16 縛られるのは得意
なんだこれは。
いまごろは、宿屋に帰ろうとして、そういえば宿屋ってどこだったか、レスラーさんに引っぱられてきたから記憶がはっきりしない、などと思って通りをふらふら歩いているはずだったのに。
ロープで女性に縛られている。
人生にそんな瞬間があるとは。
これがご褒美と思える人間ならよかったが。
苦である。
「A級、捕まえたっと」
彼女は、ロープをぐっと締めた。
ぐぐぐ、とロープから体に力が加わってくる。
どういう原理かわからないが、一度縛ったら終わりではなく、力が伝わり続けている。
ふつうの人ならぎゅうぎゅうに縛りあげられて苦しいだろう。
力がどんどんたまる。
特殊なロープなのか、彼女が特殊なのか。
それに、A級を捕まえた、というのはどういう意味だろう。
「あなたは誰ですか」
「知りたい? わたしたちのところに来たら教えてあげる」
わたしたちのところ。
彼女が近くにあった布をはぎとると、中から荷車が出てきた。そこにロープを投げる。
するとしゅるしゅるとロープが勝手に巻き付いて、それからロープがピンと張った。俺を引っ張ろうとしているのだろう。
俺がその場で立っていると、彼女はふしぎそうにした。
「耐えられるの? ずいぶん力自慢なんだね」
彼女は言った。
「わたしたち、ということは、他にも仲間がいるんですよね。それに、意識してA級を相手にやっている。ということは、仲間と一緒にA級を捕まえているわけですよね」
「わたしたちのところに来たら教えてあげる」
彼女はすぐ言った。
予想していた質問だったのかもしれない。
あるいはなにをきかれてもそれしか言う気がないとか。
「さあ、行きましょう」
彼女の言葉に力が入った。
ロープの端も、陸にあげられた魚のしっぽみたいに、、びちびちとはねるように動いている。
ただし俺とは相性が悪い。
通りに向かって歩きはじめると、ずるずる、と台車がついてくる。重さは感じない。常にロープから力が供給されているのだろう。
一歩で力が放出されてしまったような気がするが、ロープからどんどん供給されるので心配ない。
「え、え」
彼女はとまどっているようだ。
彼女がとまどっていようと関係ないので、俺はそのまま薄暗い路地を歩く。
通りにもどった。
闘技場に向かうと、彼女が出てきて大声を上げた。
「泥棒!」
近くにいた人の視線が俺に向く。機転を利かせて、とらえようとしているのだろう。
たしかに、彼女は魅力的な外見なので、まわりの人たちも協力的になりそうだ。
だが大きな問題がある。
俺はロープで縛られていて、そのまま台車を引きずって歩いている。
どうみても、泥棒とか、そういうやつではない。
もっとあぶないなにかである。
「あの人、捕まえて!」
彼女の声がする。
さすがに無理がある。
どうしようか。
通行人がとまどっている中、ひとりの男が俺に近づいてきて、腕をつかんだ。
「おい、お前。なにしてるんだ」
「あれ?」
この人は、たしか……。
「ホックさん」
レスラーさんと、もめていた魔法使いだ。
「A級を目指していたかと思ったら、泥棒かあ?」
とからんでくる。
「いや……」
「やることも、やりかたも下手となれば、どうしようもないなあ、まったく。バカはバカらしく……。お前、どういうことだ」
ホックさんは、ロープに縛られている俺を、やっとしっかり見た。
「おい、お前はなにを盗まれたんだ?」
と女性に問いかける。
「その台車です! 助けてください!」
「うん? お前……。見たことあるな」
ホックさんは目を細めた。
「……お前、アイ国のエーエだな。A級、いや特級の、ロープを使うやつだ。そうだろ?」
ホックさんは俺の体に巻き付いているロープを見る。
「彼女さっき、A級を捕まえる、とか言ってましたけど」
「なに? おい、どういうことだ?」
「あ、えっとお……」
彼女は体をくねらせた。
「話を聞かせてもらおうか」
「やめてください!」
彼女は大きな声を出した。
瞬間、責めるような視線がホックさんに向いて、出足が遅れた。
彼女はそれを見逃さず、さっと路地に入っていった。
「待て!」
「待つのはホックさんです」
俺の言葉にホックさんが止まる。
「なんだと?」
「あきらかに誘われてますし、あぶないですよ。ひとりでもなさそうです」
「おいおい、ぼくは、ほぼA級といっていい力を持っているんだぞ!」
ホックさんはにらむ。
「あの人もA級なんですよね」
「……」
「……とりあえず、エクサミさんたちに報告しましょうか」
「そうしてやろう」




