エイプリルフール特別編 Just sweetest dream後編
「もう最悪……」
授業が終わった頃にはすっかり日も暮れていて、フィーは校舎を出るなり星が瞬く夜空を眺めながらそんなことをぼやいた。
遅刻厳禁の授業に遅刻し、大勢の前でこってり絞られたかと思えば、その次の授業では爆睡をかましてまたこってりと絞られ、さらに次の授業では抜き打ちのテストがあったものの何も答えられず。これでは何しに学校に来たのか一切分からない。
「…………はぁ」
もう何度目か分からない溜め息を吐き出し、フィーはトボトボとした足取りで帰宅する。途中に見えた体育館からはまだ光が溢れていて、きっとそこではまだシャーミアが練習していることだろう。
しかし、そんなゲンナリモードも、キャンパス内で数人の友人と軽い挨拶を交わし、遊びの約束を取り付けてしまえば案外ケロッと終わってしまう。切り替えができる自分が偉過ぎて困る。
「先帰ってるよーっと」
そんなメッセージをシャーミアに送り、そのまま大学を後にする。
「まっ、もう終わったものはしょうがないもんねー」
ヘッドフォンを装着し、お気に入りの音楽を流す。それだけで、気分は上々。足取りも軽くなる。
メロディに乗せてるんるんと帰り道を歩いていると、ふとパイの看板が目に止まった。
「あれ? これってこの前シャーミアが食べたいって言ってたやつだっけ?」
急いでスマホを取り出し、メッセージの中から目当てのものを探し出す。
「あっやっぱり!」
意気揚々と店内に入ると、どうやら客は自分しかいないようで、あっさりと目当ての物を購入できた。なんてラッキーなんだろう。
まだ熱々のパイが入った袋が斜めにならないように気を付けながら、お気に入りの音楽をプレイリストから選択する。軽快なダンスナンバーが流れ出し、思わずステップしたくなるのを理性でなんとか堪える。
近くの公園に聳える時計塔をチラリと盗み見ると、もうすぐシャーミアも練習が終わる時間のはずで、あまりにも完璧過ぎるスケジュールに我ながら誇らしくなる。
セイラムの街は別に都会ほど栄えていないけれど、こうして街明かりが灯ってくれるおかげで、一人で帰っていても危ないと思ったことは一度もない。
夜に子どもや女性が一人で歩けばまともに帰ってくることはできないと言われるような地元とは大違いだ。
ふと、もう閉店してしまったおもちゃ屋さんのショーウィンドウがフィーの青い瞳に飛び込んで来た。いや、正確に言えば、ショーウィンドウの中で街灯にぼんやりと照らされたオレンジ色の髪をした女の子の人形なのだけれど。
「うわぁかわいい」
親に、人形やぬいぐるみといった物を買ってもらったことはない。フィーのおもちゃ箱にあったのは、兄からのお下がりだった興味のないロボットのおもちゃだけ。
ハッキリと光は当たっていなくても、一際目を引くその人形に、フィーの顔に思わず笑みが浮かんだ。
「あそこを出たら何か変わると思ったんだけどなぁ……」
無意識に、そんな言葉が口から零れ落ちる。
この人形のように、今は日の目を見なくても、きっといつかは誰かがこんなあたしを連れ出してくれると思っていた。
でも今の自分は――と考えたところで、フィーのヘッドフォンに、ティロンと軽い音が響いた。この曲にそんな音入ってたっけと思うも、すぐにそれが自分のスマホへメッセージが届いたことを知らせる音だと気が付く。
「あっ」
急いでスマホを見遣ると、予想通りシャーミアからで、『もうすぐ帰るけど何かいる?』とだけ書かれたメッセージが届いていた。
すぐに『晩ご飯もう買ったよ!』とメッセージを返して、フィーはついっと空を見上げた。
夜空にはいくつもの星が瞬いており、まるでフィーに何かを語りかけてくれているような気がしてしまう。
「そんなことないのにね」
呟いてから、まるで自分が映画の中にいるような感覚がして、それが何だかくすぐったくて笑ってしまう。
シャーミアが帰ってくる。とっても綺麗で、可愛くて、努力家の親友が家に帰ってくる。
「帰るかあ」
一つ伸びをして、チラリとまた人形を見る。せっかくだし、明日この子を迎えに来よう。そしたらシャーミアは「また無駄遣いして」と怒るだろうか。
それでもいいか。だって、他でもない自分が欲しいと思ったんだから。
あぁそうだ。その後、今日一目惚れをしたあの絵を観に行くのもいいかもしれない。
自分がいいと思ったものを買って、自分がやりたいことをする。そうしていけば、きっと小さくても、少しずつでも、何かが変わるはずだ。
別に、今すぐにやりたいことは思いつかない。こっちで個展を開いたあの日本人のように、世界で活躍したいといった思いはない。それでも、今こうして親友が喜んでくれたらいいなと思いながら帰っているこの瞬間は、とても幸せなことだと思うから。
誰かが迎えに来てくれないのなら、自分から迎えに行けばいいんだ。今はそのことを早くシャーミアに話したくて仕方がない。彼女は「そんなこと?」と呆れた顔をするかもと考えてから、それはないなと思い直す。
「シャーミア早く帰って来ないかなぁ」
歩き出した足は軽い。耳元で鳴る音楽は、この世に希望なんてないと歌うけれど。仮にその通りなのだとしても、自分で希望を作っていけばいいだけだ。
「また明日ね」
振り返ったそのおもちゃ屋さんにそんな言葉を投げてしまえば、フィーはもう振り返ることはない。
だって、歩き出すと、フィー自身が決めたんだから。
◇
「――って夢を見たんだけど、イニはどう思う?」
「どう思うって訊かれても困るんだけど……」
ゴーマン邸に泊まった翌朝。フィーは目が覚めるなり隣のライアンとイニの部屋へ押しかけていた。ただ、ライアンはお風呂に入ってしまったとかで、部屋にいるのはイニだけだった。
「だよねぇ……でもさ、本当に現実みたいにハッキリした夢だったんだよ?」
「話を聞いてる限りだとそうでしょうね。でも、セイラムなんて変な名前の都市は聞いたことないわ。と言うか、そもそも大学って頭のいい一部の人が努力に努力を重ねてやっと通える場所でしょ? そんなところで遅刻したり寝てたりしたらダメじゃない」
「うっ……それはその通り、です」
「後はそうね、音楽を耳に付けた機械で聴くなんて想像もできないし……昨日寝る前に奇怪な本でも読んだ?」
「別に読んでないけどぉ……はぁ、なんかあれが夢だったって思うと変な感じ」
思い出すのは、銀髪の彼女のこと。夢の中だけではあったが、彼女はまるで本当の親友みたいな気がしてしまう。
「いつか本当に会えたらいいなぁ」
「そうね。フィーなら仲よくなれるんじゃない?」
「えっ?」
まさかそんな言葉を掛けてもらえるとは思わなかっただけに、思わずそんな素っ頓狂な声を上げてしまう。
「何よ。変なこと言った?」
「いやなんか……びっくりしちゃって」
「あのねぇ……」
イニが不満げな表情で言葉を続けようとした瞬間、扉が開かれる音が聞こえて、二人してそちらへ視線を向ける。すると、頭から湯気を立ち上らせたライアンが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「あっ、ライアンおはよー」
フィーがふにゃりとした笑顔で言うと、ライアンも小さく笑いながら「おはよ。早いな」と答えてくれる。
「そう言うライアンこそ」
ここが現実。ここが自分の生きる世界だ。それでも、もし叶うのなら、またシャーミアに会いたい。
「――いつか会おうね。シャーミア」
「あん? なんか言ったか?」
「べっつにー? 何でもないよー」
にへらと表情を崩すフィーに、ライアンは怪訝そうな顔をしてイニを見る。だが、イニはイニで「さーね」と口では言うものの、彼女の浮かべるその表情は柔らかい。
今日見た夢はただの甘い甘い夢。フィーの旅はまだ始まったばかりだ。
〈エイプリルフール特別編:了〉
以上で特別編は終わりです。お楽しみいただけましたでしょうか。
エイプリルフールをいいことに、尊敬する二人の作品とコラボさせていただきました。
大切なキャラクター達を登場させてくれたこと、この場を借りて改めて御礼を。
コラボしてくださった作品URLは下記よりご覧ください。
本当に面白い作品ですので、是非読んで欲しいです!
『魔王の娘』/秋草さん
作品URL:https://ncode.syosetu.com/n7614jp/
『男の娘がヒロインでもラブコメは成立しますか?』/@芳樹
作品URL:https://ncode.syosetu.com/n5860jr/




