ロイ視点:後編
それからというもの、俺は恋する醜男として犯罪スレスレのストーカーに成り下がっていた。
夜会の後をこっそりつけ彼女の家を確かめてみたり、昼間少しでも姿が見えないかと近所を彷徨いてみたり。
男爵家が傾いているというのは本当らしく、驚くことに買い物から庭の手入れまで彼女自らが行っていた。
町娘のような格好をして忙しそうに動き回る彼女を影で見つめながら、夜会の華やかさと今の直向きな姿のギャップにより一層胸が高鳴ったのは言うまでもない。
彼女の噂も積極的に集め、参加する夜会も伝を使い必ず赴いた。
噂は概ね容姿を褒め称えるものであったが、嫉妬の為か根も葉もない悪いものもある。
例えば夜会の後は必ず異性とベッドを共にするとか、デートでは目の飛び出るような高価な物をねだるとか。
それを裏付けるように彼女と関係を持ったという男が次から次に名乗りを上げ、それに同意するものだから噂の信憑性を高める。
それらが嘘であることは確実だ。
何故ならその男達は彼女に誘いをかけ、すげなくされた者達だからだ。
それに彼女は夜会の後はいつも真っ直ぐ帰宅し、日が昇りきらぬうちに働き始める。
昼は若い娘が好むような物など一切身につけてはいない。
機能的な服で美しい髪を一つに束ねて一心不乱に働いている。
夜会の服だって随分流行遅れでサイズもあっていないと、こっそり女達が陰口を叩いているのを耳にしたことがある。
なんとなく、本当になんとなく、彼女に似合いそうな服を用意してみた。
普段着と夜会用と。
女性の服の採寸など分からないので身ぶり手振りで店の者に伝えたが、彼女の身体のサイズを熟知するほど見つめているのかと自分に少し寒気を覚えた。
夜会で遠くから見る彼女は相変わらず人間とは思えぬ美しさであったが、よくよく見れば少し疲れているのが分かる。
昼間あのように働き夜もとなると疲労も溜まるだろう。
彼女に無理をさせる男爵に苛立ちを覚えるが、同時に自分にも怒りが湧く。
ダンスに誘うどころか未だに遠くからしか見ることの出来ない情けなさ。
彼女に用意した大量の服は自分の部屋の衣装箪笥に無意味に眠っている。
彼女の手助けをしたいのに拒絶されることを畏れている。
彼女ならば受け入れてくれると自分で勝手に希望を見出だした筈が矛盾ばかりだ。
ある時、彼女の嫁ぎ先が決まった。
国一番の商人の妾として。
デップリと脂の乗った随分年上の男だ。
納得がいかない。
もっと好条件な話はいくらでもあるはずだが、何故よりによってそれか。
俺だったら……俺だったら商人より金を出せる自信もあるし、絶対の唯一無二として妻に迎えるものを。
実際には何も動かなかった癖に今更焦り後悔する自分。
しかしどうしても諦められない。
商人の妾より自分の嫁の方が彼女にとってはずっと嫌だろうことは分かっている。
それでも俺は決めた。
もう、少しも彼女の不幸を見たくない。
どうせ不幸になるのならば、俺の元で不幸になればいいんだ。
何不自由なく欲しい物を欲しいだけ与えられ、歩くことさえ必要ないほど至れり尽くせりで一生醜い怪物に傅かれる。
これほどの不幸があろうか。
決意を持って男爵家へ多額の援助を確約した求婚の話を手紙で持ちかけるが、畏れ多いことと丁寧に断られてしまった。
嫁ぎ先が決まってからの無作法な求婚に気を悪くしたか、それとも俺の噂が耳に入っているのか。
どちらにしろ、今まで何もしなかったのに今更受け入れられるなどと虫のいいことは期待していなかった。
こんな怪物が彼女を手にいれる方法など、もう拐うしかないだろう。
彼女に嫌われる覚悟はとっくに出来ている。
だが、どうやらその考えは俺だけのものではなかったらしい。
彼女には自分も含めて数名のストーカーが存在する。
その中にあの日彼女とダンスを踊った太った男もいた。
調べた素性は羽振りのいい子爵令息であり、次男である男は毒にも薬にもならない存在と周囲には認識されているようだ。
だがそれは表の顔であり裏ではかなり大きな盗賊団の資金提供者、切れ者のフィクサーとして動いている。
その盗賊団が近々例の商人の家を襲うという情報を手にいれた。
彼女のことが絡んでいるのは明白だ。
俺は静観することに決めた。
このことで商人の家の者がいくら犠牲になろうが知ったことではない。
どうでもいいのだ、彼女以外は。
商人の家へ入る前に拐ってしまうつもりだったが、それは子爵令息も同じようだ。
盗賊の襲撃予定は輿入れの一週間も前であるらしいが、ここで予定外のことが起こった。
彼女の輿入れが商人の希望により一週間早まったのである。
子爵令息はまだそのことを知らず、そして俺もまた情報を掴んだ時には既に彼女は商人の家へ向かった後だった。
慌てて彼女を迎えに行った先では盗賊の男達が金品を漁り家人を斬りつけ気まぐれに女中を犯していた。
あちらこちらで火の手が上がる。
どうでもいいと切り捨てたその非道な行為を目の当たりにして身体に震えが走る。
彼女さえ居なければなんてことはない光景だが、今あの中に彼女は居るのだ。
この男達が今から彼女を傷つけるかもしれない、もう傷つけたかもしれない。
そう思えば、狂いそうだ。
彼女へ向かう道を阻もうとする者を殺すことに躊躇はない。
突然現れた巨大な化物に驚き襲いかかる盗賊達を返り討ちにしながら進んでいった。
日頃のストーカー行為の賜物か、彼女が居る場所は不思議とすぐに分かった。
どうやら無傷で無事らしく安堵に身体の力が抜ける。
狭い物置で身体を小さくして震える姿に愛しさで胸が苦しい。
嗚呼、ついに、ついに彼女が俺のモノになる。
互いの視線が絡んだ瞬間全身が歓喜に満ちたが、彼女の顔は恐怖を示していた。
やはり受け入れてはくれぬか。
絶望が押し寄せるが、もう手遅れだ。
俺は彼女を盗みに来たのだ。
まさに火事場泥棒。
ふと、彼女の意識が途切れて肝が冷える。
火事の煙でも吸ったかと思ったが、どうやらただ気絶しているだけらしい。
俺は嘗てないほど緊張しながらグッタリしている彼女を抱えて燃える商人の家から立ち去った。
子爵令息は目当ての彼女が横取りされたといつ気付くだろうか。
気付けば必ず死に物狂いで捜すだろう。
この甘く柔らかい女神は俺のだ。
誰にも渡しはしない。
彼女は領地へ隠してしまおう。
目立たぬよう従者を付けずにこのまま二人で領地へ向かう予定だが、既に何人かの従者は俺の計画を知っており影で支えてくれている。
宿のベッドに彼女を寝かせ、あどけない寝顔に自分の罪深さを今更噛み締める。
すまない、すまない、すまないジェーン。
こんな怪物に拐われ、貴女はさぞ絶望することだろう。
側に居てくれるのならばそれ以上は望まない。
側に居て欲しいだけなんだ。
許さなくていい。どうか許さないでくれ。
俺を恨み続け、貴女の胸に一生私を飼ってくれ。
卑怯で情けない怪物はその為に愛しい貴女を拐ったのだから。
最後までお読みくださりありがとうございました。
この話はしばらくして検索除外にする予定です。






