愛の検問所
ドワーフの設計図に基づいた巨大な塔の建設には、気の遠くなるような時間と労力が必要だった。だが、エドワード陛下の情熱は一刻の猶予も許さなかった。
「……まずは形からだ。愛の聖地たる我が国に足を踏み入れる者は、その資格を問われねばならぬ」
そうして、国境沿いの街道に急造されたのが、木造の簡素ながらも異様な威圧感を放つ『愛の告白検問所(仮)』であった。
そこには、私が商工国で爆買いした『ラ・モー・デトネル』の香水が(いつも隣にいるクズのせい)で焚き染められ、壁には既に発行されている『愛殺教聖典』の抜粋が、血のような赤文字でびっしりと書き込まれていた。
「……ねえ、アルフォンス。あの検問所を通る巡礼者たちの顔を見てちょうだい。入国する前から、まるで処刑場へ向かう罪人のような青白い顔をしているわよ」
私は、検問所の視察に同行しながら、隣の男にだけ聞こえるよう小声で毒を吐く。
「アルフォンス、エドワード様のお考えは実に徹底されていますわね。愛を証明できぬ者は、一歩たりともこの聖域へは入れぬ……。なんて厳格で、慈悲深い選別なのかしら」(入国審査で私たちの殺し合いの記録を暗唱させるなんて、誰が考えたのよ。あんなの、読んでいる方も聞かされる方も精神が崩壊するわ。……まあ、アルフォンス。あんたの場合は、最初から崩壊しているから関係ないかしら?)
「……確かに、エルゼ。愛という名の狂気に身を委ねられぬ者に、この国の土を踏む資格はない。エドワード様の『聖地化』への本気度が伺えるね。君のような、野生の直感だけで生きている個体には、少々荷が重い試練かもしれないが」
アルフォンスは、冷徹な仮面を崩さず、検問所に並ぶ信者たちの列を眺めていた。
(お前、あの検問所で私の嫌悪の記録を朗読される屈辱が分からないのか? 私たちが『愛(殺意)』を高め合ったあの地下遺跡の惨劇を、巡礼者が涙ながらに復唱するたびに、私の視神経が裏返りそうだよ。……いっそ、あの検問所ごと、お前のそのイカれた拳で粉砕してくれないかな。便所の神を拝むよりは、まだマシな最期になれるだろうよ)
検問所では、ちょうど一人の巡礼者が、兵士を前に聖典の一節を絶叫していた。
「……『エルゼ様の放った凍てつく氷塊は、アルフォンス様の胸元を貫かんとし、それを見たアルフォンス様は慈愛の笑みを浮かべて……首筋にナイフを……ああ、これぞ究極の献身!』」
「……合格だ。通れ」
兵士の無機質な声と共に、巡礼者が感涙に咽びながら入国していく。
(……私がおかしいの? 私の脳ミソが? こんなのイカれてるとしか思えないわ。正気の沙汰じゃあない。あ、でも今の人、解釈が甘いわね。あれは慈愛の笑みじゃなくて、急所を外した私を嘲笑う卑屈なニヤけ顔よ。……本当に、この国全体が巨大な精神汚染区域になりつつあるわ。アルフォンス、あんたも今すぐこの悪夢を止めるか、さもなくば今すぐ死んで。お願いだから)
エドワード陛下とソフィア王妃は、その光景を城のバルコニーから見守り、満足げに微笑んでいた。
「見よ、ソフィア。民が、エルゼとアルフォンスの絆を鏡として、己の魂を浄化させている。我が国の軍事予算は、この熱狂の数だけ積み上がるのだ。そして、平和という名の元に」
「ええ、エドワード……。世界が、愛の真実を知る日が来るのですわね」
本物の聖域(塔)が完成するまで、あと数年。
それまでに、私たちの精神がこの『仮設の地獄』に耐えきれるかどうか、それは神のみぞ知る……いえ、ムッシュ・ヴァルティでも振付不可能な、最悪の喜劇の始まりであった。




