第347話 剣術指南 第五番 山津波 ②
フレッチャー兄弟はちゃっかり地域の顔役を巻き込み、村長と思しき年配の男性が審判として参加していた。ただ、武術には疎いので際どい判断は出来ない、とのことだ。加減の良いところで降参するよう願います、という安全配慮を優先するあまり迫力に欠ける開会宣言をする始末だったが、空気を読んで長い祝辞を放棄するあたり、なかなか民心の把握に長じた人物ではあった。
「いざ、勝負!」
「胸をお借りしますぞ!」
何時もの若呼ばわりではない。戦士としての勝負だ。これにはラウルも熱くなった。竜の子の力があるなしに関わらず、フレッチャー兄弟は元より油断のできない相手だ。それに、巨体に似合わぬ俊敏さと見た目通りの強力な攻撃の組み合わせはエスト第四番坑道で見ている。救助作業の合間という僅かな時間ではあったが、彼らは自分たちより何倍も大きい巨大蜘蛛であっても立ちすくむことなく突撃を繰り返していた。決め手は魔法学院長クラウスと学院生のロッテが繰り出した合成魔法だったが、戦士兄弟が前衛として討伐に多大な貢献をしたのは疑いのない事実だ。また、戦士兄弟が保有している対人戦闘技術は明らかにされていない。戦歴に比例した老獪さと多彩な攻撃手段を持ち合わせていると見るべきだし、また、そう心に決めてかからねば、オトヒメの予言通りに不覚の一杯を喫する破目になるだろう。
「さあ、来い!」
白塗りの盾は儀式用らしく、大事に仕舞われていた。したがって、武装は三人とも訓練用の木剣である。
「むんッ」
「でやあッ」
これ以上の会話は無用、と凄まじい速度での初撃を仕掛けたのは戦士兄弟だ。アランとトーマスがそれぞれ正面からラウルの肩口を目掛けて打ち込む。同時攻撃に近かったがアランが若干遅れているのをラウルは竜眼で看破した。
「食らうかよ」
ラウルはあえて前に出る。トーマスの初撃をはじくと目にもとまらぬ早さでアランの懐へ入り身を果たし、前蹴りを放って吹き飛ばした。
「ぐッ」
「むお」
アランは後方に転がることで蹴りの威力を殺し、トーマスは弾きで崩れた体勢をすぐに立て直す。効果小、とオトヒメに言われるまでもなく有効打にはならない。ラウルは得意の足さばきで飛び退ると第二撃に備えた。
「流石はエルザの姉御仕込みだ。隙が無い」
何事もなかったかのように起き上がったアランが呟く。
「そのことよ」
トーマスは同意しつつ、大上段に構えを取った。この体勢は自分を大きく見せながら打ち込みを誘っているのだ、とラウルは見破ったのだが、その時点でトーマスの身体を目隠しにしたアランの攻撃が始まっている。恐ろしい速さで間合いを詰めたアランはトーマスの脇から強烈な薙ぎ払いを送った。ところが、この動きもラウルには見えている。彼は地面を這うように身体を屈めて薙ぎ払いを回避し、武器破壊を狙ってアランの握りを抜き打った。アランは咄嗟に木剣を引っ込めたが間に合わず、半分の寸に斬り折られた。
「うおッ!?」
「兄者、木剣が半分だぞ」
驚いたのは戦士兄弟だけではない。同じ得物で一方的に斬り折るなどそうそうあり得ぬことだ。見たこともないラウルの早業に観客からどよめきが上がり、戦士兄弟の劣勢は目に見えて明らかである。
しかし、この程度で諦める戦士ではない、とラウルは知っていた。第三撃に備えて構えを常に戻し、受けの姿勢に戻った。
「くう、小憎らしいくらい落ち着いておられるわい」
「兄者よ、このままでは完敗ぞ」
「なんの、まだまだこれからだ」
「おうとも」
二人は何やら示し合わせると、アランがラウルとは反対方向に向かって走り始めた。トーマスは浅く構えたまま微動だにしない。
(な、なんだ!?)
戦士兄弟が戦闘中に逃げるはずもない。数瞬の後に、ラウルはアランの疾走が助走をつけるためのものであることに気付いた。
(来る!)
アランはそのままラウルへ突撃するのかと思いきや、さっと屈んだトーマスを踏み台にして空中へ駆けあがる。短くなった木剣の間合いを打ちおろしによって強引に詰めようとする動きだ。ラウルが意識をアランへ向けた瞬間、低い位置から必殺の擦り上げをトーマスが放つ。兄弟の息を合わせた完全同時攻撃である。しかも、両者の斬撃が被っていた。真剣であれば味方討ちになりかねない恐怖の剣である。
(やばいッ)
しかし、ラウルは退かない。ためらうことなく迎撃した。後退する余裕はあるが、体勢を崩したままトーマスの斬撃を受け続けることになり、かと言って、その場で受け流すことも難しいと判断したからだ。
トーマスの擦り上げに逆方向の擦り上げをぶつけて木剣を弾き飛ばし、そのまま空中のアランに向かって飛び上がるような逆手斬りを見舞った。常人離れした剣技だが、ラウルの人工生命体は彼の要求に完璧な動作で応え、トーマスは木剣を失い、アランはひっくり返って撃墜される。
(勝った!)
ラウルが勝利を確信した次の瞬間、着地と同時に凄まじい衝撃が彼を襲った。トーマスの頭突きである。
「がッ」
完全に油断していたラウルは手痛い一撃を顔面に食らった。視界が揺れ、戦意を取り戻す前に胸板を蹴られて転倒した。
(鼻出血と陥没骨折ですねえ。あーあ、先日修復したばっかりなのに……)
冷静に被害報告をするオトヒメの声が響く。重要臓器を守る主要部分と手足は鉄骨でも審美部品の強度は人類の域を出ないのだ。これは人間と見分けがつかなくするための仕様でもあるのだが、討伐された体になっているラウルにしてみれば堪ったものではなかった。
「ふご、ぐ、畜生、やりやがったな!」
剣術勝負にあるまじき反撃にラウルは驚くやら腹立たしいやら、とにかく文句の一つでも言わなければ気が済まない。ところが、勝ち名乗りをするべく起き上がってきたアランがやんわりと激高するラウルを諭す。
「おやおや、死体が文句を言ってはいけませんな」
「な、なに!?」
「トーマスは木剣を飛ばされてからは手を使っていませんよ。弟者が喉笛めがけて噛みつくような魔物だったらどうするんです?」
「うう……」
(急激な体液損耗と神経伝達組織の破壊は行動不能を招きます)
オトヒメに解説されるまでもなく、頸部の損傷が発生すれば、当分の間戦闘はおろか身動きすらままならないであろう。その間に何が起こるかなど考えたくもない。
「まあ、まあ、お話はあとでゆっくりと。後ろが支えておりますからな」
「後ろだって!?」(言い方……)
トーマスはラウルを助け起こしながら囁いた。興行を円滑に進めるべく降参の一札を入れろ、という催促である。仕方なく敗者ラウルは勝者トーマスの手を取って高々と掲げた。心配顔でおろおろしていた審判役の男性が急にしゃんとして役目を思い出し、勝負ありを宣言したところで割れんばかりの歓声が観客席から沸き起こった。
「やっぱり戦士兄弟は無敵だ!」
「アルメキアの兄ちゃんも悪くなかったぞ」
「何言ってんだ、賭けてたのに擦っちまったじゃねえか」
意外なことにラウルを賞賛する声がちらほらと聞かれる。と言うのも、セーヴェルではフレッチャー兄弟の武勇を疑う者はなく、勝負を挑むだけである種の勇者認定がなされるのだ。勝ち負け以前に命を落とすかも知れない試合から逃げなかった時点で価値ある行為とされ、誉れある武人として語り草になる。
「我々の祖霊も御照覧あれ!」
「戦士の御霊よ、安らかなれ」
フレッチャー兄弟は勝どきを唱和しつつ胸を拳で叩いた。ラウルは栄誉ある敗者として拍手を受けながら観客席へと引っ込む。戦士兄弟は“次”があると言っていたから、邪魔をしないように観客となったのだ。
「聞いてくれ、セーヴェルの民よ!」
「我らは奉納試合を軸とする新たな試みを考えている」
興奮冷めやらぬ観衆を前に、フレッチャー兄弟は演説を始めた。曰く、彼らが思案中の新事業はサーラーンの大競馬に勝るとも劣らぬ闘技場運営である。むろん、武を磨き勇を競うことは祖霊の御心にも適う。付随する飲食事業はまだしも賭博の運営には皇帝の裁可が必要だが、必ずこぎ着けて見せる。我らに力を貸してくれ、と雄弁をふるった。
「なんか思い切り出汁にされた気分だ」
戦士兄弟の演説を聞きながらラウルはリンの手当てを受けている。
「あの人たちは絶対にただでは転ばないよね……あ、すごい。『止血』なしでもう血が止まった。一応、鼻に湿布を載せておこうか」
「ああ、いや、冷たい手が気持ちいいから載せておいてくれ。湿布はいいや」
「う、うん」
しばらくの間リンは言われるままにしていたが、人間らしく見せるためには治癒魔法を見せるか膏薬のひとつもなければおかしいので、ラウルは彼女の歌を久々に聞くことになった。歌とはリンの魔法詠唱をラウル流に表現した場合の言い方である。
「まあ、リンちゃん、そんなこともできるの?」
「えへへ、ちょっとかじった程度ですけど」
「まあ、旦那さんは果報者ね」
リンは一足早くセーヴェルの主婦連中と打ち解けている。年若い者や子供たちも寄ってきて都会や外国の話を聞きたがり、事業計画をぶち上げて参加者をつのる戦士兄弟とは別種の人気があった。
「ウチもセーヴェルぐらい活気のある街を目指さなきゃ」
「そう見えるのだとしたら、何もかもフレッチャー兄弟のおかげよ。あの二人がいなかったら、若い子はみんな他所へ出て行って帰らなかったでしょうね」
年嵩の女性がため息混じりに絞り出す言葉から、フレッチャー兄弟がセーヴェルに呼び込んだ好景気にあやかって戻ってきた住民の存在が明らかになる。この点は出稼ぎからの他地域定住として戦士兄弟も話題にすることがあった。
「リンちゃんの旦那さんは領主様なんだろ?ちゃんと考えてるかい?いったん逃げ散った領民は何もなしで帰ってきやしないよ」
「はい、ああ、まだまだこれからです」
「大丈夫かねえ。ま、リンちゃんがいれば心配ないか」
若でもなくジーゲル卿でもなく、セーヴェルでは“リンちゃんの旦那さん”という呼称が定着したラウルであった。
「それで、どうだった?」
リンの漠然とした質問は剣術勝負についての所感を求めてのものだ。ただし、お互いに剣術の深みを語れる知識はないので、彼女が共有できそうなラウルの感想を聞いているのに近い。
「うーん、何て言うかな。考えてから喋るんで待ってくれるかい」
「いいよ。私も聞きたいし」
リンの言葉に甘えて、ラウルは時間をかけて感想文を練る。フレッチャー兄弟の剣術は終始雪崩か鉄砲水の如き勢いであり、戦闘を想定した実用向けのものであった。確かに、たとえ腕を失っても噛みついて倒す、と豪語する心意気には死が臭う。けれども、冒険者たるものその程度の覚悟がなければ務まらないのだろう。現に、大氷洞の冒険における最終盤で彼らは身を挺した殿をいとも簡単に引き受けたが、常日頃から死を覚悟して任務に臨んでいる者でなければ出来ない動きだ。思い起こせば、ラウルが冒険者を目指したての頃に、たとえ魔法が使えなくても野垂れ死に覚悟で修行にはげむ、と啖呵を切ったはずが、旅の間に気概が失われていたようだ。
「ふーん」(その話は私も聞いた気がする)
「とにかく、そんな気持なんだ。今になってこんなこと思い出すのはおかしいかな?」
「おかしくないよ。その雪崩だか山崩れだかにぶつかって目が覚めたんでしょ」
「そこまで高尚なものだと良いけどね。きっと、このところ悪い頭で考え過ぎだったせいさ。鼻は折られちゃったけど、いっそ、すっきりした気分だよ」
あらゆる事象を単純化して金儲けと故郷の振興に邁進するフレッチャー兄弟の姿勢はその剣術にも一脈を通ずる。一切の迷いがない。ラウルを倒すとなったら手段を選ばずに倒す。それ以外は些事なのだ。
「それ以上男前になられたら困るし、気をつけてよね」
「言うなよ。こいつは色気を出して力を出し惜しみしてる場合じゃないって教訓だ。きっとそうだ」
ラウルは痛そうなふりをして腰を上げる。リンの治癒魔法に依る以前に人工生命体の回復力で負傷の影響は無くなっていた。
「もういいの?」
「うん。そろそろ御暇するか。ここの人たちは親切だけど、だからっていつまでも帰ってこない領主じゃまずいだろう」
「留守番の皆が待っているしね」
ラウルとリンは南の空を見上げる。晴れがましい凱旋式こそないが、グリノスにおける使命の旅をやり遂げた名誉の帰還だ。
いつもご愛読ありがとうございます。
ラウル君もまだまだ修行が足りませんな。思うに、どんな相手でも勉強だと思ってぶつかっていけば良いのですよ。命があるうちは。
がんばれラウル!もうすぐエストへ帰れるぞ!
徃馬翻次郎でした。




