71.ヴィスファスト家の人々
侯爵家の正面玄関に侯爵夫人が待っていてくださったのを見て、緊張が急上昇した私はガチガチ。
習った通りにできなかったらどうしよう! という不安が丸出しで、トウマとジャパスさんに宥められても駄目だった。
侯爵夫人は微笑んだまま「まあ、今日はよいでしょう」と見逃してくださったけれど、心のなかで打ちひしがれたのは言うまでもない。
そんな私を侯爵夫人の隣で満面の笑顔で出迎えてくださった侯爵様。
「そんなに固くならんでいい。管理所と同じで構わんぞ?」
侯爵様が優しくフォローしてくださったけれど、同じでいいとは思えないです!
侯爵ご夫妻揃ってお出迎えしてくださっているだけでなく、後ろにいらっしゃるのは侯爵様のご長男ご夫妻とご次男、ご長女、そしてお屋敷の使用人方々がズラリ。私は要人ではないから、こんな盛大なお出迎えは身分不相応。それなのにトウマは平然としているから、育ちの差を感じてしまった。
「なんだ? 随分仰々しいな? リリカが萎縮するから解散解散!」
「ふふっ。あなたが女性を連れてくるって聞いて、みんな歓迎したいのよ」
「……」
管理所にいるとトウマは和気藹々としているので忘れそうだが、シャナイやテルフィナのような女性のつきまといや、それ以外にもトウマが話してくれた『家名』目当てでアタックしてくる方々のせいで、辟易していることは知っている。そんなトウマが私にお付き合いを打診したこと自体、ヴィスランティ家だけでなく本家のヴィスファスト家としてもビッグニュースで、その結果の仰々しいお出迎え。トウマがお屋敷の使用人方々にも愛されて育ったんだとわかる光景だった。
トウマが話してくれた過去と、読んできた貴族年鑑とシャーヤラン史、臨時講師メイリンさんの補足情報を頭の中で呼び起こす。
現侯爵当主、ラジバッハ・ヴィスファスト様。八十歳。一度は領主も当主も引退されたが、四年前に当主と領主を譲り渡したご長男を病魔が襲い、闘病生活に。そのため領主と当主を再度務められている。一言で言えば元気なおじいちゃん。
侯爵夫人のアンジュリア様。ラジバッハ様と同じ歳で、ラジバッハ様と並んで領主の妻、当主の妻の立場が必要なときに表舞台に出る。一度はご長男の妻に侯爵夫人の権限を譲り渡しているので、隠居の身だと自分を律しているけれど、どうしても侯爵夫人として出ていかねばならない場が多いから、なかなか隠居できないのが現状。隠居したら一度はシシダの湯治場に行ってみたいと言ってくださったことがある。侯爵様と揃って是非ゆっくりしてほしいが、実現するのは数年後かもしれない。
侯爵様のご長男、ビダニーオ様の闘病生活は五年目。病魔との戦いは終わり、げっそりと痩せてしまった体を戻すべくリハビリ中で、ようやく普通の生活ができるくらいに体力が戻ってきている。この前、ユリアンヌちゃんが「父上とお買い物に行けるの!」と泣いて喜んでいた。ユリアンヌちゃんが生まれてまもなく病魔に侵されてしまったので、ユリアンヌちゃんに自我が芽生えて知った父親は寝たきりで苦しむ姿。
私がシャーヤランに来た二年半前、何かの用事で管理所にお越しになったビダニーオ様をお見かけしたことがある。目は窪み、頬は削げて、なんとか立っていたけれど、まわりから無理をするなと車椅子に座らされる姿だった。
けれどもサプライズコンサートの練習に管理所に来ていたユリアンヌちゃんの出迎えでお会いしたら普通の中年男性の姿まで回復。まだ痩せているけれど、元気になられてよかった。
ビダニーオ様の妻、チャオミー様ともユリアンヌちゃんの出迎えで何度もお会いしていて、一見するとおっとりとしているけれど、頭の回転がものすごく早い。もともと領主館の秘書室に勤務していた事務官で、ビダニーオ様のリハビリの状況を見つつ、近々秘書室事務官に復帰されると伺っている。気分転換の趣味が掃除だと聞いて、別邸やお屋敷を掃除し始めたら休む暇がなさそう! と思ったのは内緒だ。『スライムに怒られなければ多少の埃は友だち』な私からすれば尊敬しかない。
ビダニーオ様とチャオミー様の間にはユリアンヌちゃんの上にご長男がいるけれど、私が通った首都の学院にいるので普段は会えない。チビのサプライズコンサートを直に見れなかったのが悔しかったようで、チャオミー様を通じて私にまで苦情が来た。チャオミー様と笑うしかなかった。学院の夏休みは終わっていたし、帰省は難しかったと思う。ごめんね。
侯爵様の次男、ジュニオル様がトウマの義父となった方で、ヴィスランティ家の当主となられている。中年となって渋さが加わり、かっこよさを引き立てる見本のような男性。こういう方の顔を『甘いマスク』というのだろう。
ジュニオル様は非常にモテる。昔も今も。モテるだけでなく、『家名』目当ての女性アタックもあって、いろいろと辟易して独身のまま。「ヤッてもいない女性と隠し子騒動が三回もあったのよ」と、メイリンさんが貴族年鑑にもシャーヤラン史にも載っていないことをあけすけに教えてくれた。
私はこれまでジュニオル様とお会いしたことがない認識だったが、ジュニオル様は私のことを見かけていたという。私が声を掛ける距離にいなかったことで今日が初対面となったが、ジュニオル様はシャーヤラン観光業のとりまとめをされていると言っても過言ではなく、管理所にも観光客対応の連携のためよくいらっしゃているとメイリンさんに聞いた。
私の管理所での行動範囲は図書室以外、山小屋などの外が多いのでお客様と遭遇することはほぼない。チビのサプライズコンサートを見に来てくださっていたのは、少し前のチャオミー様とユリアンヌちゃんとの会話で知った。
チビの式典デビューの際、アビーさんらの手配を受けて、私の両親と兄夫婦をシャーヤランに招き、観光ツアーを組んでくださったのもジュニオル様だったと聞いているので、後ほどお礼を申し上げようと心に誓っている。
侯爵様の末っ子でありご長女のシェルル様はご結婚されて、シェルル・ヴィスナムナ様となり、シャーヤラン領で三番目に大きな街、ナムナ地区の管轄している。ヴィスナムナ家はヴィスファスト一族の一つとしてシェルル様のご結婚で復活した家名なのは貴族年鑑にあった。
モウリディア王国では血筋よりも能力優先。
たとえ領主一族に生まれても定められた試験に合格しなければ領主になれないし、領主になる前に領主館の通常事務官の業務経験も必要。
爵位ある家の当主となるのも同じように試験がある。学院や学校の試験とは性質は異なるが、一族を率いる能力がない者は国が認めない。他国の歴史から、血筋を重んじるあまり、能力不足の当主が上に立ち、悪政となるのを防ぐためだと習った。
貴族がいなかったシシダではピンとこなかったし、首都でも貴族の方々との接点がほぼなかったので、正直別世界だと思っていたので、シャーヤランにきてから習い直しの私である。
貴族年鑑を読んだだけではわからなかったけれど、メイリンさんが教えてくれたヴィスナムナ家復活劇は二十年くらいしか経過していないので、教えてもらえてよかった。
ナムナ地区はヴィスナムナ家復活以前はヴィスファスト家の傍系の御親戚が管理を任されていたが、遠縁となりすぎて問題が起きていた。そんな問題を抱えていたときに、ヴィスファスト家にもう一つの問題が発生。シェルル様が現在の旦那様に一目惚れして猪突猛進。ヴィスファスト家と縁を切ってでも彼と結婚すると言い張った。
しかし、ヴィスファスト家はシェルル様の一目惚れの相手に不満があったわけではない。めでたい話じゃないかと思っていたのに、急に何を言いだしたのかと混乱したのは侯爵様や侯爵夫人。
シェルル様が何を勘違いしたのか反対されると思い込み、大暴走が止まらず、頭を抱えた。
そんなシェルル様を落ち着かせる案として、「ナムナ地区の管理をするなら認めてもいい」という条件をだしたのはビダニーオ様とチャオミー様。別にシェルル様の相手に不満はなかったので、こんな条件を出す必要はなかったが、どうにも聞く耳を持たない状態のシェルル様だったので、こっちも条件のだす姿勢を演じればいいのかと作り上げ、めでたくゴールイン。
それでヴィスナムナ家の家名が復活し、問題を起こしていた遠縁とも縁切りすることができ、ヴィスファスト家としては一石二鳥の解決。
シェルル様の旦那様は少々気弱な性格だが、コツコツ努力される方で、シェルル様ともどもシャーヤラン領でももっとも穀物生産量が多いナムナ地区をしっかりと治めている。
シェルル様のことを「近いとすれば……ルシアね」と教えてくれたメイリンさん。
ご結婚までの逸話を聞くだけで、なんとなく想像できたけれど、侯爵様と侯爵夫人を左右に押し避けて、私の手を取りブンブンと上下に振り回されるような握手をされた。
「やっと会えたわ! 父上も母上も兄上もみんなお会いしているのに私だけ会えてなくて悔しかったのよー! チビさんのサプライズにも混ぜてもらえなかったし! 今日は私がバッチリ着飾ってあげるわね!」
「あ、あ、あ、あり、ありがとう、ございます」
勢いがすごい。
確かに豪放磊落なルシア先輩を彷彿とさせるし、ルシア先輩以上に豪快な印象を受けた。
「シェルル、少しは落ち着きなさい」
「身内しかいないんだし、母上ももっと楽にしましょうよっ! リリカさんもざっくばらんでいいわよ? ね、父上?」
「ああ、構わん、構わん」
大変ありがたい言葉ですが、多分、駄目だと思います。
侯爵様の性格を受け継いでいるのがシェルル様なのかもしれない。
ここまで仰々しいお出迎えは予想外で、緊張のあまり挨拶で躓き、最後にシェルル様が何もかもをぶち壊してグダグダである。
それでも身内だけなら当たり前の光景なのだろう。侯爵夫人がシェルル様を窘めるけれど、そのほかの方々はまたかの表情で、無視してお屋敷の中に進んで行ってしまう。
私も横のトウマが背を軽くトンと叩いて促してくれたので、お屋敷の中に足を踏み入れた。
綺羅びやかな絢爛豪華なお屋敷をイメージしていたけれど、どちらかと言うと落ち着いた内装で私は安堵してしまった。
もちろん客を饗すエリアの廊下にある花瓶や絵画なども高いもののオンパレードなのだろうが、私は見ただけで価値がわからない。近寄らない、触らない、興味を持たない。これが一番。
案内された広間は大きすぎず狭すぎず。部屋の一画は完全に撮影会場になっていて、撮影会を眺めながら軽食がつまめるテーブルと椅子も配置されていた。
天気がよければ外でチビと撮っていただく予定だったので、室内での撮影もご準備いただけているのはわかっていたけど、予想以上に本格的。テーブルと椅子と軽食は試着の合間の休憩所だと説明されたけれど、絶対、観客席。
ここまで晴れ着をお借りできて、撮影の準備までいただけるなんて感謝しかないのだから、撮影の様子を見られるのは別にいいとしよう!
三着の晴れ着は飾られていて、トウマの情報端末画面越しに見た写真でも高そうな感じがしたのに、目利き能力ゼロの私でもため息が出てしまう芸術作品だった。
三着の中でも少々異質なのはカモダさんの『若気の至り』のもの。
一言で言えば、斬新。
伝統衣裳にふわふわとした毛皮や鳥の羽根が装飾に使われていることはまずないので、実物を見て改めて驚き、言葉が出てこない。
私たちが到着する前に羽織ってみたシェルル様が「ものすごく重たい」と教えてくれた。
伝統衣裳も刺繍で重さが増すけれど、刺繍とあわせて細かなビーズがびっしり縫い付けてある箇所があちらこちらにあり、確かに重たそう。
カモダさんは作品名『融合』だと言っていた。伝統技術の中に今ある技術を融合させたという意味で、卒業制作か何かかと思ったら、単に作ってみたかっただけだと聞いて苦笑だった。
ビダニーオ様が使用する素材類の手配を手伝ったと聞き、「あの頃は僕も若かったんだよ」と照れ笑い。
出来上がったものを見て二人で大笑いし、お互いに羽織ってみたが重たくて、また大笑いし、みんなからグチグチ言われる前に仕舞い込んで忘れられていた。
「ハンナがセットの髪飾りのことを覚えていて、探し出してクリーニングしたけど、これまた重いんだ」
ビダニーオ様の言葉に、衣裳の脇のテーブルに置いてあった髪飾りに目を向けたら、それはもう髪飾りじゃなかった。もはやビーズの帽子。バラバラになったら修復困難間違いなし。古代の鎖帷子の頭を守る防具にも見える。左右の耳の上のあたりに鳥の羽根と金と銀の細いチェーンで作られた装飾品があり、どういうデザインコンセプトなのかわからないけど、これを作るのにどれだけの労力をかけたのかと気が遠くなった。
「古代ヤヤレンジ時代の王冠がインスピレーションだったって言ってたんだが」
「確かにあの時代の絵に、平たい石を繋げているようなものを被った人物像は残っているけど、ここまでじゃないと思う」
ビダニーオ様から共有された制作秘話にジュニオル様が突っ込んでいるけど、古代史に疎い私はピンとこず。
髪飾りとは思えない髪飾りの左右のパーツが取り外せるので、一つを本当に髪飾りとして使用してみたらいいと侯爵夫人が止まらなさそうな会話をやんわりと誘導して、試着の前に少し話すためテーブルに案内された。
事前に今日の朝食は軽めにしとけと教えてくれたトウマに感謝して、晴れ着を着る前にティータイム。
侯爵様が話したくて話したくて仕方なかったらしく、チビのサプライズコンサートのときの舟の上の陛下や他の領主方々の様子を、身振り手振り、なおかつ表情の真似までして教えてくれるから吹き出さないようにするだけで一苦労。
たいへん砕けた口調で話してくださったことで、私の緊張もグッと緩和した。
チビのサプライズコンサートのことは、言いたくて言いたくて仕方ないが、アッと驚かせたい葛藤の日々。
それは侯爵様だけでなく侯爵夫人やビダニーオ様たち、給仕で広間にいる屋敷の使用人たちも「我慢大会だった」と笑い合う。本当に沢山の方々の協力で成功したんだと改めて実感した。
侯爵夫人も観光ツアーの最後にコンサートの観客席に強制連行した人たちが、疑問と不満の顔になっていたけど、終わったら感謝感激の嵐だったと言い、給仕で近くにいた使用人さんがクスクスと笑う。侯爵夫人が何人かとアイコンタクトすれば笑いが広がっていった。
公式の場で給仕係などがこうして会話に入ることはない。
気張らずリラックスしていいんだということを行動で示しているんだと、トウマがこっそり教えてくれた。
侯爵様のおかげでだいぶ緊張は解れたけれど、すぐに慣れるものじゃない。今日はトウマが横にいるのでとても心強い。
ビダニーオ様、チャオミー様、ジュニオル様は座席エリアで観覧いただけたそうで、シェルル様は残念ながらチビのサプライズコンサートそのものを知らなかったと文句が出た。私たちがお屋敷に着く前から不満を言っていて、でも怒っている感じではなく歓談ネタとして私とトウマに聞かせているのがわかる。
チビのサプライズコンサートのことをどの範囲までに言うのかは、領主館、管理所、信頼する後援会の方々で話し合い、この領都より外には出さないと決めたからしょうがない。
侯爵様から、当事者たる私の両親すら範囲外だったと知らされ、シェルル様もようやく溜飲を下げた演技。
ビダニーオ様、チャオミー様からはユリアンヌちゃんがチビのサプライズコンサートのダンサーを務めた姿を見ることができて楽しかったことと、あれからユリアンヌちゃんに成長が見られることを話してくださった。
「ユリアンヌは少し甘えたところがあったのだけど、最近は弱音が少なくなったんだ」
「学校でも下の学年の子の面倒をよく見るようになったと聞くようにもなったの。参加させてよかったわ」
「管理所に芋掘りの手伝いに来ているときも、小さい子が泥だらけにならないようによく見てくれてます」
チビのサプライズコンサートのダンサー役に選ばれたのは、上は八歳、下は二歳くらいまで。ゼロ歳児のエバンスくんは例外も例外。
ユリアンヌちゃんは六歳で子どもダンサー軍団の中では歳上の組。いつの間にか自分よりも下の子たちの面倒を見るようになっていたと思う。
別邸やこの本家のお屋敷の近くで同年代の子と遊ぶことはほぼなく、侯爵家のお嬢様として一線を引かれてしまう。学校では同じ歳の子との交流はあるけれど、歳下の子との交流はまた違う。ユリアンヌちゃんにとっていい経験となっているならよかったと思った。
チビともわいわいとこの話しがしたかったのだろう。管理所に帰ったらチビにも話そう。
チビのサプライズコンサートの話しに一区切りとなったタイミングで、ようやく成人の晴れ着をお借りすることのお礼を言うことができた。晴れ着をお借りするだけでなく、こうした撮影する場所までご準備いただけていて、感謝しきれない。
「気にせず使え。天気がいい日にチビと外で撮るといい。晴れ着を管理所に持っていってもいいが、そのあたりはトウマと相談すればいいからな」
「ここ数年、祝いの撮影がなかったから、私たちも嬉しいのよ」
侯爵様も侯爵夫人も今日は雰囲気がとても柔らかい。
「ジュニオルから晴れ着はないかと連絡があったときはナニゴトかと思ったが、探してやりたいのがリリカさんだと聞いて、トウマからも話を聞いてな。君がまだ二十歳だということを忘れていたよ」
なぜか侯爵様と侯爵夫人が神妙になられ、侯爵夫人にはなぜか謝られた。
シシダ周辺の変わった文化を知っても、シャーヤランでは十八歳で撮って家族や友人たちと祝うのが普通。
巨大竜チビの出現で人生が大きく変わり、管理所に勤めが決まってシャーヤランに来たのが十七歳が終わろうとする頃。成人の晴れ着で祝うことすら忘却の彼方に飛ばしてしまう怒涛の二年余りだったのかと想像した侯爵夫人は、かなりショックだったらしい。
「それにね。トウマに気になる人がいるって聞いて、それがリリカさんだと知って、野生化したトウマも整ったトウマもどっちもトウマだからと対応が変わらないでしょう? 嬉しかったのよ」
メイリンさんがマナー研修ができない期間の代理講師を探していると知って、私と会う機会をつくるために管理所のマナー講師役を引き受けたのだと教えてくださった。
ただ私と会って話してみたかった。それだけだった。
いつもは厳しい侯爵夫人だが、今日その瞳はとても優しい。
その瞳を見て一瞬で理解した。
トウマはこの方にとってかわいい孫。かわいい孫の気になる子が、十八歳を過ぎても成人の晴れ着で祝っていない。十八歳のときに撮り損ねて、その後は怒涛の日々にあり、祝うことを諦めかけている──。
誰からどう聞いたのかわからないけれど、侯爵夫人の中で、私のうっかりミスがびっくりするほど美化されていてむず痒くなりそう。
侯爵様も小さく頷き、見つめてくる表情はご近所のおじいちゃん。
ビダニーオ様も、チャオミー様も、ジュニオル様も。
いまこの部屋にいる使用人の方々も。
隣に座るトウマも。
晴れ着はもういいか~と思っていた自分を今一度殴りたい気持ちになった。
ありがたい。嬉しい。どうしよう。視界が歪む。
「よーしっ! それじゃ、撮りましょう!」
「そうね。ハンナ、クリメイラ、リリカさんをよろしく」
パンッと手を打ち鳴らして湿りそうな私に笑顔を取り戻してくれたのはシェルル様。
侯爵夫人が二人の使用人を呼んで、いってらっしゃいと着替える隣の小部屋に見送ってくれた。
ヴィスファスト家の優しさが大きい。
お屋敷に来るまで恐縮して萎縮していたけれど、嬉しさ全開で着させてもらおう。そして満面の笑顔で撮ってもらおう。
71話は名前が多く出たので、まとめます。侯爵から見た関係で書きました。
■ラジバッハ・ヴィスファスト=侯爵
□アンジュリア・ヴィスファスト=侯爵夫人/妻
■ビダニーオ・ヴィスファスト=長男
□チャオミー・ヴィスファスト=長男の妻
■?????・ヴィスファスト=孫/ビダニーオの長男
□ユリアンヌ・ヴィスファスト=孫/ビダニーオの長女
■ジュニオル・ヴィスランティ=次男
■トウマ・ヴィスランティ=孫/ジュニオルの養子
□シェルル・ヴィスナムナ=長女/末っ子
■????・ヴィスナムナ=長女の夫
名前が???の人物は71話に実際登場はなく、会話及び説明に出てきただけなので名前をつけませんでした。
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