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知勇の士達  作者: Yuri
第四章 開かれた運命のページ(地球編)

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20、彷徨の行方

 春道はいつもと変わらぬ穏やかな表情で、夏美に小さな声で尋ねた。

「夏美、誰から?」

 夏美は耳から受話器を離し、母に聞こえないようにマイクに手を被せる。

「…お母さん」

 すると、彼は孫に手を差し出した。

「代わるよ」

「え?あ、うん…」

 思ってもみない助っ人に、夏美はほっとした。それに祖父ならば、彷徨のことも知っている。うまいこと取り計らってくれると思った。夏美は戸惑いもなく、祖父に受話器を渡す。

「美香?うん、私だよ。え?うん、うん…彷徨のこと?うーん…そもそも何で、美香が彷徨のことで電話を掛けているわけ?」

 春道の言葉に、夏美は驚いた。

 そうだ、何故気が付かなかったのだろう。

 彷徨は、母・美香の弟・春彦の息子だ。夏美にとって春彦は叔父さんであり、母・美香にとって彷徨は甥である。本来なら彷徨の父親である春彦が、自身の父親である春道に電話していいことだ。それを何故、彷徨の伯母である美香が電話をかけているのか。不思議な話だった。

「うん、うん…ああ、夏美がいるからって?でも、それとこれとは話が違うでしょ。本来なら父親である春彦が電話して聞くべきところだと思うけど。何か美香が代わりに聞かなくてはいけない理由でもあるの?」

 口調は優しいが、発している言葉は厳しい。それは夏美がいつも見ている祖父の姿とは違っていた。

 春道は、基本的に「老いたら子に従え」のスタンスを取る。それは自分の考え方が古く、今の時代にの考え方にそぐわないことを懸念してのことだ。だが、今回は子の態度や姿勢を指摘する親の言い方である。

 そしてこれは、祖父の方に分がありそうだ。

「…それは春彦が言ったことじゃないだろう。美香…いや、とりあえずそれは置いておこう。彷徨のことだったね。彷徨に口止めされているけど、事を大きくしないっていうなら教えるよ」

 どうやら、春道は彷徨の行き先を知っているようである。だがもし行き先がウィルデアルヌスなら、なんて答えるつもりなのだろうか。

「でも、これを教えるのは美香だからだよ。春彦にいうつもりなら言えない。彷徨がどうしても春彦には言わないでほしいって言っている。どう?私との約束が守れるかい?」

 夏美は祖父と母のやり取りを静かに見守った。

「それならいいよ。約束だからね。破ったら、それは彷徨との約束を破ることになる。私も、美香もね。まさか、私だけが罪を背負えと?ふふ…君はいつも自分を守るための言い方をする。だけど、そういうわけにはいかないよ。約束を破ったなら、私にも考えがあるからね」

 「自分を守るための言い方」。それは春道が優しく言っているから、このような表現をしているが裏を返せば「人のせいにする言い方」ということだ。

 少しの間祖父が話さなくなる。社会的には大人ではあるが、祖父からみれば永遠に子供である美香は言い淀んでいるようだった。どうするか考えたのち、彼女は春道の考えを受け入れたようだった。

「……そう、分かってくれた。じゃあ、教えるけど、あの子なら、京都の友達のところに暫く泊まりに行くと言っていたよ」

「えっ」

 しー…。祖父は素早く唇に人差し指を立てて、夏美に注意した。夏美は頷いて、口を手で覆った。

「そう、うん。理由?お父さんが反対するからに決まっているでしょ。……言ったところで帰ってこないと思うよ。勉強のために、わざわざ先方にお願いしに行ったみだいだからさ。……ううん。何の勉強かは私も分からないなあ。うん、うん。大丈夫だよ。心配はいらない。そう、そういうこと。ああ、それと」

 春道は、くっと背筋を伸ばし少し上を見上げる。

 そこにはA4サイズ程の額縁に入った絵が壁に掛けてあった。夏美が物心がつく前からある絵なので、あることすら気づかなかったが、風景が描かれている。どこの場所であるかは分からないが、平原が広がり遠くに馬と小さな家が描かれていた。長い間、壁に掛けてあったので色がくすんでいたが、案外素敵な絵である。

「美香に言ったのは、春彦を安心させてほしいからだよ。だけど私も美香も春彦には、彷徨のことは言えない。彼がどこにいるのか教えることによって安心させるんじゃなくて、別な方法で心配しないようにさせるんだよ。よろしく頼んだよ、お姉ちゃん。……はは…うん。それじゃあね」

 そう言って春道は丁寧に、そして静かに受話器を置いた。

 夏美は彼の仕草を目で追いながら、真意を問うた。

「おじいちゃん、それって本当?」

「何についてかな?」

 春道は目元をほころばせ、夏美の質問を優しく受け止める。

「彷徨のこと。……京都に行ったって、本当なの?」

「夏美はどう思う?」

「え?」

「彷徨は、京都に行ったと思う?」

「……」

 春道は夏美の答えが出る前に、次の言葉を続けた。

「夏美は、彷徨が本当はどこに行ったのか、予想しているんじゃない?」

「それは…」

 夏美の瞳が揺れる。予想している場所は、異世界。それ以外思いつかない。そして祖父は、夏美がその予想を立てたことを知っていることになる。

 春道は優しく微笑んだ。

「多分、夏美が考えていることは合っていると思うよ」

 それはつまり、彷徨は異世界に行ったということだ。

「彷徨は…大丈夫なのかな」

 夏美は彷徨が異世界に行っている前提で、春道に話す。

 彼は、窓の外に視線を移した。まるで何か懐かしいものを見るかのように。

「どうかな。無茶しなければ大丈夫だよ。それに、彷徨は多分、あそこでは本当に必要な人…ではないからね」

 春道と同じように窓の外に視線を向けた夏美だったが、すぐに祖父に戻した。

「どういうこと?」

 だが、彼は答えをくれなかった。

「心配なら、夏美も行くといいよ」

「え?」

「行ける方法は知っているだろう?」

「……」

 夏美はどう答えたらいいか戸惑ってしまった。

「おじいちゃんだったら、行く?」

 春道はふっと目を閉じた。

「僕の意見は参考にならないよ。行くか行かないかは、夏美が決めることだ」

「……」

 夏美がどうしたらいいのか分からない様子でいると、春道はヒントをくれた。

「ただ、僕の場合は行っても行かなくても後悔は残った。複雑な気持ちだ。もう、知ってしまった時点で、それは仕方がないことだ」

 この瞬間、祖父がウィルデアルヌスのことを言っているのだと確信を持った。京都に行くなら「知ってしまった時点で」という表現は使わないはずだからだ。

「どういうこと?」

「夏美はできるだけ後悔しないように、最善を尽くすといいよ。それが今僕にできる最善のアドバイスさ」


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