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悪役令嬢レティシア、二人になりました  作者: 南蛇井


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第11場面 同じ屋敷に入る二人

「……お邪魔しますわ」


レティシアは、黒薔薇館の中へ足を踏み入れた。


「……」


最初に感じたのは。


静けさだった。


王都の侯爵邸とは、まるで違う。


広い。


けれど。


華美ではない。


廊下には高価な絨毯もなければ。


壁一面に飾られた絵画もない。


代わりに。


壁際には工具が並んでいた。


棚には魔道具。


机の上には書類。


そして。


「……これは」


レティシアが足を止める。


壁に、大きな地図が貼られていた。


グランフェル周辺の地図。


山。


川。


村。


街道。


鉱山。


細かな書き込みが、いくつも入っている。


「そこ、触らないで」


前を歩いていた悪役レティシアが振り返った。


「え?」


「その地図、まだ整理途中だから」


「……」


レティシアは、慌てて手を引っ込めた。


「申し訳ありません」


「別にいいけど」


悪役レティシアは、また歩き出す。


レティシアも後を追う。


すると。


今度は机の上に積まれた書類が目に入った。


「……村から届いた書類ですの?」


「そうよ」


「こんなに……」


「水路の修理報告とか、鉱山の採掘量とか」


悪役レティシアは何でもないことのように答える。


「あと、今年の作物の出来とかね」


「……」


レティシアは、書類の束を見る。


一枚一枚。


丁寧に整理されている。


そこには。


自分の知らないグランフェルの情報が詰まっていた。


「……あなたが、これを?」


「私が見ないと誰も困るでしょう」


「……」


その言葉。


どこか懐かしかった。


王都にいた頃の自分も。


似たようなことを言っていた気がする。


ただ。


少し違う。


王都では。


自分がやらなければならないことが、次々と積み上がっていった。


けれど。


ここにあるものは。


誰かに命じられた仕事ではない。


自分で選んで。


自分で必要だと思って。


自分で手を動かしたものなのだ。


レティシアは、さらに館の中を見渡す。


簡素な椅子。


小さな食器棚。


必要最低限の食器。


読みかけの本。


使い込まれた毛布。


棚の隅には、工具と一緒に置かれた小さな魔道具。


どれも。


高価なものではない。


けれど。


どれも。


ここで暮らすために必要なものだった。


「……」


レティシアは思う。


(この人は……)


一つ一つ。


自分で選んだのだ。


どこに何を置くのか。


何を使うのか。


何を直すのか。


何を残すのか。


何を必要とするのか。


そして。


ここで。


自分の生活を作った。


「……」


レティシアは、足を止めた。


悪役レティシアが振り返る。


「どうしたの?」


「……いえ」


レティシアは、ゆっくり首を振った。


けれど。


胸の中では。


一つの言葉が浮かんでいた。


――帰る。


王都へ帰る。


最初は。


それだけのことだと思っていた。


王都から追放された。


だから。


迎えに来ればいい。


そうすれば。


元に戻る。


そう考えていた。


けれど。


「……」


目の前にあるものを見ていると。


その言葉が。


急に軽いものではなくなった。


ここは。


ただの追放先ではない。


ただの辺境でもない。


悪役レティシアが。


ここで暮らして。


ここで働いて。


誰かと出会って。


何かを守って。


そして。


自分の意思で作ってきた場所だ。


「……」


レティシアは、もう一度館の中を見渡した。


(ここは……)


(この人が生きてきた場所ですわ)


自分の知らない時間。


自分の知らない人々。


自分の知らない選択。


そのすべてが。


この屋敷の中に残っている。


「……」


悪役レティシアが不思議そうに見ている。


「何をそんなに見てるのよ?」


レティシアは、少しだけ笑った。


「あなたの暮らしを見ていますの」


「……」


悪役レティシアは。


少しだけ困ったような顔をした。


「……変なの」


「そうでしょうか?」


「ええ」


そう言いながら。


悪役レティシアは、少しだけ先へ歩く。


「……ほら」


「はい?」


「まだ見るところはあるわよ」


「……!」


レティシアの顔が明るくなる。


「ぜひ、見せてくださいませ」


「ただし」


悪役レティシアが振り返る。


「勝手に触らないで」


「……分かりましたわ」


二人の声が。


黒薔薇館の廊下に響いた。


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