25 Aは隔離
目が覚めた。
ソファの上にいる自分と、視界の端のほうで動いているものがあった。
起き上がると、レスラーさんだった。
「おお、起きたか」
「どこか行くんですか」
俺時計でいえば、いまは午前七時前だろう。
「明日の打ち合わせだ」
「なにか会議ありましたっけ」
「はあ?」
「ああ」
『戦争』の打ち合わせか。
まだ寝ぼけていたらしい。
「おれたちは、そっちで朝飯も食ってくる。ナガレとホックはこっちで、なんか頼んでくれ。ああ、ここの職員の、ウェートかウェータに頼んでくれ。他の人間だと、お前がここに泊まってる理由を知らないやつがいるからな」
「え、じゃあ、まちがって知らない人に話しかけたらどうなるんですか」
「部屋から出なければ、そんなことにはならない。そのうち来る」
「じゃ、ここにいればいいんですね」
「そういうことだ」
レスラーさんは、じゃあな、と部屋を出ていった。
『戦争』は、もう明日なのか。
レスラーさんは、当初は出場するつもりがなかったのに、だいじょうぶなんだろうか。
基本的には、殺し合いにはならないという話だった気がするけど、そろそろ、相手の国は人数的にすくないとなったら、アイ国としては、殺したほうが話が早いと考えるんじゃないだろうか。
殺すつもりがない人間と、殺してもいいと考えている人間だったら、かなり条件がちがう気がする。それこそ、刀と木刀で戦うのに近いんじゃないだろうか。かなり力量差がないと勝てないような。
そんなことはわかってるだろうから打ち合わせが必要なんだろうけど。
相手も、アイ国からすればほぼわかってるだろうけど、こっちはどうなんだろう。
「なにをしてる」
ホックさんが、寝ぐせのついた髪で出てきた。
「なにって、なにも」
「レスラーはどうした」
「明日の打ち合わせに行きましたけど」
「おい、どうしてぼくを置いていった!」
「どうしてって、明日は関係ないからじゃないですか」
「ふざけるな! ぼくはA級だぞ!」
ちがうだろ。
「くそ、どこだ!」
とホックさんは、部屋を出ていってしまった。
「ちょっと」
勝手な行動をとったらみんな追い出されるかもしれない。
そう思って廊下に顔を出したけれど、もういなかった。
ドアを閉めて、ソファにもどった。
「おい、おい!」
「え?」
目を開けると、ホックさんがいた。
俺はソファにゆったりと体を預けていた。
起きたはずだったのに、ゆっくりしていたらうとうとしていたようだ。この世界に来てからも、東京にいたときも、こんなにゆっくりした朝はなかったような気がする。
いつもレスラーさんにたたき起こされているイメージだった。
「あいつらはどこに行った」
「レスラーさんですか?」
俺は目をこすった。
「そうだ」
「明日の打ち合わせって言ってましたよ。それより、あんまりうろうろすると、まずいんじゃないですか」
「なにがだ」
「俺たちって、ここにいないことになってる、みたいなこと言ってませんでした? 全員退去になったら面倒でしょ」
「それはそうだろうが、お前は気にならないのか」
「なにがです?」
「明日のことだよ!」
ホックさんが大きな声で言った。
「せっかく、運だけでA級をもらったっていうのに、それを有効活用しようとは思わないのか? 『戦争』に出たくないのか?」
「出たくはないですけど」
「なんでだ」
「そりゃあ、戦争ですからねえ」
「戦争じゃない、『戦争』だ。危険はあるが、ほぼ死ぬことなんてない。そればかりか、特級武具を入手するチャンスでもある」
「特級を?」
「そりゃそうだろ。お前、特級武具を自分で探すやつなんているか? ちがうちがう、持ってるやつが、これをどうぞって来るんだよ」
「くれるんですか」
「買うか、それなりの代償を払うに決まってるだろバカかお前は。特級だぞ」
ホックさんはあきれたように言う。
自分で持ってくるって言ったんじゃないか。
「ホックさんは、この国のためにA級になるってわけじゃないんですか?」
「ああ? ああ、それは、それなりだろ。命がけでどうこうとは思わないな。お前はどうなんだ」
「俺は、別に……」
「そうだろ。だからこそ『戦争』をやるべきなのにな。そこで大きな結果を出せば、お前の好きな、安全の中で暮らしていけるかもしれないのに。大きな利益を得ようとしないで、ちまちまちまちま、バカじゃないのか?」
「ホックさんは、楽に暮らすためにA級になりたいんですか?」
「あたりまえだ。危険な時間を減らして、楽に稼げる時間を増やすのが、いい人生ってもんだろうが」
「馬車を買い占めたり?」
俺が言うと、ホックさんは鼻を鳴らした。
「ふん。お前がよけいなことしなければ、A級以外にも、エクサミ氏になにかいい仕事を紹介されるチャンスもあったかもしれないが」
「いい生活ってだけなら、アイ国へは行かないんですか?」
「ぼくは、野蛮な国は好きじゃない」
ホックさんは言った。
嫌そうだったり、いらついたりするのと逆で、なにも感情が込められていないような声だった。
「……それより、いつまでお前と話してなきゃいけないんだ」
「食事がほしかったら、ウェートさんか、ウェータさんに頼めってレスラーさんが言ってましたけど」
「誰だ?」
「さあ」
「じゃあどうやって頼むんだ?」
「待ってれば来るって言ってたような」
「来たのか」
「知りませんね」
「お前が寝てたからだろ」
「ホックさんが外をうろついてたからでしょう」
「なんだと?」
「……まあ、待ちましょう。へたにうろついて、みんなで城から退去になったら、ホックさんの流儀的にもまずいでしょ」
「お前、ぼくをバカにしてないか?」
バカにはしてない。
バカには。
「おい、もう行くぞ」
ホックさんは、しびれを切らしたように言った。
これで何回目だろう。
とはいえ、窓からの光の感じからすると、たぶん昼になっている。
でも。
「こっちから行ったってどうにもならないんでしょうが」
「だけどなあ!」
「冒険者って耐えられるんでしょう?」
「腹はな!」
ちなみに、水はある。
花びん? なんて思っていたら、それは水を入れておくガラスの透明の、ボトル? ポット? ピッチャー? そんなようなものがあった。
常温だけどふつうにおいしい水だった。
「ウェートとウェータか。そのへんのやつに声をかけて、呼ぶぞ」
「あなたは誰? って言われたらどうするんですか」
「そこは、お前が対応しろ」
「なんで俺が」
「A級だろうが! うまくやれ! ぼくの馬車を奪い取ったみたいにな!」
「奪い取ってないですけどね」
「なんだと?」
ホックさんが、俺の胸ぐらをつかむんじゃないかという顔をしたときだった。
強めのノックのあと、返事を待たずにドアが開いた。
そこには、黒いスーツ、というのか、使用人の服というのか、そういう服装をした男がいた。
髪の毛を七三に分けた男と、三七に分けた男。
顔が双子のようにそっくりで、背が低い。女性からは、かわいい、とでも言われそうなきれいな顔をしていた。また別のイケメンである。
年齢的には高校生くらいに見えるが、どうなんだろう。
「ナガレ様とホック様でしょうか」
「そうだが」
ホックさんがえらそうに言う。
「至急、お越しください。レスラー様からの伝言です。ご案内します」
「なに?」
「君たちの名前をきいてもいいかな」
俺が言うと。
「ウェートと」
「ウェータでございます」
二人は順番に言った。
「こちらです」
階段をいくつか降りて、おそらく地下だろう。
内装はの質はすこしも変わらず、白い壁と等間隔にきれいに形作られた柱がならんでいた。たまに見えるドアノブが、それだけ引っこ抜いてメルカリで売ったら十万円は下らないような、とくだらないことを考えてしまうようなデザインだ。
奥の方の部屋の前で、二人は立ち止まった。
「お連れしました」
「ナガレ、来たか」
中からレスラーさんの声がした。
「レスラーさん?」
「ああ。……まずいことになった」
「なんです?」
「もう、『戦争』はあきらめなければならないかもしれない」
「え?」
「おれたちは、明日の『戦争』が終わるまで、ここから出られないようだ」




