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第二十話 父

 トン


 トン


 朝から規則正しく金槌の音が響いていた。


「……あっつ」


 レオは額の汗を腕で拭った。


 場所はリリア・アステルの家。


 正確には、その屋根の上だった。


「なんで俺が毎日こんなこと……」


「自分で壊したからじゃないですか?」


 下から声が飛んでくる。


 レオが屋根の端から顔を覗かせると、庭にいたリリアがこちらを見上げていた。


「分かってるよ!」


「なら、聞かない方がいいと思います」


「独り言だ!」


「そうでしたか」


 リリアは納得したように頷く。


「……なんかこいつ、たまに容赦ねえんだよな」


「何か言いました?」


「何も!」


 レオは再び金槌を振るった。


 あの日。


 屋根裏から盛大に落下し、リリアを巻き込んで床までぶち抜いてから数日。


 レオは毎日、この家へ通っていた。


 もちろん好きでやっているわけではない。


 壊したものを直す。


 それが終わるまで、仲間探しは禁止。


 クロイツからそう言い渡されている。


 しかもテルの話では、事の顛末を報告した際。


『屋根裏から落ちて、女の子を巻き込んで、そのまま床まで?』


 クロイツは腹を抱えて笑っていたらしい。


「……絶対いつか殴る」


 当初の目的だった仲間探しも、今は中止している。


 《故郷》を継承できる人物ではないかと考えて探していた画家は、すでに一年前に死んでいた。


 その弟子だったリリアにも、エバーガーデンについては話していない。


 テルと相談した結果、自分たちの正体は隠すことにした。


 リリアに話してあるのは、とある出版社に勤める若手記者二人組。


 ヴィクトルについて調べているのも、記事を書くため。


 そういうことになっている。


 そのテルはというと。


『俺、もう少しヴィクトルについて聞き込みしてくる』


 そう言って出ていったきり、ここ数日帰ってきていない。


「レオさん」


「ん?」


「そろそろ休憩しませんか?」


 また下から声がする。


 見ると、リリアがこちらを見上げていた。


「紅茶、淹れますけど」


「飲む」


「即答ですね」


「タダで飲めるもんは飲む主義なんだよ」


「……そうですか」


 レオは屋根から降りた。


 ◆


「ほっとする……」


 椅子へ深く腰掛け、レオは紅茶を一口飲んだ。


 リリアも向かい側へ座る。


「大袈裟です」


「お前も屋根の上で金槌振り続けてみろよ」


「嫌です」


「即答じゃねえか」


「私の家を直してるんですよね?」


「そうだけどさ」


 リリアが小さく紅茶を飲む。


 最初にこの家へ来た時とは、少し変わった。


 あの頃は目が合えば逸らされ。


 話しかけても必要最低限しか返ってこなかった。


 当然だ。


 いきなり家へ押しかけてきた男が屋根裏へ侵入し、天井を突き破って自分の上へ落ちてきたのだから。


 今考えても最悪の出会いだった。


 それでも毎日ここへ通って。


 屋根を直して。


 休憩になればこうして紅茶を飲んで。


 いつの間にか、くだらない話くらいなら普通にできるようになっていた。


「今日は落ちなかったですね」


「そんな毎回、落ちてたまるか」


「最初の日は落ちました」


「あれは屋根板が悪い」


「屋根裏に勝手に入った人が悪いです」


「……」


 レオはごまかすようにカップを口に運ぶ。


 その時。


「……あ」


 ふと思い出した。


「そういや」


 レオはポケットを探る。


「これ」


 机の上へ、小さな鍵を置いた。


 リリアの目が見開かれる。


「……それ」


「やっぱお前の?」


 リリアはすぐに鍵を手に取った。


「どこにあったんですか?」


「屋根裏から落ちた日に拾った」


「……探してたんです」


「そうなのか?」


「はい」


 リリアは鍵を両手で包むように持った。


 その表情を見て、レオは首を傾げる。


「そんな大事なもんなのか?」


「……はい」


 リリアは少しだけ迷ってから。


 鍵についていた細い紐を首へかけた。


 胸元に鍵が下がる。


「師匠から、もらったものなんです」


「ヴィクトルから?」


「はい」


 リリアは鍵へ触れる。


「昔から、よく色々なことを教えてくれました」


「絵の描き方とか?」


「それもです」


 少しだけ。


 リリアの口元が緩んだ。


「師匠、生活はすごく適当な人だったんです」


「へえ」


「絵を描き始めるとご飯を食べるのも忘れて、部屋も片付けなくて」


「それをお前が世話してたの?」


「……途中から、ほとんど私がやってました」


 リリアが少し笑う。


「でも」


 リリアは鍵を見つめる。


「絵のことになると、すごく真剣で」


「私が上手く描けない時も、ずっと付き合ってくれました」


「優しかったんだな」


「……はい」


 リリアは小さく頷いた。


「私にとって師匠は父親みたいな人でした」


「……そっか」


「だから」


 胸元の鍵を握る。


「これも、なくしたと思ってずっと探してて」


 リリアが顔を上げた。


「見つけてくれて、ありがとうございます」


「別にたまたま拾っただけだし」


「それでもです」


「……なら、どういたしまして」


 レオは照れ臭そうに紅茶を飲んだ。


 リリアはもう一度、鍵を見る。


 さっきまで浮かんでいた小さな笑みが。


 少しずつ消えていく。


「……でも」


 声が小さくなる。


「私を置いて、いなくなってしまいました」


「……」


 レオは何も言えなかった。


 リリアは俯いたまま、胸元の鍵を握っている。


 こういう時に何を言えばいいのか、レオには分からない。


 気の利いた慰めの言葉なんて思いつかない。


 ただ黙っているのも居心地が悪い。


 レオは紅茶を一口飲む。


「……俺の親父さ」


 唐突に口を開いた。


 リリアが顔を上げる。


「子供の頃、よく寝物語を聞かせてくれたんだ」


「寝物語……ですか?」


「ああ。親父が自分で考えた英雄の話」


 レオは少しだけ笑う。


「これが、まあひどくてさ」


「毎晩一生懸命考えてくれてたんだけど」


「昨日倒したはずの敵が次の日また出てきたり」


「途中で設定変わったり」


「俺でも分かったよ、昨日と言ってること違うじゃんって」


 リリアの口元がわずかに緩む。


「でも、好きだった」


 レオはカップを見つめた。


「毎晩楽しみにしてたんだ」


 格好いい英雄が悪者を倒す。


 困っている人を助ける。


 理不尽な目に遭っている人がいれば、放っておかない。


「親父は頭いい人じゃなかったからさ、正しいことって何なのか」


「上手く説明できなかったんだと思う」


「困ってる奴がいたら助けろとか」


「弱い奴いじめるのは格好悪いとか、そんなことを英雄にやらせてた」


 今、思えば別に特別なことを教えられたわけじゃなかった。


「……素敵なお父さんですね」


「どうだろうな」


 レオは苦笑する。


「その話が好きだったから、俺も村のガキどもに聞かせたんだよ」


「レオさんが?」


「ああ」


 覚えている。


 父親から聞いた話を、得意げに話した。


 みんなが続きを聞きたがった。


 それが嬉しくて。


 次の日も。


 その次の日も。


「そしたら監視局が家にきやがった」


 リリアの笑みが消える。


「……え?」


「国家から許可されてない思想を広めたって、親父が注意されてた」


 逮捕されたわけではない。


 牢へ入れられたわけでもない。


 ただ、監視局に目をつけられた家。


 小さな村では、それだけで色眼鏡で見られる理由になる。


「そこからは村八分ってやつ」


 近所の人間は話しかけてこなくなった。


 父親の仕事も減った。


 母親も避けられた。


 仲良くしていた子供たちも、親に言われて離れていった。


「まあ、きっかけ作ったのは俺なんだけどな」


「そんな……」


「親父も母さんも、だんだん耐えられなくなってさ」


 レオは淡々と続ける。


「俺を叔母さんに預けて、そのままいなくなった」


「……」


「蒸発ってやつ」


 リリアは何も言わない。


「昔は悲しかったのかもしれないけど」


 レオは頬を掻く。


「今はもう、悲しいとも思わなくなった」


 会いたいのか。


 恨んでいるのか。


 どうして自分を置いていったのか聞きたいのか。


 もう、自分でもよく分からない。


「ムカついた」


 レオは吐き捨てるように言った。


「子供が作り話したくらいで、なんで家族まであんな目に遭わなきゃなんねえんだよって」


 生まれた時からグラウン。


 できる仕事も。


 住む場所も。


 生き方も決められている。


「こんな世界ぶっ壊れて、もっと俺が生きやすい世界になればいいって」


「ずっと思ってた」


 レオは紅茶から立ち昇る湯気を見つめる。


「でも俺には何もできなかった」


 力があるわけじゃない。


 頭がいいわけでもない。


 何か特別なものを持っているわけでもない。


「だから結局、文句ばっか垂れながら俺もこの世界に飲まれてった」


 働きたくない。


 何もしたくない。


 どうせ何をしたって変わらない。


 そうやって生きていた。


「実のところさ」


「今でもこの世界のこと恨んでる」


 リリアが静かにレオを見る。


「でも、ある日」


 レオの声が少しだけ変わった。


「奇跡みたいな出会いがあってさ」


「奇跡……?」


「ああ」


 夜の街で聞こえてきた鼻歌。


 なぜか放っておけなくて。


 気づけば追いかけていた。


「なんか、その日のこと思い出すとさ」


 レオは胸へ手を当てる。


「心の底から、あったかいもんが湧いてくるんだ」


 理由なんて、上手く説明できない。


 それでも確かに。


 あの日に出会った人たちと過ごしていると。


 この世界もまだ捨てたもんじゃないって思えるようになった。


「だから今は、こんな理不尽な世界だけどさ」


 レオは顔を上げた。


「もう少しだけ、この世界で生きてみたくなったんだよね」


 その顔には笑みが浮かんでいた。


「……」


 リリアはその顔をじっと見つめた。


 やがて、頬がほんのりと赤くなる。


「……変な人」


「なんでだよ!」


 その時だった。


 バンッ


 突然、玄関の扉が勢いよく開いた。


「レオ!」


「うおっ!?」


 そこに立っていたのはテルだった。


「お前、何日ぶり――」


「はぁ……はぁ……」


 様子がおかしい。


 肩で大きく息をし、額には汗が滲んでいる。


 相当な距離を走ってきたらしい。


「どうしたんだよ?」


「み、水……」


「お水ですね」


 リリアが急いで立ち上がる。


「どうぞ」


 テーブルにあった紅茶を差し出した。


「ありがとうございます!」


 テルは受け取ると、勢いよく口へ流し込む。


「――熱っっっ!!」


 盛大に吹き出しかけた。


「熱い! 熱いよこれ!」


「紅茶なので……」


「走ってきた人間に熱々の紅茶!?」


「す、すみません……」


 リリアが申し訳なさそうに縮こまる。


「おい、怒んなよ悪気ねえんだから」


「舌火傷したんだよ!」


「知らねえよ」


「レオも少しくらい心配してくれる!?」


「つーか」


 レオはテルを見る。


「お前、なんか用があって走ってきたんじゃねえの?」


「……」


 テルの動きが止まる。


「…………あっ」


「忘れてんじゃねえか」


「そうだった!」


 テルは紅茶を置いた。


 さっきまでの騒がしさが消える。


「監視局がここに来る!」


「……は?」


 レオの表情が変わった。


 リリアは困惑している。


「監視局が……?」


「はい」


「どうして監視局が私の家に?」


「リリアさんを捕まえに来るわけじゃないです」


 テルはレオを見る。


「おそらく狙いは、俺たち」


「ちょっと待て」


 レオが立ち上がる。


「なんでここがバレてんだよ」


「まだバレたと決まったわけではありません」


「でも時間の問題です」


「どういうことだ?」


「ここ数日、俺が何をしてたと思う?」


「知らねえよ、帰ってこなかったし」


「ヴィクトルについて調べてたんだよ」


 テルは椅子へ腰掛ける。


「最初から気になってたんだ、ヴィクトル・ローゼンの処刑について」


 リリアの表情が曇る。


「違法な絵を制作して」


「販売して」


「闇オークションまで運営していた国家公認画家」


「それだけの事件を起こしたのに、なぜ帝国は処刑を公表しなかったのか」


 テルは続ける。


「だから当時のことを知っていそうな人間に片っ端から聞き込みをした」


「それで何か分かったのか?」


「うん」


 テルの表情が険しくなる。


「ヴィクトル・ローゼンは、闇オークションを運営していなかったんだ」


「……え?」


 声を漏らしたのはリリアだった。


「どういうことですか……?」


「ヴィクトルが違法な絵を描いていたことは事実です」


「その絵を闇オークションへ出品していたことも」


「でも、運営はしてないってことか?」


 レオが聞く。


「はい」


「じゃあなんで運営者ってことになってんだよ」


「それが分からないんです」


 誰が本当の運営者なのか。


 なぜヴィクトルが運営者として記録されたのか。


 なぜ処刑が非公開だったのか。


「そこから先は、いくら調べても掴めませんでした」


「……」


 リリアは胸元の鍵を強く握った。


「それともう一つ」


 テルがレオへ向き直る。


「俺たち、追われてるみたいだ」


「それは聞いた」


「思ってるより近くまで来てるんだよ」


「……どういうことか説明しろよ」


「監視局の二人組が、俺たちについて聞き回ってる」


 レオの眉が寄る。


「二人?」


「一人は監視局の人間、もう一人は……おそらく響き手です」


「……響き手?」


 リリアが聞き返した。


 テルが口を閉じる。


 レオと目が合った。


「……」


 もう誤魔化せない。


 監視局がここまで迫っている。


「リリア」


 レオが口を開く。


「俺たち、出版社の記者じゃないんだ」


「……え?」


「すみません」


 テルが頭を下げる。


「騙してました」


 リリアは二人を交互に見る。


「じゃあ……二人は?」


「俺たちはエバーガーデンって組織の人間です」


「エバー……ガーデン?」


「階級制度の撤廃を目指して活動している組織です」


 リリアの顔が固まった。


「それって……」


「帝国から見れば、反政府組織ですね」


「……」


「俺たちがヴィクトルを探していた理由も、記事を書くためじゃありません」


 テルは続ける。


「俺たちは、表現によって人の心に影響を与える特殊な力を持った人間を探しています」


「特殊な……力?」


「響き手」


 テルは自分の胸へ手を置く。


「俺も、その一人です」


 リリアは言葉を失っている。


「俺たちは《故郷》という絵を継承できる人間を探していました」


「その手掛かりを追って、ヴィクトル・ローゼンに辿り着いた」


「……」


「それで、あなたの家まで来たんです」


 しばらく沈黙が続いた。


「黙ってて悪かった」


 レオも頭を下げる。


「……すみませんでした」


 テルも続く。


 リリアは二人を見つめていた。


「……師匠のこと」


「え?」


「さっきの話を、もっと聞かせてください」


 テルが少し驚く。


「俺たちが嘘をついていたことは?」


「それも驚いてます」


 リリアは鍵を握った。


「でも、今は師匠のことが知りたいです」


「……分かりました」


 テルは、自分が数日間で集めた情報を詳しく話した。


 ヴィクトルは違法な絵を描いていた。


 闇オークションへ出品し、金銭を得ていた。


 それは間違いない。


 だが闇オークションそのものを運営していたという証言は、どこからも出なかった。


 むしろ、運営者ではなかったという証言がいくつもあった。


「公式記録では、ヴィクトルが運営者になっています」


「……」


「つまり記録と事実が食い違っている以上、誰かがヴィクトルさんに罪をなすりつけた可能性が高いと思います」


「誰がそんなこと……」


「分かりません」


 テルは首を振る。


「本当の運営者も」


「ヴィクトルが運営者にされた理由も」


「まだ何も」


「……胸糞わりいな」


 レオが吐き捨てる。


 リリアは俯いていた。


 胸元の鍵を握る手が震えている。


「師匠は……」


 小さな声が漏れる。


「悪いことをしていたのは、分かっています」


 許可されていない絵を描いた。


 それを売った。


「でも……」


 リリアの声が震える。


「やっていないことまで、師匠の罪にされたんですよね?」


 誰も答えられない。


 今分かっていることだけなら。


 その可能性が高い。


「……お願いがあります」


 リリアが顔を上げた。


「何です?」


「調べてくれませんか」


「……」


「師匠に何があったのか」


 胸元の鍵を握りしめる。


「本当のことを、知りたいんです」


 テルは少し黙った。


「気持ちは分かります」


「でも、俺たちがこれ以上ヴィクトルを調べるメリットは――」


「いいぜ」


「……はい?」


 テルが隣を見る。


「調べよう」


「ちょっと待って」


「なんだよ」


「なんで勝手に決めてるの!?」


「だって俺らが指名手配犯って知られちゃったじゃん」


「それがなに」


 レオはリリアに視線を送る。


「……?」


 リリアはレオの意図が分からず困惑している。


「協力しないと監視局に通報するかもよ」


「え……」


 テルから間の抜けた声が出た。


 レオの言葉でリリアも気が付いた。


「します!」


 リリアが即答した。


「ほら、協力しないと」


「脅迫ですよ!」


 珍しく声を荒らげるテル。


 リリアが小さく笑った。


「……やっぱり変な人」


 テルが机を叩いた。


「ヴィクトルのことを調べるにしても、まず監視局をどうにかしないと!」


「そういやそうだった」


「忘れないでよ!」


 テルは大きく息を吐く。


 さっきから完全にレオに振り回されている。


「……まあ、でも」


 テルは一度頭を掻くと、椅子へ座り直した。


「どちらにせよ、リリアさんには協力してもらう必要があります」


「ほら」


「レオの脅迫を肯定したわけじゃないから」


「でも協力は必要なんだろ?」


「必要」


「じゃあ同じじゃん」


 テルは額を押さえた。


「……もういい」


「諦めた?」


「話を進めるんだよ」


 テルの表情が変わる。


「さっきも言ったけど、監視局は二人組で俺たちを追ってきてる」


「一人が響き手なんだろ?」


「おそらく」


「どんな力なんだ?」


「そこまでは分からない」


 テルは首を振る。


「俺も直接見たわけじゃないから」


「じゃあなんで響き手だって分かったんだよ」


「妙なんだ」


「妙?」


「監視局の二人組が俺たちのことを聞いて回ってる」


「でも、その聞き込みを受けた人たちの話がおかしい」


「何が?」


「みんな同じようなことを言ってたんだよ」


「二人組の片方が人相書きを見せてくる」


「人相書き?」


「それを見た後のことを、ほとんど覚えてないって」


 レオの眉が寄った。


「覚えてない?」


「それで、気が付いたら二人はいなくなってたらしい」


「ただ、質問されたことには答えた気がするって」


「……なんだそれ」


「しかも聞き込みを受けた人間を辿ってみたら、俺たちが通った道とほとんど一致してる」


 偶然とは考えにくい。


「人相書きを見せることが発動条件なのか、それとも別の条件があるのか」


「そこまでは分からない」


 テルは続ける。


「ただ、相手の意識に干渉する能力だと思う」


「意識に?」


「簡単に言えば」


 少し考える。


「催眠術みたいなものかな」


「……ちょっと待て」


 レオの顔色が変わった。


「じゃあ、そいつがここに来て」


「リリアにその力使ったら?」


「俺たちがここにいたことは、まず知られるね」


「駄目じゃねえか!」


 レオが立ち上がる。


「いや、じゃあ今すぐ逃げようぜ!」


「どこに?」


「エバーガーデンだよ!」


「却下」


「なぜ!?」


「当たり前でしょ」


 テルは即答した。


「リリアさんまで連れていったら、余計に怪しまれるよ」


「でもここにいたら喋らされるんだろ!?」


「だからって消えたらどうなると思う?」


「……」


「リリアさんは国家公認画家、住所も帝国に登録されてる」


 さらにヴィクトル・ローゼンの弟子。


 そのヴィクトルを調べていた逃走者たち。


 監視局がこの家まで辿り着いた時。


 リリアまで突然姿を消していたら。


「自分から関係がありますって言ってるようなもんだよ」


「……あ」


「最悪、リリアさんまで指名手配されるね」


「えっ」


 リリアの顔が青くなる。


「それに、俺たちの捜索ももっと厳しくなる」


「じゃあどうすんだよ」


 レオは苛立ったように頭を掻いた。


「逃げても駄目」


「ここにいても、その響き手に喋らされる」


「詰んでんじゃねえか」


「だから俺が戻ってきたんだよ」


「何か考えがあるのか?」


「ある」


 テルは即答した。


「相手が響き手なら、こっちにもやりようはある」


「どうやって?」


「忘れてない?」


「何を」


 テルは自分を指差した。


「俺も響き手ってこと」

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