煩悩その108「BOZZ、テロリストから歴史を守れ!世界を救う旅に行く」
初転送から数え3ヶ月に及ぶ旅を終えた雲海さんに、最後のミッション。渦の正体が判明しちゃいます。
仏教・宋櫂宗の住職、大槻雲海は、目覚めた。
「ここはどこだ」
空を覆う高層ビルの群れ、頭上を飛び交う車を眺めながら雲海は呟く。
≪108回目の転送にして、2065年の世界だ。今回、目の前にある超高層ビル総合病院の2106号室にて、ある人物に会い、お前は選択を迫られる。どうすべきかは自分で考えろ≫
渦の中の低い声。
「ふむ。その人物の名前は?」
渦は答えた。部屋番号そのものが人物の下の名前だと分かると「なるほど」と雲海は手を打った。
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雲海は超高層ビル総合病院の2106号室にいた。
「はじめまして。雲海くん。私の名は…」
男―、年齢にして六十代半ばと思しきその人物は、鋭い眼光で雲海を一瞥したのち咳払いをしながら名乗った。身体のあちらこちらに無数の傷跡。銃創。若き日のムチャな生き方の名残があった。男は肺を病んでいるのだろう。酸素呼吸器をとり顔に充ててから、再び外し、ふぅと息を吐いた。
「ふむ。先ほど渦から聞きましたが、あなたはこの50年後の世界では有名人らしいですね」
雲海は個室を見渡す。外に張り付いた護衛に加え、この見舞いの花の量だ。政府の重鎮か、経済界の大物に違いなかった。
「有名…そうかもしれないな。何度も世界を救った男。または史上最年少で第108代内閣総理大臣になった男。そう呼ばれている」
男は笑うと目尻に皺があった。さきほどまでの鋭さは消えていた。
「ところで、私は何をすればよいのでしょうか」
「君に世界、70億人の未来を救ってほしい」
「ふむ?」
雲海は顎に手を充てて考え込む。
「科学の発達によりとうとう、この私でも対処しきれない悪がうまれてしまった。某国で内密に開発されたタイムマシンによって、時間を行き来して過去を改ざんするテロリストが現れたのだ。私が子飼いにしてる情報機関からすでに3ヶ月前、彼らは旅立っていたという報告を受けた。彼らによって消滅させられる思想や世界が出てくるだろう。へたをすれば世界の均衡は変わり、今ある未来が滅びてしまうかもしれない」
男は言った。悔しそうに手を握るが、そのか細い腕は、時間という無情な物理法則が、男から奪ったすべてを物語る。
「それはまずいですね。しかし…」
「テロから守るべきリストはここにある。私に代わって、君が世界を救ってくれないか」
男は分厚い書類を病室の棚から手に取ると、雲海の肩を揺すって言った。
「どうやってですか?」
「私財を投じ、限られた時間で何とかタイムマシンの開発に成功した。それは球体の中にある椅子に座り、タッチパネルを操作するだけの簡単なものだが、本人が乗り込み時間を移動するタイプのものと違い、操作方法が、少々複雑だ」
「と言いますと?」
「まず、タイムマシンを操作するオペレーターが必要だ。そして、オペレーターとは別にタイムトラベラーが必要だ。だが、誰でもできるわけではない」
「ふむ」
「タイムトラベラーは、タイムオペレーターと同一人物でなければならないんだ」
男は両手を雲海から離すと、天井を見上げた。雲海もつられてそれを見る。漂白され尽くしたかのような真っ白な天井だった。
「ややこしいですね。私はひとりしかいませんよ?」
「直球で言おう。君自身が、過去の自分をあらゆる世界に送り込み、世界の改ざんを阻止させるんだ」
男の視線がやっと雲海の方を向いた。
「ふむ。なるほど」
雲海は考える仕草のあと、目玉を左右に泳がせる。
「ただ、ルールがもうひとつある。過去の自分に自分自身だと悟られぬよう、変声機をつかい、話し方も変えなければならない。もし気づかれたら充分に事態を受け入れられないタイムトラベラーの精神的混乱によって、そこでタイムマシンが機能を停止してしまうからだ。…だが、自分のことは一番、自分が分かってるだろう?うまく過去の自分を誘導し、ミッションを遂行させるのだ」
言葉の意味を理解した瞬間、雲海の目玉は男をとらえた。
「ふむ。こんな話を聞かされて、世界を救わない理由などありません」
「やってくれるな」
「もちろんです」
男も雲海も笑顔になった。
「ありがとう。とりあえず、あと10年後に宇宙人が攻めてくるまで、一安心だ」
男は相好を崩した。とんでもない発言をしながら笑っていた。
「なんですと?」
雲海は言葉を失う。
「いや、気にするな。私の優秀な孫たちがすでに対策を立てている」
男の言葉には絶対の自信、響きがあった。かつて世界を何度も救ったという男には充分な作戦があるのだろう、と雲海は理解した。
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「渦。なにか言うことがあるのではないですか?」
超高層ビル総合病院を出たあと、近くにある運動場のベンチに座り、雲海は言った。
≪すまんな、雲海…いえ…。過去の私よ。こうするしかなかったんです。今までの108回の転送は、必然だったと考え、この私を許してくれますか≫
頭上からの声。声は透明さを取り戻し、雲海のものと同じになった。
「許すもなにも、あなたは私自身です。謝る事はありません。ただ、過去の歴史とは関係ない転送も多くあったと思いますが、あれはなぜでしょう」
≪1回目の転送は、意識を失ったあなたを、とりあえずどこかに転送させる為のリハーサルのようなものでした。2回目に関しては、あなたをこれを夢だと思わせる為の環境づくり。3回目以降は、その…私的な理由の転送も含まれてはいますが、概ね世界の歴史改ざんを阻止する為の転送が殆どでした。例外として信長さんたちを救いましたが、彼の築いた財産がのちの未来を救うというデータが出ていたので、死ぬはずだった彼らを未来へ連れて来たのです。また、異世界での冒険も、実世界に影響を及ぼしかねない改ざんから世界を救うために必要なことでした。主な例でいうと浦島太郎の物語は本来、浦島太郎と乙姫が幸せになる運命でしたが、テロリストによって歴史が改ざんされ、浦島太郎は乙姫を捨て、地上に帰り老人になってしまいました。あの後味の悪い結末で人間不信に陥った日本国民の何割かが、大事件を起こしてしまったのも事実です。ちなみに、今ここにいるあなたを含め、タイムトラベラーは一度行った時代にはもう行くことができません。今ここにいるあなたのおかげで、今ここにある世界は救われたということです。そして、3ヶ月前のあなたがタイムテロリストたちの後始末をすべて済ませることで、3ヶ月前から分岐しつつある別の世界は元に戻り、もう二度と、その時代の歴史が改ざんされる心配はなくなるのです。あなたによって世界滅亡を阻止されたタイムテロリストは今ごろ国連軍に捕縛され、タイムマシンも破壊されてるでしょう。長くなりましたがつまり、私があなたにしたことを過去の自分にすれば、すべては丸くおさまるということです≫
「ふむ。ところで、未来の私…、あなたはこれからどうするのですか?」
雲海は、頭上の渦―、自分自身に向かい訊ねる。
≪あなたがオペレーターとして機械の中に入った瞬間、この私は元の世界…2015年4月下旬のあなたと入れ替わります。同一人物ですし、年齢差にしても3ヶ月程度なので、周囲の人間に気づかれることもないでしょう≫
渦は言った。少し申し訳無さそうに言った。
「ふむ。お疲れ様でした」
≪では元の世界に戻します。今のあなたは充分に事態を理解できているので、タイムマシンもきちんと動くでしょうから問題ありません。元の世界に戻りちょっとしたら、未来からタイムエージェントが寺の本堂までお迎えに来ますから、その際タイムマシンに乗ってください≫
雲海は渦の声に従った。この長い旅で一つだけ心残りなことがあるな。そう思いながら渦の中に吸い込まれていった。
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目覚めたのは、寺の境内だった。それほど広くない墓地の一帯がここから見渡せる。道路沿いの敷地に夕暮れに染まる人影を認めた。小柄な女性のように思える。はっきりと見えないが、その墓に手を合わせているのを考えれば、それが誰かは分かった。
「ふむ。水田まりゑさんのお墓参りですか」
雲海の声に、女性は振り返った。
「あれ、どこかでお会いしましたか」
女性―、マリは手を合わせたまま雲海に訊ねる。線香が漂う中、再会とも初対面とも呼べない状況の中、二人は見つめ合っていた。
「あ、いえ。何といえばいいのやら」
雲海は自らの後頭部を撫でながら言葉に詰まる。どこから夢で、どこまでが現実なのか。
「あ、もしかしてお婆ちゃんの知り合いの雲海さん?ホストクラブのとき…あれ、でも10年前ですよね?全然変わってない…」
口を開いたのはマリだった。先ほどまでの不思議そうな表情は消え、立ち上がると雲海の顔をまじまじと見つめた。二人の距離は近くなった。線香とは別の、懐かしい甘い香りが雲海の鼻腔をくすぐる。
「ええ、はい。マリさん、お久しぶりです」
「それに他にも…色んな場所でお会いしたような気が」
「ゾンビ映画とかでしょうか?」
「そういえば!でもあの時のキャストにいないはず…あれ、何だろう。私、記憶が混乱してる」
あのゾンビ映画のパッケージに雲海の名はなかった。だが作中内の世界に転送され、役に入り込んだ状態のマリと接触したのは事実だった。マリが混乱するのも無理はない。そう、雲海は共演者であって共演者ではない中途半端な存在であり、それがどういう繋がりを意味するのか、雲海本人にも説明がつかないからだ。
「こんな事を言うのは…おかしいですよね?忘れてください」
マリは目を細めて寂しそうに笑った。
「ふむ。あ、あの。よかったら。私とお友達になってくださいませんか」
雲海は言った。額から冷や汗がだらだら出ている。
「お友達…?ですか?」
マリはきょとんとして雲海を見つめる。
「あ、いや。これもなにかの縁といいますか…仏教のおしえで時節因縁という言葉がありまして…あの、男女の縁に限らず、この世での出会いには必然があり…あの、その、決して変な意味ではなくてですね」
「いいですよ」
「え?」
「いいですよ。お友達になりましょう」
固まったままの雲海に、マリは笑顔で言った。なぜだろう。なぜかは分からないが、雲海は自分の目頭が熱くなるのを感じた。
≪雲海、準備ができましたよ。寺の本堂にタイムエージェントが待機しています。そこで私と入れ替わりましょう。マリさんとは3ヵ月後にまた会えますよ≫
渦―、数ヵ月後の雲海が、頭の中で語りかけてきた。
「すいません、いったんお寺に戻ります!あとちょっとしたら、私がここに戻ってきますので、よかったらお茶でも、ど、ど、ど、どうですか?」
雲海はマリにそう言うと、墓地から寺へと繋がる石階段を駆け上がった。
「ふふふ。いいですよ」
マリの声が追いかけてきた。
「で、では…さ、さよな…いえ、また後で」
雲海は本堂へ急いだ。タイムマシンのオペレーターとなり、数ヶ月前の自分と接触しなければ。歴史の改ざんを阻止しなければ。数ヵ月後、この場所に戻り、マリと再び合間見えるためにも、仏の導きともいえる救世を成し遂げなければならない。
「お寺になにか忘れものですか?」
マリの声が遠くで聞こえる。
「いえ、探しものです。すぐ戻ってきます!マリさん」
雲海は答えた。
ご愛読ありがとうございました。悩めるあなたの前に、いつか雲海さんが転送されてくるでしょう。その日までサヨナラ…!!!




