第8話:野営の準備
ケローネはシルバーの船をじっと見つめ、片手で髭を撫でながら低く言った。
「多分、シルバーも先に島に着いた俺たちを警戒してるはずだ。今すぐ仕掛けてくるような馬鹿じゃねえ。あいつは狡猾だ。
まずは様子を探る……それが奴のやり方さ。今は急がず、まずは俺たちの陣地を固めるぞ」
ジムは頷き、複製地図を握り直した。
船員たちも緊張した面持ちでボートを降ろし、武器を腰に差して上陸した。一行は浜辺を離れ、すぐに密林へと足を踏み入れた。
木々の葉が頭上でざわめき、陽光が斑に差し込む薄暗い森の中を、獣道のような細い道を進む。
湿った土の匂いと、遠くで聞こえる鳥の声が、まるで島全体が息を潜めているようだった。
十分ほど森を抜けると、突然視界が開けた。
そこは小さな谷間のような開けた場所で、中央を清らかな川がゆっくりと流れていた。水は透明で、岩の隙間を縫うように輝いている。
周囲は草地が広がり、木々が自然の壁のように囲んでいる。防御壁を作るには絶好の場所だ。
ただし、浜辺までは徒歩で十分ほど――すぐに救援を呼べる距離でもある。
「ここだ」
ケローネが満足げに頷いた。
「水にも困らねえ。見晴らしもいい。シルバーが来ても、簡単に攻め込まれねえ。」
「よし、テントを張るぞ。
明日からは陣地になるようちゃんとした小屋を建てる。
急げ!」
船員たちが動き出した。
ジムもロープを引っぱり、帆布のテントを広げ、木の枝で支柱を立てる手伝いをした。
汗が滴り落ち、陽が少し傾き始めた頃には、簡素ながらも五張りのテントが並んだ。
中央に焚き火の跡を作り、武器を近くにまとめ、川から水を汲む。一時的な拠点は、こうして完成した。
テントを張り終え、ジムが川辺で手を洗っている時――
ふと、背中に妙な視線を感じた。
誰かに見られている。
鋭く、じっとりと、でも殺気はない。ジムは素早く振り返ったが、木々の間には何も見えない。
ただ、葉が少し揺れただけ。
「動物……かな。鹿か、猿か」
ジムは自分に言い聞かせ、首を振った。島に住む野生の生き物だろう。
今はそんなことに構っている場合じゃない。
その時、浜辺の方から遠く叫び声が聞こえてきた。
「シルバーの船がボートを降ろし始めたぞ!」
見張りをしていた船員が、息を切らして駆け戻ってきた。
ケローネはすぐに立ち上がり、双眼鏡を目に当てた。
「来たな……予想通りだ。あいつらも上陸する。
だが、まだ距離はある。今夜はここで休め。見張りを厳重にしろ」
ジムはテントの入り口に立ち、遠くの浜辺を眺めた。
シルバーの船から何艘ものボートが降り、黒い人影が波打ち際に近づいているのが見えた。
義足の男の姿はまだ小さかったが、ジムの胸に冷たい予感が広がった。
あの視線――さっきの、動物のような視線が、ふと頭をよぎる。
本当に、ただの動物だったのか?
夜の帳がゆっくりと島を覆い始めた。
焚き火の炎が揺れ、川のせせらぎが静かに響く。
宝島での最初の夜が、こうして始まった。
シルバーが上陸した今、平和な時間はもう残されていない。
だが、あの謎の視線は、まるで島自身が彼らを見守っているかのように、
静かに物語の影を落としていた——




