テンプレ的なデートの遂行し方
「……ちゃん」
「ん……」
「お兄ちゃん」
目を覚ますと、そこには四重の顔。どうやら俺は馬乗りになっている妹に起こされたようだ。そうだ、今日はデートの日だった。本人はかなり楽しみにしていたのだろう、お兄ちゃんを起こすために部屋に入って馬乗りになるだなんて、ロコじゃあるまいし漫画か何かに影響され過ぎだ。
「……もう古いからな、その起こし方」
「そうなの? やっぱり、相手がお兄ちゃんでもデートだし、ムードとか大事にした方がいいかなって思ったんだけど。今はどんな感じなの? が、顔面騎乗とか……?」
「女の子がそんな言葉を使うんじゃありません。着替えるからリビングで待ってろ」
「うん」
顔を赤らめて破廉恥な発言をし出す危険な妹を嗜めて部屋から追い出すと、クローゼットを開けて昨日の夜に乙女のように悩んで決めた服装に。ロコや他の女の子とのデートの時はそこまで服装に拘っていなかったのに、妹とデートする時は拘るだなんて、救えないお兄ちゃんだ。言い訳すると、四重はデート自体に結構な憧れを持っていたので、できるだけ漫画の中に出てくるような素敵なデートにしたかったのだ。
「はいお兄ちゃん。朝ごはんだよ」
「ありがとう、甲斐甲斐しいな」
「いつもロコさんが変な料理作ってるの見てたら、私も作りたくなっちゃって」
「……変な料理じゃないよな?」
両親がすやすやと寝ている間、リビングで妹の作った料理を味わう。おにぎりに玉子焼きにウインナー。うん、男の子好みだ、いい嫁になる。それじゃ、先に待ち合わせ場所に行ってるね、と四重は舌鼓を打っている俺に微笑むと家を出て行った。ロコと言い四重と言い、いくらムードが大事だからって現地集合する必要はあるのだろうか、と考えてしまう俺は男性脳なのだろうか。30分程時間を置いた後、家を出て最寄りの駅に向かい、二駅程電車に揺られて少しだけ都会な街へ。噴水前でうろうろしている妹を見つけ、声をかけるべきか、可愛らしいからもう少し様子を見るべきか悩んでいるうちに、約束の時間を10分も過ぎていることを怒りのSNSによって気づかされる。慌てて俺は彼女の前に馳せ参じた。
「よう四重。わりーわりー、遅れちまった」
「……最後に電車が来た時間と辻褄が合わないよね? 何、私がうろうろしているのを眺めてニヤついてたの?」
「さあ! デパートに行こうぜ! 好きな服買ってやるよ」
「……」
持ち前の強引さで話を逸らし、ついて来いと言わんばかりに駅前のデパートに歩き出す。ため息を付きながらも、俺の後ろをついてくる四重。『手でも繋ぐか?』と気を利かせて見たのだが、『え、それはちょっと』と拒否されてしまい若干落ち込みながら、とりあえず女性用の服売り場へ。
「お好きな服を選んでくださいませ、お姫様」
「……ジャージ」
可愛らしい服を選ぶのか、クール系な服を選ぶのか、妹のセンスが気になっていたのだが、彼女は恥ずかしそうに、隅っこの方にある制服専門店を指差した。
「へ? ジャージ? いやいや、遠慮すんなって。少しくらい高い服でもいいんだぞ? それとも恥ずかしがってるのか? 服のセンス知られるのが」
「ちが……その……」
俺の追及に少し泣きそうな顔になり、小声で『ジャージ……破かれてて……』と伝えていなかった事実を呟く四重。もう一着買ってやるからな? と彼女の頭を撫でると、有無を言わさず手を取って、ジャージを発注するために専門店の方へ歩き出した。
「最近までずっと、あのバームクーヘン焼く機械本物だと思ってたよ」
「あー、くるくる回ってるしな。俺も昔、あそこから焼きたてのバームクーヘンを取るんだと思ってたら、店の奥から取ってきてちょっとがっかりだったよ」
ジャージと可愛らしいフリフリの、本人曰く『自分の部屋だけで着る』らしいスカートを買ってやり、小腹が空いたのでバームクーヘンを買ってベンチで小休憩。何気ない話こそがデートの真骨頂だと言わんばかりに会話を楽しんでいると、前方に見知った顔を見つける。
「あら、火竜くんに四重ちゃん。お買い物?」
「はい、デ」
「友達の誕生日プレゼント探しに付き合って貰ってるんです」
見知った顔と言っても、ただの近所に住んでいるおばさんだ。俺達二人を微笑ましく眺めてくる彼女に、デート中だと言ってやろうとしたのだが、割り込むように四重がそれを否定した。若いっていいわね~と言って去っていくおばさんを見送った後、もの言いたげに四重を見やる。
「兄妹でデートなんて言ったら駄目でしょ、常識的に考えて。ご近所中に広まっちゃうよ」
「そらそうだな」
兄への恋愛感情を捨てることができないが、肯定することも難しい。無言でパクパクとバームクーヘンを平らげると、立ち上がって映画見に行こうよとどこか悲しげな笑みを見せた。その後は流行りの映画を見たり、ゲームセンターで一緒に太鼓でも叩いてみたり、大道芸でも見物してみたりと、それなりに都会のデートを満喫し、疲れたのでファミレスに入って席に座る。あえてファミレスで高いものを注文してみようかな、とメニューを眺めていると、四重が突然ビクンと震えた。
「ご、ごめん、トイレ」
顔色悪そうにトイレに駆け込む四重を心配していたが、すぐにその原因がわかる。少し離れた席で、くすくすと女子が笑っている声が聞こえた。
『今の蛟さんだよね?』
『ひょっとしてあれって彼氏?』
『お兄ちゃんじゃないの? いつも話してたし』
『それはないでしょ~、だとしたらキモすぎるって』
もしかしなくても、現在進行形で四重に危害を加えているのは彼女達なのだろう。偏差値の低い学校とはいえ、聞こえる距離でよくもまあベラベラと悪意に満ちた会話ができるもんだなとため息をつく。どうしたもんかな、可愛い妹を虐めるんじゃねえって脅してみるかな、問題になるから逆効果かな、と悩んでいると聞き覚えのある声。
「よっ」
「ヘロー」
「ようお前ら。なんだ、ホモか」
「その手の団体から怒られんぞ、野球観戦だっての。デートか?」
「妹とね。丁度いいや、一芝居打ってくれよ」
ケースケとロゼッタだ。事情を説明していると、トイレで精神状態を落ち着かせたのか、強がった表情の四重がテーブルに戻ってくる。するとケースケは初対面の彼女に全力で頭を下げた。
「四重さんこんちゃーっす!」
「ヒャッハー」
「え? ……こ、こんばんは?」
この人達は誰? 頭のおかしい人? と不安そうな表情で俺を見つめる彼女。気にするな、やれと二人に目配せをすると、離れた席に聞こえるくらいの声が飛び出てくる。
「あ、そういえば四重さん、最近学校どうっすか? あの学校って馬鹿ばっかっすよね、虐められたりとかしてないっすか? もしそうなら言ってくださいね、全力でそいつらボッコボコにするんで」
「そのあとソープに沈めるヨー、セックスアンドドラッグ! アッアッアッアッ」
「い、いや、そこまでしなくても……?」
たまたまファミレスにやってきた頭のイカれた不良が実は四重を慕っている、という謎設定を貫き通す。馬鹿な加害者共の方を見ると、少し焦っているのかこそこそと何か喋っている。大方『何? 蛟さんってああいうのと知り合いなの?』『何かヤバくない?』なんて会話をしているのだろう。彼女がブラコン扱いからブラコンな上にヤバい奴等と知り合いにランクダウンしてしまうのは問題だが、それで彼女が危害を加えられなくなるのなら、許容すべきリスクだと俺は思っている。四重に何も言わず勝手にしてしまったのはまずかったかもしれないが。
「それじゃあ自分達今から集会なんで!」
「じゃあの」
「は、はぁ……」
ファミレスに来て、結局何も注文せずに小芝居だけやって帰っていく迷惑千万な二人。その後四重のクラスメイト共もそそくさと退散し、残された俺達はもさもさと無言でファミレス定食を頂く。ファミレスを出て駅に向かって人のいない電車に乗って、ようやく俺は口を開いた。
「……失敗だったかな」
「ううん、ありがとう。これで少しはちょっかいも減ると思う。デートもあっという間だったね」
「だな。どうだった? 楽しかったか?」
「……思ってたよりも微妙だった」
「うぐ……」
正直やってしまった感はあるが、これで良い方向に進むと信じるしかない。そのまま彼女に今日のデートの評価を聞いてみるが、微妙、と厳しい評価を下されて落ち込む俺。そんな俺に、四重はそうじゃなくて、と微笑む。
「私ね、今まで恋愛とかしたことないからさ、恋愛とかデートとかに、憧れ持ちすぎてさ。『恋愛はこうじゃないといけない』みたいな感じになってたのかな。だから正しい恋愛とか、そういうのに拘っててさ、お兄ちゃんに恋とかおかしいでしょ、近くにいた男の人ってだけだよ、ちゃんと社会に出て、ちゃんとした恋愛をするんだって。でも、そうじゃないんだろうね。恋愛って、そんな大層なもんじゃなくて、もっと気軽にやるべきで、気の迷いだとしても、自分の気持ちに素直になっていいのかなって」
「……そっか」
ひとしきり悟った後、そこには吹っ切れたような、こんな凛々しい、堂々とした表情をしていればいじめになんて遭うはずもないであろう、少し大人になった少女の姿があった。




