第4場面「笑っている」
午後。
令嬢レティシアは、村の中を歩く悪役レティシアの後ろをついて歩いていた。
朝からずっと。
水路。
魔道具。
書類。
鉱山。
次から次へと仕事が舞い込んでくる。
それなのに。
悪役レティシアは、嫌そうな顔をしながらも、一つずつ片付けていた。
「レティシア様!」
村人の声が飛んでくる。
「どうしたの?」
「すみません、またちょっと……」
「また?」
「はい……」
悪役レティシアが眉をひそめる。
「今度は何よ」
村人が困ったように頭を掻いた。
「昨日教えていただいた通りにやったんですが……」
「見せて」
「はい」
二人で作業場所へ向かう。
令嬢レティシアも、その後ろからついていく。
そこには。
昨日修理したばかりの簡単な魔道具が置かれていた。
「……」
悪役レティシアが、それを見る。
そして。
「だから言ったでしょう!」
「ひっ」
村人が肩を跳ねさせる。
「魔力を流す方向を逆にしないでって!」
「す、すみません!」
「これじゃ動くものも動かないわよ!」
「申し訳ありません!」
「まったく……」
悪役レティシアは、呆れたように額を押さえた。
令嬢レティシアは、思わず苦笑する。
相変わらず。
口が悪い。
けれど。
悪役レティシアは怒鳴り続けることはしなかった。
「……貸して」
「え?」
「私がやるわ」
「ですが……」
「いいから」
悪役レティシアは魔道具を手に取った。
壊れた箇所を確認する。
魔力の流れを見て。
部品を一つ外す。
そして。
少しだけ調整する。
「ここね」
カチリ。
小さな音がした。
魔道具が淡く光る。
「……動いた!」
村人が声を上げる。
悪役レティシアは、ふう、と息を吐いた。
「ほら」
「ありがとうございます!」
「……まあ、次から気をつけなさい」
「はい!」
村人は嬉しそうに頭を下げる。
「本当にありがとうございます、レティシア様!」
「いいわよ」
悪役レティシアは、手を振った。
その瞬間だった。
ふっと。
その顔が緩んだ。
ほんの一瞬。
「……」
令嬢レティシアは、目を見開いた。
悪役レティシアが。
笑っている。
本当に。
ほんの一瞬だった。
村人が去っていくと。
悪役レティシアは、もういつもの顔に戻っている。
「次はちゃんと説明を聞いてもらわないとね」
そう言いながら。
また歩き始める。
令嬢レティシアは、その場に少しだけ立ち止まった。
(……笑っていますわ)
胸の奥が。
小さく揺れた。
王都にいた頃。
自分のほうが、ずっと多くの人に好かれていた。
笑えば。
「レティシア様は素敵ですね」
優しくすれば。
「さすが侯爵令嬢です」
困っている人に手を差し伸べれば。
「本当にお優しい方です」
そう言われた。
たくさんの人が、自分に笑いかけてくれた。
自分も笑い返した。
嫌われないように。
相手を傷つけないように。
場の空気を壊さないように。
誰もが気持ちよく過ごせるように。
だから。
笑っていた。
いつも。
けれど。
今、目の前にいた悪役レティシアは。
誰かに好かれるために笑ったわけではない。
「ありがとう」と言われたからでもない。
褒められたからでもない。
ただ。
自分が手を動かして。
自分が考えて。
自分が問題を解決して。
その結果が、目の前に現れた。
それが嬉しかった。
だから。
笑った。
「……」
令嬢レティシアは、胸元に手を当てる。
(同じ……では、ありませんわ)
自分も。
この人も。
人の役に立つことを嬉しいと思う。
誰かが困っていれば、放っておけない。
けれど。
その先にあるものが、違う。
自分は。
誰かに喜んでもらうことを、大切にしていた。
この人は。
自分が何かを成し遂げることを、大切にしている。
「……不思議ですわ」
「何が?」
先を歩いていた悪役レティシアが振り返る。
「……いえ」
令嬢レティシアは、首を横に振った。
まだ。
上手く言葉にできない。
ただ。
一つだけ。
分かったことがある。
王都で、たくさんの人に好かれていた自分より。
今。
目の前で泥だらけになっている彼女のほうが。
少しだけ――。
楽しそうに見える。
そして。
そのことが。
令嬢レティシアには、少しだけ不思議だった。




