75.気遣いに守られて
起きた途端に顔にビターンとぶつかってきて張り付いたもの。この痛みに覚えがあることが悲しい。
「もー! 朝から誰ーッ! 顔やめてーッ!」
妖獣の異能の伝言板だった。
私の顔とほぼ同じ大きさの半透明の伝言板を掴めば、抵抗なく顔から離れた。
おでこと鼻が痛い。本当に顔を狙うのは止めてほしい。
「……ん?」
手にした伝言板は初めて見る色で、チビでもオニキスでもフェフェでもキィちゃんでもない。オパールとフクロウたちのものは見たことがないが、おそらくあの四匹ではない。
一瞬イチゴちゃんかと思ったが、あのときのイチゴちゃんの伝言板とも違う。
伝言板を『読む』と念じながら見つめたら文字が浮かんできたので私宛。
──やっほー! チビのコンサート見たぞー! 歌の発売まで頑張れよー! この前マエルの任務でパース領の近くを通ったからシシダの湯治場あたりを寄り道した。あのあたりの警備体制はしっかり見直されていたぞ。よかったな! これ、シシダの妖獣の真似して送ってみたが届いたか? 届いて読めたら通信で返信くれ。byセイ
「届いたけど痛かったよー!」
異能の伝言板より通信機を使えばいいじゃないかのセイが、わざわざ異能の伝言板を送ってきたことに笑ってしまう。そして返信は通信を使えなのか。だったら最初から通信でいいと思う。
「……」
読んだのにセイの異能の伝言板が消えない。
ザッと血の気が引いていくのは伯父のことがあったから。
無意識に震える体に落ち着けと思うが、体の芯が冷えていく。
伝言板の言葉をもう一度見る。
シシダの妖獣とはイチゴちゃんのことで、イチゴちゃんの真似──とは、どういうことだ?
読んだら消える妖獣の伝言板が消えないことに鼓動がどんどん速くなる。
ガタガタ震え始めた体。ベッド横の棚にある情報端末を鷲掴み、セイの連絡先を探して音声通信で呼び出した。
「お? 届いたか?」
「とどどどどいたけど、なななななにか……何か悪いことがあったわけじゃないよね!」
「ぽはあ? 落ーちー着ーけー?」
呼吸が浅い。ドキドキが消えない。
「あ! ……あー、すーまーんー。失敗した。リリカ殿に送っちゃダメだったー。驚かせようと思っただけなんだー」
セイは私の慌てぶりと呼吸の浅さに気がついたんだろう。ハッと息を呑む音が聞こえてきて、伯父の事件で負った心の傷のことがあるのにすまん! と、叫ばれた。
「何もない! 何もないぞっ! 伝言板にもう一つ伝言板を仕込むやり方がやっとわかったから、遠方にも飛ばせるかやってみたかっただけなんだ」
相棒であるマエルさんの同僚で何人かテストして、よし、いけるとなり、取得した技で作った伝言板を遠くに送れるか試したくなった。
遠方に飛ばすとして、さて、誰にするかとなったとき、相棒のマエルさんの親しい空軍関係者にはもう知られてしまったし、隠し伝言板のことを知っていて、やっても怒らなさそうなのが私しか思い浮かばなかったという。
一つの伝言板にもう一つ伝言板を仕込める技ができたことが嬉しくて、チビから聞いていたあのときの私の憔悴状態のことがすっぽ抜けてしまったと。
事前に通信で連絡してから送ればよかったと、何度も何度も謝られ、事件性皆無のセイの異能制御のテストだとわかれば脱力して安堵。ごめんごめんと謝り続ける声を聞いていたら落ち着いた。
「うん、もう大丈夫。本当に驚いた。あとおでこと鼻が痛かった」
「おでこ? 鼻? そりゃ重ねてすまん。こっちのテストじゃ小指の長さくらいのを出現させて、手の甲か腕に張り付くようにできたんだが」
通信しながらひょっこり目の前に出現したのはセイの普通の伝言板。指の長さの半分くらいしかなく、触ったら広がり、『書くボリュームにも寄るが、今届けたやつが出現時の普通なんだがなー』とあった。同じことを通信でも言ってきて、読み終わればその伝言板はふっと消えた。
セイは普通のものは普通に届けられるのに、編み出した技のものは制御が狂うのかと、ぶつぶつ言い出し、顔に張り付いたのは想定外だったらしい。
「ネタバラシしておくと、隠しで仕込んだ相手はそっちにいる法律士だ。リリカ殿のシシダ行きに同行した音楽好きの。所長さんと秘書さんを選ぶ気になれんかったし、そうなるとシード殿の奥さんか法律士か警備隊員で、法律士にした。法律関係の相談役とか他にも細々条件はいれたが出現するか試してくれ。それで結果が知りたい。中身は『できたー』としか書いとらん」
「本当にテストなんだね」
「おう。わっしは異能の制御はなかなかできる方だと思ったが、リリカ殿の一件でこんな作り方があるのかと知って衝撃だったんだ。実は悔しくて練習した。活用する気はないぞ。めちゃくちゃ面倒くさい! 面倒くさいができたのが嬉しい!」
ちらりと軍の極秘情報の通信方法として活用する道があるんじゃないかと思ったが、伝言板にもう一つ伝言板を仕込む技は非常に難解で、妖獣のすべてができるものではない。それに、妖獣ありきの方法に頼るのはご法度だ。空軍内でもそのことには気づいていて、セイの異能遊びに留めるよう言われたという。
「今なー、チビとオニキスとフェフェとキィに、伝言板でリリカ殿を驚かせて怖がらせてしまったことを念話したら、一斉に怒られとって頭の中がすごい」
私と話ながら他に四匹と念話しているセイの器用さ。
「リーリーカーッ!」
「リリカーッ!」
そして山小屋に四匹の声が近づいてくる。
「えーと、じゃあ、あとでラワンさんのところに行って伝言板が出現したらテスト完了だね」
「すまん~。急がないから結果は教えてくれ~」
通信を切り、起きたばかりで髪が酷かろうが寝間着だろうがトイレにも行きたいが、心配してきてくれる四匹の前に姿を見せるのが先。
寝室にしている部屋の窓に近づいた途端にチビのドアップ。
「リリカッ!」
「うん、大丈夫! 私、大丈夫だよ! セイも謝ってくれた!」
「窓開けなさいな! 窓! あ~、リリカ~、大丈夫? セイをぶっ飛ばしたいなら手伝うからね?」
「うん、キィちゃんありがと。ぶっ飛ばしたくないから大丈夫」
窓を開けた途端にキィちゃんがガバリと顔に抱きつかれ、息苦しい。
同時に後頭部にフェフェがガッチリ捕まってきた。暑い。
チビの鼻息も荒くて熱くて、暑い。
「はぁぁぁ……、リリカ震えてない、泣いてない、よかったぁ……」
「あいつも軽率だったと謝っているが、大丈夫ならいいんだ」
チビもオニキスもフェフェもキィちゃんもありがとう。
すごく心配されてる。本当に嬉しい。そしてそろそろ暑苦しい。
「……と、今朝そういうことがありまして、とりあえずラワンさんにセイの伝言板が反応するか確認したくてお呼び出ししました」
「……なんというか、お疲れさまでした」
朝の妖獣たちへの餌やりを終えて、悪阻による不調が落ち着いてきたマドリーナの夢遊病のような徘徊を捕まえ、寝たのを知ってから管理所に来た。
マドリーナの悪阻はだいぶ落ち着いたけれど、不規則な睡眠による夢遊病のような行動が見られるようになり、トーマスや牧場の従業員たちは心配続き。
わんわん泣いていたゴードンとヘンリーを宥めに宥めて、何とか学校に見送り、空いている会議室を確保してラワンさんに連絡して来てもらった。
隠し伝言板のことは公にできないので、いつものように頭上に乗せて歩くのは止め、顔サイズの伝言板が入るバッグに入れてきたのを取り出す。
「あのときのものは、最初に読ませる対象が妖獣の面識のない者、その後に届けたリリカさんとの再度の接触がないと隠れたものが出現せず、なおかつ単体では読めないと異例尽くしでしたので、完全再現ではないですね」
「そう、ですね。このあとセイに結果を連絡するときに言っ……たら、また試行錯誤するのかな……」
「言うのは止めときましょう」
まずセイの伝言板を私が読み、その読んだ伝言板にラワンさんが手を近づけたら、イチゴちゃんの伝言板のときのようにもう一つ出現し、──どうしてきれいな緑色の緑連豆のサヤの形なのかな?!
「伝言板はこういう形にもできるんですね。初めて知りました。ああ、『できたー!』とありますね」
「私も初めて見ました。ラワンさんを指定して仕込んでいるけど私も読めます。あ、消えた……」
しばしの沈黙のあと、同時に少々深いため息が出た。
その場でセイに連絡して、隠し伝言板が出現して緑連豆の形だったことと、『できたー!』と読めたことを伝えたら、「モウヤンナイ、モウヤンナイ」と片言の言葉が返ってきた。
あれから四匹にえんえん念話で愚痴愚痴言われているという。
代表してチビを呼び出し、もうセイを責めないでいいとお願いして、他の三匹にも伝言してもらった。
もう一度、深いため息。
「──これは終わりということで。リリカさんのお時間が大丈夫なら、シシダ行きのことを詰めておきたいんですが」
「はい、大丈夫です」
夏の式典の際に義姉のお腹に赤ちゃんがいると知って、兄夫婦に子が生まれて落ち着くタイミングで帰省すると約束したが、あれから少し、いや、かなり事情が変わった。
次に私が帰るときにはチビの歌が発売されている。
私一人で帰ることも考えたけど、私が一人でシシダに行っても「なんでチビが一緒じゃないんだ」と言われる。世の中では妖獣と相棒はセットとする認識がかなり根強い。
それに、本音を言えばシシダには私一人ではなくチビと帰りたい。そうなると、チビがいるのに歌わないのかとなる。絶対になる。
あのサプライズコンサート以降、あちこちからコンサートをやってくれないかというお誘いは絶えずあり、うっかり一つを了承したら、世界ツアーになりかねない。
チビは私がシャーヤランにいる間はシャーヤランで開催を検討するのはいいけど、その他は私の故郷シシダ、陛下の浮遊城艦で身内のみならいいという。
チビは歌で稼ごうと思っていない。妖獣なので普通は稼ぐ必要がない。今は懸命に魚資金を貯めているけど、巨木取引から始まり、管理所の手伝いもあれこれこなして、数回は巨大桶で食べられるくらい貯めたはず。
私とともにいる以上、管理所の業務が優先だとチビも理解している。
それに、そもそもチビが歌うのは、ラワンさんやコロンボンさん、メイリンさんなどと同じく趣味であり、歌って楽しいなぁ~という娯楽。そこに群がる人の欲望に振り回される気はまったくない。
なお、陛下はチビにとっては歌うこと大好きおじさんの認識になり、浮遊城艦ならまぁいいかという意識になっているらしい。
そんな理由でラワンさんと所長室の面々がコンサートの打診は打ち返してくれている。
シシダからも私の帰省の際にチビが一緒ならコンサートを開催してもらえないかと打診があった。けれど、その打診自体が一部の者の先走った行動で、現在進行形で向こうで揉めに揉めている。色々議論してシシダの者たちの態度によって、条件付きでミニコンサートを開催する予定だが、まだ本決まりじゃない。
チビが歌うとなれば騒動必至。
その対策を講じられないならできない。
開催は簡単ではない。
「ラワンさん、本当に一緒に行ってくれるんですか?」
「勿論です」
ラワンさんは管理所の法律士としての職務以外に、チビの歌のマネジメントもやってくれることになった。
私ができればいいのだろうが、できないことはできない。権利問題なんてお手上げだ。
今後、チビといるならラワンさんのやっていることを知って、できるようになったほうがいいのかと聞いたら、「それはリリカさんの本当にやりたいことですか?」とラワンさんに言われ、考えた末にやりたいことは苔の研究。
ラワンさんは法律士として契約面に強いし、ご自身で楽器を演奏して、曲作りをするほど音楽が好き。
分担でいいじゃないですかと言ってもらって、そこからは私も割り切り、全面的にお願いしている。
私は『チビ舟』で、ラワンさんは通常運行している船での移動。
チビが乗ることができる大型貨物船を個人で手配するのは費用面で無理。管理所の業務ならば経費の相談を考えるが、前回空軍の戦艦を利用させてもらえたのだって異例だった。管理所経費としても、実質チビを運搬できる船の手配は無理だろう。
チビはチビ単独で移動してもらい、私もラワンさんと一緒に船を使うことになると船代がかかる。
ラワンさんはチビのマネジメント業務なので経費申請できるけど、私は帰省。個人負担。
ここで私の本音が出た。
船代を出すなら苔の水槽がほしい。苔部屋の設備の改修費用の積み立ても増やしたい。ブレない私は『チビ舟』一択。
私の移動手段の決定理由を目を細めて聞いていたラワンさんは、「所長やアビーたちが心配する理由がよくわかりました」とボソリと言われた。
なんならラワンさんも『チビ舟』で行きませんかと誘ったら、『チビ舟』での移動は過酷すぎると断られてしまった。
「おむつ必須で移動されているとは知りませんでした」
「おむつは必須です。トイレ休憩は組み込んでますが、尿意も便意も待ってくれないですし、運行状況によってはチビが降りてくれないこともあるので」
チビが上空の寒さや重力加速度で受ける圧、耳の保護は異能でどうにかしてくれるので、自由に動けないことと喉の乾き、空腹、トイレをどうにかすればなんとかなる。
「『なんとかなる』ではなく『なんとかしている』が正解では?」
「そうかもしれません」
チビと一緒に行動したいので、慣れなきゃいけないことにはどんどん慣れるしかない。
森の中で何日もお風呂に入れず、トイレも掘って始末しないとならないフィールドワークを考えれば、そう過酷でもないと思うが、比べるものが違うと呆れられた。
シシダへの帰省は義姉の出産後すぐとならなくてもいい。出産後は思うように動けないから、落ち着いた頃合いがいいと言われているし、私もそう考えている。生まれたばかりの赤ちゃんの顔を見たければ、映像付き通信で見せてもらえる。
ここまでそう考えられるなら、チビの歌の騒動が今後どうなるかわからないとして、一年くらい様子を見て帰省を考えればいいのだろうが、別の理由でできれば早めにシシダに行きたい。
両親に晴れ着の冊子を渡したい。
送ることも考えたが、直接手渡したい。
「晴れ着の冊子、できたんですね。随分早いのでは?」
「はい。すごく早く仕上げてくれました」
特急で頼んでいなかったのに、印刷所に依頼して翌々日に何枚か印刷した見本紙を見せに来てくれて、使う紙と発色などの最終確認した三日後には納品してくれた。
『チビの相棒』の立場で優先してもらう気はまったくないのだが、たまにこうして融通を受けてしまう。
大きなバッグに持ってきたのは、セイの伝言板だけでなく、晴れ着の冊子も。
ラワンさんに見せるわけではなく、ここからはお願いだ。
「ラワンさんにお手間を取らせてしまいますが、これを伯父のところに届ける手配をしていただきたいんです」
伯父がどこに保護されているか私には知らされていない。
ラワンさんも直接知っているわけではないが、法律士の資格があることから、情報統制が厳重な軍部のやり取りを担ってくれている。
「ええ、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!」
「検閲と鑑定がありますがいいですか?」
「承知しています!」
「それにしても、なかなか分厚いですね」
「載せる写真の数が多いのもあるんですが、印刷所からちょっと厚めの紙を提案されたらこうなりました」
「ははははは」
見本は冊子になっていなくて、希望掲載順で写真を表裏に印刷するとこうなるという確認だった。確かにペラペラの紙だと表裏で透けてしまっていた。「せっかくの成人の祝いなら、各ページの表裏が透けない紙がいいです」と言われ、値段もさほど変わらなかったので提案してくれた紙にしたら、思いのほか分厚くなった。
ラワンさんは常に持ち歩いている手袋を装着して晴れ着の冊子の検閲を始めてくれたが、検閲と言うより完全に鑑賞モード。
カモダさん作の晴れ着に「こんなに派手なのは見たことない」と驚いたり、ヴィスファスト家の晴れ着の見事さに感嘆のため息を吐いたり。
「私の検閲だとただ眺めてしまいますね。手配先の者に依頼します。遅ればせながら、成人おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「まだ二十歳なんですねぇ」
「もうすぐ二十一歳です」
「二十も二十一も同じでしょう」
ここのところ、ほぼみんなと「まだ二十歳だったんだね」「もうすぐ二十一歳です」「二十も二十一も同じ」のやり取りをしている。あと何人とこのやり取りをするだろう。
「すみません、船の手配の話をしていたのに」
「いえいえ。早く渡したいですよね。私が仮で押さえてもらっている船便はこれです」
夏はシャーヤランからも臨時で直行便が数本あったが、冬はどこかを経由しないとシシダに行けない。
ラワンさんが押さえている船便はイーブ経由かフロワンシス経由。フロワンシス経由は少々遠回りだが、帰りにラワンさんの別件の契約業務で寄り道するならこの経由にするからだと教えてもらった。
日程ずらしていくつか押さえてあるけれど、そう言えばと思い出した。
「すみません。うっかりお伝えし忘れていたことが。シシダの山脈の向こうの街の祭りがこのあたりの日程です。祭りの前後にシシダにも観光客が流れてきます。毎年、年明けにやっていて、えーと………、この二つ目の日程が被ります」
「シシダの祭りは雪解けあとなので被らないと調べてましたが、山脈の向こうから流れてくるのは私も知らず。ああ、聞いたことがあります。セロゼダの雪祭りですね」
「はい。巨大な雪像の祭りです。湯治場を楽しんでからセロゼダに向かう場合と、雪像を見てから湯治場に来る流れがあるので、この祭りが過ぎてからがいいような気がします」
湯治場にきていた客の話しを思い出す。
幼い私に、どんな雪の像があるか知っているかい? と尋ねながらセロゼダの観光案内本を見せてくれた人、こんなに大きな雪の作り物があったんだよと教えてくれた人、どちらもいた。
すぐに両親に確認すれば、セロゼダの祭りの日程を外した日程が無難だと提案された。あとまだチビのコンサートのことは揉めているから、もう少し待ってくれと教えてくれた。
「うちの親は対策なしのコンサート開催は反対で、もう私だけこっそり赤ん坊の顔を見に帰って来れないかと言ってました……」
「大変現実的なご両親で安心します」
両親が勤める湯治場の組合長も、「そりゃあできるならチビのコンサートをやってほしい」と言いつつも、予想できる騒動への対策を考えると否定的。一方、商店街側が対策案ボロボロのまま開催希望で揉めている。
「近々あちらの方々との打ち合わせの時間を取りましょう。こちらとしてもミニコンサートをするとなったときの根回し期間もほしいですし、早く行きたいリリカさんには申し訳ないですが、この候補のうち一番後ろの日程でもいいですか」
「はい。私も『チビ舟』の航路の申請を用意しておきます」
前回の『チビ舟』で帰省したときの申請書の日付を変えるだけでいいからすぐできる。
「ではこの日程を仮として、もう一つ別件の話があるので、もう少し時間は大丈夫ですか?」
「なんでしょうか?」
「実はリリカさんを捕まえておけと言われてまして、ちょっと呼びますね」
そうしてラワンさんが会議室に呼んだのはペニンダさん。
「所長も所長代理もいないから代わりなんだけど。はあぁぁ……。ごめんなさいね、ため息零して。シシダ行きの日程は決まった?」
「はい、年明け二ヶ月半後の候補日程を仮としました」
「遅い日程になったのね。そう……。じゃあその間に、リリカ、申し訳ないけど頑張ってほしいことが発生したの」
ペニンダさんの疲れた表情にピンときた。
私の通常の妖獣世話班の業務ならリーダーから聞けばいい。
それなのにペニンダさんが所長の代わりで来た。上層部直々となる話しは絶対重たい。
チビの歌のこともいろいろ重たいけれど、そこはラワンさんが助けてくれているので、ラワンさんから聞くことができる。
そうではない重たいこと。
悲しいかな、ここ最近で一つ心当たりがある。
陛下に浮遊城艦に拉致られて、王妃殿下らと歓談していた際に聞いちゃったあの件ではないだろうか。
「王太子殿下が来るから、どうにかしてスライムと会わせてやって」
「……」
ああ、嫌な予感は当たるものだ。
「アノスライム、人見知リガ、スゴインデスヨネー」
「リリカ、現実逃避しないで頂戴。なんとか、なんとか頑張ってほしいの」
あのスライムは、ひょっこり陛下が山小屋に来たときも目に見えぬ速さで逃げた。
どこかから様子を見て、こいつらに姿を見せてもいいと判断しない限り、出てこない。
スライムが山小屋に居座り始めた最初の頃に、研究者たちが設置した監視カメラなども全部倒したり壊したりしたことを思い出す。
「会わせられると約束できないんですが」
「そこは殿下もわかっていらっしゃるわ。帰る日程をくださらないのが恐ろしいとだけ言っておくわね」
それは恐ろしい。
「殿下にはトウマを張り付かせるけど、あのスライムだけはリリカ頼りなのよ」
「そう言われましても、スライムと意思疎通できないのは私も同じなんですが」
「スライムのトゲトゲした姿を見て、掃除の催促か、ゴミ処理の催促か、謎茶用の瓶の催促か、花瓶どこやった返せの脅しか判断できるのはリリカくらいよ?」
言われて、いつの間にかわかるようになってる私が怖い。花瓶は使わないなら仕舞いたいのに、仕舞うと怒る。仕方なく、空っぽでも玄関の靴箱の上とキッチンテーブルに置いている。
「私たちじゃ手伝うに手伝いきれないかもしれないけど、助けてほしいことがあったら言ってね」
「それなら殿下のご訪問を中止に……」
「それは無理」
ですよね……。
「さっきトウマにも話してきたから殿下対策はトウマにやらせればいいわ。でね、急に話は変わるけど、王弟殿下が来る前にやりたいことがあるの。陛下もお帰りになってだいぶ落ち着いたし、ここのところみんなで集まったりもしてないでしょ? チビのサプライズコンサート成功祝いをしないかって、うちの旦那とアロンソが。所長室でもその話が出てるってアビーが言ってたわ」
王太子殿下の来訪のことよりも、ペニンダさんは打ち上げ会の話をするのがメインだったようないい笑顔。
やろうと言われた日は私の誕生日で、チビのサプライズコンサート成功打ち上げと称して、親しい人たちは、三年前に風邪で寝込んで過ぎた私の成人の祝いも兼ねようとしている気がしてならない。
ボロリと落ちた涙。
誕生日なんてもう何年も祝ってない。首都の学院に行ってから数年は両親と兄と通信してたけれど、いつの間にかいつも通りに過ぎる一日と変わりなくなった。
侯爵夫人も、ここでも、みんな優しすぎる。
私も振る舞い料理を作ろう!
チビのことも労って、私も思いっきり楽しませてもらおう!
お読みいただき、ありがとうございます。感想や評価等をいただけると励みになります。
家族の介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。
できるだけ週一更新(今のところだいたい金曜)を目標にしていますが、万が一、更新頻度が落ちてら本当に申し訳ないです。
頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!
2026/02/10、誤字等修正・表現の見直し実施しました。まだどこかに誤字やヘンテコ表現があったら教えてください。




