17 不穏
闘技場の控室にもどると、みんなデザートを食べていた。
チーズケーキっぽいものの、最後の三角形をイケメンが口に入れて、満足そうに微笑んでいる。
「やあ、やる気になったかい? ケーキなら……なんだい、それは」
イケメンは俺の姿をじっと見た。
俺はまだロープで縛られている。台車とロープがつながっていた部分をホックさんが壊してくれたので、俺は台車と人生を共にしなくてもよくなった。
「さっき、女性に捕まりかけて」
「なんだって?」
「体から離れない、自動的に俺を捕まえるロープを使われていて」
「そんなの、あー、なんていったか、あの国の、あいつが使うやつじゃないか」
レスラーさんが言うと、ホックさんが前に出てきた。
「ぼくの、このホックの見立てでは、アイ国の、特級ロープ使い、エーエだと思いますね!」
「君は?」
とイケメン。
「今日、A級の審査を受けに来る予定だった、ホックです!」
「まだ審査を受ける人がいたんだね。ぼくは」
「はい! 重装のセンシャさん! 円月のエクサミさん! 特級はみんな知ってます!」
ホックさんが、レスラーさんと俺をおとしいれようとしたときから考えると、別人のような笑顔でハキハキとしゃべっている。
そして死んだ目でちらっとレスラーさんをちらっと見た。
「よく知ってるね」
「はい! 各国の特級は調べてますから! ほとんど知ってると思います!」
「それはすごい」
「お前、瞬足のリープの名を呼ばないのか」
リープさんが、二皿目と思わえるチーズケーキの皿を持ったまま立ち上がった。
「はい?」
「おい、この瞬足のリープは知らないのか。特級の、瞬足のリープ様だ!」
リープさんは目にもとまらぬ素早さでささっ、と動いた。
チーズケーキは皿から落ちた。
「すみません! 瞬足のリープさん、いま覚えました!」
ホックさんが頭を下げる。
「まったく、しっかりしてくれよ……」
「A級じゃないみたいですけどね」
俺がちらっと言うと、ホックさんが、え? と俺を見る。
「どういうことだ?」
「ああ、まだ、A級審査は受かってないみたいで」
「偉そうに言うな。ほぼ受かっている! ほぼほぼな!」
「なんだ、偽物かよ……」
ホックさんは露骨に表情を変えた。
「なんだと! 特級靴、粒舞を使えるんだ、特級だ!」
「はいはい偽物は黙ってろよ……」
「貴様!」
「ぼくはちゃんとした特級を尊敬してるんだ、偽物は引っ込めよ」
「表に出ろ!」
「そろそろ静かにしてもらいたいんだけど。外であったことの話を聞かせてくれないかな」
イケメンの声が妙に部屋に響いた。
笑っている。口元は。
でも笑っていない。目は。
二人は静かになった。
俺は口を開く。
「女性が、俺を呼び止めて、手伝ってほしいとか、助けてほしいとか、そんなことを言ってきたんです。そんなに緊急の用事という感じでもなくて、ふつうに手伝って欲しがってるかんじでした」
「なるほど。名前は呼ばれた?」
「いえ。でも、A級だということを確認されて、ロープで縛られて」
「A級ってきかれた? 急に?」
「ああ、この」
俺は首元から、かけてあるA級の証を取り出した。
「これが見えたみたいで」
「見せびらかしてたのか? 頭が悪いのか?」
リープさんが言う。
「証を見せびらかすなんて、夜の店で女を誘おうとするバカがギリギリやることだぞ?」
ホックさんも言う。
気が合うのか合わないのか。
「ネックレスをかけたのもほとんど初めてだったんでそのへん、よくわからなかったんですけど。すいません」
「まあいいさ。ちゃんと言わなかったぼくも悪い」
イケメンが言う。
「それで?」
「はい。路地に誘い込まれたらいきなりロープで縛られたので、とりあえず外に逃げていったら、たまたまホックさんと会って」
「ちょっと待った。ロープで縛られて、とりあえず逃げた?」
「はい」
「さっき、アイ国のエーエのロープだと言っていたようだけれど。それが事実なら、難しいだろう」
イケメンは席を立って、こっちへやってくる。
「ちょっと失礼」
ロープの端がピクピク動いている様子を見たり、縛られているロープに触れようと手をのばしてみたり。
ロープが動いた瞬間、イケメンはぱっ、と離れた。
「どうだ」
エクサミさんが言う。
「本物みたいだ。ああ、これは、使用者の思ったとおりに動き、触れている力に反応して力を発揮する仕組みになってるんだ。動いたりすれば、その力に反応してどんどん締め上げてくる。引きちぎろうとしようものなら、ロープに体を引きちぎられそうなくらい締め上げられるだろうね」
「ひどい」
俺は素直な感想を言った。
彼女は、それを説明してくれたほうが、俺はおとなしくしたのに。
「このロープの正しい対応は、捕まらないようにするしかない。一度つかまってしまえば、使用者に解除してもらうか、破壊するしかないね」
「捕まったら?」
「力を抜いて、助けを待つのが一番負担がすくない」
どうしようもないじゃないか。
「ちょっと待て」
リープさんが言う。
「そいつは平気な顔で歩いてるじゃないか。その、エーエとかいうやつじゃないんじゃないのか」
「いや、本人のものか、かなり近いものか。どちらにしろふつうじゃない」
イケメンは首を振った。
「だったらどうしてそいつは平気なんだ」
「ナガレは特別だ」
レスラーさんが言った。
「ぼくだって特別だ」
リープさんが言い返す。
「じゃあ、さわってみたらいいんじゃないか」
「おもしろい。これを無効化できたらA級というわけだな」
「いや」
リープさんが一瞬でやってくると、俺を縛るロープにさわった。
「う、ぐおおお!」
ロープはリープさんに移ると、ぎゅうぎゅうと、腹に巻き付いて締め上げる。
リープさんがそれをつかんで引き離そうとすると、さらに締め上げていく。
「ぐああああ!」
「力を加えないかぎり、動いたりはしない」
エクサミさんは言った。
俺はロープを持った。
ロープ側も、俺に巻き付いてくる。
するとロープ側からも力が入ってくるので、巻き取りやすかった。
くるくると巻き取って、床に置いた。
離れたら、さっきまでのように、ぴくぴくとも、動かない。
「まあ、これくらいのしてやろう……」
リープさんはよたよたしながら席にもどった。
「じゃあ、A級を狙って誘拐してたってことですか?」
俺は考えた。
「俺個人を狙うっていうのは考えにくいので、じゃあ、この国のA級なら誰でもいいってことになりますけど。そんなことあるんですか?」
「いや、ないね」
「通常は」
エクサミさんとイケメンが言った。
「そんなことをしても、こちらは犯人を指名手配し、逮捕、しかるべき罰を与える。相手がA級でも特級でも例外はない。相手国にも協力してもらう。それでこそ、平和は保たれる」
「ただ、特級を捕まえるまで時間はかかるだろう。ましてや、相手国が非協力的なら」
「どういうことです?」
「来たるべき戦争に備えて、相手国であるアイ国が、うちの国のA級を減らして国力を落とそうとしてる、としたら、やっかいなことになるね」
イケメンが無表情で言った。
「犯人うやむやのまま、強引に有利な立場を築いて戦争。なりふり構わず。とんでもないことだ」
「あくまで可能性だがね」




