変態的な妹の説得し方
妹は俺が思っている程、馬鹿ではなかったらしい。俺達の関係が週末に集まって遊ぶだけの部活仲間でないことくらいは、いじめを受ける前からとっくに気づいていたのだろう。妹を過小評価しすぎていた俺は、気まずくて土日に四重と会話をすることができず、月曜日の放課後、先に帰っていて無表情でテレビのニュースを見ていた彼女に、ようやく声をかける。
「よう」
「……」
「どうしたんだよ、元気ないじゃないか」
「いじめ受けてるのに元気がある方が、躁状態で危険でしょ」
「へ? そ、そうだな」
月並な心配をする俺の方を少し向いて、冷静な返答を寄越す四重。四重が躁なんて単語を用いることができるなんて、俺は知らなかった。俺は妹の事を知っているつもりになっていたが、実際のところ全く知らなかったのかもしれない。
「そうだ、今週末に皆でボウリング行かないか? 昔はガーター防止するあの壁つけてさ、反射しながらストライクできないかとか遊んでたよな」
「……」
「俺がカッコつけて、でかすぎるボール選んで投げようとしたら足に落として、数日入院した事もあったよな」
何とか彼女にも楽しんで貰おう、輪に溶け込んで貰おうと説得を試みるが、四重はスッと立ち上がると、俺を軽蔑するような目で見やる。
「何で私を誘うの?」
「いや、俺はただ、お前が学校で寂しい思いをしてるからさ、せめて休日くらいは、楽しんで貰おうと」
「自分の恋人達の中に妹を入れてさ、私が喜ぶとでも思ってるの? 私が寂しさを紛らわせることができると思ってるの?」
「え……」
一体彼女は誰なのか。四重はこんなきつい台詞を言うような子だっただろうか。いじめが彼女を変えたのか、それとも最初から彼女はそうだったのか。少し彼女に対して恐怖を覚えていると、
「私、お兄ちゃんのそういうところ、嫌い」
とどめの台詞を吐き捨てて、呆然とする俺の表情を見ることなく自分の部屋に戻っていく。呼び方こそ昔のように戻ったけれど、関係は決して昔のようにはなれないのだろうと悟り、俺はかつての妹のように、ははは、はははと笑うしか無かった。
「……」
「それでさ、その子本気でヘルシーズだと思っててさ……聞いてる?」
「……!? ……ああ、聞いてる聞いてる。可愛いよな、もふもふしてて」
「……? ……? ……? ……まさかマルチーズの事を言っているの? 全く聞いてないじゃん……何があったの?」
翌日になっても引きずっていたらしく、朝の登校中のロコの会話が上の空。勝手に犬の話にされたことが余程気に食わなかったのか、ロコが歯ぎしりして俺を睨み付けながらも心配してくれる。俺と妹との問題だし、あまり頼って負担をかけるのもよくないだろうと、元気のない声で何でもないからと言うが、幼馴染なめてんのかと一喝されてしまい、しぶしぶ作戦会議をすることに。お昼休憩に集まった皆に事の顛末を話してやると、それぞれ渋い顔をした。
「どうやら、四重ちゃんを馬鹿にしすぎてたみたいだね……ヒドラが馬鹿だし四重ちゃんも馬鹿だろうと思ってたけど、そりゃ私よりも一緒にいる時間は長いもんね、わかっちゃうか」
「徐々に馴染ませてネタ晴らししてえーそうだったんだーでも楽しいからいいかーみたいな感じでやるつもりだったのに困りましたねでもこんな時に不謹慎ですがバレたってことは恋人らしい振る舞い出来てたんですね」
「バレてしまったものは仕方がないわ。妹さんの台詞からして、同情されてると思っているのでしょうね。私はお兄ちゃんのこと好きなのに、そんな事に気づいてないお兄ちゃんは私が寂しいだろうと自分のハーレムの中に私を混ぜようとしている、私がそれで傷つくとも知らないで……きっとこんな感じよ」
「……とすると、四重も四重で勘違いしてるってことか。俺がするべきことは、お兄ちゃんはお前の気持ちを知っているぞ、お兄ちゃんもお前の事が好きなんだ、だからハーレムに入ろうぜって説得することだな」
皆の意見をまとめ、俺がするべき事を述べる。するとどうした事だろうか、三人が更に渋い顔をし始めた。何か問題があるのかと問い詰めるが、三人は顔を見合わせて、『同じ事を思ってるんでしょ、誰か喋ってよ』とでも言いたげな表情。こういう時は物事をハッキリと言う水草さんに喋って貰おうじゃないかと彼女の方をじっと見ると、観念したように彼女はため息をついた。
「本人の口から言われると凄くキモいです変態です」
彼女に同意するように、他の二人もうんうんと頷く。シスコンな上にハーレム願望というダブル役満な気持ち悪さは、そのハーレムの中にいる人間ですら感じてしまうものだったらしい。それが普通の人間だったらどれ程気持ち悪く感じるのだろうか。それが妹だったら、その気持ちを受け入れてくれるのだろうか。思っていたよりも俺はシスコンだったらしい、昨日彼女に言われた最後の言葉が、頭の中でぐるぐると反芻していた。
「それじゃ、頑張れお兄ちゃん」
「おうともよ」
放課後。ロコに声援を受けた後、深呼吸して家に入ると、リビングでつまらなさそうにニュースを見ている妹の姿。こうしてリビングにいるということは、完全に俺を拒絶している訳ではないはずだ。俺が話しかけてくるのを待っているはずだとポジティブシンキングを発動させ、さりげなく彼女の隣に座る。チラっとこちらを見ただけで、おかえりの一言もない彼女にどうしたもんかと悩んでいると、少しため息をついて彼女が口を開いた。
「……お兄ちゃんって、何で彼女が三人もいるの? 催眠術? 脅し?」
「……おいおい、どうしてそんなゲスな発想になるんだ、俺の事をそういう目で見てたのか?」
「他に理由が思いつかなくて」
普通の日本の高校生が三人も彼女を作っているというのはやはり気になるらしく、馴れ初めを聞いてくる。俺は正直に、昔からハーレム願望があったこと、付き合ったロコに白状したら協力してくれることになったこと、苦心の末に二人の彼女を加える事に成功したが、その二人は愛情というよりは友情や興味本位であることを伝える。それを聞いた四重は、何故か俺を憐れむような視線を寄越した。
「可哀想なお兄ちゃん。彼女一人じゃ満足できずに、数だけ揃えて満足するなんて」
「……今のお前に同情されなくねえよ」
「それもそっか。……私も、数合わせのために引き込もうとしたんだね。私のためにもなると思って」
「……! それは違うぞ、四重。俺は……」
「俺は?」
同情で彼女を引き込もうとしていると思っている四重。そんな四重に言ってやるべき言葉は決まっているし、彼女の方もそれを期待しているはずなのだが、いざ面と向かうと口ごもる。一分程気まずい無言タイムが流れた後、ようやく俺は口を開いた。
「おおおお俺もだな、お前の事をな、可愛いって思ってるしな、同情じゃなくてだな、まあ、ハーレム作るような人間だからな、妹でも構わないっていうか、まあ、その、なんだ、とにかく、好きだ」
「……うわっ気持ち悪っ」
「……」
想っているのはお前だけではないという事を伝えたつもりだったのだが、どもっていたからか、純粋にセリフが気持ち悪かったからか、四重は露骨に引いてすすすっと距離を置く。妹に拒絶されてショックを受けながらも、ここで立ち止まる訳には行かないと、とりあえず根本的な確認を試みた。
「えーと……四重? どうして引くのかな? 四重、お兄ちゃんの事好きだよな?」
そもそもの前提条件として、四重は一般的な妹よりも遥かにブラコンであり、だからこそハーレムに引き込めるという算段だった。これが俺の悲しい勘違いだったとしたら目も当てられないが、その言葉を聞いて四重は赤面する。
「……うん。まあ、そうだね。私は、かなりブラコンみたいだね。うん、お兄ちゃんの事、好きだよ。客観的に見たら、愛してるんだと思う。……でも、お兄ちゃんも私の事を愛してるってのは、ちょっと気持ち悪い気がする。報われない恋ってあって欲しいっていうか。お兄ちゃんがロコさんと付き合うようになって、これでいいんだ、これでって思ったし」
「複雑な乙女心ってやつか……? でもな四重、自分の気持ちにはもう少し素直になるべきだぞ、俺を見習って。……そうだ、今週末、二人でデートに行かないか?」
「デート……」
デートという単語を聞いた四重はむずがゆい表情をしながらも、しばらくしてコクリと頷く。こうしてブラコンでハーレム願望のある変態なお兄ちゃんは、週末に妹とデートをすることになったのだ。




