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チビと私の平々凡々  作者: 愛賀綴
本編

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74/81

74.親は子を思い、子は親を思う

 シャーヤランの秋の雨は大粒の恵みの雨。

 初夏はシトシトとした小降りが続くのだが、冬を前にした秋の終わりは本降りの雨と晴れが交互。

 シャーヤランで秋だ冬だといっても暑い地域なので、首都の気候に比べたらほぼ夏の暑さ。そこに雨。つまり湿度が高め。湿度が高いとカビが生えやすくて困るが、苔の成長にいいので苔を愛でるにはいい季節である。


「湿気でベタついてこんなに不快なのに」

「不快といえば不快ですけど」

「苔玉見ながらニヤニヤ顔で言われてもね」


 サリー先輩は肩を竦めて私の行動に苦笑い。

 一般的な苔玉は観賞用植物の根の部分を丸くして苔を張り付かせているものだが、私が手にしているのは苔のみで作った紛うことなき苔の玉。青紫色の魔苔でとくに害はない。

 新しい観賞用の苔を手に入れて、今日はこれを持ち歩いている。ニコニコどころかニヤニヤなのも本当で、何も持ち歩かなくていいだろうと言われたが、見てくださいよ、この青紫色の美しさを!


「わかった。わかった。もう置いときなって」

「赤紫色も見つかったらいいなぁ」

「赤紫色のは不気味……ハイハイ、見かけた情報あったら教えるから」


 先日の晴れた日にヴィスランティ家の裏手の庭でチビと成人の晴れ着の撮影をした。

 ヴィスランティ家でジュニオル様が私とトウマに話したかった件が落ち着いたあと、チビから「晴れ着どうだったー?」と感想を聞かれ、そこからチビと撮りたい件を話し合って、ヴィスランティ家で撮ることになっていたのだ。

 カモダさん作の晴れ着がジュニオル様預かりになったこと、他の二つはトウマ預かりだが管理所の職員寮に持っていく気はなく、やはりヴィスランティ家で一時保管して売り先を探すこと、チビが街の上を飛ばずに移動できる先であることが大きかった。


 当初は管理所で撮ることも検討したけれど、晴れ着の着付けができる人は限られる。管理所で着付けのできる人を探して声をかけても、晴れて撮るとなった日にその人の勤務が休みとは限らない。それにカモダさん作の晴れ着は少々特殊。特殊仕様を知る侯爵家の使用人に手伝ってもらう前提がスムーズだと助言を出してくれたのはトウマ。

 そうなるとやはり撮影場所はヴィスファスト家だろうかと思ったところに、ヴィスランティ家で撮ればいいと提案してくれたのはジュニオル様。

 チビがオニキスから討伐班の巡回ルートの監視を引き継いだことで、ヴィスランティ家まで街の人にバレずに森の中を移動してくることができる点を推された。晴れ着のその後の扱いもジュニオル様とトウマになっているので、本家で保管する必要もない。

 ジュニオル様が不在でも「勝手に来て、勝手に撮って、勝手に帰って」とおっしゃってくださり、その場で本家に連絡もしてくれて、撮影当日の急な連絡となっても、ヴィスファスト家からハンナさんとクリメイラさん、ジャパスさんからお名前だけお聞きしていたドーラさんが駆けつける快諾の回答も非常にありがたかった。


「屋敷のことはヨーダとジルミルに任せているから、あの二人に連絡していつ来てもらってもいいから」


 そう言って廊下で待機していたお二人を呼び込み、ざっと概要を話せばいい笑顔で頷いてくださり、その場で連絡先を交換。

 そのお二人からは、チビのグッズ製作で屋敷に籠もっている人たちに見つかると騒ぎになるだろうから、訪問の際は正面玄関でなく裏にしましょうと言ってくださった。

 グッズ製作の協議に来ている者たちに見つかったら、私は囲まれていただろうと厳しい苦言。今日は正面玄関だったけれど、協議中で出てくる者がいなかったのは運がよかったとも苦言が続き、シラーッと聞かぬふりのジュニオル様だった。

 トウマも、俺と休みを合わせなくても次に晴れたら撮っちまえと言う。


「オレっちと撮れるね!」

「うん、嬉しい!」


 嬉しさのあまり、雨に濡れているチビの鼻に抱きついて、カーディガンもワンピースもぐっちょり濡らして、部屋にいた全員に呆れられる失態。

 だけど私の失態以上に微妙な空気になったのは、お屋敷には妙齢の女性はお住まいではないのに、上品なワンピースをお借りできたこと。


「誰のだよ……」

「誰のだっていいじゃないか~。それ着る人いないからリリカ嬢にあげるよ、うん」


 トウマがジュニオル様を見る顔はなんとも言えないもので、こういう一件が一度や二度ではなさそうなことが想像できてしまった。

 ジュニオル様と御縁がなかった方の残していったものか、買ってあげたものか。どちらにしても物に罪はない。サイズは少し大きかったけれど、管理所まで濡れたままのワンピースを着なくて済んだ。


 ヴィスファスト家で晴れ着の撮影をした三日後、晴れる日が二日間続きそうな予報となったので、方々(ほうぼう)に連絡し、晴れた二日目の昼に決行。

 私は浮遊バイクで行くつもりで警備隊室に街に出る申請に行ったら、警備隊長さんにフルフルと首を横に振られ、ヴィスランティ家まで警備隊の車両で送迎していただくことになってしまった。

 未だにチビのサプライズコンサートの余韻があり、なおかつ歌の発売はいつなんだという興奮で私が囲まれると。

 急きょ運転手を務めてくれた警備隊員さんにも「リリカさんは今、街に一人で出ちゃ駄目です。絶対駄目です。俺たちですらほぼ毎日『いつ発売なんですか!』って聞きまくられてますから。『次のコンサートはいつなんだ!』って怒鳴りつける輩もいますから」と言われる始末。申し訳なさすぎる……。


 ジュニオル様もトウマも不在での撮影だったけれど、ヴィスファスト家から来てくださったハンナさん、クリメイラさん、ドーラさん、ヴォスランティ家のヨーダさん、ジルミルさん、撮影してくださった使用人さんたちのおかげでチビと撮ることができた。

 濃紅色の晴れ着だけで、カモダさん作は着ない予定だったのに、結局二着で撮影。


 その撮影させていただいた裏庭の一画に青紫色の魔苔が生えていた。

 ヨーダさんが無毒なので庭の彩りとして部分的に放置していると言い、好きなだけ採っていいというので、苔玉にする分を貰う約束をして、チビと笑顔で撮影。

 晴れ着から着替えていそいそと苔を集め、同種で赤紫色の魔苔も生えてないだろうかとどんどん森の中に入っていく私を捕まえたのはチビ。


「苔のことになると、どーしてまわりが見えなくなっちゃうかなー」

「ねっ! ねっ! この付近を見回ったときに赤紫色の魔苔あったら教えて?」

「オレっちの言ったこと聞いてた? もー、あったら教えるから、ホラ、運転手さん待ってるから帰りなー」


 そうして撮影現場にいたみんなに笑われたが、青紫色の魔苔は思いがけない戦利品である。さほど珍しい魔苔ではないが、こんなにきれいな発色の青紫色はなかなか見かけない。


「ほーら、苔は終わってからでもいいでしょう。こんなにいっぱいあるんだから早く選ばないと」

「どれを選んでも同じ気がします」

「そう言わないの」


 管理所の小さい会議室を借りて晴れ着の撮影データの選別作業に、サリー先輩が手伝いに来てくれた。


 昨日、陛下御一行が首都に向かって出発。

 王族警備隊や陛下らの身の回りのお世話をする方々を相棒とする妖獣は結構な数がいたので、御一行お帰りで預かっている妖獣たちの数はぐっと少なくなった。破天荒に遊び回る妖獣もおらず、とても平和である。

 今いる妖獣たちはのんびりしたい希望が多く、仮眠する気はないが大粒の雨で外遊びする気もない。ならばと、仮設仮眠所の大型妖獣用の空き部屋を開放したら、ごろごろのんびりしてくれている。

 そんな状況なので仮眠所担当と遊び回り担当を分ける必要がなく、ここ最近の勤務状況から私は一日休み、サリー先輩は午後休になったのが昨日の夕方の決定。

 私が晴れ着の撮影データの選別をするのを知っていたので、サリー先輩は顔を出してくれたのだ。


 領主会合初日に制服で撮った写真を取りまとめてくれていたアビーさんから撮影データを貰い、ヴィスファスト家、ヴィスランティ家で撮ったものもトウマ経由で全部データでいただいた。

 会議室の大型モニターにズラーッと並べて映して、両親らに送るものを選んでいるのが今である。

 制服と晴れ着で違うし、どれか一枚を大きく引き伸ばして写真にするのではなく、冊子にしたらいいと言ってくれたのはメイリンさんとルシア先輩で、それを横で聞いていたのがサリー先輩。

 私一人にやらせると適当に選びそうと言われ、そこまで酷くないと思ったものの、データを見始めたらまさかの千枚超え。

 途端に投げやり気味になった。

 サリー先輩の手伝いがなかったら言葉通りだったかもしれない。連写で撮ってくれていたものがこともあってすごい枚数。目が半開きの笑えるものもあった。


「これが報道局から貰えたマスターデータのコピーね。えーと、このカードと一緒に差し込んで、六分二十二秒のところ……、ここね。うわぁ! いいアングル!」

「わぁ!」


 領主会合の初日のときの映像だ。止めた場面は少し引きの映像だが、チビと私がキリリとした姿で映っている斜め前からのアングル。王国旗の(なび)き方も絶妙。ちょうと陛下の舟も上空に浮上し、まさに出発する構図。道向かいの博物館の屋上から撮影していた映像のようだ。

 他にもいくつか候補の場面のメモがあり、そのどれもいい場面だった。


 領主会合初日の報道映像のマスターデータを入手してくれたのは所長。一般放映の映像は視聴していると気が付かないが、複製しようとすると荒さのある画質に落ちる。なおかつ報道局のロゴも消せないので、映像から切り取って写真にしてもきれいなものはできない工夫が施されている。モウリディア王国の複製禁止の技術は世界最高水準。

 所長がどういう交渉をしてくれたのかわからないが、入手してくれたマスターデータにはそういう荒さがないものだった。「さらにコピーは作れんし、再生も専用のこのカードがないと動かん。でも、これなら切り取って鮮明な写真にすることはできるぞ」とポイッと渡され、その貴重さに頭を下げたのが今日の午前のこと。


「リリカが十八歳になった日に寝込んでいたことを思い出した詫びよ」

「そんな。あのときは風邪で寝込んで、入所研修も遅れて申し訳なかったです」

「そう言うけど、私も今になって申し訳ない気持ちなのよ? 十八歳で働き出すって家業を継ぐような理由がない限りほとんどないのよ? アルバイトは別として。リリカがここに来たとき十七歳だったって思い出して、……そうよ、今だってまだ二十歳じゃない」

「もうすぐ二十一歳です」

「二十も二十一も普通はまだ学生なの。私はなんとなく専攻二つ取っちゃって卒業が二十六歳にずれ込んでさ。二十歳の頃なんてぜんぜん将来が定まらなくて、ぼんやり授業受けてたなぁ。あ、この場面もいい絵じゃない。切り取ろう?」

「サリー先輩、もういいですって」

「百ページくらいになってもよくない?」

「そんなにいりませんー」


 あはははと笑いながら選別して、なかなかの枚数になってしまった。


 普通は晴れ着一着。

 なのに私は制服、濃紅色の晴れ着、カモダさん作の晴れ着の三着。しかもアビーさんからデータをいただいたら、チビの式典デビューのときの報道映像や撮影データも集めてあって盛りだくさん。そこに所長からの映像。

 それぞれ一人で撮ったものとチビと撮ったものを入れたい私の希望を叶えると、予想以上の枚数になった。

 流石に百枚にはならなかったが、いくらかかるだろうと冊子印刷の料金表とにらめっこしつつ、サリー先輩と掲載希望順を決めていく。

 話しは転がって、シシダ特有の文化の話題になった。


「どっかの地域で成人の撮影は就職したら撮るって聞いたことはあったけど、パース領のあたりだったのね」

「パースの南部はわからないですが、シシダのある北部付近は晴れ着で撮る人もいますが、勤め先を決めたら撮る文化というか、意識が強い傾向があります。兄は一人前と認められたら撮るって言ってまだですし」

「なんか変わってるわねぇ~」

「シシダあたりは昔は陸の孤島だったので、晴れ着を手にすることができなかったんだっていう話しを聞いたことがあって。まぁどこまで真実かわからないんですが、その代わりに生まれた文化なんじゃないかって」

「そうかあ」


 そう言っていたのはババ様だ。

 ババ様も誰かに聞いた話しかもしれない。

 印刷所に依頼する内容も決まって一息。

 窓を叩いていた雨が少し弱まってきた気がする。


「チビの歌さ、『年明けと同時に発売』はまだ本決定にならないの? 間に合う?」

「年明けと同時発売で進行してますが、告知はまだだと。まだ揉めているというか、了承が出ていないことがあると言うか」

「なんだか簡単なようで複雑なのね」

「あれです。陛下が絡みたいとおっしゃられた件がまだなんです」

「あーーー、あのことかー。まだ揉めるのかぁ……」


 チビの歌を出すとなったら陛下が()()()()()()()ぞと、予想と言うより断言したのは侯爵様と所長。

 ()()()()()ではなく()()()()()()()の表現に、その場の打ち合わせにいた全員が焦点の合わない視線となり、意識を遠くに飛ばしたと思う。

 かなり前から根回ししていたけれど、陛下ご自身はよくてもまわりがよしとならないところが痛い。

 調整というか、説得というか、落としどころで予想以上の時間がかかってしまっているのが実態で、チビも私も手伝えることがない。


「王である前に人なのに、首都の王宮じゃ窮屈そうね」

「ここにいる間はのびのびされていらっしゃいましたけど」

「そうね。本当にのびのびしてたわね」


 管理所は軍管轄の施設でセキュリティは最高レベル。陛下らが動くときに王族警備隊の方々は常についていたけれど、その数は半分以下で服装もラフだった。

 管理所敷地内で陛下らが立入禁止となるのは魔獣が出てくるかも知れない森の奥深くくらいで、そりゃもう自由に闊歩されていた。私の山小屋にもひょっこりやってきたので、『事前連絡!』と叫びたい言葉が喉元まで出かかった。


「ウチの子は王様が帰っちゃったってしょぼくれているけど、本当に王族侍従を目指すのかしら?」


 サリー先輩と息子さんのダイランくんは母子での会話が少ない続き。サリー先輩曰く反抗期。

 十三歳になるダイランくん。親としては進路をどうするのか気になってくる年齢でもあるのだろう。


「王族の侍従ですか? 首都の学院にある専攻クラスに入れないといけない難関も難関じゃないですか」

「それがね、親である私に相談がないのよ。侍従になりたいって話しも学校からの連絡で知ったくらい。前は政務官って言ってて、政務官と侍従の違いがわかってないのかも。陛下がお帰りになってから妙にしょぼくれているし、単に王族の近くで働きたいってだけかもしれないわ」


 息子が何を目指しているのかまったくわからず、サリー先輩は見守っている最中。

 ダイランくんにお父さんはいない。

 ダイランくんが生まれる前に別れて、サリー先輩が一人で生んで、まわりに助けられながら育てている。別れた男性は隣国の人で、夫婦となったらその国に行く、行かないで別れたと教えてもらっている。


「……あの、リーダーに聞いてもらうのはどうでしょうか」

「そうねぇ……。なんていうか、親である私より、リーダーっていうのが悲しくてね」


 ダイランくんが生まれたときからいる身近なおじさん、おばさんはリーダーとメイリンさん。あとシード先輩とペニンダさんもそうだ。

 リーダーとメイリンさんはご自身たちにお子様ができないこともあり、部下のサリー先輩の子であるダイランくんのことを甥っ子のように接しているし、ダイランくんもリーダーにはけっこう甘えん坊な顔をする。

 息子が母親であるサリー先輩には強がって、他人に甘える姿は、確かに親としては悲しい。けれど、私はダイランくんが親に対して強がる気持ちがわからなくもない。


「……私、シシダで同級生全員に無視されて、何が起きたのかわからなくて。悲しくて、でも悔しくもあって。あのとき最初に泣き顔を見せたのは親じゃなくてババ様でした」


 親の前では笑顔でいたかった。

 いい子でいたかった。

 多分、そういう思いがあって強がった。

 親に言わずにぐるぐるとした感情を抱えて飛び込んだのは、湯治場の奥のババ様の庭。

 泣くもんかと言いながら泣いたのはババ様の前。


「ババ様から両親に話しがあって、両親も兄も、無視した子の親御さんたちも気遣ってくれるようになったんですけど、親に迷惑かけたくないって思ったんです」


 ダイランくんの場合は親であるサリー先輩に迷惑をかけたくないという思いより、ひとり親のサリー先輩の負担になりたくない、僕はもう一人で考えていける! という思いがありそうな気がしてならない。

 そう思うのはここ最近、ダイランくんに図書室でたまに会ってポツポツと話したから。


「サリー先輩のこと『母さんは頑張り過ぎなんだ』と言ってたんです。サリー先輩は反抗期だって言ってますけど、ダイランくんはサリー先輩のことを嫌ってないです。ウザがってもいません。私が首都の学院に行くとなったときに、私、両親にいっぱいお金を使わせちゃう! って思い至ったら申し訳なくて申し訳なくて。でもシシダの学校には行きたくなくなってて。自分じゃ稼げないし、やっぱり両親には言えなくて。少し似てる気がしてダイランくんのこと放っとけなくて。ダイランくん、進路によってはどこか他の学校や学院に転入することで、サリー先輩に負担をかけちゃうことを気にして、サリー先輩に話せないんじゃないかって思います」

「ダイラン、リリカにそんなこと、言ったことあるの?」

「いえ、あくまでも想像なんですけど。すみません。ダイランくんに言うなって言われていたんですけど、実は先々週くらいから図書室でたまに会って話すんです。私と話していることはサリー先輩に言うなって口止めされてたんですが、あー、言っちゃった。ダイランくんに知られたら、話してもらえなくなっちゃうかなぁ」

「図書室?」

「はい。テイラゴーラ語が喋れるようになりたいんだって。私、テイラゴーラ語の読み書きの基礎くらいならできるんですが、発音は駄目で。フェフェがたまに教えてます」

「テイラゴーラ語……」


 あの人の国の、と言ってハラハラと泣き出したサリー先輩。

 サリー先輩にこれ以上のことは私から言えない。

 ダイランくんから絶対言わないでって言われている内緒の話しは、ダイランくんの秘めている夢。

 お父さんに会って文句を言うこと。「なんでお母さんを一人にしたんだ!」って言いたいそうだ。

 海外に行くにはお金がかかる。

 その秘めた夢に向かって、稼げる職に就くと目標を定めているダイランくんはなかなか現実的。

 お母さんであるサリー先輩ががむしゃらに働かなくても、いいものを買ってあげて、いいものをたくさん食べさせるんだというのも夢。

 政務官や侍従と言うのも王族の近くで働きたい理由ではなく、この王国で高給取りの職として名前が上がるからに過ぎない。

 管理所もそこそこ高給取りなのだが、「あの所長さんの下かぁ」と残念そうに言うもんだから、フェフェと声を殺して笑った。

 ダイランくんの目標にはシャーヤランの領主館の文官なども候補にある。侍従職になるなら専門学科のある首都の学院に行かねばならないが、まだ何になるか決めきれていないから転入の話しは保留しているんだろう。

 給与の高い職ランキング表を作って、やっぱり政務官かなぁとは言っていたけど、政務官への道のりは、就職後も経験を積まないと昇進できないと教えたら唸っていた。どんな職でもそれは同じだ。

 ダイランくんの目指したい職は書類と向き合うものが多く挙がり、泥まみれになりそうな仕事は避けがち。ひょろりとしていて力仕事に向いていないからだろう。今後の成長でシード先輩やリーダーのようにムキムキになる可能性はゼロではないが、ほぼなさそうな未来だ。そのあたりは自分のことをよく見て判断していると思った。

 書類仕事に従事するならそれはそれでいい。

 世の中はいろいろな仕事を分担で支え合っているのだから。だけど、どういう類の書類であっても、文字となった出来事のことを想像できるようになってほしいと言ったら、「難しいこという」と口を尖らせていた。

 ダイランくんならいずれ理解できる、きっと。


「テイラゴーラ語のこと、私から聞いたっていうのは内緒でお願いします」

「ありがとう。私から話しの糸口を見つけられなくて。そうね、リーダーにも相談してみる」


 泣き顔で笑ったサリー先輩は母の顔。

 私は何もできずリーダーに丸投げしただけになっちゃったけど、サリー先輩とダイランくんが蟠りなく話し合えますように。


お読みいただき、ありがとうございます。感想や評価等をいただけると励みになります。


家族の介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。

できるだけ週一更新(今のところだいたい金曜)を目標にしていますが、万が一、更新頻度が落ちてら本当に申し訳ないです。

頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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