幕間
事後処理に動く警官たちから、ため息が途切れることなく漏れ出ている。
無惨に散乱した公園の備品は溶けたり崩れたりして、ただの瓦礫と化してしまっていた
普通の銀行強盗の逮捕だと誰もが思っていた。しかし、犯人が戦闘用にチューニングされた自動人形を隠し持っていたことで事態は急変してしまったのである。
「しかし、あの人形は一体何なんでしょうね」
若い警官が汗を流しながら、弾けとんだ重厚感のあるパイプを担ぎながら同僚に尋ねる。
「知るか。そんなことを考えている暇があるなら手を動かせ。まだまだやることはあるんだからな」
「いやいや、こんな仕事、救貧院の男どもにやらせればいいじゃないですか。警官のやることじゃないでしょう。しかも、今は大変な時で、早く応援に駆けつけなきゃいけないってのに」
「……仕方ないだろう。これの原因の一端がこちらにあるんだから。何もしないわけにはいくまい」
顔についた土汚れを拭い、まだまだ社会への奉仕の心の芽生えていない部下に疲れの滲んだ声をかける。
彼としても部下の意見は分からなくもない。だが、この後始末をあの少女一人に負わせるのは、今までお世話になったことも含めて、何とかしてやりたかった。
「はぁ、それで。そういえば、警部たちはどちらに行かれたんです。姿が見えませんけど」
「ああ、さっき来た。ほら、『軍』のお偉いさん。何でもこの件の説明とかで、あの人形も連れて近くのギャラリに集まっているそうだ」
「それってもしかして、銀髪の綺麗な人ですか?」
若い警官は先程すれ違った麗人を思い出し、自然と顔がにやけるのを感じた。
グサーノが確保されて少し経ってから、事件を圧倒的な武力で解決する『軍』が到着した。
既に事件は解決したため出番をなくした彼らは到着早々に不満を言ったが、ジョーンズは毅然とした態度で対応していた。しかし、彼らの上司であるロゼ・ラヴェルは簡単には納得しなかったのだ。
「お前、あの人のことを知らないのか。確かに綺麗な人ではあるんだろうが、相当おっかないぞ。平気で愛用の銃を街中でぶっぱなすからな」
「うへぇ、でもそういう危険なところに惹かれるっていうか。良くないですか?」
「俺はゴメンだね。お淑やかとまではいかなくてもいいから、落ち着いた人がいいなぁ……そうだな、ワゴンのミラベルなんかいいんじゃないか」
彼は街の労働者のために路上で食事を提供している女性の名前をあげる。いつもにこやかで、彼女の笑顔を目的に、わざわざ移動先の場所を探し出してお世話になる者も多いほど人気のある人物だ。
なるほど、と自分もよく会いに行くことを思い出し頷いたときだった。
「呼びました?」
二人は驚いて声のした方を振り向く。
瓦礫の山で咲いている一輪の花。まさに話題の女性が簡易な食事の出来るバスケットを詰め込んだワゴンを押してきて、いつもの人懐っこい笑顔を向けているところだった。
現れた彼女は三つ編みのおさげの似合う黒髪の十代の少女で、派手さはないが本の似合うお嬢様然とした可愛らしさがある。だが、その大人しそうな見た目に反して、家業のパン屋の手伝いだけでなく様々な慈善事業に奔走し、今も汚れたエプロンをして重労働に勤しむ警官隊に労いの品を届けに来ている。
「お仕事お疲れ様です。少し一息入れてはどうですか? 圧縮抽出のコーヒーの準備も出来てますよ」
「や、やあミラベル……もしかして今の聞いてた?」
聞かれてマズイことではないが、やはり皆に人気の彼女に自分の好みを、しかも当の本人がそうだというのを聞かれるのは流石に恥ずかしかった。
「え? 何のことですか?」
「いや、分からないんならいいんだ」
「実はさ、ラッセ巡査ってば君のことが――がふっ」
「余計なことは言わなくてよろしい。さて、こんな奴は放っておいてコーヒーでももらおうかな」
「あ、ハイ。少々お待ちくださいね……それにしても、すごい光景ですよねぇ。あんなに立派だった公園がほとんど吹き飛んでしまうだなんて」
「ハハハ、いや、でも怪我人がほとんどいなくて良かったよ。あの時は周りに劇を見に来ていた貴族に労働者と大勢いたからね。奇跡としか言い様がない」
「もしかして、またシャーリーさんが関わっているんですか?」
話しながらミラベルは手際よくワゴンに備え付けてあるコーヒーメーカーにカップを設置し、ハンドルを回す。少し回したら中のピストンが自動で動き始め、既に焙煎してある豆を挽いて本格的な抽出をしてくれる。
「よくわかったね。もしかして、街の方では既に話が広まっちゃったのかな」
「それはまだだと思います。ただ、街で大きな事件があると、いつもあの人が中心にいるような気がして」
早速、周囲に香ばしい良い香りが漂い始める。
蒸気の力で動くこの機械は人を待たせることなくコーヒーを出してくれるが、情緒が全くないので愛好家には不評である。
「そろそろいいかな。はい、ラッセ巡査」
「ありがとう……うん、美味い。いつも美味しいコーヒーをありがとう」
「いえいえ、このマシンがすごいだけですよぅ。私なんて、ただハンドルを回しただけですし」
「そんなことはない。俺だけじゃない、皆言っていることだよ。他のやつが入れたコーヒーよりも味わい深いてね」
「そうそう、だからミラベルちゃん。俺にも一杯」
上司の一撃から復活した男が安っぽい笑顔でコーヒーの催促をする。
ラッセは呆れた表情をするが、嫌な顔一つせずにミラベルはわかりましたと言ってワゴンから新しいカップを取り出して機械にセットした。
「まったく、俺が悶えている間に仲良く会話しちゃって。ずるいっス」
「お前なぁ。さっきは中尉殿に熱を上げていたくせによく言うよ。そんなにフラフラしているとレストレイド警部みたくなっちまうぞ」
警察内部でも有能と評判だが、なかなか女性運のない警部を引き合いに盛り上がる二人を微笑んで見ていたミラベルだが、『中尉』という言葉が気になり疑問をラッセに確かめる。
「中尉? それってロゼ中尉のことですか?」
「そうだけど。彼女がどうかしたのかい?」
「えっと……いいえ。何でもありません。あ、もうコーヒー出来上がっていますね。はい、お待たせしました」
ミラベルの歯切れの悪い回答に首を捻るが、いつも街中に食事を振舞っている彼女ならば軍人の一人や二人くらい話を聞いていてもおかしくはあるまいと、ラッセは気にしないことにした。
「カーッ、やっぱ旨いなぁ。ミラベルちゃんの入れてくれたコーヒーは!」
「フフ、ありがとうございます」
いつもと変わらない笑顔。しかし、その笑みの中に暗い感情が混じり合っていることに気づいた者は、残念ながらいなかった。
普段から明るい人物だろうと、誰しも心に闇を飼っているもの。そのことを頭では理解しようとも、好意を持っている相手には特に見えにくくしてしまうものだ。
未だ暗雲立ち込める空の下。事件が解決したばかりの街で、次なる陰謀が動き始めようとしていた。