七話
「ミルケス公爵家の沙汰を待つしか有りませんな」
ハーミット伯爵様がお父様に向けて発した言葉。でもその通りで。お父様が頷き、そして静まり返った室内はとても重苦しいものに満ちていました。
その時でした。
ドアがノックされ、ドア越しに執事の少し慌しい声が聞こえて参りました。入室許可の要請と、ミルケス公爵家の封蝋が押された手紙を持って来た由。全員で顔を見合わせ、お父様が入室許可を出しました。
「旦那様、至急の手紙とのことで、今し方ミルケス公爵家の侍従が手紙を持って来て下さいました」
侍従は執事よりも身分が下ですが、公爵家の侍従ということから、我が家の執事は敬語を使用しているのでしょう。ああ、いえ、こんなことを冷静に分析している場合では有りません。
執事が差し出して来た封蝋は確かにミルケス公爵家のものです。紋章がミルケス公爵家のものなので。一体どんなことが書かれているのか、お父様がペーパーナイフで封を開けるところを、息を呑んで待ちます。
サッと目を通したお父様。
オオ、と小声で叫ばれてから、私たちを見渡して、ゆっくりと手紙を読み上げました。
「我がミルケス公爵家の婚約について、皆が心配していると思う。先程王家との話し合いにて、ロベルト殿下との婚約は無事に解消。また、第二王子であられるディオン殿下との婚約が成立。婿入りなさってくださるとのこと」
まぁっ。
懸念事項が一気に解決しましたわ。これで私たちの婚約も続行です。リオス様とお互い安堵の笑みを浮かべると共に、自然と手を握り合ってしまっていました。お父様がその様子を見て咳払いをなさいます。
あら、少々恥ずかしいですわ。リオス様と顔を見合わせると、その耳が真っ赤に染まっておりまして、それを見てしまった私もなんだか頬が熱くなりました。
「あらあら。本当に仲が良いのね」
お母様が微笑ましそうに仰るので、私は顔を両手で隠します。なんだか家族でさえ見せては良くないような、そんな表情をしている気がします。だって、口元がどうしても緩んでしまうのですもの。
それを家族どころかハーミット伯爵家の皆さまにも見られている、と思えば、もっと恥ずかしいですわ。両手で顔を隠して俯く私の耳に、お父様が「続きを読むぞ」と仰る声が届きました。
どうやらミルケス公爵様からのお手紙には続きがあったようで、最後まで聞いてなかったことの恥ずかしさも追加されてしまいました。
とはいえ、顔を上げられる状態では有りませんので、そのままで続きをお聞きします。
「続きだが。ディオン殿下は、王妃の圧に屈するのは嫌であったが、父である陛下と側妃の母そして兄や弟たちを守るために、王妃の圧に屈したように見せかけて、穏和で人の意見に流されるただ善良なだけの王子という仮面を被っておられた。その証拠に、ロベルトの婚約破棄騒動に乗じて、王妃の病気療養を陛下に奏上したのがディオン殿下である。ついでに、ロベルトも王妃の病気療養の面倒を見るために、王妃共々離宮へと案内していた。ロベルトの愛する相手とやらも一緒に。その手腕と、ディオン殿下自らバネッサに愛はまだ無くても、忠誠と信頼を捧げたい、と私の前で膝を付かれた。そこまでされては、こちらも矛を収める必要がある、と判断し、ディオン殿下を受け入れることにした。故に今後の憂いは無い、と心得よ」
それで手紙は終わったそうですが、ディオン殿下がバネッサ様に膝を付いた、と聞いて、私たち全員が息を呑みました。王族が臣下に膝をつくなんて、有り得ません。それは臣下を主人と崇めることになってしまいます。でも、そこまでされたからこそ、ミルケス公爵様もバネッサ様も、王家への怒りを収めることにされた、ということ。つまりディオン殿下は策略家だったということでしょう。
また、サラッと今回の騒動を引き起こした当人たちとその元凶ともいえる、王妃とロベルトの母子を離宮に押し込めた手腕が報告されている、ということは、ディオン殿下がやり手であることを示します。
あら、では、ミルケス公爵家に婿入りの人材として、不足無しですわね。
「確かにディオン殿下は、穏和で善良でしかない王子だと思っていたが、手腕が鮮やかであることを考えると、恐ろしいお人のようですな」
ミルケス公爵様のお手紙を読み終えたお父様に、ハーミット伯爵様が仰います。
「次代のミルケス公爵家も安泰、ということ。いや、ウカウカしていると足元を掬ってくるかもしれぬ」
お父様もそんな言葉でハーミット伯爵様のお言葉に同意しました。つまり、今のミルケス公爵様も次代様も恐ろしいお方ということでしょう。敵だと恐ろしいけれど味方ならばこれほど頼もしい方もいない。そういうことのようです。
お父様たちの言葉に、お兄様とリオス様のお兄様が視線で会話するかのように、お互いを見てから深く頷き合いました。気を引き締めていこう、という意味かもしれませんね。
何にせよ、私とリオス様の婚約は続きます。本当に良かったですわ。安心しました。
(了)
お読みいただきまして、ありがとうございました。
最終話です。本作完結。
最初から最後まで、他家の婚約がどうなるか、それ次第でこの婚約が無くなってしまうわ、と焦るエルゼの心情でお送りしました。
山場も何もないですが、貴族の政略結婚ってこんな感じじゃないのかな、と思ってます。結婚してないで婚約ですけど。結婚していても、どっかでトラブルあれば、余波を受けることを覚悟するのが貴族っぽい気がして、そんな話になりました。
次回作は、初心に返り(元々、恋愛物の上達を図ってこちらで執筆始めました。なので、定期的に返ってる、つもり)恋愛物の予定です。(多分。自分で言いますが、夏月なので予定通りにいくとは限らない)




