32 あいつが先鋒?
オレたちは控室を出て、また、武舞台の前までやってきた。
ワガ国のあいさつが、また始まる。
「話が長いってのは、一種の才能だな」
オレが言うと、スレインが肩をゆらした。
終わってやっと、武舞台の近くにあるベンチに移る。
参加者はここで待機する。バリアの範囲内なので、武舞台でどれくらい激しい戦いが行われたとしても影響はない、とされている。
だが実際のところは、残りの参加者が加勢することを封じている。
速度を上げて行動できる者や、魔法で、いくらでも補助できる。
封じないと始まらない。
ちなみにバリアを管理しているのは、第三国からやってきたA級だ。武舞台上にもひとりいて、そこで、降参したかどうか、なども管理する。
通路からやってくるための扉も、固く閉ざされていた。
「結局、勝ち抜き戦に乗ってあげたの?」
ペインゴッドが一番端の席に、脚を組んで座った。
「乗った」
「どうして」
「そりゃかんたんだ。こっちは、てきとうに降参できるが、あっちはそれができない。国の威信がかかってるからな」
「ひひひ、ちょっとやそっとじゃあ、やめられない。責任感があるやつが傷ついてやめられないのは、見てて心が痛みますよ、ボス!」
スレインが笑うと、ペインゴッドが顔をしかめる。
『では、両国、第一の選手、武舞台にお上がりください』
「行ってくる」
ベルガルが立ち上がった。
「がんばれよー」
スレインの声に軽くうなずいて、武舞台へと歩いていく。
その後ろ姿は熊のようだ。
一番手は、おそらくレスラーだろう。
力勝負になるはず。
そういうのは嫌いではない。
技術も関係してくるが、それ以上に力でぶつかる。
ある意味では、凶暴な動物がぶつかりあうようなおもしろさだ。
理性がある動物が、戦いを避けるのではなく、素手でぶつかりあうのだから、理性を否定しているところもおもしろい。
だが。
「おいおいおい、どうなってんだ」
スレインが腰を浮かせた。
出てきたのはレスラーではなかった。
あの一般人だ。
『アイ国、ベルガル。ワガ国、ナガレ。用意、はじめ!』
そう言って審判は距離をとって、二人の様子をうかがっていた。
「あいつはおれの獲物だろうがよ。おーい、ベルガルー! 降参しろー!」
「バカなこと言って」
ペインゴッドが吐き捨てるように言った。
「どういうことだろうな」
オレは首をひねった。
あいつ、ナガレと言っていたか。
あれがこの勝負の不確定要素であることはまちがいないし、それをいきなり出す意味のなさは、ワガ国陣営も感じていることだろう。
やつに対してあれこれ準備をし、意識をさせることが、他の勝負の助けにもなる。
だから最初に出すというのはどう考えてもおかしい。メリットがあるのか。
こちらが、レスラーに対してベルガルを出す、ということは読みやすい。
だからベルガルに当てるのはかんたんだ。
だが?
ベルガルは姿勢を低くすると、真っ正直に走っていく。
長い体毛は飾りでもなんでもなく、体を守る強度がある。
生半可な剣なら受け流す。強力な剣でも速度を落とす。
大きな体でも足音を鳴らさず迫っていく。
さあどっちへ避ける。
どちらでも、ベルガルは機敏に方向を変えてついていくだろう。
動きの重さと、軽さに前知識があるだろう。
だが、果たして、初見で驚かずにいられ……。
「え」
真正面からぶつかった。
前傾姿勢のベルガルの突進を、真正面から受け止めている。
ベルガルは体を起こして、右、左、と拳を打ち込み始めた。
一発、二発、三発、と体を左右に振りながら、だんだん速度をあげていく。
ガードしているのか?
だが、腕で防いだところでそのまま力が貫通してしまうだろう。
防御系の魔法か、特級か。
「なにがしたかったんだあ?」
スレインが言う。
「さあ」
「もう死んでねえか」
「まだ立ってるみたいだからな」
「立ってるだけじゃあなんにもならないぜえ。ちゃんと、反撃をしないとなあ」
「バリアでも張れてるんじゃないの」
ペインゴッドがつまらなそうに言う。
「攻撃適正なしで、疲れさせるだけってか? 明日になっちまう」
相手を疲れさせて、それでどうこうできると思っているのならあまい。
ベルガルのスタミナはいくらでもある。
その気になれば、朝から晩までだってなぐりつづけるだろう。
冗談ではない。あのときは、疲れ切って意識ももうろうとしていたが、実際やってのけた。
「いったん帰るか?」
とスレインがいったとき。
ボン、とベルガルの体が吹っ飛んだ。
部舞台の上、背中から落ちて、ごろごろと後転する。
そして立ち上がって、相手を見ていた。
「なにをした?」
スレインは言った。
にやにや笑いは消えていた。




