第4話 Devilcry⑧
「……あーマジで痛ってぇなクソが。そんなに知りたきゃ教えてやるよ。俺はライアン・カーライル。ガキなんて名前じゃねぇんだよ、サタンのおっさん」
「ライアン・カーライル……クハハッ! もう忘れねぇよ。まあ、ここでテメェが死ねば忘れちまうかもしんねぇけどなぁ?」
「それはこっちのセリフだクソ野郎ッ!!」
ライアンの身体がふらりと一瞬揺れたかと思うと、そのまま左手に炎を灯し、再びサタンへ殴りかかる。しかし、サタンはヒラリとその一撃を交わすと、カウンターとばかりにライアン顔面に拳を叩き込んだ。ライアンは口から血を吐きながらもなんとかその場で足を踏ん張って耐え、まだ動く左腕で血の垂れる口を元を荒々しく拭う。
そんなライアンの様子にフィーは咄嗟に駆け寄ろうとするも、リヴァイアサンの腕がぐっと強く締まり、フィーの動きは制されてしまう。
「動かないで。ちょっとでも動けばあなたから先に殺すわ」
頬へ突き付けられたナイフに、フィーは恐怖のあまりぎゅっと目を閉じる。それでも、精一杯口を開いて声を出す。
「……ライアン、ダメ逃げ――」
祈るような小さな声。そんな声を耳にして、ライアンは一瞬だけフィーを見て優しく微笑んだ。
「負けねぇよ。こいつぶっ飛ばして、すぐに助けてやるからな」
「でも!」
フィーの叫びを無視して再びサタンへ顔を向けると、ライアンはニッと、不敵な笑みを浮かべる。まるで、まだ勝てるとでも言いたげに。
「そんだけボロボロになってもまだ笑うか。マジでいいなカーライルゥ! もっと、もっと俺と遊ぼうぜェ!!」
「そんなに遊びたきゃ一人で遊んでろッ!」
ライアンは拳を強く握り直し再びサタンの顔面に殴りかかるも、サタンはまるで羽虫が止まったとでも言いたげに軽く跳ね退けてしまう。
「何だそりゃ? 利き腕じゃなけりゃこんなもんか? カーライルゥ!!」
そんな咆哮とともにサタンはライアンの鳩尾に向かって思いっきり拳をめり込ませると、ライアンの身体を上空へと吹き飛ばした。
しばらく宙を舞ったライアンはそのまま為す術なく地面に叩き着けられ、口から大量の血を吐き出し、ピクリとも動かなくなった。
「あーあ。死んだわね、あなたのボーイフレンド」
「死なない……ライアンは! 死なないッ!!」
フィーはぎゅっと唇を噛み、祈るように叫ぶ。しかし、そんなフィーを哀れだとでも言うようにリヴァイアサンはハッと鼻で笑ってみせた。
「どうかしら? まだ立ち上がったとしても後は嬲り殺されるだけでしょうね」
「……るせぇよ銀髪。俺はまだ、負けてねぇ――ッ」
ぶるぶると情けなく震える左腕を支えにしながら、ライアンは再び身体を起こす。頭から流れ落ちる血の量は尋常ではなく、このまま戦い続ければ、勝てたとしても死が待つだけなのは誰が見ても明らかだ。
それでも、それでもライアンは立つことを諦めたくはなかった。頭では逃げてしまえば楽になることは分かっている。痛いことは好きじゃない。でも、負けることはもっと好きじゃない。
でも今、ライアンがこうして立ち上がる理由はもっと単純なものでしかなくて。もし自分がここで負けてしまえば、きっとフィーもイニも。そしてきっとガーネットも助からないことが分かっているから。自分が負けたせいで、誰かが傷付くことは、絶対に嫌だ。
だから、何度でも立ち上がり続ける。
それだけだ。
グッと歯を食い張り視線を上げる。視界がボヤけるのは頭から流れ落ちる血のせいかそれとも別の理由かはライアン自身にも分からない。それでも、ただ正面の敵を睨む。
しかし、そんな視界にもかかわらず、ハッキリと見えてしまう。サタンはもう、ライアンを見ていなかった。何かに気付いたような苛立たしげな視線で、あらぬ方向を睨んでいた。
そのことがたまらなく悔しくて、そして馬鹿にされているようで、ライアンは怒りから左手の拳を強く握る。
「おい! 余所見してんじゃ――」
ライアンの叫びを遮るかのように、ゾッと、恐怖と呼ぶにはあまりにも重すぎるその感覚に、ライアンはほとんど反射でその場からバックステップで後ろに跳ねる。
次の瞬間、ゴッと鈍い音を立て、先程までライアンが立っていた場所に深いクレーターが開いた。




