39 滅びた国
男はぼんやりとこっちを見ていた。
顔は、さっきの男と同じ。
裸で、武器は持っていない。
見た目は、さっきの男がまだ生きていて、そこにいるように見える。
しかし確実に体は消えたはずだ。
おれは靴と服だけを持ってきた。そこに、それ以上の重さはなかった。
人間なんて連れてきていない。
よくわからない。ボスの話もまだ理解できていない。
いまできることは。
やつとボスが近すぎる。
その距離を正すことだ。
おれはナイフを投げた。
ナイフは男のふとももを通過する。
残像がゆらいで、同時にふとももに激しい痛みを感じた。
「ぐっ……」
ナイフが刺さっていた。
いま投げたものだ。
男がいない。
と思ったら、すぐ横にいた。
おれを見ている。
すぐ近くに男がいる。
おれの目をのぞいていた。
全滅、という言葉が頭をかすめる。
とにかくボスだけでも。
しかし、どう動けばいいのかわからない。
こんな感覚は初めてだった。
対峙している相手がなんなのか、よくわからないのだ。
男はおれから視線をはずした。
そして、歩きはじめた。
一歩一歩、ぶらぶらと。
ただし足音はまったく聞こえない。静まり返った部屋の中でも無音だった。
控室出口に向かっていく。
ドアの前で立ち止まった。
「王を、守らなくては……」
そう言ってドアを見ている。
しばらくそうしていたら、また歩きだした。
今度は、部屋の後ろのドアに向かって歩いていく。
ドアの前で立ち止まった。
ドアを見ている。
「王を、守らなくては……」
そう言ってドアを見ている。
それから前のドアに向かって歩きだした。
「なにをしている」
ベルガルが言う。
男は声に反応せず、ドアに向かっていくだけだった。
「ボス」
おれが声をかけるより先に、ボスはなにか、男に投げた。
ボスが投げたものは男の後頭部に当たった、と思ったとたん、こつん、とボスの後頭部に当たった。
男はボスのすぐそばにいる。
ボスをじっと見ていた。
「ボス」
ボスは首を振った。
「いい」
男はしばらくして、また歩きだした。
ドアに向かって歩いていき、止まり、別のドアに向かって歩く。
他に出入り口はない。
ドアを開けないかぎりは、出られない。
「スレイン」
ボスがやってきた。
「ボス、やつが」
「無視していれば、来ないだろう」
ボスはおれのズボンの一部を破ると、 から取り出したものをふとももの傷口にあてた。
たちまち血が止まる。
「すぐ痛みもなくなる」
「すいません。あれがなんだかわかるんですか」
「わからない。だが、まあ、装置のようなものだろう」
ボスは男を見た。
「装置?」
「自動的に反撃しているだけだ。ほとんど意思がない。もっとあいつの情報はあるか」
「リープと名乗って、異常な素早さで襲いかかってきて。影縫をしたら、影が薄くなって、効かなくなって……。ほとんど死んでるとかなんとか。それと、A級がどうとか」
「A級?」
「A級だと、特級くらいの力があると評価したら、喜んで、砂のようになりましたねえ」
「喜んで、砂……」
男は、ふらふらと歩いている。
「王を守ると言っているな」
「はい」
「反撃はする。だが、ドアを開けるようなことはできない。ドアを開けたらいなくなってくれるかもしれないが、ワガ国陣営にもどられて、報告をされ……。報告できるかどうかはわからないが、交戦した情報は伝わるだろう。外には出せない。つまり外たちも出られない。が、いつまでもここにはいられない……。攻撃方法もわからない……」
ボスは言いながら歩いていく。
おれが持ってきた、男の身につけていたものの前でしゃがんだ。
手に取る。
「ボス?」
「……お前が守るのはどこの王だ」
ボスが言うと、男は立ち止まった。
こっちを向く。
「……ワガ国の王……」
「ちがうだろう」
ボスは、男の服をかかげた。
「お前の服の裏側に入っている刺繍。これは、トリリ国だろう」
「……おれはワガ国に助けられ……」
「トリリ国を守りたかったんだろう。その服の裏に縫い付けてあるのはトリリ国の国旗だ。お前は、A級になって、トリリ国の平和を守りたかったんだろう。だが、できなかった。間に合わなかったんじゃないのか」
男の体が、ゆらゆら揺れている。
「滅びたからな。三年前、侵略され、王族は処刑された」
「……おれは……」
「この国に助けられて、この国のためになにかしようと思ったのかもしれないが、元々は、トリリ国のためになりたかった。それができなかったんだな」
「……おれは……」
男の体が、大きく揺れている。
「トリリ国と仲がよかったワガ国の力になりたいのと同時に、トリリ国を滅ぼしたアイ国に、復讐したかったんだろう」
「……おれは……」
そうだとすると、まずいのではないか。
「オレはトリリの王族の生き残りだ」
ボスが思わぬことを言った。
男の体の揺れが止まる。
ボスは、 からアクセサリーを出した。
首にかけるもので、宝石が取り付けられている。
高価なものではないが、トリリだけで産出される石。
それが、トリリの技工で作り出された細かな意匠の金属の土台に取り付けられている。トリリの豊かな自然を思わせる。
男はゆらゆらと、こちらに歩いてきた。
「これは、王族しかありかを知らない。侵略した人間にもわからない場所にある。知っているか? これを持っているということは、王族である証だと」
ボスは言った。
嘘だ。
脅迫して案内させ、手に入れたにすぎない。
男はじっと見入っていた。
「ああ……」
「オレはアイ国にうまく潜入した。トリリ復興を胸に」
「……」
男はボスを見た。
当然嘘だ。
トリリの王族は皆殺しだ。
誰も生きていないし、ボスはアイ国の王子だ。
「トリリを滅ぼすのに積極的だったのは、ワガ国だ。アイ国は、あくまで手伝ったにすぎない」
「……そんなことはない」
男は言った。
「信じてくれ。ここにいる者はすべて同胞だ。これを」
ボスは、アクセサリーを男にわたした。
男は手に取る。
「一緒にトリリを再興する。協力してくれないか」
「……本当に、トリリが……」
「そうだ」
「ああ、ああああ」
男が震えると、笑顔になり。
また砂のようになった。
真っ赤な靴だけが残っている。
落下するアクセサリーをキャッチしたボスは、 の中に乱暴にもどす。
「感情の起伏が体の状態に大きく影響するようだな。よほどトリリを助けたかったらしい。素晴らしい心がけだ」
ボスは無表情で言うと、靴を手にとった。
「まだ赤いな。出てくるかもしれない」
そう言うと、 から出した鎖で縛った。
「これで怨装でも無効化できるだろう」
の中にもどすと、ボスは一度うなずいた。
「この国が、守るために怨装を使うとも思えない。楽観はできないが、こいつの独断の可能性が高そうだ。まだ暗殺ができるかもしれない」




