意識高そうなカップルの在り方
「ただいま。はい、お土産のマカダミアナッツよ」
「は? 神狩さん、ハワイ行ったの?」
「ええ、そうよ。いい感じに焼けたでしょう?」
家族旅行から帰ってきた神狩さんと早速デートをすることになり、お土産もあるからと家までやってきた神狩さんは、小麦色に焼けてサングラスまでしていて、いかにも夏の海を満喫してきましたという風貌。水草さんに引き続き、頭のいい彼女なら察してくれると思っていたのに、俺はお土産を受け取りながら大きくため息をつく。そして水草さんに語ったようにハーレムの一員が勝手に夏を満喫することの愚かさを語ったのだが、雪女のように冷たく、心底見下すような視線を投げかけられて『さぁ、そんなことよりデートをしよう!』と日和ってしまう。何事にも相性がある。素直に負けを認めるのも、イイ男の必要条件だ。
「折角日本に帰ってきたんだし、いつものあの店で変わらない味を楽しみたいわね。さぁ、行きましょうか」
「今のそのセリフ、凄く意識高い系だね」
「ふん、凡人共は意識高い系と馬鹿にするけれどね、どちらが成功者になりやすいかと言えば当然意識高い系よ。そもそもこの言葉自体、頑張ってる人、成功者を見習おうとする人を馬鹿にするために作った上に、成果主義にも程があると批判されたからって『こういう人なら成果出なくても許せる』という架空の意識高い人を作ってまで馬鹿にしたがる、そんな哀れな人達の言葉よ。意識高い系の定義は定まってるけど、意識高い人の定義は割とバラバラでしょう? そりゃそうよ、後から出来たんですもの」
「なんか、ごめん」
「いいのよ。それに、意外と私、そうやって馬鹿にされることを楽しんでいることに最近気づいたの。意識高い系と馬鹿にしてきた連中が、成功した私から目を逸らす……そんな未来を想像してはニヤつくの」
「嫌な女だね」
将来を想像したのか、美人も台無しな邪悪な笑みを漏らす彼女。マッドサイエンティストとか似合いそうだなあと脳内で白衣を着せながら彼女の後をついていったのだが、ついた先にあったのはチェーンの牛丼屋。
「私は中盛のチーズトッピング。貴方は?」
「……意識低くない?」
「何言ってるのよ、タイムイズマネーよ。さっと出てきてさっと食べれて、エネルギーも十分にあって、素晴らしいわねGYUDONは」
「そんなもんかなぁ……あ、俺はマグロ丼で」
「……なかなか意識高いわね。あえての精神が読み取れるわ、あえての」
デートでお昼に牛丼屋に寄るという意識の低さと、時間の大切さとチャレンジ精神の大切さを語る意識の高さを両立させる。『こういう店で注文するならなるべく持ち帰るべきよ。最近は持ち帰って重さを計ってネットで話題にする人とかいるから、持ち帰りだと量を誤魔化さない傾向にあるのよ』とか、『ここの紅しょうが美味しいよね。5袋くらい持って帰ろうかな』とか、年相応の馬鹿っぽい会話を繰り広げ、牛丼屋のテーブルに40分も居座るという迷惑っぷりを発揮する。
「次どうする? すげー流行ってる映画でも見る?」
「もう別の彼女と見てるんじゃないの?」
「まあそうなんだけどね。ハーレムあるある、個別デートで何回も同じことをする」
「そんなネタ昔やってた家庭教師モノでしか見ないわよ……暑いしホラー映画でも見ましょう」
「そりゃいいや」
気を遣ってくれた彼女に感謝しつつ、ビックリ系の映画を見ることに。流行っている映画に客が流れているからか、俺達以外客がいないという有様で臨場感を醸し出してくれる。そして世間に反逆している俺達が、まともにホラー映画を楽しむわけがなく。
「多分5秒後くらいにタンスから出るわよ……」
「いや、上から来るんじゃない?」
視聴者ではなく作り手の気持ちになって、どこからお化けが現れるかを当てるという、微妙に盛り上がるけど普通にホラー映画を楽しんだ方がいい気がする楽しみ方を満喫する。だってしょうがないのだ、神狩さんホラーでビビるキャラじゃないし。俺もそこまでじゃないし。じゃあ何でホラー映画を見ようと言い出したんだよ彼女は、何でそれを承諾したんだよ俺はと言われてしまえば、結局は俺達も流行りの映画に群がる連中と同じく、定番に弱いという日本人の特性からは逃れられていないということになるわけで、どことなく悲しい。
「うーん、まだまだ作者の気持ちはわからないわね。適当に買い物にでも付き合ってよ」
「女の子は買い物好きだねえ。俺なんて破れたら服を買い替えようの精神だよ」
「意外と見てるものよ、男のファッション。同じ服を二日着るのは辞めましょうね」
「コンビニにジャージで行くのは?」
「論外」
映画を見終えた後はショッピングへ。帰ったらロコにコンビニにジャージで行くのは辞めなさいと伝えておこうと頭の片隅にメモをしつつ、大して違いのわからない服を着た彼女に『ああ、似合うよ』『うん、可愛いよ』と月並なセリフを吐いていく。
「……いつも思うんだけどさ、このやりとりって意味あるの? 似合わないとか可愛くないとか言う彼氏ってなかなかいないと思うんだけど」
「女は共感が欲しいだけなのよ。実際に似合ってるかどうかなんてどうでもいいの。とりあえず自分のセンスを肯定して貰いたいだけなのよ。面倒くさい生き物でしょう? だから私は孤高の道を選んだのよ。ねえ、これなんてどう? 似合うかしら」
少し寂しげな表情を見せた後、くすりと笑って見ているだけで目が痛くなりそうな、補色だらけの服を見せてくる彼女。こんな服を着た女性と街を歩きたくない。先程の発言からして、これは否定して欲しい、馴れ合いばかりで退屈なその辺のカップルや女同士の付き合いと決別して欲しいという意図なのだろう。
「いや無理。キモい。論外。センス疑う」
「やり直し」
「いやあとても似合ってるよ、うん、可愛い可愛い。おしゃれだね」
「よし。まあキモいから買わないけど」
だから率直に拒絶してみたのだが、彼女の眉間の皺がどんどん険しくなり、わなわなと震えた声で不合格の烙印を押されてしまう。仕方なく精一杯の演技で褒めてやると、ニコッと微笑んでもう用はないとばかりに服を乱雑に片づけた。何て無駄な時間を過ごしたのだろう、世の健全なカップルはこんな茶番で幸せなのか、それは本当の幸せと言えるのかと無常さに嘆くと共に、彼女くらい聡明な人間であっても、建前だとわかっていても男に褒められると素直に嬉しいのだろう、だとしたら可愛い話じゃないかと脳内で勝手に萌えポイントを追加する。その後も特に問題なくカップルらしいデートを続けることしばらく、ファミレスで毒々しい色のメロンソーダをストローでかき混ぜながら彼女がポツリと呟いた。
「……で、いつまで続ける気なの?」
「……さぁ?」
彼女の言いたいことはわかる。いつまでこんな中途半端で、だからこそ成り立つ不純なハーレムを続けるつもりなのか。どこかで限界が来るに決まっている、そうなったら不幸な結末を迎えるに決まっている、だったらさっさと見切りをつけるべきだ……悲しいくらいに聡明でリアリストな彼女らしい発言だ。そしてそれに対する返答は、全くもって考えていない。俺達ならどんな困難でも乗り越えられるという謎の自信がそうさせているのか、現実逃避がそうさせているのか、人間の心は複雑だから自分でもわからないけど、そんな未来を俺は想像できなかった。
「刺されても知らないわよ」
「たくさんの女の子に恨まれて刺されるくらい同時に愛して愛されたとしたら、それはハーレムとして大成功だよね。芸術だよね」
「あら、ロマンティックね。お葬式には出てあげるわ」
「神狩さんがイメージ的に一番刺しそうなんだけど」
「まあひどい。やけ食いしちゃうわ」
わざとらしく頬を膨らませながらジャンボパフェを注文する彼女を見ながら、悲劇的で芸術的なバッドエンドではなく、喜劇的で感動的なハッピーエンドを思い浮かべようとするもそれもできなくて、悪ノリするかのようにカップルで食べるような、もっと大きなパフェに注文を変更するのだった。