッ!」
私たち酷くない!
よくもここまで私物を持ち込みましたね! 何日も待機室に入れなかったわけだ! んもおぉー!
お読みいただき、ありがとうございます。感想や評価等をいただけると励みになります。
2025年7月25日の活動報告にも書きましたが、「チビと私の平々凡々」は『本編』としてはまもなく完結します。
本編完結エピソードまでのたたき台は書いたので、誤字・脱字・誤変換点検とエピソードごとの過不足を確認して、あと何回の更新となります。
でも、『番外編』を書く予定があるので、引き続き「チビと私の平々凡々」をよろしくお願いします!
もう少し頑張リますよー!