第13話 騎士長と巫女見習いの王都探索
「女神メジェトの思惑がわからんな」
メジェト神殿の武力であり警務をつかさどるのが神殿騎士団だ。
主に聖女の警護を行う第二騎士団の騎士長リンドネルは、日暮れの王都で血と闇に混ざりながら、ちいさくぼやいた。
青い甲冑に覆われた彼の全身には、ついさきほどまで生きていた魔獣の血がこびりついている。
リンドネルは大ぶりな諸刃剣を片手で振るうと、マントの裾で血糊を拭き取った。
「女神様にお会いしたことがあるのですか、騎士長は」
「いやーーないな……。大神官様や聖女様クラスでないと、神託すら得ることができないと聞く。俺程度の身分ではそれは難しいだろう」
「なるほどー。オランジーナはまだありません」
別の魔獣の頭上に金色の聖鎚を叩き落し、巫女見習いはのほほんと返した。
息絶えたのを確認すると、武器を引き上げてリンドネルの隣に立つ。
王都の外壁に沈みゆく太陽の色が彼女の髪色と同じように染まっていく。
リンドネルと同じく青いローブの下に簡易的な装甲をまとったオランジーナは、ああ、また無慈悲な殺戮をしてしまった、と女神メジェトに己の罪の許しを請うていた。
「会ったことがないのに、許しを請うのか?」
「‥‥‥職業的倫理観?」
「武装巫女じゃあるまいし」
「あんな殺人狂と一緒にしないで下さい」
武装巫女、という単語にオランジーナは拒絶反応を示す。
彼らが所属する黒騎士団は、神殿の暗部に所属し魔窟から出てくる魔獣やそれを利用しようとする犯罪者を追い詰め、駆逐する役割を担っている。
これに対して、武装巫女は暗殺を専門とする部署「闇の衣」に属していて、両者は同じ裏世界で生きているのに仲が悪い。
別々の案件なのに同じ現場で遭遇してしまったら、ときとして対象を巡って闘争になることも珍しくない。
あーやだやだ、とオランジーナは舌を突き出してリンドネルを見上げる。
「これで何体だ」
「いまで15体です。本日はどうも魔窟が騒がしいようですね」
「スカーレットハンズが出払っているから、魔獣がでやすくなっているんだろう」
「それほどまでに逃げてるのか……」
地下にある魔窟から魔獣が王都へと這い出してくることはあまり珍しくないが、日常茶飯事ということもない。
各神殿が張り巡らした結界によってその多くは地上への進出を阻まれるし、出たとしてもオランジーナたちのような暗部の騎士にたちが掃討する。
結界を破り大量に這い出してくるとき、裏にはスカーレットハンズの思惑が絡んでいる。
彼らが大きな取引を成功させるために魔獣を多く地上に放ち、騎士たちがそちらにかかっている間に、取引を終わらせてしまう。
「こ、れ、で――16体目!」
スカーレットハンズの思惑がニーシャの確保にあるのだ、と二人が考えていると後から忍び寄った魔獣が、真空の刃によって縦に両断されてしまう。
オランジーナが上を見ると彼女よりも小柄な巫女服を着た少女が、空中から二人を見下ろしていた。
「あーっ! ナウシカ! なんでここにっ」
「おまえ、神殿から出るなと言われていただろう……」
左右から這い寄った魔獣を、それぞれの手にした武器で撃退しながら、オランジーナとリンドネルが呆れた声を上げた。
浮かんでいる少女はナウシカといい、13歳なのに神殿大学に飛び級してきた才女で、魔法の天才と呼ばれている。
対魔獣戦においてナウシカの戦闘力は貴重なものだが、ここに参加してはいけないと理由がある。
それはエレンシアの歳の離れた妹だからだ。
「オランジーナ、うしろうしろ。リンドネル様、魔窟の入り口の結界が閉じようとしています!」
「もうっ! ええいっ」
ドスンっと聖鎚が振り下ろされ新たな死骸が量産される。
リンドネルはナウシカの言葉を受け、腰に下げていた手の平サイズの瓶のようなものを1つ取ると、頭についていたピンを抜いて、魔窟の方角へと放り投げる。
飛びこんだ闇のなかでオレンジ色の閃光と爆音、激しい振動が生まれた。
爆発は周囲に貼られていた目に見えない結界に作用し、瞬間的にガラス窓が割れるような光景が目に入る。
続いてナウシカが上空から紫色の魔弾を撃ち込むと、奥にある見えない壁に遮られて、何もない空間に紫電が走る。
それは地上に這いずっていた魔獣、十数頭の肉体を痺れさせ硬直させる。
すかさずオランジーナが聖鎚を振り上げて、さらに死骸を量産した。
オランジーナはナウシカの魔法を弾いた見えない壁に、渾身の力を込めて聖鎚を叩き込む。
しかし、聖鎚は魔弾と同じく跳ね返されてしまった。
「あー……やっぱり、二重結界だ」
「神殿群が張っている結界がそこに集約している――ということでいいのか?」
「そうですね、騎士長。メジェトの力が跳ね返されたのと同じだし、でもどうやって神の結界を魔獣が抜けられるんだろう」
オランジーナは聖鎚の先でちょんちょんと結界をつつきながら、そこに歪みや狂いがなくきちんと機能していることを確認する。
「強すぎる力が集まると、どこかに不規則的に空間の歪みが生まれることがあるの」
「ほう、ナウシカは博学だな」
「いえいえ、リンドネル様にお褒めの言葉をいただけるなんて、ナウシカは幸せです」
「褒めてないから。どうしたらその歪みを感知して防げるか、までを探ってのお褒めでしょ?」
「‥‥‥オランジーナは優しくないから嫌い!」
太陽が沈み上がってきた三連の月を背にして飛ぶナウシカに、オランジーナは嫌味を告げる。
この二人は顔を突き合わせればいがみ合うな、と思いながらリンドネルはナウシカに指示を出す。
「ナウシカ、古い結界の歪みを魔獣どもが抜け出してこないように、新たにこの場で結界を追加しできるか?」
「もちろんです、リンドネル様。少々お待ちください」
「そのまえに辺りの探知をしないと」
「はいはい、やりますよー」
ナウシカは四方数キロにわたって魔獣がいないかどうかを知るための探知魔法を走らせる。
反応がないことを確認し、手を前に突きだして巨大な円型の魔法陣を展開した。
魔弾と同じく紫色の魔法光がオランジーナの立っている場所の奥。
各神殿が張った結界へと上書きされる。
闇だけだった場所に複雑な紋様が浮かび上がり、光がいままでにないほどの眩しさを生み出して、結界の上書きが終わったことを知らせるようにどこかに消えていく。
「相変わらず、大したものだな。普通の魔導師なら数時間はかかる作業なのに」
「いえいえ、ナウシカは才能に恵まれておりますので。そこの巫女見習いみたいに、殴る、叩くだけしか能がないのとは異なりましてー」
「このっ! ナウシカ、歳上に対して何たる暴言っ。ちょっと降りてらっしゃい! 聖鎚の一撃でひん曲がった性格を叩き直してやるんだから!」
「嫌ですよー! オランジーナ姉様はいつだってそう。すぐに暴力に訴えるだから」
下から聖鎚を構えて投擲しようとするオランジーナと、それを見て防御結界を展開するナウシカ。
幼いころから神殿で育った二人は歳の差の姉妹のようなものだ。
「まあまあ、よさないか、二人とも。どちらの力が優れているとかそういう話ではない。今夜はこうして魔獣討伐ができた。そうだろう?」
「むう……騎士長がそうおっしゃるなら――」
「リンドネル様はナウシカの味方なの!」
「なにをっ」
止めに入る騎士長をよそにして、オランジーナはあらためて聖鎚を投げつけようとする。
どんなに強力な防御結界を展開しても、女神の力が付与された聖具には敵わないことを知っているナウシカは、武器が飛んでこない距離まで逃げてしまう。
しかし、本番はここからなのだ。
「おい、やめろってば」
「ああ、オランジーナの聖鎚!」
「ナウシカも降りてこい! 足跡をたどるんだ」
あと少しで発射されていた武器を巫女見習いから奪うとリンドネルは上空にいたナウシカを呼び戻す。
いま三人がいる場所は、地下の魔窟とつながる出口のなかでも最大級のものだ。
スカーレットハンズの多くは出払っていて、行く先はあらかた把握している。
彼らは王国からの追及を恐れ王立学院で広げていた販売網に関する情報を知る者を、今夜、根絶やしにするつもりなのだ。
大人数が動けば、それだけ足跡も多くなる。
彼らは痕跡を上手く消すために魔獣を地上へと引きずり出したのだった。
「ですが、リンドネル様。これだけ魔獣の魔素で満たされた空間から、個々人の痕跡を追えるものなのでしょうか?」
周囲には20体以上の魔獣が死骸となって積み重なっている。
そこから出る魔素は、まともな魔力の持ち主なら吐き出してしまいそうなほどに濃い。
「そのためにこれがあるんだ――と、俺では扱えないがな」
「ああ……オランジーナ姉様の聖鎚。叩くだけの武器が、邪気を祓い魔素を清浄して聖なる空間へと戻すのですね」
「ついでに魔獣の死骸も消える」
「だから返してってばぁ……。不意打ちなんかしないって誓いますから」
「本当か?」
「本当! ほんとうっ!」
オランジーナは能天気な性格だが、たまにとんでもない行動を取るときがある。
それは復讐をするために手段を択ばないときだ。
今はまさに絶好の機会で、リンドネルから取り戻した聖鎚を少し振ればナウシカをぶちのめすことができる。
獲物を狙う猟犬のようにオランジーナは機会を狙っていたが、チャンスは巡ってこなかった。
「ほら、よろしくな。巫女見習い」
「はーい……ちぇっ」
天に瞬く三連の月の1つ、蒼の月の照り返しを受けた聖鎚がこれまでにないくらい黄金の輝きを放って地面へと叩きつけられた。
直後、数千の光が四方へとほどばしりあらゆるものが白い奔流に巻き込まれていく。
渦のようになった女神の力がはるか天空へと打ちあがった後。
辺りにあった魔獣の死骸は霧散し、オランジーナたちの服を汚していた血の痕すらも消えてしまった。
代わりに、魔窟の入り口から王都や地方へと向かう光の筋が幾本も浮かびがある。
オランジーナはそのうちの1本に、懐かしい匂いを感じた。
スカーレットハンズの上位構成員の一人。
バッカニアの香りだ。
「こっちです!」
魔法で露わになった足跡は、王都郊外へと伸びている。
これを辿ればバッカニアに接することができる。
そしてそこには、死にかけたニーシャもいるはず……。
「魔導探知ができました! 転移魔法で飛びます!」
ナウシカが光の足跡を辿り、いま現在、バッカニアがいるであろう場所を特定し、三人は即座に転移した。
移動した先は古い倉庫群が軒を連ねている。
王都周辺の地図を携行していたオランジーナは、手元を魔法の灯りで明るくしてここがどこかを見つけ出す。
「王立騎士団の所有するアウザット第二倉庫? なんでこんなところにいるんでしょう? もっと隠れ場所はあったはず」
「ま、探してみればわかるさ。スカーレットハンズの勢力は王国内部にも潜んでいるってことだろう」
「ああ、つまり――ニーシャ様があちら側にいたときに用意された、ということでしょうか?」
「多分、な」
のんびりとした憶測の会話をかわしながら、三人の視線は光の足跡が点々と続く左手奥の倉庫へと向かって注がれていた。




