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第二話

ラルフは優秀な子供だった。

王には多くの息子が居たが、その中でも一番の才能を輝かせた。

・・・けれど。

通常以上の魔力を持たぬ、どこにでも居る半端な混血。純粋な魔族には及びもしない。・・・母の関心は得られなかった。

父王はこの皇子を高く評価した。通常の混血。人間よりも秀で、魔族のような危険さはない。

聡い皇子。穏やかな性質を特に愛した。

「お前はやがて、この国を動かすようになるのだ。」

皇子は世継ぎと定められた。

母の情は得られなかったが、国民の祝福はこの皇子の上にある。


宰相のガルバは早くから皇子に取り入ろうと近付いていた。

「ラルフ様、御勉学のほどはいかがで御座いますか?

最近、あまり身が入っておられぬようだと、講師達がボヤいておりましたぞ?」

皇子は五歳になった。

まだ母親が恋しい歳だというのに、この子供には母はなかった。

「ねぇ、ガルバ。僕は母上に嫌われてるのかな・・・?」

「そのような事は御座いません、お母君は御病弱であらせられるのです。

その上、後宮は王だけをお招きする場所。たとえ皇子と云えども罷り通る事は出来ない・・・お解かりですか? お母君は身体がお弱いために後宮を出る事が困難なので御座います。

皇子を避けておいでになるわけではないのですよ。」

にこやかな笑顔を貼り付けて、この宰相は良く出来た嘘を並べ立てた。

妃が病弱などという言葉は嘘だ。あからさまに、皇子を拒絶している事は、誰の目にも明らかだった。

夏ともなれば、王に伴われて離宮へと移る。

ここでは皇子もその母に近寄る事を許されたが、王の他の息子たちのような温かい時間は得られなかった。

「母上、」

「あっちへ行って頂戴、頭痛がするの・・・」

その白くたおやかな腕は、誰を抱き締めることもなく、翳の射す蒼い瞳は全ての温もりを拒絶した。

彼女の心の冷たさを、王も疎み始めていた矢先・・・妃は二度目の受胎を知った。

「・・・王は私に冷たい。

勝手にこんな所へ押し込めたくせに、自由にしてやっただの、なんだのと・・・。私は望んだわけではないわ。・・・そして、私だけだと言った王の口は、もう他の女に触れている。

ああ、信じる者など居はしない。・・・すべて滅びてしまえばいい。」

自身に宿った小さな命に、毎夜のごとく、呪いの言葉を聞かせ続けた。


ラルフの乳母は、子沢山の大らかな女だった。

王の側近の一人、ニナイの三番目の妻。一人目は家へ帰り、二人目は子供を産みすぎて死んだ。三人目は、多くの子を産み、さらに多くの子供を育てている。

同じ乳を飲んで育った兄弟と、同じ父を持つ兄弟、多くの兄弟たちに囲まれて、皇子は優しい心のままで育っていった。

「ニナイ! アニタが蛇に噛まれた!

治癒の魔法はどうやって使うの?!」

「お任せを、皇子。

大丈夫、この子は強い、・・・ほら、もう毒が抜けた。」

かざした掌からは淡い光がシャワーのように降り注ぎ、幼い娘の細い足首を照らす。青黒く腫れ上がった毒はみるみる薄らぎ、腫れも退く。

ニナイはこんな風に、日々、皇子に魔力の使い方を教えた。

彼も、当時のこの国には数少ない混血の一人だった。

「皇子、私ごときが言うべき言葉ではありませんが、貴方様は国民全てに愛されておられます。

もちろんこの私も、妻も、私の子供たちも、・・・皆、貴方様を愛しております。

王におかれては、いつも貴方様を慈しみ、深い愛情を持って見守っておられるのです。

・・・どうか、ご自身にもっと自信をお持ちになって下さい。

貴方様はきっと、父上を超えるほどの良き王となられるでしょう。」

心にぽっかりと開いた寂しさの風穴は、皇子を取り巻く大勢の人間たちの愛情で埋められていった。

王宮は平穏だった。

不吉な翳が射したのは、王の正妃が二人目の皇子を産んだ時だった。

ラルフが六歳の時に、弟は産まれた。

第二皇子は、産声と共に、王宮の壁を撃ち崩すほどの、強い魔力を秘めていた。

正妃は初めて、喜びに涙した。

女の生涯に光が射した瞬間だった。


奴隷の腹から産まれ落ちた魔族・・・その力が強ければ強いほど、身体の中には、残忍な心と破壊の衝動を抱えているだろう。

正妃はこの息子に多大な期待を寄せた。この国を破滅へと追い込む恐ろしい怪物を育てようと画策した。

妃は呪いの言葉を子守唄にして、二番目の皇子に乳を与えた。

上の皇子には、遠く、その姿は我が子を慈しむ聖母に見えた。

「・・・人間は浅ましい生き物です。誇り高い魔族の血を、いかがわしい目的の為に汚した、罪深い獣です。お前にもその汚らわしい血が流れている・・・。」

日ごと、夜ごとに、妃は赤子の耳元に囁き、その柔らかい肌を強く摘み上げた。

赤子は痛みで泣き叫び、侍女が正妃から皇子を奪い取った。

王は何度、この皇子を取り上げてしまおうとしたか知れない。

その度に、正妃はあられもない程に取り乱し、許しを乞うた。

そして、また、密かに呪いの言葉を囁きかけるのだった。

「お前は誰にも愛されない。

愛される資格などないのです、お前の中に流れるその血を怨みなさい。貶められた魔族のなれの果てと、汚らわしい人間の血を受けたお前が、誰に愛されようはずもない。

お前は疎まれ、蔑まれ、孤独を友とする。」

予言のように、母の言葉は幼い皇子の心に突き刺さった。

息子の中に眠る、破壊の衝動を揺り起こそうと、母である王妃は躍起になった。

末の皇子は三歳になったが、一言の言葉も、誰に関心を示す事もなかった。

こんな筈ではない、そんな馬鹿な事が・・・、

いくら憎悪を植え付けようとも、我が子はまるで反応を示さなかった。

魔族の恐ろしい性は、この皇子の身には宿っていなかった。

その代りに、母を含んだ全ての存在を遮断した。

そしてついに、王妃は気が触れ、二人の皇子の手には届かぬ遠い場所へと隔離された。


上の皇子は弟を憎んだ。鏡のように、この弟も兄を憎悪した。

心を閉ざした魔物の子が、初めて表に出した感情は兄への憎しみだった。

母の予言は的中し、下の皇子は忌み嫌われる。強すぎる魔力、表情の乏しさは、危険な魔族の性質を現わしているかのように、人々を恐怖させた。

・・・そして、夜に輝く不気味な瞳も、嫌悪される要素となった。

「セフ、おいで。

一緒に寝よう。」

憎しみを抱えているくせに、兄の皇子はよくこの弟を寝所へと伴った。

大嫌いな弟だけれど、ただ一つ、この瞳は愛していた。

「どうしてお前の目は光るんだろう?

皆、言ってるぞ。気味が悪いって。・・・私は、そうは思わないけど。」

夜空に輝く月のようだと思った。ぼんやりと、闇の中で銀色の光が踊る。緑になり、赤を帯び、時折、金色に変化した。

猫のようだ、とも思った。

心を閉ざした弟は、何も答えようとはしない。

「綺麗な目だ。・・・お前の事は大嫌いだけど、お前のその目は大好きだよ。」

明かり取りの小さな炎に照らされてもキラキラと輝く弟の目を眺めて、ラルフはふと表情を和らげる。すると、弟は身じろぎした。

この弟の為に、母は遠くへ追いやられてしまった。そう思うと、とても幼い弟を慈しんでやろうという気持ちなど生まれてはこない。

同様に、この兄の、世界中に愛されているかのような姿を見ると、強烈な憎しみが込み上げる。


女は憎しみと呪いのうちに、生涯を終えた。

兄弟は、憎しみあって育った。


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