六話
「そこの君。そう、君だ。他に近くに誰もいないだろう? すまないね、『今』の君の名前は知らないんだから勘弁してくれ。先程は助けてくれてありがとう」
「え? いやいや、それほどでもぉ」
はにかんでいるのだろうか。自動人形の顔の内側にある表情筋はこの感情をインプットされていないらしく、引きつった笑いを見せている。
シャーリーはグサーノに対抗するために『彼女』の力を使うことを決意するも、いまだ正体を失っているのが不安材料だった。
「いきなりだが、今の状況はあまり悠長に話ができる環境ではない。だから、少しの間不快な思いをするかも知れないが我慢してくれ」
「はぁ……あ、でも私そろそろ死ぬと思うんですけど」
「死なないから安心したまえ。今の君は……そうだな。自動人形という言葉に心当たりは?」
「児童人形? リッカちゃん人形みたいな奴かな。それなら知ってますけど」
「ふむ、それなら話は早い。今の君はまさしくそのリッカちゃん人形とやらの状態なのだよ」
「???」
どういうことだろう。空の旅に行こうかっていうようなオシャレな服を来た少女は、お人形遊びがまだ抜けないのかな。
まぁ、大人になっても美少女フィギュアにうつつを抜かす人はいるみたいだけど。
それにしたって、私がリッカちゃん人形とは。お父さんはフランス人じゃないし、このおっぱいもABS樹脂による偽物ではないのだ。
「おや? 私の胸、縮んだ?」
確かめようとするが、帽子についたゴーグルがイカす少女に遮られる。
「ちょっとこっちに来て……そうそう。それじゃ、服脱いで」
「「はい!?」」
見事に敵味方同時に声がハモる。驚きに誰もが彼女の言葉の意味を理解しようとするが、答えにたどり着いた者はいなかった。
「ちょ、いきなり何言ってんの。まだ初対面なのに、しかも外って――まさか、ここは性が乱れに乱れまくった世界なのかっ」
「君が何を言っているのかわからないけど、とても頭の悪いことを考えているのはわかるよ。そうじゃなくて、背中を見せるだけでいいんだ」
「背中フェチ……! その年でその境地に至るとは、恐ろしい子っ!」
「あー、めんどくさいからいいや。ほれ」
「きゃああああああああああああああ!」
グサーノの自動人形に切り裂かれた部分がちょうど背中だったため、シャーリーはそこから無理やり薄い布切れの裂け目を広げた。
容赦ない行動に思わず目を覆う者がたくさん現れたが、そんな様子などどこ吹く風で、彼女はむき出しになった『彼女』の肌に手を当てる。
「いつまでこの茶番に付き合えば良いのだね」
「グサーノ、君はいままで劇団の座長を務めていたんだ。いいものを仕上げるためには時間がかかるということを知っているはずだ。ま、それも今に終わるがね」
「うう、もうお嫁に行けない」
「大丈夫、君をお嫁に欲しいという物好きはこの世界には沢山いるから安心するといい」
「物好き……うう、知ってたけど私ってそんなに魅力ないかな」
うなだれる『彼女』を尻目に、シャーリーは何かを思い出すように記憶を反芻する。キーワードは変わっていないはず。問題は自分をまだ承認してくれるかだ。
「そのまま頭を下げているといい……さて、グサーノ。実はもう此度の騒動に幕を下ろしたいのだが構わないね」
「勿論。最後のオチは目に見えてしまって、些か趣に欠けるが。突然の公演だということを考えれば及第点だろうな」
グサーノは『勝ち』を確信し、余裕の表情を浮かべる。
周囲は事態の成り行きに緊張の面持ちだ。
「そうか。では、遠慮なくいくが、あとで文句は言わないように!」
コルセットで固められたドレスを翻し、少女は『彼女』の背中に当てる右手に力を込める。
「管理者、シャーリー・シェリンフォード。かつての盟約に基づき、再びその力の行使を求む」
シャーリーの言葉に呼応するように『彼女』の体が光り輝き、周囲には幾重にも魔法陣が描かれていく。
密度の濃い空気の渦が彼女たちを包み、誰にも邪魔されない空間が出来上がる。
「な、なんだこれは!」
「私光ってる! なんで!」
グサーノと『彼女』が驚きの声を上げるが、それに答えてくれる者はいない。
唯一その問の答えを持っているのはシャーリーだが、今は呪文を唱えるので精一杯だった。
「十の角を持つ獣よ――我が肉体は知識、財貨――金の杯に汚穢の血を湛え――かの地に災いをもたらす――ならば捧げよう――この穢身を――地獄の炎に焼かれ――百の災いを我に――」
公園にある時計の針は狂ったように回り、配管からは圧力に耐え切れず蒸気が噴出し始め、地下に蟻の巣の如く張り巡らされたパイプは振動し大地を揺らす。
さながらこの世の終わりが始まったかのような異変に人は本能から恐怖する。
「ひ、ひぃっ! 化物ぉ!」
誰かが悲鳴を上げる。
その言葉が引き金となって、伝染病のように周りに畏れが伝わっていく。
「アレは何だ……獣なの、か?」
ジョーンズは目の前に現れた半透明の怪物に目を奪われた。
七つの首のソレは『彼女』たちを喰らわんと鎌首をもたげ、醜悪な顔はこの世全ての憎悪を集めたかのよう。神がこの世に存在するのなら、アレは神に仇なす獣だ。
――汝に災厄を。
「ああ、任せておきたまえ」
探偵と獣は短く会話を交わすも、十の角を持つ獣は彼女の答えに霞が如く姿を消した。
「さて、門番の許しも得たことだし。終劇といこう」
「えっえっえ、なんか私すごいことになってるけど大丈夫なの!?」
「問題ないとも。君はただあの太っている男の乗っている人形だけを破壊することだけを考えていたまえ」
「破壊!? そんな物騒な……」
「そうしなければボクも君も、あの鋭い金属の爪にやられてしまうが、いいのかい?」
少女の言葉に確かにと納得する『彼女』に対し、グサーノの戦闘意欲はまだ薄れていないようだった。
「ふん、何やら見かけだけは大層な仕掛けだが、それだけではまだワシの人形を倒すことはできんぞ!」
「いや、終わりだよ。必要な約定も述べ終わった。後はキーの入力だけだ。せいぜい怪我に気をつけたまえ……目覚めよ、『虚無の虚無』!」
展開された魔法陣が『彼女』に収束されていく。
みすぼらしい服は変わらないが、薄汚れていた金髪は元の輝きを取り戻し、所々ついていた傷も修復された。そして、謎の文字列が『彼女』に環状になって取り巻き、さながら獣を封印するための鎖のような様相になる。
直後に不思議な浮遊感が『彼女』を襲う。
自分が自分でない感覚。視界は遠く、意識は全方位に伸びていって周囲の変化が手に取るように分かる。
空気中に漂うエーテルから魔術の欠片の煌き。それらが夜空の星のように散らばり、鋼の心に吸い込まれていった。
「綺麗……」
これは夢に違いない。そう思わせるほどの幻想的な光景が自分を中心に広がっている。
作画のいいアニメの風景で感動していた自分が恥ずかしくなるほどに心が満たされていくのを感じながら、しかし、『彼女』はある事実に気持ちが暗くなる。
「……やっぱり、ここは私の知ってる世界じゃないんだ」
そもそも、毎日の生活が充実して楽しかった訳じゃないし、出来ることならこんな現実なんて壊れてしまえばいいとさえ思っていた。
だが、それでも慣れ親しんだ日常との唐突な別れによる寂寥感は無視できないほど大きかったようだ。
ちらりと横目で自分の背中に手を当て続けている彼女を見る。
小柄ながらも凛々しい顔は知性を感じさせ、もしかしたら見た目よりもずっと大人なのかもしれない。
彼女とは初対面のはずなのだが、心のどこかでは懐かしさがあった。ここが異世界ならばおかしな話だが。
「色々と気になることはあるけど、とにかく今は目の前のオジサンだねっ」
「ああ、そうだ。今の君に出来ないことはない。それこそ、『神』になることさえ可能なほどに」
「ほほう……つまり、これは異世界転移的なノリでいっちゃっていいやつですかな?」
「いや、だから君の言うことはよく分からないのだが……まぁ、話の様子からあながち間違いではないような気がする……いや、やっぱりナシだ。ボクの立場上『気がする』で判断を下してはいけないから、ここははっきりと言おう――そうだ、思いっきりぶっ飛ばしてやるといい」
「おっけー! それじゃ、見せてもらおうか。この世界での私の性能とやらを!」
どうすればいいのかは分からない。しかし、体は自然と動き、目の前の脅威を排除せんと力が集まっていくのを感じる。
自分の体の周りを回る文字列はその動きを激しくし、膨大な魔力の高まりに暴走しかけているようだ。よく見ればオーラのような波動も出て、今なら必殺技が出せそうだ。
彼女の言うとおりに『神』にも成れそうな全能感に気持ちが昂ぶっていく。
「それじゃぁ、まずは挨拶がわりの一発目……これでっ、どうだぁ!」
そう言って『彼女』は何の考えもなしに力を目の前に向けて開放した。いや、してしまった。
後に、探偵業を営んでいるシャーリー・シェリンフォードはこの時の出来事を語る。
「ボクは悪くない。悪いのは大人しく捕まらなかったグサーノだ。無駄な抵抗をしなければあんな惨事にはならなかったのに……何? そういう事態も考慮して備えるべきだったかって? 君、そういうのは警察の仕事だよ。ボクはあくまで探偵。事件を解決に導く助けはしてやれるが、最後まで処理をするのは彼らだ。『彼女』にしっかり説明をしなかった責任かい? いやいや、アレは流石に想定外だよ。いわば事故のようなものさ。よくあるだろう? 蓋をしたと思って振ったら中身が盛大に出てしまうこと。それに近いんじゃないかな。ほら、幸いにも死人は出なかったんだし、事件も終結し万々歳。もうこの話題はやめにしよう。言い訳がましいって? 気のせいだ。あっ、そういえば仕事が残っているんだった。長々と申し訳ないね。いいかい? 記事にするときはボクは被害者と書くんだ。え? 録音してある? そうか――バリt」
一際大きな閃光が公園から雲に覆われた空へと伸びる。それはまさに『神の一撃』。
『彼女』の放った渾身の一撃は、グサーノの横を大きく外れて明後日の方へと飛んでいったのだが、それでも被害は甚大だった。
大きな魔力の奔流が無秩序に放たれてしまったことで公園の石畳は飴のように溶け、他の建造物も元の形を失うほどに大部分が消し飛び、行き場を失った力は紫電の蛇のように未だ空中でのたうち回っている。
「あ、あれ? なんか思ってたのと違う」
「こんな機能あったっけ? ボクは知らないぞ」
「は、はは……」
閃光の発射元で唖然とする彼女たち。グサーノにいたっては自身の横を必滅の光が横切ったことで魂が抜けかけている。
その姿にジョーンズは同情するが、すぐに気を取り直して職務を全うすべく手錠を片手に近づく。
「グサーノ。貴様を逮捕する」
重苦しい音があたりに響く。これにて、この騒動はひとまず終わりを迎えたのだった。
だが、明らかにグサーノが起こした被害よりも大きな傷跡に、探偵を始め警察の面々は胃が痛くなる思いだった。
ただひとり。閃光を放った張本人は事態がまだ飲み込めずに、今後のために技を磨こうと見当違いの決意を固めるのだった。




