閑話:ストラトス=ファッションリーダー?
今回は、旅の合間のテンペストでのお話です。
シオンとの間にも、少しずつ自然なやり取りが生まれてきたストラトス。
一方、旅先で見つけた珍しい服を持ち帰るうちに、シュナとも話が弾むようになっていました。
そんな日々が、思いがけない撮影会へとつながっていきます。
最近、テンペストでは妙な光景が見られるようになっていた。
「ストラトス様……お帰りなさいませ」
「はい。ただいま戻りました!」
「今回も……大変な旅だったのですね」
「?」
ストラトスが首を傾げる。
「いえ……ご無事で何よりです」
「ありがとうございます!」
本人は満面の笑みだ。
実際、とても楽しい旅だった。
山を越え、街を巡り、初めて見る料理を食べた。
珍しい剣術も見たし、現地の人たちとも話をした。
危険なことがなかったわけではない。
だが、ストラトス本人としては、今回も大満足である。
なのに。
「ストラトス様……」
「はい?」
「今日は、ゆっくりお休みください」
「ありがとうございます?」
なぜか、みんなが優しい。
そんなことが、一度や二度ではなかった。
◇◇◇
「……ストラトス」
「はい、母様!」
帰還の報告に来たストラトスを見て、テスタロッサは静かに息を吐いた。
「今回も、随分と……色々なものを身につけて帰ってきましたのね」
「はい!」
悪意はない。
むしろ誇らしげだ。
山岳地帯で手に入れた厚手の外套。
その下には、別の街で買ったゆったりとした上衣。
腰には砂塵を防ぐための布を巻き、下衣は丈夫さを重視した別の地方のもの。
足元には岩場でも滑りにくい革靴。
さらに、日差しを避けるための帽子。
そして腰には、朧流の短刀。
一つ一つを見れば、おかしくはない。
どれも、その土地で実際に使われている、優れた実用品である。
ただし。
全部一緒に身につけると、話は別だった。
「……その外套は?」
「夜になるとかなり冷え込む地域でしたので。とても暖かいんですよ!」
「その腰の布は?」
「砂が入ってこないんです!」
「その靴は?」
「濡れた岩でも滑りにくくて。とても使いやすかったです!」
「……帽子は?」
「日差しが強かったので!」
「そうですか」
すべてに、ちゃんとした理由がある。
だからこそ、たちが悪い。
厚手の外套から、別の服の裾が不揃いにはみ出している。
腰に巻いた布は、その上から無造作に結ばれていた。
色も形も、まるでちぐはぐだ。
足りないものを、その場しのぎで継ぎ足してきたように見える。
本人は、旅に役立つものを揃えたつもりなのだろう。
だが、これでは道中で着るものにも困ったようにしか見えない。
「ストラトス」
「はい」
「次からは、テンペストへ戻る前に、旅立った時の服装に戻しなさい」
「……?」
「よろしいですね?」
「は、はい、母様!」
理由は分からなかった。
だが、微笑んでいる母様に、なぜか聞き返すことができない。
ストラトスは背筋を伸ばして頷いた。
◇◇◇
「シュナ様、ただいま戻りました!」
「まあ、ストラトス殿。お帰りなさい」
帰還すると、ストラトスはシュナのところにも顔を出すようになっていた。
最初の頃は、単なる挨拶だった。
それが旅を重ねるうちに、少しずつ変わっていった。
「今回は面白い服がありました!」
「まあ」
「山の上に住んでいる方々が着ていたんです。これなんですが――」
ストラトスが荷物から服を取り出す。
シュナの目が輝いた。
「変わった形ですね」
「着るとこうなりますよ」
そう言って、ストラトスはさっさと着替えた。
「ここが大きく開くんです」
「腕を上げてみてくださる?」
「はい」
「なるほど……」
シュナが袖の付け根を見る。
「見た目より、ずっと動きやすいのですね」
「そうなんです!」
ストラトスも嬉しそうに答える。
「現地の方に聞いたら、山では腕を大きく使うことが多いから、この形になったそうです」
「そこまで聞いてきてくださったのですか?」
「はい!」
別の服も取り出す。
「こちらは寒さを防ぐために、この部分が二重になっていました」
「まあ……」
「あと、これも面白かったです。ここに物を入れられるんですよ!」
「それは便利ですね」
服そのもの。
着た時の形。
素材。
動きやすさ。
そして、なぜその土地ではそういう作りになっているのか。
ストラトスは、見て、着て、聞いて帰ってくる。
シュナにとって、これほど面白い話はなかった。
「それから、食べ物もあります!」
「食べ物も?」
「はい! 見たことのない料理があったので、作り方を聞いてきました!」
「まあ!」
衣服だけではない。
食材。
調理法。
食器。
時には保存方法まで。
ストラトスが帰ってくるたび、世界のどこかにある暮らしがテンペストへ運ばれてくるようになった。
そして、シュナは気づいた。
ストラトスが旅に着ている、自分が仕立てた旅装にも、まだ改良できるところがある。
「ストラトス殿。今着ている旅装、少し預からせていただいてもいいですか?」
「はい。もちろんです!」
「今回教えていただいた作りを、少し取り入れてみたいの」
「本当ですか!」
ストラトスは目を輝かせた。
「楽しみです!」
◇◇◇
シュナは早速、手を動かし始めた。
ただ真似をするつもりはない。
山岳地帯には、山岳地帯の理由がある。
砂漠には、砂漠の理由がある。
それをテンペストでそのまま使っても意味はない。
ストラトスから聞いた話を思い返しながら、使えそうな部分だけを取り入れる。
旅装の改良と並行して、新しい服の案も次々と浮かんできた。
そんなある日、シュナはお茶を持ってベニマルたちのところへ顔を出した。
ハクロウはストラトスの剣の成長を喜び、ベニマルも手合わせを楽しみにしている。
シュナも、旅先の服や料理を教えてもらった話をした。
みんなでストラトスの話をしている。
ただ一人、シオンを除いて。
シオンは黙っていた。ほんの少しだけ、いつもと様子が違う。
「……リムル様のところに行ってくる」
シオンは席を立った。
「シオン?」
声を掛けても答えない。シュナは、その背中を見送った。
◇◇◇
改良した旅装は、次の出立に間に合った。
「ストラトス」
「はい、母様」
出立の日。
テスタロッサが、新しい旅装をストラトスへ渡す。
「シュナ様が仕立ててくださいましたの」
(あなたに選ばせると、とんでもないことになりますので)
「母様、ありがとうございます!」
「ええ。そして、私が選びました」
(あなたの組み合わせは壊滅的ですので)
「ありがとうございます!」
ストラトスは何も知らず、嬉しそうに受け取った。
毎度の母と息子の温かい光景である。
たぶん。
◇◇◇
ストラトスが次の旅へ出ている間に、新作も完成した。
「リムル様。少しよろしいですか?」
「ん? どうした、シュナ」
「先日お話ししていた服が出来上がりました」
「おお、あれか!」
俺は仕事の手を止めた。
シュナが何着かの服を見せてくれる。
「へえ……いいじゃん」
「ありがとうございます」
「これ、ストラトスが持って帰った服が元なんだろ?」
「ええ。でも、そのままではありません。テンペストでも着やすいように変えてあります」
「なるほどなぁ」
俺には服の細かいことはよく分からないが、見た目にも悪くない。
というか、かなりいいんじゃないか?
「それと、ストラトス殿の旅装も改良しましたので」
シュナが一枚の写真を差し出した。
「…………」
ストラトスが写っていた。
新しい旅装を着て。
真正面を向き。
両手を身体の横に揃えて。
直立不動。
「……シュナ」
「はい?」
「なんでこいつ、こんなに固いの?」
「服の確認用ですから」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
証明写真じゃないんだから。
でも――。
俺は写真をもう一度見る。
「これさ」
「はい」
「ちゃんと撮ったら、店で使えるんじゃないか?」
「店で、ですか?」
「宣伝用だよ。実際に誰かが着てる方が、どんな服か分かりやすいだろ?」
「ああ……」
シュナも写真を見る。
「そうですね」
「ストラトスなら、こういうの結構似合うし」
「ええ」
「あ――でも、顔は出さない方がいいな」
「顔、ですか?」
「うん。あいつ、これから色んな国を回るだろ? テンペストには観光客も多いし、ここで顔を売っちゃうと、旅先で気づかれるかもしれない」
「なるほど」
「帽子でも被らせるとか」
「帽子……」
「眼鏡とか」
「眼鏡……」
「マフラーで鼻まで隠すとかさ」
「…………」
あれ?
シュナの目が、だんだん楽しそうになってない?
「ま、まあ、顔が分からなきゃ何でもいいから」
「分かりました」
にっこり。
……ストラトス。
頑張れ。
◇◇◇
そして。
何も知らないストラトスが、次の旅から帰ってきた。
「シュナ様、ただいま戻りました!」
「お帰りなさい、ストラトス殿」
「今回も面白いものが――」
「ええ。それも後でゆっくり聞かせてくださいね」
「はい!」
「その前に、少しお願いがあります」
「何でしょう?」
「新しい服が出来たので、着てみてくださる?」
「もちろんです!」
◇◇◇
「シュナ、来たぞー」
「リムル様。お待ちしておりました」
約束の日。
俺はシュナのところへ向かった。
シオンとディアブロも一緒である。
別に二人を撮影のために連れてきたわけじゃない。
第一秘書と第二秘書。
いつもの二人が、いつものようについてきただけだ。
「お、ストラトス。帰ってたか」
「はい! リムル様、こんにちは!」
「おう。お帰り」
「ただいま戻りました!」
「じゃ、早速やってみるか」
「リムル様が撮られるのですか?」
「ああ。写真撮るなら俺だろ」
前世でカメラマンをやっていたわけではない。
だが、こういうのは何となく分かる。
たぶん。
◇◇◇
まずは男性用からだ。
シュナに着替えさせられたストラトスが出てくる。
「どうでしょうか?」
「おお。いいじゃん」
俺は撮影用の魔道具を構えた。
「じゃ、そこ立ってみて」
「はい!」
ストラトスは背筋を伸ばした。
両手を身体の横へ。
真正面。
直立不動。
「……お前、またそれか」
「?」
「写真なんだから、もうちょっと力抜こう」
「力を抜く?」
「そうそう。息をフッと吐いて、リラックス~」
「ふぅ……」
「そう、それ!」
パシャリ。
「いいねぇ!」
「…………」
シュナが俺を見る。
「何だよ」
「いえ」
「こういうのは、気分を乗せるのが大事なんだよ」
「そうなのですか?」
「たぶん」
「たぶんなのですね」
三上悟にも、モデル撮影の経験なんてない。
ただ、テレビや雑誌で見たカメラマンは、こんな感じだった気がする。
「ストラトス、体、ちょっと斜めにしてみよう」
「こうですか?」
「そうそう。あご、ほんの少し引いてみて」
「はい」
「目線、俺の指先見てね」
すっと目が動く。
「そう、それ! そのままキープ!」
パシャリ。
「バッチリ!」
「クフフフフ……」
横から聞き慣れた笑い声がした。
「……何だよ、ディアブロ」
「いえ。さすがリムル様、と」
「何がだよ」
「ストラトスの立ち姿を、ほんの数言でここまで変えられるとは」
「写真撮ってるだけだからな?」
「ご謙遜を」
ディアブロが恍惚とした表情で俺を見ている。
相変わらずである。
「次、帽子いってみよう」
「こちらですね」
シュナが帽子を渡す。
「ストラトス、ちょっと深めに被って」
「はい」
目元に影が落ちる。
「おお……めちゃくちゃカッコいい!」
「そうなのですか?」
「そうそう! ちょっと目線外してみようか」
パシャリ。
「最高!」
「クフフフフ……」
「だから何なんだよ!」
「さすがリムル様」
「それしか言ってないぞ!」
◇◇◇
そこから、シュナも遊び始めた。
眼鏡。
色付き眼鏡。
帽子。
マフラー。
色付きのマスク。
「ストラトス殿。髪も少し変えられますか?」
「はい。これくらいでしょうか?」
銀髪が少し伸びる。
「おお、それ面白いな。前髪下ろしてみようか」
「はい」
「いいねぇ! なんか優等生っぽい!」
パシャリ。
「次、上げてみよう」
「こうですか?」
「もうちょっと崩して……そう、それ!」
パシャリ。
「おお、今の雰囲気、天才的!」
「天才……?」
「気にするな」
「はい!」
「次、壁にもたれてみよう。片足を少し曲げて」
「こうですか?」
「そうそう。力抜いて、目線外して――」
俺は思わず止まった。
「……いいねぇ」
パシャリ。
「ちょいワル完成!」
「ちょいわる?」
「知らなくていい」
「はい!」
優等生。
知的な青年。
旅人。
ちょっと悪そうな男。
同じストラトスなのに、顔の隠し方と髪型だけで印象がまるで違う。
「ほら、ストラトス」
撮った写真を見せる。
「これ、めちゃくちゃ良く撮れてるよ!」
「本当ですね!」
「だろ?」
「さすがリムル様です!」
「クフフフフ……!」
「お前まで入ってくるな!」
◇◇◇
「では、男性用はこれくらいですね」
「結構撮ったなぁ」
「ありがとうございます、リムル様」
「いや、俺も楽しくなってきた」
「では、次はこちらですね」
シュナが別の服を取り出した。
「あ、女性用?」
「はい」
「へえ……」
可愛いというより、すっきりしていて活動的な印象だ。
「カッコいい服だね」
「ええ。動きやすさも意識してみました」
「だったら――」
俺はすぐ横に立っていたシオンを見る。
「シオン、着てみてよ」
「私ですか?」
「うん。絶対似合うって」
「リムル様がそうおっしゃるのであれば!」
即答だった。
「じゃあ、お願い」
「ああ!」
シオンがシュナから服を受け取って奥へ消える。
「…………」
シュナが、その背中を見送っていた。
「ん? どうした、シュナ?」
「いえ。何でもありません」
シュナはにっこり笑うと、もう一度シオンが消えた方へ目を向けた。
その横顔は、どこか嬉しそうだった。
◇◇◇
「どうですか!」
しばらくして、シオンが戻ってきた。
「おお!」
思った通りだ。
「いいねぇ! シオン、めちゃくちゃカッコいい!」
「そ、そうですか!」
分かりやすく顔が明るくなる。
だが、すぐにシオンは自分の姿を見下ろした。
「……シュナ」
「何?」
「これ、少し布が多くないか? 動きにくそうだぞ」
「「ここがこうなっていて、動きやすくなってる――」」
「のよ!」
「んですよ!」
「…………」
シュナとストラトスの声が、綺麗に重なった。
シオンが二人を交互に見る。
「……お前たち、いつの間にそんなに息が合うようになったのだ?」
「「?」」
「そこまで同じにするな!」
俺は思わず吹き出した。
「まあ、シオン。実際に動いてみたら?」
「そうですね」
腰を落とす。
腕を大きく振る。
一歩、踏み込む。
「……む。本当だ。思ったより動きやすい」
「「でしょう?」」
「またか!」
「ははっ。いいじゃん、シオン。それ撮ろう!」
「今のをですか?」
「そう。動ける服なんだろ? 立ってるだけじゃ分からないしな」
俺は撮影用の魔道具を構える。
「じゃあ、まず普通に立って。体、ちょっと斜めにしてみようか」
「こうですか?」
「そうそう。あご、ほんの少し引いて」
シオンがこちらを見る。
「いいねぇ! 目線すごくいいよ!」
パシャリ。
「今度は自由に動いてみて!」
「自由に?」
「うん。さっきみたいな感じで」
「分かりました!」
シオンが腰を落とす。
「そう、それ!」
一歩踏み込む。
「そのままキープ!」
パシャリ。
「最高! めちゃくちゃカッコいい!」
「リムル様!」
シオンはすっかり上機嫌だ。
「クフフフフ……」
横を見ると、ディアブロが恍惚とした表情を浮かべていた。
「……何だよ」
「いえ。さすがリムル様、と」
「だから何がだよ」
◇◇◇
何枚か撮ったところで、シュナがシオンとストラトスを見た。
そして、ほんの少し微笑んだ。
「リムル様」
「ん?」
「せっかくですから、ストラトス殿と並んだものもお願いできますか?」
「あ、それいいな」
「私とストラトスですか?」
「僕とシオン様ですか?」
「男女で並んだ時の感じも分かるだろ?」
「なるほど」
俺は何も考えずに答えた。
シュナだけが、にこにこしている。
「じゃあ、二人並んで」
「はい!」
「ああ」
「シオン、体ちょっと斜めにして。ストラトスは半歩後ろ」
二人が動く。
「そう、それ!」
パシャリ。
「いいねぇ!」
もう一枚。
「ストラトス、ちょっと目線外してみようか。シオンはこっち」
パシャリ。
「バッチリ!」
「今度は背中合わせいってみよう!」
「背中合わせ?」
「こうですか?」
「そうそう! シオン、あごほんの少し引いて。ストラトス、そのまま!」
パシャリ。
「最高!」
「リムル様、随分と楽しそうですね」
「楽しくなってきた!」
「やはり」
「じゃあ次――」
俺は二人を見る。
「はい、お互い顔見合わせて笑って~」
「え?」
「?」
二人が顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
「そんな固まるなよ。何か話していいぞ」
「何を話すのだ?」
「何でもいいって」
ストラトスが少し考えた。
「シオン様」
「何だ?」
「この服、本当に動きやすいですよね」
「……お前までそれを言うのか?」
「はい!」
「ふっ――」
シオンが思わず笑った。
「今!」
パシャリ。
「あー、いいねぇ! 今の最高!」
「リムル様、ずるいぞ!」
「自然な笑顔ってそうやって撮るんだよ!」
「本当ですか?」
「たぶん!」
「たぶんなのか!」
シュナが楽しそうに笑っていた。
◇◇◇
「クフフフフ……」
その様子を眺めていたディアブロも、実に楽しそうだった。
リムル様が撮影している。
息子がモデルになっている。
シオンもモデルになった。
シュナも楽しんでいる。
これは――。
なかなか面白い。
『テスタロッサ』
『何でしょう、ディアブロ』
『今、面白いことをしていますよ』
『……面白いこと?』
『ええ。リムル様が、ストラトスの写真を撮っておられます』
一拍。
『行くわ』
返事が早かった。
◇◇◇
「じゃあ次、もう少し二人近づいて――」
「このくらいですか?」
「そうそう。シオン、ちょっとストラトスの方に――」
「――何をしているのです?」
「ん?」
聞き慣れた声。
俺は撮影用の魔道具から顔を上げた。
「母様!」
ストラトスが嬉しそうに振り返る。
「…………」
そこに、テスタロッサが立っていた。
シオン。
ストラトス。
二人が並んでポーズを取っている。
その前で撮影用の魔道具を構える俺。
周囲には、大量の服。
帽子。
眼鏡。
マフラー。
そして。
「クフフフフ……」
満足そうなディアブロ。
「…………」
テスタロッサは、何も言わなかった。
「テスタロッサ?」
「…………」
「母様?」
「…………」
どうやら。
状況を理解するのに、少し時間が必要らしい。
「ディアブロ」
「何です?」
「面白いことをしている――というのは、これですか?」
「ええ」
「…………そう」
珍しく。
テスタロッサが、あっけにとられていた。
「まあ、見てみろよ」
俺は手招きする。
「結構よく撮れてるぞ」
「……そうなのですか?」
「ほら、これ」
最初は、帽子を深く被ったストラトス。
「…………」
次。
眼鏡。
次。
マフラー。
優等生風。
そして――。
「リムル様」
「ん?」
「こちらは、何です?」
「ああ。ちょいワル」
「ちょいわる……」
「うん」
テスタロッサが写真を見る。
ストラトスを見る。
もう一度写真を見る。
「…………」
「どう?」
「ストラトス」
「はい、母様!」
「こちらの髪型より、最初の帽子のお写真の方が似合っています」
「はい!」
「……そこなんだ」
そして。
テスタロッサの指が止まった。
シオンとストラトスが背中合わせになった写真。
「こちらは?」
「シオンと一緒のやつ。いいだろ?」
「…………」
シオンが、なぜか半歩ストラトスから離れた。
「シオン様?」
「今は聞くな」
「?」
テスタロッサは写真を見る。
シオンを見る。
ストラトスを見る。
もう一度写真を見る。
「……悪くありませんわね」
「だろ?」
「ですが」
すっとストラトスへ近づき、襟元を直した。
「この服でしたら、襟はこちらの方が綺麗に見えます」
「あ」
シュナが反応する。
「確かに、その方がいいですね」
「それと、この服に合わせるなら、帽子はもう少し浅く被った方がストラトスには似合います」
「なるほど……」
「母様、ありがとうございます!」
「ええ」
「テスタロッサ、分かるんだな」
「誰の息子だと思っているのです?」
「いや、それ関係ある?」
「あります」
どうやら。
撮影スタッフが一人増えたらしい。
◇◇◇
「では、こちらもお願いできますか?」
シュナが次の服を手に取った。
柔らかな色合いの、可愛らしい服だった。
「これは……」
俺はシオンを見る。
シオンも服を見る。
「…………」
「何だ、リムル様」
「いや」
似合わないとは言わない。
絶対に言わない。
ただ――。
「これはシュナじゃない?」
「私ですか?」
「うん。作った本人なんだし、着てみてよ」
「仕方ありませんね」
そう言いながら、シュナもどこか楽しそうだった。
しばらくして、着替えたシュナが戻ってくる。
「どうでしょう?」
「おお……」
俺は魔道具を構えた。
「いいねぇ! シュナ、めちゃくちゃ可愛い!」
「まあ」
パシャリ。
「体、ちょっと斜めにしてみようか」
「こうですか?」
「そう、それ! あご、ほんの少し引いて――」
シュナが微笑む。
「最高!」
パシャリ。
「今の表情、すごくいいよ!」
「リムル様」
「ん?」
「先ほどより気合いが入っていませんか?」
シオンだった。
「気のせいだ」
「そうでしょうか?」
「気のせいだ!」
「クフフフフ……さすがリムル様」
「お前は何に感心してるんだ!」
「まあ。リムル様ったら」
シュナは嬉しそうに笑っている。
「それ! そのまま!」
パシャリ。
「リムル様!」
「今のは仕方ないだろ!」
◇◇◇
こうして始まった、シュナの新作撮影。
出来上がった写真は、思った以上に評判になった。
シオンの凛々しい姿。
シュナの可愛らしい姿。
そして――顔を隠した謎の男性モデル。
「……これ、ストラトス様じゃないか?」
「顔、見えないぞ?」
「いや。何となく」
「雰囲気がな」
「ストラトス様か」
「なら、まあいいか」
テンペストでは、あっさり正体がばれた。
一方、国外ではそうはいかない。
帽子に眼鏡。
時にはマフラー。
髪型まで変わる。
顔を見せない謎のモデルは、いつしかちょっとした人気者になった。
そして、シュナの新作が出るたび、
「あ、ストラトス様が着ていた服だ」
そんな声まで聞かれるようになった。
◇◇◇
「なあ、ストラトス」
「はい、リムル様」
「お前さ」
「はい」
「なんか、テンペストのファッションリーダーみたいになってない?」
「そうなんですか?」
「知らないのかよ!」
「はい!」
俺は改めてストラトスを見る。
今日もちゃんとした格好だ。
「その服もシュナが?」
「はい! シュナ様が作ってくださいました!」
「で、選んだのは?」
「母様です!」
「…………」
なるほど。
「でもお前、旅先じゃ自分で服を選んでるよな?」
「はい!」
「どうやって?」
「必要な性能で選んでいます!」
「性能?」
「はい! 寒い地域なら防寒性、山なら動きやすさと耐久性、それから収納も――」
「……あー、もういい」
「?」
ようやく分かった。
「お前さ」
「はい」
「服を――装備だと思ってないか?」
「え、違うのですか?」
「…………」
「リムル様?」
「それだよ!」
「?」
テンペストのファッションリーダー。
宣材写真では、優等生からちょいワルまで何でもこなす人気モデル。
旅先の服を持ち帰り、新しい流行まで作っている。
なのに。
自分で服を選ばせると、全部『装備』になる。
今日もストラトスには、何が悪いのか分かっていなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
旅先の服について、使い方も工夫もきちんと聞いてくるストラトス。
シュナにとっては、なかなか話の尽きない相手になったようです。
そして、撮影を始めたらすっかり楽しくなってしまったリムル様。
撮る側も、着る側も、周りで見ている人たちも、それぞれに楽しめた一日でした。
……服選びでの親離れは、まだまだ先になりそうです。




