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チビと私の平々凡々  作者: 愛賀綴
本編

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73/81

73.連れてこられてヴィスランティ家

 ヴィスファスト家での晴れ着撮影会が無事に終わり、お屋敷を出てから教えられたのは、私のために成人の祝いの食事会も検討されていたこと。侯爵夫人が考えに考え抜いて取りやめてくれていた。

 私が恐縮しすぎて食べるに食べられず、なんなら吐きかねないと想像されたらしい。

 王妃殿下とのティータイムをビクビクドキドキしながらも過ごしきったので、そこまで酷く恐縮して緊張はない……と思いたいが、侯爵夫人にどう思われているのかよくわかった。侯爵夫人の前では研修のたびにビクビクしていたからなぁ。

 私が十八歳の成人になった誕生日に、祝いもなく過ごしていたことを想像して、祝いの席を考えてくださっていたことは胸にあたたかく沁みた。車に乗ってからまた泣きそうになる。


 晴れ着をお借りしたこと、撮影までしていただけたこと、晴れの日の祝いの席まで考えてくれていたこと──。

 やはり何かお礼をしなければと考えるものの、すぐに思い浮かばない。

 きっとお金や相当額の品物は受け取ってもらえない。

 侯爵夫人は王侯貴族社会で礼儀作法で評価が高く、王妃殿下、王弟妃殿下の講師も務められた御方。その侯爵夫人に習ったんだと自信を持って、まだまだな私だけど最低限の礼儀作法の見本となれれば、侯爵夫人の評価を上げることになるだろうか。

 思うのと実践が大きく乖離してしまうのが私だけど、ハンナさんもクリメイラさんからも「オドオドなさらなければ大丈夫です」という助言だった。経験を重ねていかないと。


 侯爵夫人によるマナー研修の講師は、別件の仕事が舞い込んで管理所を一時離れたメイリンさんの代役だった。私に会いたかった目的が達成できているので、メイリンさんに戻るとも聞かされた。ただし、不定期で侯爵夫人による抜き打ち研修はある模様。それはそれでよいと思った。


「さて、どうするか。服屋に行って、どこかで茶でもと思っていたんだが……、帰るか?」

「うん、服を見るのは今度でもいいかな」


 雨も止まないし、正直、本当に疲れた。

 侯爵家で気を張っていたこと、豪華な晴れ着を汚さないよう気を使い続けたこと、着替えの終わりに侯爵夫人の前で結構な大きく嬉し泣きをしてしまったこともあり、何重にも疲れている。

 祝いの食事会はなかったものの、晴れ着を着る前にいただいた軽食とデザートは手が込んでいたし、撮影の合間などにちょいちょいつまんでいたものもたくさん頂戴したのでお腹もいっぱい。

 ヴィスファスト家の皆様の晴れ着撮影も追加となり、予想していたよりもだいぶ滞在時間は長くなったが、朝食を軽めにとってすぐに訪問という早い時間帯からいたので、まだ午後になったばかりの時間。

 チビの一件で街に出るのは事前申請が必要な私だが、今日は警備隊に街に出る申請はしてある。

 トウマと一緒であること、行き先は侯爵家、寄り道先は決まったら連絡となっているけれど、寄り道をする気力が起きない。

 車に乗ってからトウマとお互いの疲労を察し、服屋巡りはまたにして帰ろうと話して、警備隊には寄り道しないで帰ると連絡したが、車のハンドルを握るのはジャパスさん。

 途中で管理所に向かう道ではないとわかったトウマが何度か声を掛けるも笑顔で無視。トウマは早々に行き先に気付いて諦めてしまい、私はだいぶかかって連行される先の予想ができた。


「いらっしゃい! さっきぶりだね!」


 ヴィスランティ家のお屋敷だった。

 私たちをヴィスファスト家の玄関で見送ってくれたジュニオル様が出迎えにいる不思議。

 ジュニオル様は少々ダブついているシャツに膝丈のハーフパンツ、足元はサンダルという、とてもラフな格好に着替えられていて、口調も完全に砕けている。ヴィスファスト家での上品な雰囲気からガラッと変わって、街を闊歩している普通の人の姿と同じだ。

 けれどここはヴィスランティ家。どこまで態度を和らげていいのか、私にはまったくわからない!


「なんの用だよ!」

「そうカリカリするなよ~。これでも父親としてバカ息子が花を愛でる心を捨てていなかったと喜んでいるんだから」


 大袈裟な身振り手振りもつけて、トウマの剣呑さを(かわ)すジュニオル様は役者のよう。

 どんな用件で連れてこられたのかわからないまま、玄関ホールに誘導されたが、ジュニオル様とトウマの『クソ親父・バカ息子』モードの言い合いを聞いていたら、気を張るレベルをとことん下げてもよさそうだとわかった。

 

 ジャパスさんは私とトウマが管理所に直帰する予定とした場合、ヴィスランティ家に強制連行の指示を受けていた。

 運転しながらどうやってジュニオル様に連絡したのかと思えば、車の通報機能の三番目に仕込んでいたという。

 どこかに寄り道のデートなら二番、管理所直帰が三番と予想され、ボタン一つで連絡完了。

 一般的な車は緊急用一つしかないが、グレードの高い車には用途に合わせてカスタマイズできる緊急通信ボタンがあると初めて知った。

 とりあえず、警備隊にヴィスランティ家にご挨拶に寄ることになったと連絡すれば、街を彷徨(うろつ)かれるより安心だと返ってきた。チビのコンサートや歌を発売する予定の騒動はまだ尾を引いているようだ。


 ヴィスランティ家で出迎えてくれたのは、ジュニオル様と初老の男女二人の使用人。

 けれど、玄関ホールに入ったら、何を言っているか聞き取れないが、少し離れた方向から大勢の人がいる声が聞こえてきた。しかも、声の質はどこか喧嘩腰。


「今ね、あっちの広間でチビのグッズの最終コンペなんだよ」

「え?」


 コンペ? ……選考会?

 チビの歌を発売する際のあれやこれやは、チビ大好き商会長さんのアルア商会に発注している。商会だけで対応しきれないのは想像できるし、守秘契約を結んで外注するものもあるだろうが、まさかヴィスランティ家まで関わっているとは!


「物凄い驚きようだけど、この街の商売の総取りまとめはどーこだ?」


 ジュニオル様に面白そうなものを見つけた顔で見つめられ、ハッとして頭の中に詰め込んできた情報を引っ張り出す。

 この領都どころかシャーヤラン領のありとあらゆることの取り纏めはヴィスファスト家。それらをヴィスファスト家では分担している。

 全体行政がヴィスファスト家。

 農林がヴィスナムナ家。

 そして、一族で担うありとあらゆる産業のうち、商売や観光に関わることはヴィスランティ家。

 貴族年鑑にも書かれてあったし、メイリンさんからもそう教わった。


 冷水の滝がドドドと落ちてきた感覚に陥る。


 チビのあれやこれやは表立ってはアルア商会が筆頭だが、チビの街デビューのときはがっつり侯爵様も絡んでいた。……と言うことは、商いごとの取り纏め役であるヴィスランティ家のご当主、ジュニオル様が知らないわけがない!

 チビの街デビューのときも、現在進行形の歌の発売に伴う歌手デビューでも物凄くお世話になっている御方だと、今、やっと認識した。

 ヴィスファスト家でお会いしてからすでに数時間経過。なぜ気が付かなかったのか。


「……ち、ちびが、た……たいへん、おせわに、なって、おり、ます」

「はははははっ!」

「……リリカ」


 トウマの憐憫の眼差しをそっと逸らす。

 文字を頭に詰め込んできただけで、一つひとつを完全に理解しきれていなかった。

 ジュニオル様は大笑いだし、車を別の使用人さんに任せて一緒に降りてきたジャパスさんも、声は殺していても肩が細かく震えている。

 初老の使用人さんお二人の貼り付いた笑顔がプロフェッショナルだった。


「街中より屋敷でやるほうがヴィスファストとヴィスランティの名で()()()()()()()しやすくて(らく)でね。賓客を招くなら本家を使えばいいし、夏からあっちの広間はチビのグッズ班専用部屋になってるよ」


 ()()()()()()()という矛盾したことをおっしゃるが意味はわかる。極秘プロジェクトが進行していること自体は隠さないが、その中身は隠しているということだろう。侯爵家がやっていることを根掘り葉掘り聞き出せる強者はなかなかいない。

 聞こえてきた喧騒は喧嘩しているわけではなく白熱している議論で、言われてみると聞いたことがある声が一つ二つ……、いや何をしているのかがわかったら、半分くらいは知った声な気がしてきた。


「毎回ね、ジェイダンが折れないんだ。いい案もあるんだが、チビ愛ゆえかこだわりすぎてだいたい売値が高くてさ。高級路線を狙うならアリだし、妖獣の歌手デビューなんて出来事だから売れるだろうけど、チビの希望と合わないんだよ。ジャパス、今日のコンペはなんだ?」

「子ども向けの再々選考会ですね」

「子ども向けは先週にやっと決めたって報告あったぞ? 再々って……ジェイダンがひっくり返したのか? 製造も開始してるだろう? いい加減、ここで製造を止めたりしたら間に合わない。もしアイツが受注生産と言い出したら即刻却下してきてくれ。あとチビの言ってた『子どものお小遣い価格』を超えている案をまだゴリ推していたら、アイツの案は全部取り上げて持ってきてくれ。僕が預かる」

「かしこまりました。それでは私はあちらに参ります」


 ジャパスさんはジュニオル様の右腕でもあるようだ。声の聞こえてくる広間に向かっていった。


 喧騒を背にして案内される廊下を歩きながら、私の頭の中はジュニオル様の「チビの言ってた」の言葉がぐるぐるとまわる。

 ()()()ということは()()()ことがあるということ。ジュニオル様が直接チビから聞いたのではなく、侯爵様やラワンさん、アルア商会長さんなどから聞いたのかもしれないが、そうではなさそうな雰囲気がするのは私の考えすぎだろうか。

 チビからジュニオル様の名前を聞いたことはないが、いつの間にか侯爵様を『じーさん』と気軽に呼んで連絡を取り合う仲になっているくらいだから、街デビューのときに私に隠れてコソコソとやっていた際に、ジュニオル様ともお会いしている可能性はゼロどころか高いわけで──


「あー、もー、本当に来ちゃったー。オニキスとジュニーの想像通りかよー」


 大きな窓の向こうに庭が見える部屋。その窓の向こうに、腹を上にして雨に打たれるままのチビと、異能で雨を弾いて佇むオニキスがいた。

 脱力しそうになった。


「想像つく結果だったろうが」


 オニキス、それ、どういう意味?


「トウマは母上と()たちで育てたんだよ? レディーを無理させない心遣いを発揮すると言ったろう?」


 ジュニオル様……、はい、たしかにトウマは紳士です。


「疲れるかもって思ったけどー、思ったけどー。せっかく『デート』って言って見送ったのにー」


 チビ……、見送りのときにわざわざデートって言ったの、念押しだったのね……。

 チビがジュニオル様と面識があるかもしれない想像は、今ここで現実となった。

 ジュニオル様をジュニーと愛称で呼んでいる関係に、会うのも一度や二度じゃないことも悟った。


「討伐班の手伝いが雨が強くなったから中止になっちゃったの。ラワンがグッズがまだ決まらないって頭抱えてたの思い出したからコッチ見に来たんだけどー」


 朝から本降りではあったがどんどん大粒の雨になってきて、管理所の作業関係の手伝いはことごとく中止になったという。

 チビとオニキスの責了範囲で請け負っている森の見回りはしたが、他は中止。何日か前にラワンさんからグッズの選考が遅延気味だと教えられていたので、様子を見に来たけど、そっちの進捗も悪くてひっくり返っていたと。

 腹を上にしてダラッとしているのはチビのいつもの姿だけど。

 私とトウマのデートがどうなるかの予想遊びはたまたまだったと言うが、たまたまがメインで、グッズの選考を見に来たのがついでだったんじゃなかろうか。


 窓の上に荘厳なお屋敷の雰囲気とは不釣り合いな商店で見かける軒先テントのような大型のものが付けられていて、窓を大きく開けても雨は入り込んでこない。オニキスは軒先テント下の雨があたらないところまで寄ってきて、チビは鼻先だけ軒先テント。

 窓の近くに用意されていたソファーに座れば、ジュニオル様は使用人さんに飲み物の準備までいいと言って退室を合図。


「トウマは話してないんだねぇ」

「なんだよ?」

「何をでしょうか」

「いや、ヴィスランティのことをさ」

「……まだ、いいと思ってる」


 トウマが私に話してないのは付き合い始めたといってもまだ日は浅い。もしかしたら関係が破綻するかもしれない者に、おいそれと話せないこともあると思う。


 それに、人の心は変わる。

 自分の心なのに、自分ですら気が付かないまま変化していることだってある。

 ものすごく好きだったのに、気づいたら無関心になっていたり、他人に言われて好きに気づいたり。おそらく誰も自分の心を完全完璧に制御できないと思う。


 ──ずっと仲良しでいようね!


 幼い頃のこの約束は果たされることなく、理由なき無視に遭って、私の心は千々に霧散した。

 首都の学院で見知った友だちの関係の破綻や、恋人関係の解消の顛末、家族なのにいがみ合う事件などを知っていくにつれて、友情も愛情も絶対なんてないと思うようになり、未だに私の心の奥底に根強く蔓延っている。


 トウマには話した。

 私が首都の学院に行った理由もチビ出現の際にいくつも噂が飛び交ってしまったので、トウマも表面上のことは知っていて、私が事実を知ってほしかったから。付き合う者として、お互いの価値観や考えに理解が示せないなら関係は続かないとも思ったから。

 トウマはある種トラウマだなと静かに聞いてくれた。

 私が自分の内面の闇を晒した際、トウマからもこれまでの女性からのつきまといが原因で「人、とくに女性にはどっか線を引いちまう」と正直に吐露してくれた。

 トウマの胸の内を聞いてしっかりと理解したら、女性に対して線を引いてしまうトウマが私と付き合いたいと思ってくれたことは嬉しくて、付き合っていくなかで不満や問題があれば、都度話し合っていこうと話した。


 ジュニオル様への話しの入り口はトウマが。そこから私も言葉を選びながら、トウマと私の関係は始まったばかりで、まだ先がわからないので、もう少し時間がほしいと願った。

 いろいろと疎い私だけど、トウマとお付き合いを続け、仮にも夫婦となった場合は、正式なヴィスランティ家の跡取りが決まるまでの中継ぎで家名を背負うことになるのは気づいている。

 ジュニオル様がご結婚されておられないので、ビダニーオ様かシェルル様のお子様の誰かが継ぐ可能性が高いと察するが、私が言えることではない。未来のことはわからない。

 トウマは養子であることを理由に、ヴィスランティの当主の中継ぎはするが正式には継がないと明言しているものの、私に言わせれば中継ぎとは言え、場合によっては当主を継ぐのは事実。

 私がトウマと付き合い続けたとして、私はトウマとともに家名を背負えるのか? と問われたら、不安しかない。

 けれど、トウマと付き合うことと、家名を支えることは別問題。

 だから、今はもう少し付き合いを見守ってもらい、家に関する話しは保留してもらえないかと重ねてお願いした。


「はぁ、本当にリリカ嬢の考えは奇特だよ。家名と金に群がる有象無象に聞かせてやりたい」

「俺もそう思う」

「オマエ、リリカ嬢を逃がすなよ」

「リリカは獲物じゃない。もう少し言葉は選べよ、まったく」


 あはははは! と笑うジュニオル様だが、晴れ着の撮影会も、この場も私の見極めもあるんだろう。『家名と金に群がる有象無象』という言葉にジュニオル様とトウマの苦労が忍ばれる。


 今もだけど、今日の晴れ着の撮影会で確信したのは、ヴィスファスト家の皆様にトウマがとても愛されていること。

 トウマ自身は養子だからと一歩も二歩も引いている雰囲気があるけれど、ビダニーオ様の第一子、ダルマリオくんが生まれるまではヴィスファスト家に迎え入れられた継嗣候補だったはず。公にはヴィスランティの養子となっているけれど、……多分、そうだったんじゃないかって、メイリンさんに突貫で習ったから想像がつく。メイリンさんも言葉にしなかったけど。

 侯爵様も侯爵夫人もトウマのことは可愛い孫で、撮影のときも口出しが多かったのはきっと愛情ゆえ。

 ジュニオル様もトウマも女性関係に恵まれず、同じような境遇のなか、トウマは私を見つけた。

 ジュニオル様は嬉しかったのだと思う。……多分。


「リリカ嬢のような人はいるんだねぇ。僕もまだ諦めないで探すから、君たち邪魔すんなよ」

「するか!」


 ……しませんので()き人と巡り会えることを祈ります。


 ジュニオル様はトウマの義父だが、ご年齢を考えると親とするには若く、兄というには歳が離れすぎている。けれど、二十数年前の事情もあって親子関係になり、少々汚い言葉の応酬をするくらい仲がいいのだから、微笑ましさすらある。

 話しの終わりを見つけて、ここに来てから気になっていることをハッキリさせたくて話題を変えさせてもらった。


「あの、少しチビと話してもいいでしょうか?」

「うん? 僕がいたら不味そうなこと? 部屋を出ようか?」

「いえ、大丈夫です」


 ジュニオル様に気を使われてしまったが、チビにどうしても聞きたい。


「ねぇ、チビ、どうやってここにきたの?」

「ん?」

「街の上、飛んでないよね?」


 今の私は街に出るのに事前申請が必要。チビも同様だ。私が侯爵家にいくのに街に出ることは申請したけれど、チビはもともと討伐班の手伝いだったから外に出る予定はなかった。つまり外に出る申請はしていない。私が管理所を出たあと代理で誰かが申請してくれているならいいが、ふらっと街の上を飛んでここに来てしまっていないかと気になっていたのだ。


「もっちろん! 所長さんにも隊長さんにも事前報告って言われてるの、忘れてないよ!」

「ああ、その答えなら親父も俺も答えられるよ」

「え?」


 窓の外に出てチビの側に近づいていたので、振り返ってトウマを見たら、ジュニオル様もニコニコ顔。


「森を経由してきてるんだ。ヴィスランティの森は管理所に委託していて、オニキスは討伐班の巡回業務で管理所からここの森までの監視を請け負っている。チビも森の中のルートで来たんだろう」

「そう! オニキスから半分くらい引き受けたからね」

「ビッカビカに輝き続ける光球を森のあちこちに置かれたときは、航空監視から緊急通報が来て、あれは驚いたねぇ」


 ジュニオル様が苦笑い顔で思い出した話しに心当たりがある。キィちゃんが怒った光球事件。神妙な顔になるというもの。たいへん申し訳ございませんでした。


 侯爵本家のヴィスファスト側の森は管理所に委託せず、領主館に勤める妖獣の相棒さん何人かが定期的に見回りを担い、妖獣がフォローしている。

 一方、ヴィスランティ側も以前は本家同様に妖獣の相棒となっている者の業務として自分たちで見回りをしていたが、何代か前から管理所に監視を委託。理由はかなり奥地ではあるものの、魔獣の発生件数がこちら側に多いからだった。人の住むところまで出没したことはないけれど、管理所の討伐班の定期巡回ルートに組み込んで見回ってもらえるほうが安全だと判断。

 妖獣の相棒となる者を常に雇用できるとは限らない理由もあった。そして何代か前の決定をそのまま続けているという。


「森に隠しているものなんて何もないなら、安全が先決だろう? 本家だって隠しているものがあるわけじゃないが、領主館にいる者を相棒にする妖獣はけっこう続くもんでね。どういうわけか途切れたことがないから、妖獣の鬱憤晴らしも兼ねて思いっきり飛び回らせていい仕事にしているんだ。流石に森の奥の奥は管理所に委託しているし、妖獣の相棒となる者の雇用に不安が出たら本家も管理所に依頼するけどね」

「今はチビにこっち側を引き継いで、俺があっちを担当している」

「オレっちがあっちの森の奥を見回っていたらさぁ、何かで監視してわかるのか、じーさんが舟でオレっちに会いに来ようとして、まわりが慌てふためいたって聞いてさぁ。オニキスにあっちには行くなって言われてんの」


 ジュニオル様とオニキスの補足説明でよくわかった。侯爵様も商会長さん同様になかなかチビ愛が大きく、チビが近くにいるなら会いに行こうと無茶するのも知った。


 山を伝って森のまあまあ奥を通って来るので、時間はかかるが街の人に見つかることはまったくない。チビとオニキスが飛び回っているだけで小物は逃げるし、たまーに魔獣をおやつに食べられるし、定期的に駆けているのは丁度いいという。


「巡回をチビに引き継いで、ここに来ることができるようにしておいて結果的によかったと思っている。グッズの件でけっこう話し合いに来ているし、ここでやっている限りは俺がチビの暴走をぶっ飛ばしに来れる」

「オレっち暴走してない。暴走するのは商会長」

「釣られて暴走してるだろうが!」

「えー?」

「オニキス、そんなことしてくれてたの?」

「あのな……、チビの街デビューも歌手デビューも俺には関係ないし、どーでもいいと思っていたが、……止めなかったらどこまでも突き進んでいくぞ……」

「オニキスありがとう! とってもありがとう!」


 オニキス、ありがとう。ぜひ引き続きチビを監視してほしい。


「親父……」

「なんだよ、その目は。言っておくが僕はオニキス同様に止める側だぞ? さっきもジャパスを止めに行かせたろ? まったくね! 僕の役目は稼ぐ商人のはずなのに、父上があんなに暴走するなんて思わなかったよ。夏は母上と義姉上にも奔走してもらったけど、今回は僕が最初からストッパー役」


 ついでに管理所の所長のストッパー役は所長代理とアビーさんだという。そこは想像通りで、今回の歌手デビューからはラワンさんもストッパー役に参加となっているはずなので、管理所側の暴走は比較的押さえられていると思いたい。

 ジュニオル様の言葉で、侯爵夫人やチャオミー様にお礼を言わねばならないことが増えた。ヴィスファスト家に戻って土下座したい気持ちになった。


「二人と話したかったことはさっきのことだったんだけど、それは追々なのはわかったし、今この屋敷の状況を知ってもらう機会になってよかった、よかった」

「親父ももう少し連絡してくれよ。俺が実家に頻繁に帰ると、前に『ヴィスランティに何かあったのか?』と噂を立てられたじゃないか。だから呼びつけられなきゃ帰らないようにしてたんだが、こんなことになってたのかよ……」

「お前とリリカ嬢の関係がどうにもわからなかったからねぇ。明日からは軽率に呼びつけてやるからひょいひょい帰ってこい」

「俺にも仕事の予定はあるからな!」

「管理所を辞めて屋敷のことを手伝ってくれて構わないのだよ?」

「まだまだ辞める気ないからな!」

「機械いじりの仕事くらいいくらでも作ってやるのに」

「わざと壊すな! 大事に使え! ヨーダ! ジルミル! いるんだろう! 親父を見張れー!」


 ジュニオル様とトウマの会話がグダグダになってきて、トウマが扉に向かって叫ぶと初老の使用人さんお二人がこそりと部屋の中を覗いてきた。ビクッとするほど無表情。


「坊ちゃまがお戻りになるのは大変喜ばしいことではございますが」

「旦那様、物は大切に」


 パタンと扉は閉められた。

 このお屋敷ではジュニオル様より、あのお二人が強いのかもしれない。


お読みいただき、ありがとうございます。感想や評価等をいただけると励みになります。


家族の介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。

できるだけ週一更新(今のところだいたい金曜)を目標にしていますが、万が一、更新頻度が落ちてら本当に申し訳ないです。

頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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