エイプリルフール特別編 Just sweetest dream前編
エイプリルフールの特別編です。
ある作品とコラボさせていただくこととなりました。
「アナタ」に楽しんでいただければ幸いです。
では、どうぞよしなに。
目覚まし時計の軽快な電子音で、フィーは目を覚ました。
まだ寝ぼけている目を擦りながら、何とか身体を起こして伸びを一つ。
「……ふわぁ」
そんな欠伸とともにカーテンを開くと、白い光が柔らかく部屋を照らす。外にはもうすっかり見慣れてしまったセイラムの街並みが広がっている。
実家のあるボストンから少しだけ離れたこの街は、まだ二年しか住んでいないはずなのに驚く程心に馴染んでいた。
そんな風に思えるのはきっと、一緒に住んでいる他ならぬ彼女のおかげだ。
「おはよー……ってあれ? 珍しいわね。もう起きてたの?」
フィーが声のした方に視線を向けると、そこには目が覚めるような銀色の髪と磨き上げられたルビーみたいに赤い瞳をした、まるでモデルのように美しい少女。シャーミアが信じられないとでも言いたげに口に手を当てて立っていた。
「あっ、シャーミアおはふわぁあぁあ」
「欠伸混じりの挨拶どーも。フィーが一回で起きるなんて珍しいこともあったものね」
「……あたしだってたまには一回で起きることもあるよぉ」
「そんな眠そうな顔して言っても説得力はないから。ほら、早く顔洗って来なさい」
「ふぁあい」
ズルズルと眠気を引き摺りながら洗面台に向かい、顔を洗う。鏡を見ると、しっかりと眠ったはずなのにまだまだ眠そうな自分の顔が写っていて、思わず笑ってしまいそうになる。青い瞳はまだぼんやりとしているし、黒い髪なんてどうやったらこんな酷いことになるの? と聞きたくなるぐらいには明後日の方向に飛び散っている。
そんな自分の容姿を少しずつ直して行くように。一つずつ、一つずつ、丁寧に。自分が一番可愛いと思う姿に整えて行くこの行程が、フィーは好きだった。
「よーしっ、今日も頑張りますかあ」
化粧水と乳液、クリームをしっかりと肌に馴染ませてからそんな掛け声を一つ呟き、ようやくシャーミアの待つリビングへと向かう。
「うわぁ、いー匂い」
リビングへと続く扉を開いた瞬間、漂ってくるトーストの焼けた甘い香りに思わずそんな言葉が口から溢れた。
「もう先食べちゃってるわよ」
「ごめんってばー。あーもうお腹空いちゃって倒れそう」
言うが早いか、手はシャーミア特製のスムージーへと伸びる。フィー好みの甘みのあるフルーツたっぷりのそれを口に含むと、それだけで朝から幸せで笑みが浮かぶ。
しかも、目の前にはまだ湯気の立つスクランブルエッグとカリカリに焼かれたベーコン。更には先程からフィーの鼻腔をくすぐり続けてくる焼きたてのトースト。しかも、今日はマシュマロがベッタリと塗られていて、これを見てテンションが上がらない方がおかしい。
「ん〜美味しぃ〜!」
まさに頬っぺが落ちるとはこのことだ。今日はきっといい日になる。間違いない。
「本当に美味しそうに食べるわよね、フィーは」
呆れたとでも言いたげではあるが、その表情は柔らかかった。
「ふぁっふぇほいふぃいんふぁふぉん」
「こら、口に物入れながら喋らないの」
「ふぁーい」
そんな楽しい食事はあっという間に終わってしまい、残念な気持ち半分満たされた気持ち半分で残りのスムージーを飲み干す。
「今からコインランドリー行くけど、フィーはどうする?」
「あーそうだなぁ。あたし行きたいかも」
溜まっている洗濯物を思い出しながら答えると、シャーミアは「ん」とだけ答えた。
◇
コインランドリーが好き。辺りに漂う洗剤の匂いも、近くの乾燥機から漏れてくる温かな空気も。なんだか特別な感じがするから。
「おー」
赤い洗濯機の中でぐるぐると回り続ける衣服達を眺めながら、思わずそんな声が漏れる。
「毎回見てるけど、フィーって本当に洗濯機が好きよね」
「別に洗濯機が好きなわけじゃないよ? なんか面白いなーってだけ」
「どっちも一緒じゃない?」
退屈そうにパイプ椅子の上でスマホを眺めながら言うシャーミアに「違うよー」と口を尖らせる。
彼女の隣でしばらくぼーっと洗濯物が綺麗になっていく様を眺めていたが、やがてそれも飽きてしまい、熱心にスマホを眺めている彼女の肩を叩く。ちょっとだけイタズラ心を添えて。
「なに――」
ぷにっとした彼女の頬の柔らかさを感じ、フィーはにぃと楽しげな笑みを浮かべる。
「やーい引っかかったぁ――あぶぅ!」
しかし、そんな笑顔はシャーミアの白い指先がフィーの頬をむぎゅっと挟んだことですぐに消えてしまう。その細く長い指先からは信じられない程の強い力に、フィーはあたふたすることしかできない。
「アンタねぇ」
「いふぁいいふぁいいふぁい!」
そのあまりにも恐ろしい見幕に、必死に訴えることでなんとか手を離してもらう。
「痛かった! 本当に痛かったんだけど!?」
「自業自得でしょ」
「だってシャーミアがスマホばっかり見るから!」
まだ痛む頬をさすりながら訴えると、彼女はやれやれとでも言いたげにはぁと溜め息を吐き出した。
「悪かったわよ」
そう言って彼女は素直にスマホをポケットへ仕舞うと、その長い足を組んでフィーへと視線を向ける。
「それで? 話でもあるの?」
「えっ? ないよ?」
けろっとした顔で言うフィーに、シャーミアは露骨に嫌そうな表情を浮かべたかと思うと再びスマホを取り出してしまう。
「嘘嘘嘘ごめんごめん! いや、嘘じゃないけど……なんか熱心にスマホ見てからちょっかい掛けたくなったって言うかなんと言うか……」
「……何よそれ」
シャーミアは呆れたとでも言いたげに微笑むと、ほらっと言いながら先程まで見ていたであろう画面を見せてくれる。
「バスケの動画?」
「そっ、この前の試合のね」
シャーミアが見せてくれた画面には白いユニフォームを身に纏った彼女が、ちょうどシュートを綺麗なフォームで放ったところだった。それがまた吸い込まれるように、ゴールネットを柔らかく揺らすものだから、思わず「おー」と声が零れてしまう。
「ナイシューだね」
「ありがと」
しかし、彼女は全く嬉しくなさそうにまた画面へ視線を戻してしまう。そこには黒いユニフォームを着た深紅の髪をした小柄な少女が映っていて、豪快なダンクシュートを決めていた。
「うえっ何この子!?」
「この前対戦したチームの子。まだ一年生なのにこの試合だけで四十二点も取ったのよ」
それがどれだけ凄いのか、バスケットボール未経験のフィーには分からない。けれど、それでも苦々しい表情で言うシャーミアに、フィーは手をわたわたさせながら何とか励まそうと試みる。
「で、でもシャーミアだってバスケの特待生でうちに入ったんでしょ? それなら――」
「それは向こうも同じよ。だからなおさら頑張らないとなって」
そう言って唇を噛む彼女に、フィーは自分のことではないのに無性に悔しくなる。何か言おうとと口を開いた瞬間、ピーッと甲高い音が鳴って洗濯が終わったことを洗濯機が教えてくれた。なんとまあタイミングが悪いことで。んべっと洗濯機に心の中で舌を出す。
「ほらっ、さっさと取り出すわよ。大学行くんでしょ」
「ううぅ」
なんとか彼女を元気づけたくて、フィーは思わず「そうだ!」と叫んでしまう。その声にコインランドリーにいた他の客がちらっとこちらを見た気がしたけれど、親友が悔しい思いをしているのだから構ってなんかいられない。
「学校行く前! カフェ! 行こう!」
一瞬シャーミアは「はあ?」とでも言いたげな表情を浮かべたけれど、それでもフィーを見てぷっと小さく吹き出した。
「いいけどフィーのおごりね」
「おごり……」
その言葉は今月散財しすぎたフィーにはぐさりと来たけれど、それでも力一杯「いいよ」と笑って見せた。
◇
大学前のカフェは平日の昼前だからか、人の数は少ない。仕事をさぼっているらしいおじさんや、フィーのように授業までの時間を潰す大学生。後は勉学にいそしむ人と様々だ。
先程まで一緒にいたシャーミアは練習があるからと、コーヒーを一杯飲んだきり先に大学へ行ってしまった。だからフィーは今、こうして午後の授業まで時間を潰す。もとい有意義に過ごしていた。
隣の席では金髪をくるくるとカールさせた少年が、難しそうな本とにらめっこしている。広げられたノートをちらりと盗み見る限りだと工学部の学生だろうか。
フィーはあまり長く見過ぎるのもよくないかと、そのまま視線を窓の外へと向ける。ガラスの向こうではバスケットボールで遊ぶ親子や、退屈そうな顔でスケボーに乗って通り過ぎていくピザの配達員。
後は謎のアジア人らしいムキムキマッチョがタンクトップ姿で歩いていて、その横を銀髪の華奢な美少女と、金色に染めた髪をなびかせた派手目な服装をした美少女が、三人連なって楽しげな様子で歩いて行く。その後ろを黒いスーツに身を包んだ初老の男性が一人、こそこそと後を付けている気がするのだが、あれはストーカー……? いや、派手目な格好をした子が何か彼に言っているから知り合いなのだろう。だとしても、今はガラス越しだし、何よりヘッドフォンから流れる音楽のせいで何も聞こえないのだけれども。
そんな賑やかな一行を眺めつつ、スマホでSNSを漁っているとあら不思議。授業開始まで残り十分と差し迫っていた。
「やっば!」
フィーは思わずそんな言葉とともに立ち上がった瞬間、勢いよく机に脚をぶつけてしまう。
「痛ったぁ!」
あまりの痛さに涙が零れそうになるも、なんとか我慢しながらお会計を済ませて店を後にする。店員がなんだこいつとでも言いたげな目をしていたけれど、授業に遅れる方がまずい。
大急ぎでキャンパスの中を駆け抜けている最中、普段は気にしないはずの掲示板がフィーの目にとまった。そこには色鮮やかなひまわりが一輪描かれているだけのはずなのに、目が離せなくなる。
「何これすごっ……」
それはただのポスターであって実物ではない。だというのに、思わずそんな言葉を呟いてヘッドフォンを耳から外してしまうくらいには、フィーの目にそれはあまりにも鮮烈に映った。
下にはこの絵が飾られている個展の場所と、その作者が日本人であること以外何も書かれていない。でも、それがまたフィーの興味を引き立てる。
「サユ・サイカワ……?」
よく見ると小さくそう書かれている。それがおそらくこの絵の作者の名前なのだろう。
「へぇーこの近くでやるんだ。行ってみようかな……」
ポツリと呟いたフィーの思考を遮るように、始業を知らせる鐘の音が辺りに高らかに響く。
「あああああああああああ――――――ッ!!」
そんなフィーの叫びが、鐘の音に混じって虚しくキャンパス内をこだましたのだった。




