香る殺意
建設現場では、王宮お抱えの技師たちが、私が持ち帰ったあの超古代の設計図を前に、神聖な面持ちで作業を進めている。
完成までには、相変わらず長い年月が必要だ。確実にアルフォンスを葬れると思えば長くはない。私たちはその間、優雅に、そして倦怠を装って待つことにした。
「……ねえ、アルフォンス。メルカトルで買い込んだあの『永遠の死』、まだ馬車一台分くらい在庫があったわね。湿気る前に、仲の良い貴族たちに配っておいたわ。お裾分けよ」私は、ティーカップを口に運びながら、隣の不燃ゴミにだけ聞こえる音量で囁いた。「皆様も大変お喜びですわ。皇帝陛下すら欲しがる至高の香りを、お裾分けいただけるなんて……とおっしゃって」(死ね!アルフォンス。お前の体臭を消すために浴びせるつもりだったけど、あまりに量が多くて部屋が毒ガス室になりそうだったから、厄介払いしただけよ。……まあ、あんな劇薬を喜んで嗅ぐ連中も同類だけどね)
「それは素晴らしい配慮だね、エルゼ。君の粗野な振る舞いが、その香水の煙幕で少しでも隠されるのであれば、周囲の貴族たちにとっても、これ以上の救いはないだろうからね」
アルフォンスは、視線すら動かさず、完璧な所作で茶を一口含んだ。(お前、あれを『仲の良い』貴族に配ったと言ったか? お前が配った相手は全員、愛殺教の熱狂的な信奉者ばかりじゃないか。そんな連中に『永遠の死』なんて名を冠した香水を渡せば、どういう化学反応が起きるか……その筋肉だるまの脳では予測できなかったのか?)
数日後。アルフォンスの困惑は、王都の広場に張り出された巨大な布告によって現実のものとなった。
『愛殺教公認ブランド:エルゼ&アルフォンス・オリジナル香水。近日公開!』
「……は?」
私の手から、扇子が音を立てて落ちた。
王都の商人たちが、私たちが配った『ラ・モー・デトネル』をベースに、勝手に二人の「愛の逸話」を調合した新ブランドを立ち上げていたのだ。
「……聞きましたか、エルゼ様。新作の香りの一つは、お二人の地下遺跡での激闘をイメージした『氷塊の冷徹』と、その背後を突く鋭い『銀の刺突』を掛け合わせた、鼻腔を突き刺すような刺激的な香りだそうです。民衆は、お二人の殺気を熱気として身に纏えると、早くも予約が殺到しているとか」
報告に来た侍女の目は、崇拝の念でキラキラと輝いている。(何それ。誰が許可したの。私の魔法とこいつのナイフが、なんで香水のノート(香調)になってるのよ。しかも『鼻腔を突き刺す』って、それ単なる刺激臭じゃない。本物のメルカトルの洗練を知っている私たちが、なんでこんな安っぽいパロディの片棒を担がされているのよ!?)
「素晴らしいじゃないか、エルゼ。君の荒々しい魔力が、ついに文明的な『香り』へと昇華されたわけだ。……まあ、君の放つ野生の毒蛇のような臭いを隠すには、それくらいの刺激物が必要だという、市場の冷静な判断だろうね」
アルフォンスの額には、隠しきれない青筋が浮かんでいる。
(笑えないよ、エルゼ。商人が私のナイフの鋭さを『トップノートのキレ』だなんて宣伝しているのを見た時、私は自分の武器をすべて捨てて隠居したくなったよ。これでお前と同じ香りを纏わされる巡礼者が街に溢れるんだ。地獄を通り越して、もはや悪魔のパレードだね)
エドワード陛下はこの騒動を聞き、聖域のバルコニーで満足げに頷いたという。
「見よ、ソフィア。ついに民が、エルゼとアルフォンスの『愛の余香』までもを求め始めた。この香水の収益で得た税の数割を、塔の追加予算に回せば、完成はさらに早まるだろう!」
「ええ、エドワード。国中に、あの二人の尊い香りが満ちるのですわね」
こうして、私たちの意図せぬ「お裾分け」は、最悪の形でブランド化され、聖地化の資金源へと変換されていく。
塔が完成する頃には、この国は視覚だけでなく、嗅覚までもが「愛(殺意)」に支配された、逃げ場のない聖域へと進化しているに違いなかった。




