9 『甘すぎた考え』
闘技場へと続く道を進む。暗い暗い道の終点からは光が差し込んでいる。俺は入り口を超える。目の前にはだだっ広い空間が広がっているだけだ。地に敷き詰められている砂が風に飛ばされている。
俺は闘技場の中心に向けて歩み進める。反対側からはシルフィアが歩いて来た。不思議な事に彼女は剣を握っていない。あいつの剣技は相当のものだったはずなのに、どうして。
俺達は中心部に到着する。そこには『明日への翼』の団長がいた。
「それでは第一試合の特殊ルールを説明しよう」
貴族ギルドの団長というだけあって、肌や黒い髪が物凄く綺麗だ。汚れや傷一つ無い美しい身体をしている。
「騎士とは人を守る職業であって、街を守る職業でもある。殺しの前にな、守る事が優先されるんだ。だから如何に上手く自陣を守りつつ相手の懐に踏み込めるかが大事になる」
実に貴族らしい己の手を汚さない意見だ。しかし、騎士の本質もそういう所にあるのも一理ある。
「だから、君達にはお互いに陣地を取り合って貰おう」
陣地を取り合うって言ったって、この闘技場は何も無い。陣地なんて尚更だ。
「じゃあ移動させるぞ」
「「へ?」」
【創造スキル 『転送』の発動を確認しました。カード化しホルダーケースに収納します。尚、一ページ目の収納になるのでスキル使用可能な状態となります】
視界がぼやけてくる。ぐにゃりと団長の顔が歪み、空がぐるぐると回転して見える。意識が遠のいて――――
気がつくと何の変哲も無い一室にいた。ギルドにある俺の部屋と似ている。部屋から出ると、廊下の内装はギルドと全く同じ。ギルドの中を見て回ってみても変わった点は無い。唯一気になった点といえば――
「このルチルの銅像くらいだな」
ギルドのカウンターに飾ってある。ルチルを模した銅像。この気味の悪い物以外は全て『鉄血の砦』と同じ内装だ。全く状況が掴めない。扉を開けて外に出てみる。
見慣れない街だ。俺の住んでいる区域と全く違う。だけど『鉄血の砦』の外装はそのままだ。
「はあ? これどうなってんだよ」
俺は自分のホルダーケースを取り出す。ここに飛ばされる前に頭に表示が浮かんだから、スキルがコピーされてるはずだ。何か詳細が分かるかも知れない。
【創造スキル 『転送』 ランクA
一度行った事がある場所に人や物を転送する事が出来る。念じた場所が行ったことのない場所だった場合はランダムに転送させる。条件は触れる事。自分も移動可能】
きっと俺とシルフィアは何らかの理由でここに転送された。恐らくは試合をやる為に。ルールに乗っ取った試合の為に。団長の言葉を思い返してみると、陣地を取り合うと言っていた。
「つまり陣地ってのはギルドの事で、あの気味の悪い銅像を破壊されたら負けるって感じか?」
『完璧だよ。さすがはルチルが選抜しただけはあるね』
脳裏に言葉が響いて来る。この声は『明日への翼』の団長のものだ。
『ここは私たちが作り出した特殊な空間だ。全力で戦って良い現世とリンクしていないからな。ルールは君が言っていた通りだよ。じゃあ気を付けて。言い忘れていたけど、君の身体は本物だ。死なない程度に頑張ってくれ』
その瞬間――――後ろから飛んで来た槍に俺が貫かれる映像が頭に流れて来た。未来視だ。
【固有スキル 『顕現』の発動を確認しました。カード化しホルダーケースに収納します。尚、一ページ目の収納になるのでスキル使用可能な状態となります】
スキルカードを獲得した。俺に対してスキルが使われた証拠だ。俺は死の危険を感じ、咄嗟に『転送』を発動させる。場所のイメージなんてしてない。あまりにも遠くに転送されたら俺の陣地が壊される!
幸いな事に転移先は『鉄血の砦』の屋根だ。ギルドの前には槍が刺さっていた。さっきまであの場に立っていたと思うと血の気が引いてしまう。完全に死んでいた。
俺を攻撃して来た人物。今この場にいる人は俺と――シルフィアしかいない。彼女は全く手を抜いていない。殺す気かよ。
地面に突き刺さった槍が光となって霧散していく所だった。
「あーあ、流石はアレン君だよね。当たるとは思ってなかったけどかすりもしないとはね」
ギルドの向かい側の屋根。そこにシルフィアが立っていた。言ってる割には全然がっかりしているようには見えない。彼女は屋根から飛び降りる。綺麗に着地し、『鉄血の砦』内部に入って行った。
そうだ。これは純粋な決闘じゃない。別に相手を倒さなくても良いんだ。でも、ルチルの像を破壊されたら終わりだ。負ける!
俺はシルフィア同様屋根から飛び降りる。上手く着地出来たものの、足に痺れが残る。このまま直ぐに走り出せるシルフィアの身体能力の高さには驚きだ。
足に喝を入れて、俺はギルドまで駆け抜ける。優先すべきはシルフィアをここから退ける事だ。『転送』を使うしかない。場所は完全にランダムになってしまうが知った事か。
シルフィアは手に鎌を握りしめ、ルチルの銅像に斬りかかろうとしていた。
「おいシルフィア! 俺に背を向けてんじゃねえよ!!」
俺は床に転がっていた椅子をシルフィアに向かって投げつける。椅子はシルフィアの腕に直撃し、シルフィアは鎌を落とした。彼女の顔が苦痛に歪む。俺は持って来た剣を構え、彼女に斬りかかる。充分に剣を意識させてから『転送』を使おう。確実にこの場から飛ばす。
未来視で彼女の動きを読みつつ攻撃するが、流石はシルフィア。全てを紙一重でかわす。
カウンターの隅まで彼女を追い込んだ。棚に剣を突き刺し、シルフィアの肩を掴む。残念だがこの場でシルフィアを倒す度胸は無い。せめてルチルの銅像から離れた所で戦いたい。
「流石だねアレン君」
「悪いなシルフィア一旦離れ離れだ」
シルフィアに向けて『転送』を発動させる。彼女が俺の視界から一瞬で消えた。
疲れが荒波のように押し寄せて来る。突き刺した剣に体重を預け、息を整える。汗が頬を伝い、床を濡らした。
ホルダーケースを開いてシルフィアの固有スキルを確認する。
【固有スキル 『顕現』 ランクS
聖遺物のレプリカをランダムに作り出す。レプリカが消滅すると新たなレプリカを顕現させる事ができる】
聖遺物――噂には聞いた事がある。魔力の詰まった武器だ。主に英雄が現れる前に使われていた魔族に対抗する手段の一つ。中には恐ろしい力を秘めているものもあるらしい。
スキルのコピーが出来るから、シルフィアとの戦闘はコピーさえしてしまえば楽になると思っていた。同じスキルを使い、かつ未来視があるから大丈夫だと安易に考えていた。
でも違う。コピー出来たからといって対等になるとは限らなかった。シルフィアのスキルは完全に運だ。出した武器の効果によって戦力が大幅に変わってしまう。やばいぞ。広範囲に大ダメージを与える聖遺物なんて出されたら手の出しようが無い。遠距離からギルドを爆破されて終了だ。
急がないと、距離なんて取ってる場合じゃなかった。落ち着こうとした俺が馬鹿だった。慌ててギルドの扉を開ける。シルフィアの場所を探さないと。
大体シルフィアはどこに転送されたんだ。この空間の外に転送されていたら嬉しいんだけど、そんな事は無いと考えた方が良さそうだ。国を挙げてのランキング戦なんだから何かしらの対策が打たれているはずだ。
まだ『鉄の心』のギルドも見つけてないし、結構ピンチなんじゃ無いかこれは。
『顕現』を使うより先に『未来視』で未来を見てみよう。何分猶予があるかは確認出来るはずだ。その間に見つけ出して叩けば勝てる。
脳裏に映像が流れ込んで来る。その映像の内容は――約1分後にこのギルドが吹き飛ぶ映像だった。




