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第343話 脅威の評価 ②


 驚くべきことに、ムロック連合から派遣されてグリノス帝国に駐在している外交担当の責任者は供の者を連れずに平服で現れた。ラウルが意図して指定しなかった非公式の会見にふさわしい気楽な格好である。長身の色男とはラウルのジルベール評だが、彼の魅力は綺羅のあるなしに左右されないことが分かった。


(足が長い)


 日焼けしない仕事なのか、青白さが目立つ肌の色を除けばほとんど人間族と見た目が変わらない。これならさぞモテることだろう、という生まれつきの格差に対する理不尽な嫉妬が頭をもたげたが、


「はじめまして、ジーゲル様。私、ムロックのグリノス駐在を拝命しておりますジル=アルベールと申す者。どうぞ何なりと」


 と腰の低い挨拶をしてくる訪問客を無下にする道理はなく、ラウルを手を差し出して握手を求めた。貴族式水鳥型お辞儀ではない。簡素だが心のこもった答礼である。


「アルメキアの騎士ラウル=ジーゲルです。こちらは従騎士のリン=クラーフ……はもう知っていますよね?返事を出すのが遅れて申し訳ない、大使閣下」


 アルベールは大喜びで握手に応じる。手の甲に接吻しかねない勢いだ。


「おーう、そのような物言いはいけません、ジーゲル様。勿体ない。どうぞ、私のことはアルベールとお呼びください」


 ラウルは困り顔でリンを見やった。この人はいつもこうなのか、と念のために目顔で聞いたが、リンが小さくうなずくあたり過剰演技ではないとわかる。


「それじゃあ、アルベール。オレたちは軽い夕食をすませてしまったから、お近づきのしるしに一杯いこう」


 ラウルの台詞はグリノス式親睦会の常套句だ。彼自身使い慣れている言葉でもあるから自然と出てくる。ところが、アルベールの演技じみた動きが止まった。


「あの、ジーゲル様」

「なんだい?」

「お恥ずかしいことに、私はお目もじ叶わぬものと諦めておりました」

「どうして?あれか、アルメキアとムロックの不幸な歴史ってやつかな?」

「ええ。何年経過しようと恨み骨髄で、それはムロックの民も同じことですけれど、奥様が踊りのお相手をしてくださったことも含めて、ジーゲル様と盃を交わそうなどとは今朝の今朝まで思いもせぬことですよ」


 やはりアルベールはただ者ではない、とラウルは観た。

 舞踏会でリンに一曲申し込むことで瀬踏みをしている。誰が魔族と踊るものですか、と撥ね付けられるようでは、ラウルへの取次成功は覚束ない。夫婦そろってムロック憎しで固着している線が濃厚だからだ。手の内を明かしたのは誠実さを主張するつもりなのか、かつての交戦国民同士がなかなか口にし難いことを冒頭からぶつけてきたことに加えて、ラウルは底知れぬ力量の持ち主を相手にしている気がした。


「アルベールは正直だね。言いにくいことを言う」

「お気を悪くされたなら謝罪します。ですが、この程度の認識共有を達成できないようなら、こうしてお会いすることはなかったでしょう。違いますか?」

「違わない」


 頃合いを見計らってリンが蒸留酒の注がれた小さな盃を差し出す。酒の注文はかなり前に通っていたが、なかなか話が途切れないので出しそびれていたのだ。ラウルとアルベールは互いの健康を祝って乾杯した。


「いつの日か、お互いに国家への乾杯を交換できるといいですね」

「そいつは……うん、そうだな」


 グリノス人とは酒の席における皇帝万歳と国王万歳を交換できる素地が整いつつあるが、ムロック人とは難しい。やはり、互いに滅びる寸前まで殺し合いをやった国とは相容れないものがあるのだ。


「しかし、お強い。酒もそうだが、腕っぷしはそれ以上と聞きました」

「おいおい、氷の巨人の話を真に受けてるんじゃないよな?あれを直接聞きにきたわけでもないだろうに」

「それも一興ですがね、実は折り入ってお頼みしたいことがありまして」

「オレじゃないとダメかな?アルメキア人なら他にもいるし、アルベールの仕事がアルメキアとの親善ならオレの影響力なんて当てになりゃしないぜ?」


 ラウルは自嘲気味に他をあたるようほのめかした。ところが、アルベールは申し訳なさそうに首を振る。


「おーう、それもいけません。なぜでしょう、ジーゲル様は自分を偽っておいでです。望めば大陸の覇者ともなれますのに、私の話し方がまずかったですか?」


 ただのお追従ではなかった。アルベールはラウルの正体を理解したうえで何事かを依頼しようとしている。そして、依頼の内容は竜の子に対してのものなのだ。


「まだ用件を聞いてなかったな」


 リンはラウルの声音が低くなったことに気付く。


「そうでした。ジーゲル様が竜の祠を回っておられることは存じております。その途中で、ぜひとも寄り道をなさっていただきたいのです」

「へえ、寄り道ねえ」

「そう警戒しないでください、と言っても難しいですよね。ですけど、私自身は只の使い走りなのです。大魔王様にお会い下されば、何もかもはっきりすると思います」

「な、なんだって!?」


 今度こそラウルは飛び上がりそうになった。アルメキア人にとっては仇敵になる悪の総元締めから招待を受けたのだ。驚くな、と言うほうが無理な話である。


「ああ、いけません。いずれジーゲル様はムロックにもお運びになる、との前提で話をしてしまいました」

「いや、そりゃ、行くつもりだから、それはいいけどさ」

「おーう、それは嬉しい。さっそく本国に書く手紙の文章を考えねば」

「待て待て、まだ招待を受けたとは言ってないぞ」

「お会いにならないのですか?」


 アルベールは途端に悲しそうな顔を作ってラウルに見せた。むろん擬態だがいやらしさがない。リンなどは失笑をこらえていたが、美男子限定の裏技を見せられた気がしてラウルは声を荒げた。


「ああ、もう、何なんだ、その押しの強さは?」

「よく言われます」


 もうアルベールは常態に戻っている。ついにラウルは毒気を抜かれて降参した。


「分かったよ。アルベールの勧めに従う。大魔王様は何の用事かな?」

「それは直接お尋ねになってください。呼びつける真似をして甚だ礼を書きますが、大魔王様は一歩たりとも動けませんのでね」


 訳ありはオレだけではないらしい、とラウルは合点する。アルメキアの古老が語る伝説上の大魔王と同一人物かは不明だが、ムロック人であっても国家元首に相応の礼を示すのはラウルのほうだ。 


「こっちはちょっと立て込んでて今すぐには行けないないけど、決して忘れない」

「そのお言葉が頼りです。大魔王様も日限を設けてはおられませんので、どうぞジーゲル様のご随意になさってください」


 アルベールは満面の笑顔で任務達成を喜ぶ。彼は百面相の持ち主と表現すべきか、表情で語る種類の人間らしい。


「ひとついいか?」

「どうぞ何なりと」

「そっちはオレのやってることを何でもお見通しみたいだが、それも大魔王様の力というわけかい?」

「力?いえ、御本人の経験だと思いますよ」


 ラウルが首を捻ったところにリンが口を挟んだ。


「経験……まさか、アルメキアの勇者とやりあったり、竜の祠を踏みつぶした本人ってこと?まだご存命なの?」

「おーう、ご名答。さすがは奥様です」


 驚愕の事実が判明する。アルメキアに伝わる昔話では魔族侵攻時に討ち取られたはずの大魔王は健在なのだ。ラウルはオトヒメの被害予想を聞いていたので、ひどい手負いの状態ながら何とか撤退はできたかも知れないと想像していた。しかしながら、改めて聞かされることによる衝撃は大きい。

 遠く離れたムロック連合の地に在って、如何にして大魔王が龍脈柱の復旧を察知しえたのか、という疑問は措くとして、グリノス入国以前からラウル主従の冒険はムロックに筒抜けになっていたのだ。


「本当かよ」(ご長寿すぎるだろ)

「ははは、アルメキアの方は認めようとしませんが、歴とした事実です」

「大魔王様は竜の祠を復旧することに文句でもあるのかな?」

「そんな感じではありませんでしたよ。悪いけど最近急に名を上げた冒険者を探してくれへんか、という漠然としたところから始めましてね」

「うん」

「そこから、竜の祠を再建した者がおるはずや、と絞り込む通達がありました」

「ふむふむ」(大魔王様は東方諸島出身なのかな?)

「それを調べて妨害せよ、という指令は付随していませんでした。私はグリノスに近いノルトラントでジーゲル様の噂を聞き込みまして直ちに後を追いましたが、サーラーンへのお出かけと入れ違いになったようです」

「なるほど」


 大魔王は千里眼と称される遠隔視の術者でもあるのか、アルベールが告げたラウル主従の軌跡は実に正確であった。東方諸島特有の訛りはカナスタの証言する大魔王像とも符合する。


「そうそう、お越しになる際はアイアン・ブリッジからですか?グリノスや東方諸島からの船旅も宜しいですね。最近は海賊も大人しくなって比較的安全な航海が楽しめると聞きますので。いずれにしても、ジーゲル様の旅路が平穏でありますよう」

 

 大魔王健在の事実よりも、爽やかに笑うアルベールの口から覗く白い歯が受け入れがたいラウルはやけくそ気味に別れの乾杯をした。


「ああ、面白かった!」

「リン、笑い過ぎだぞ」


 アルベールが丁重なお辞儀をして去った後にこらえきれずに吹き出したリンを相手にラウルは今後の旅先を決める相談をしている。


「だって、終始アルベール氏の見せ場だったじゃない」

「やっぱり、本職の人はすごいな。敵わないよ」

「あ、ラウルも悪くなかったよ」

「もういいよ、みじめだからさ」


 大胆に手の内を明かしつつ相手の懐に入りこむ話術の見本にやられっぱなしだったラウルをリンがなぐさめたが、彼の心に開いた傷口に塩を擦りこむ結果となった。時として、神は二物も三物もお与えになる、とラウルが思い知った瞬間である。アルベールのような色男を脅威と評価せずして何とする、と心に刻んだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

大使閣下にはモデルがいて、もう少し「オッ、パルドン?」や「シルブプレ」みたいな風味をつけたかったのですが、私の文章ではこれが限界でした。大魔王のくだりは別著『黒姫伝奇』に繋がる予定です。

徃馬翻次郎でした。

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