第八話『悪霊退治』
あれから、あの時から僕は何人の政府軍兵士を殺したのだろうか?
考えるのも億劫になる。
とにかく憎い。憎くて仕方がない。政府軍兵士の全てが。
そりゃ、警告状に書かれていることを軽く考え侵攻を進めた僕ら反政府軍にも落ち度はあるだろう。
でも、あの街には関係ない人もいた。母さんや、イリーナだって未来があった。
なのに、どうして。どうして病人の母さんは殺され、イリーナは陵辱されたあと殺され、街を焼かねばならなかったんだ。
あの夜から、僕は死んだ。僕もあの街の被害者なのだ。
僕は再び反政府軍に所属することにした。ホームグラウンドであるあの街を失ったことで弱体組織となってしまった反政府軍だけど、反政府軍であるとかないとか、もはや僕にはどうでも良かった。僕は政府軍兵士を皆殺しにしてやる。たとえ他の反政府軍の同志が全滅しても、殺し続けてやる。もし、奴らの銃弾を頭に受け、死んでも悪霊となって奴らを呪ってやる。
悪霊、悪霊か。
僕は同志達が内緒話をしているのを知っていた。
「あいつの顔、動きを見たか? まるで悪霊だったよ。何かに憑かれてるようだった」
その通りだと自分でも思う。今の僕を動かしているのは怨念だけだ。イヴァンとしての自分はもうあの時死んだのだから。
だからこの間の政府軍の基地、ペンタグラマを襲撃した時も宣戦布告の証として僕は自分のことを悪霊と名乗った。
あの基地に居たものはもちろん皆殺しにしたけれど、通信記録が残っていたのか、政府軍の中でも悪霊の存在に気がついてきたようだった。
今日も僕は兵士を殺し回りつつ戦場を走り回っていた。しかし困ったことに殺しても殺しても殺し足りない。いつになったらこの気持ちは満たされるのだろう。
街の一角にいた全ての歩兵を皆殺しにした後で、不意に路地の向こう側にシティ迷彩を施した一台の軍用車両が通り過ぎるのを見たような気がした。
増援か? 僕はそう思い後を追う。
車はすぐ見つかった。戦場となったこの街では珍しい、立派な建物の前に停車していた。
僕は全速力で走り、跳び、車のボンネットに乗った。
運転席の窓に先刻の政府軍兵士を殺した時に浴びた返り血で真っ赤になった僕の姿が映る。その向こう側に見えるのはびっくりした様子のドライバーだった。このドライバーの着ている服は政府軍の軍服とは違った。
ドライバーは即座に拳銃を取り出し、ボンネットに乗っている僕を狙い、撃つ。僕はその一連の動作の何もかもがスローに見え、ひどく滑稽に思えたものだ。
僕はそれを避け、夜の闇に紛れた。僕を見失ったドライバーは間抜けにも車のヘッドライトを点けたが、そのライトの照らせる範囲は限られていて、すぐ横のドア越しに立っている僕には気が付かなかった。
闇はいつでも僕の味方をしてくれる。
僕は運転席側の窓をナイフで破り、内鍵を外しドアを開け、シートベルトを乱暴に引き千切り、ドライバーを後ろに放った。
投げ飛ばされたドライバーが着地の反動で拳銃を手放す。僕はジリジリと、無様に尻餅をつき後ずさりするドライバーに距離を詰めていった。
恐怖に陥ったドライバーは無線機を取り出し、助けを呼んだ。
「デチャンス! 助けてくれ!」
デチャンス? 他に仲間がいるのだろうか? だとすればこの前にある建物の中か。
僕は走り寄り、ドライバーの心臓にナイフを突き立てつつそんなことを考えた。
ふと、今殺した奴の右腕につけてあるワッペンが目に入る。『CIA』……。CIAの局員がなぜここに? この建物の中に居る奴に聞けばわかるかもしれない。
建物に入り、僕は雑魚どもを殺し回った。武装したこいつらは皆、政府軍の軍服を着ていた。はずれか。
そう思う僕の背後で呻き声が聞こえる。
振り向くと致命傷を負い、満身創痍となった状態の政府軍兵士がその身を奮い立たせ、よたよたと歩いて行くのを見た。
死にぞこないがいたか。
僕は歩きながらそいつの後を追う。その兵士はすぐ手前のドアを乱暴に開けると、その中に入った。
何やらその部屋から声が聞こえた。
僕は戸口に立ち中の様子を見る。
中には僕が追っていた兵士に駆け寄るこの部隊のリーダーらしき兵士と、絶句して僕の方を見る男がいた。男の右腕には先刻殺した男と同じ『CIA』のワッペンがついていた。
ああ、そういうことか。
僕は納得した。必死になった政府はアメリカと手を組んだんだ。まぁいい、CIAだろうが敵は敵だ。
まずはこいつからだ。僕はそう思いこのリーダーらしき男に手をかけようとする。
「逃げろ、ユーリ!」
CIAの男が何を言ったところで、こいつの運命が変わるわけでもない。
僕は手にしたナイフでユーリと呼ばれた男の首筋を切り裂いた。
鮮血が上がり、ユーリが倒れる。
僕は吠えた。今までエリアにいる政府軍兵士全員を殺すと、満ち足りなさからこういう咆哮をあげていた。殺しても殺しても満たされない、無限の怨念。その怨念を持った僕はこうでもしないとやり切れないモノがあったのだ。
僕は新しい標的に目を向けた。CIAの男は懐にある拳銃を抜こうと手を伸ばす。
僕はその前に地面を蹴り男に距離を詰めた。
※
デチャンスは迫り来るイヴァンに拳銃を抜き対抗しようとしたが、間に合わないと即時に判断し、ふところの拳銃を締まっているホルスターとハの字になって対になっているコンバットナイフを引き抜いた。イヴァンとの距離はもう二~三歩程しかない。イヴァンはすさまじい跳躍力でジャンプをすると、ナイフを上に振りかざした。着地とともに斬りつける気か。
デチャンスは後ろにジャンプして、刃をかわす。イヴァンのナイフは空中を空振りしたが、即座に隙を作らないよう体勢を立て直した。
イヴァンとデチャンスは向き合う。
「悪霊のご登場ってわけか」
デチャンスはからかうように笑みを浮かべた。イヴァンは無言で憎しみの表情のまま睨み据えた。
「……今ロシア語で話してんだけどなぁ。悪霊だから言葉も通じないのか?」
イヴァンは無言のまま、ナイフを構える。
「そうかい。まぁいい、悪霊の力を見せつけておくれ」
デチャンスがふざけて、イヴァンと同じナイフの構え方をした。
イヴァンが駆けた。先刻と同じ、すさまじい速度でデチャンスとの距離を詰めていく。
デチャンスとイヴァンの刃が何度か、キンキンと鋭い音を立てて交じり合う。
何度かナイフでのやり取りをしている中で、デチャンスは言い様がない違和感を覚えた。確かに、隙もほとんど見せない、ナイフの振り方も悪くない。では、なんなのだ? こいつの急所をあえて外してるかのような戦法は。
デチャンスはイヴァンのナイフを握っている拳を左手で掴み、背負い投げをした。
イヴァンが背中から地面を滑り、それでも体勢を立て直して奥の手前の壁直前で止まる。
デチャンスはナイフを構え直した。
「ウウ、ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
悪霊は先ほどユーリを殺した時にあげた、獣のような咆哮をあげる。なかなか仕留めれないもどかしさからあげた叫びなのだろうか。
イヴァンはナイフを胸の前に構え、一直線にダッシュした。決着をつける気だろう、とデチャンスにもわかった。
デチャンスは迫り来るイヴァンの手の急所を突いた。イヴァンの手からあっさりとナイフが落ちる。イヴァンはそれでも拳を作り、殴りかかろうとする。デチャンスはその拳も野球のキャッチャーのようにスパっと片手で受け止めると、上に投げ飛ばした。イヴァンの体が宙に舞い、悪霊についての資料のあった作戦会議室中央のテーブルに背中から落ちた。テーブルが綺麗に真っ二つに割れる。
イヴァンは呻き声をあげつつ、四肢をジタバタと四方八方に動かした。不意にイヴァンは手元に堅い鉄の感触が当たるのを感知した。上を見るとユーリのマカロフ拳銃が手元に転がっていた。
すぐさま手に持ち、構えようとするがそこでその手が踏みにじられる。上を見ると皮肉な笑みを浮かべたデチャンスが立っていた。
デチャンスの拳がイヴァンの鼻面にめり込む。イヴァンはピクピクと二、三度ほど体を痙攣させると、気を失った。
※
「政府、聞こえるか? こちらCIAフェネクス、例の悪霊を捕まえた。気絶した状態だがな」
(了解、政府軍兵士は無事か?)
「彼らは死んだよ……。悪霊の奇襲を受け、な」
(……了解した。至急、増援と尋問官をそちらに向かわせる)
「あぁ、鎮静剤と拘束具も忘れずにな」




