21、異世界への入り口
夏美は、母親から彷徨の行方不明の電話を受けてから部屋に戻ると、すぐに梓にメールを打った。
今から、うちに来れる?
彷徨が、ウィルデアルヌスへ行ってしまった。
するとすぐに、返事が返ってくる。
行ける。待ってて。
二人は短い文章を交わした。言いたいことも聞きたいことも沢山ある。しかしそれは二人が会ってから話した方がいい。
「こんにちは」
メールのやり取りをしてから一時間後、梓は旅行鞄を持って訪ねて来た。
だが、夏美はそのことには触れずに、梓をすぐに部屋に上がらせた。
「うん。上がって」
二人はいつもと同じような会話をした。春道は何か察しているかもしれないが、夏美が梓に「ハリスの日記」や「月夜の散歩」を話した、ということは知らない。そのため、それを勘づかれないように梓は偶々このタイミングで遊びに来た、という風に装っていた。
夏美と梓がパタパタと部屋に入ると、早速と言った様子で梓が切り出した。
「メールのこと、ホント?」
「うん」
二人は声を潜めて話す。部屋にはエアコンが入っており、ドアも閉めてあるが念のためである。
「彷徨君が、異世界に行ったって話」
「私はそう思ってる」
「何で分かったの?本人から今から行くって言われた?」
夏美は固い表情のまま、首を横に振った。
「ううん。実は梓が来る前に、私のお母さんから電話があった。彷徨が行方不明になったって。居場所を知らないか聞かれた。だから、異世界に行ったんだと私は思った」
梓は顎に手を当て頷くと、妙に納得した様子だった。
「成程ね。だけど、彷徨君も、何か適当に嘘ついておけば良かったんじゃないのかな」
「バレると思ったんだと思う。異世界に行ったら、連絡もつかなくなると思うし」
「そう言われたら、そうかもね。それで?夏美はお母さんに、彷徨君の居場所についてなんて答えたの?」
「……京都に行った、って言った」
梓は目を丸くした。
「よくとっさにそんな嘘出たね」
「言ったのは私じゃなくて、おじいちゃんだけどね」
夏美は肩を竦めた。
「春道さんが?」
夏美は頷いた。梓は「月夜の散歩」を読んでから、夏美の祖父のことは名前で呼んでいる。
「途中で電話代わってくれたの。私、お母さんと口でやり合うと勝敗は五分五分なんだよね。本当のことを言うならかなわないこともないんだけど、嘘つくとなると何となく分が悪いっていうか。まあ、おじいちゃんに代わってもらって良かったよ」
梓は、おずおずと聞きたいことを口にした。
「あのさ、春道さんは、彷徨君がいなくなったことに対して何か言ってた?」
夏美はふっと笑った。
「何か言ってた、というか…おじいちゃんは、彷徨が異世界に行ったことを知ってる。確信があるみたい。それで心配なら夏美も行ったらいいよ、って言われた」
「……」
「私はどうしたらいいか分からないし、色々整理したくて梓にメールした」
先程から困った様子の夏美に、梓は笑ってみせた。
「そっか。でも、私を頼ってくれたのは嬉しいな。ありがとう」
「お礼を言うのは私の方だよ。梓の顔見て、ほっとした」
夏美は梓の言葉に救われた。ようやく微笑する。
「でも、どうして春道さんは夏美に、心配なら行ったらいいよって言ったんだろうか…」
「分からない。でも、行こうと思えば行けるんだよね?」
「異世界があるならね」
「……」
夏美は目をぱちくりさせた。それを見て、梓はいたずらっぽい笑みをみせる。
「夏美の真似。ちょっとは信じてみる気になった?」
彷徨のことがあった。母と祖父のことがあった。
だから、夏美は異世界・ウィルデアルヌスについて信じてみることにしていた。
「うん。まあね」
「そう来なくっちゃ」
梓は不敵な笑みを浮かべた。
「それで夏美が言った通り、行こうと思えば行けるよ。月夜の散歩に行き方は書いてある」
「頼もしいね、梓」
「ここ一週間、テスト期間だというのに月夜の散歩を読み込んでいたからね」
「ふーん…」
「今夜行ってみる?」
梓の提案に、夏美はドキッとする。
「こ、今夜?」
戸惑う夏美に、梓は窓に近づくとエアコンが効いているにもかかわらず、がらりと開けた。もやっとした外気が入りこみながらも、梓は少し身を乗り出して空を仰いだ。日が傾いてきているというのに、じりじりと体が焼かれそうな日差しはまだ衰えない。
「今日は多分天気がいいから、月も出るよ。ウィルデアルヌスに行くには、月夜の散歩に書いてある道順を通らなくちゃ行けないけど、もう一つ条件があるの」
「条件って?」
梓がくるっと体の向きを変え、にっと笑った。
「月夜、であること」




