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幕間

 中学生までの私はそれなりに充実していた生活を送っていた気がする。

 仲の良い友達に恵まれ、親からもらった才能も平均以上で誰からも一目置かれる存在だった。

 学校のテストではさほど努力することなく上位に位置づけ、運動もそつなくこなす。見た目だって悪くない。

 近所でも評判の明るい女の子。家族はさぞ鼻が高かったことだろう。

 毎日が笑顔で溢れていて、この先もきっと順風満帆に違いない。


 そう、思っていた。


 高校は少し頑張って県外の進学校に入学した。

 自分はこんなところでくすぶっているわけにはいかない。そんな思い上がった気持ちで親元を離れ、全寮制の学校を受験したのだ。

 新しい環境は私を少なからず不安にしたけれど、地元の期待を一身に受け、私ならばどんなところでも頑張れると気合を入れた。


「■■■って何の音楽聞くの?」


「んー、あまり音楽は聞かないかなぁ。気持ちを安らげるためにヒーリング・ミュージックを聞くときはあるけど」


「なにそれー?」


「言葉のとおりだよ。そんなリズム感あるやつじゃなくて、ゆったりした曲調の。良かったら聞いてみる?」


「マジ? 聞く聞くー」


 最初は、遠いところからわざわざこの学校を受けに来たという希少価値から周囲の注目を浴びて何とか上手くやれていた。

 しかし、それも四月まで。次第に私への興味も失われ、気がついたらクラスでも目立たないグループに埋もれてしまっていた。


「■■■さんって……何か本を読んだりする、の?」


 分厚いメガネをかけた根暗そうな女子が私に声をかけてくる。

 四月に音楽の好みを聞いてきた彼女と違って、同じ話題で盛り上がりたい、自分の考えを語りたいという欲求が透けて見えた。スクールカーストの下位の彼女にすら私は同情されてしまっているのか。


「いや、あまり本は……」


 この時にはすっかり自信喪失していた私は、せっかく声をかけてくれた友達候補に対する心配りなど出来ようはずもなく。

 私の釣れない態度にメガネの彼女は見るからに落胆した様子で自分の席へと戻っていった。

 学ぶ場所が違えば、学習内容もこれほど難易度が上がるとは思っていなかった私は授業についていくだけで精一杯で、他のことなどまるで見えていなかったのだ。

 思えば、この時の対応がこれからの私の学校生活を決定づけた場面だったのかもしれない。


 それからというもの。勉強に必死に追いつこうとした私は学生として何ら落ち度はなかったはずなのに、どこか世間の高校生という枠からはみ出ていってしまい、果てにはクラスで浮いた存在になった。

 授業中でも、他の生徒が発言すればクラスは騒がしくも温かみのある雰囲気になるが、私の場合には誰も口を開かず教師の反応も冷たかった。


 どうして。私の何が悪いというのだ。()()()()遠い学校を受けて勉強を頑張っているだけではないか。


 確かに、中学から付き合いのある知り合いはこの学校にはいない。だが、今は高校生なのだから新しい環境で新たに人間関係を構築すればいいだけのこと。

 昔の私に群がっていた皆のように、ここの生徒も私にもっと()()()()()()()()()()()()()()()()()



「なんかさ、■■■。あんた勘違いしているんじゃないの?」


「……え?」


 夕暮れに赤く染まる教室で。

 顔もよく思い出せない誰かは、私にそんな言葉を投げかけた。

 他に私たち以外誰もいない。放課後、先生に雑用を押し付けられたのか、もしくはただ単に寮に帰りたくなかったからか。

 私は特に何をするでもなく、教室の窓から校庭の喧騒を眺めている最中だった。


「え、じゃなくてさ。あんた最近誰ともつるまないじゃん? せっかく女子高生してんのに、ちょっともったいなくない? ううん……すごく、もったいない」


 私は彼女の言っている意味が分からなくて。それに何よりも、久しぶりに学校で先生以外の誰かに声をかけられたのが嬉しくて固まってしまった。

 そんな私の内心など知らない彼女は、衣替えで再びブレザーになった制服を乱暴にカバンに詰め込んで帰り支度を始めた。


「あっちー。まだ夏だろこれ」


 胸元のシャツのボタンを外して言う彼女は私のことなど忘れてしまったかのようだ。話はもう終わりだろうか。


「うん? どしたし、あんた帰んないの?」


「え、いや、その……」


 上手く言葉が出てこない。誰かと会話するのってこんなに難しいものだったっけ。


「あー……まさかアイツ等のこと心配してんの? 別にあーしはそういうのに興味ないから気にしなくていいのに。ま、どっちもどっちだと思うけどねぇ」


 あいつら。気になる単語が出てきたが、あいつらとは何のことだろう。

 私の顔が訴えかけていたのか、彼女は私の顔を見て『しまった』という表情を浮かべる。


「あっちゃー、ミスったわ。ゴメン。そうか、気づいていなかったのか……あんたさ、五月の中頃に■■■■のこと無視しただろ?」


 誰だそれは。

 だが、今の私の立場ではそんなことを彼女に尋ねるのは無理があった。


「ほら、ぶあっついメガネをかけた、三つ編みの」


 彼女の配慮が身にしみる。誰かわかりやすいように目の前に手でわっかを作って教えてくれた。

 しかし、そう言われても心当たりが――あった。本の趣味を聞いてきた彼女か。


「でも、無視はしてない」


「そうなの? でも、アイツ相当あんたにムカついたらしいぜ。それからかな、あんたに関して良くない噂が出始めたのは。最初は誰も信じてなかったんだけどな、あまりにも長く続くんで皆そうなのかって受け入れちまった」


 なんだそれは。そんな噂知らない。そもそも、どうして私が誰かの恨みを買うような目に遭わなけれないけないのだ。


「その様子だとアッチの一方的な逆恨みってやつみたいだな。でもまぁ、■■■にも少しは原因があるんだぜ?」


「え?」


「あんたさ、内心あーしらのこと見下していただろ。そりゃ、勉強のために遠くからこっちに来るのってすげぇ立派なことだと思う。でもさ、タメなんだからどっちが凄いかなんて関係なくね? 困ったことや不満があったら愚痴の一つでも言えばいいのに、ずっとあーしらのこと高いところから見てるんだもん」


 誰も近寄れないよ、と彼女は悲しそうに息を吐きながらカバンを背負う。


「そいじゃ、あーしは帰るよ。もし、そうだね。機会があったら一緒にラーメンでも食いに行こう」


 彼女は本当に女子高生だろうか。妙に気風のいい台詞を残して教室を出て行く。


「……」


 待って、とは言えなかった。言えるはずがなかった。だって、それを言ってしまったら私が私でなくなるみたいで。私を構成しているプライドがそれを許すはずがないのだ。


 一人残された教室で私は呆然と立ち尽くす。

 彼女が去ってどれくらい経ったのか、教室の隅に闇は出来始めていた。暗く、ぼんやりとしたソレは私の心のようだ。


「分かるわけないじゃん。だって、皆私に一目置いていて。誰もが私を認めてくれてた。私は他の誰よりも優秀で、だからここに来たんだから……だったら、だったら教えてよ。私は皆と同じだって、私なんか――」


 その先は言えなかった。

 他人に弱みなど見せたくない。自分はもっとできるはずなのだ。誰かに教えを乞うことは恥である。

 そんな虚栄心に満ちた私の心は、この日を境にどこか遠いところへ行ってくれれば良かったのだ。

 そうすれば、再び楽しい学校生活を送れたに違いなかったのに。


「いいや、やっぱり、私はあんな人たちよりよっぽど優秀なんだ。ハハ、嫉妬は怖いなぁ」


 最後まで自分の力を信じて、自分が正しいと思い込む。

 今思えば、それこそ傲慢で、『虚飾』に塗れた私の人生の終着地として■■■■に刺されたのも納得だろう。



 ✽   ✽   ✽   ✽



 誰かの声がする。

 一人は男の、聞いていて落ち着くが言葉で人を苛立たせる声。


「やはり、それが貴様が『彼女』に選ばれた起因よ。ゆえに、確かに貴様はその体にふさわしい」


 もう一人は女の子の声。

 何か叫んでいる。聞こえない、ソレは私の名前なのだろうか。

 霞む意識はついに途絶え、私は再び闇に沈む。

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