場外乱闘1 ボークレイグ領にて
リハビリ投稿
読んでも読まなくても変わらない蛇足が長すぎる番外的な何か。
アシュリー領が冒険者の修練地と言われる程、鬼のような岩肌が目立つ厳しく険しい土地(ついでに獣と魔獣のふれいあいダンジョンだらけ)に比べ、雪を讃える山から肥沃な土地と幾筋もの川に湖、そして海を抱え豊かな水に恵まれているはボークレイグ領。
中でも一番栄えある領都総合ギルド内に入ったところ、賑わう人々の隙間から白猫の耳がうろうろしている。
あっちへちょろちょろ、こっちへちょろちょろ。
ガタイのいい冒険者や小洒落た商人らが乱立する足元を、するすると潜り抜け壁へと抜ける。そこにあるのは依頼掲示板。
むー、失せ物探し、薬草採取と調合依頼…あれ?これお母様の課題であったわ。前に作成したやつだけど受け付けしてくれるかなぁ?あとは…工芸品の搬出手伝い、荷馬車護衛…わぁ、貴人警護だって!貯水池と水路修繕、土壌改良の調査補助、養殖場の設備点検…この辺は流石水の都だねぇ~水の魔障調査?こんなのもあるんだー
歳の頃は7.8歳くらいか。駆け出し初級冒険者だろう。抱えた子犬に一生懸命話しかけている様を、周りもほのぼのと眺めていた。
フードの隙間から何かがにゅるんと出て、ぺたぺたとある依頼書を触る。スライムか?
水の魔障調査が気になる?やってみる?
いやいや、待て待て。それは中堅クラスだぞ?ランクもそうだが調査範囲が川・湖・海と広く、各々質も異なる。学者系・技術系・冒険者系の複合パーティ向けだ。どう考えても、知識も技術も経験も人手も足りないだろう。
ランクが足りないや…とぼやいた子猫は、まずは調合依頼書を手に取り受付カウンターへ向かう。雰囲気から交渉が上手くいったのだろう。嬉しそうに報酬を得て、意気揚々とギルドを出ようとした際、何かに気付いた別の係員が話しかけた。
失礼、アシュリー領ギルド所属のFランカー従魔士、通称”白猫”さんですか?
はい!こっちは友達のケロちゃんとスライムさんです。
わん!
ぷるん!
あぁ、よかった。ようこそボークレイグ領ギルドへ。
初級冒険者にしてもう通り名持ちか。それにしても”白猫”とはまた可愛らしい。
ただ、次の言葉を脳が認識した時、まず耳を疑った。
「白猫さんにボークレイグ公爵家から『指名依頼』が入ってます。」
詳細は公爵家で…と係員が、遠目で見てもわかる上質で箔押しの紙(おそらく依頼書)を渡す。地元名士であり国内屈指の大貴族が、初級ちびっこ冒険者を指名したことにギルド内が騒めく。
時を同じくしてギルドの扉が開かれ、入ってきたのは隆々と鍛え上げられた体躯に、使い込まれ手入れの行き届いた鎧を纏い、鋭い表情と眼光を持つ猛者数名。携えた剣に光るは公爵家の印。顔触れは公爵家護衛騎士でも選りすぐりの腕っぷしたちで、何か重要な案件か周囲をくまなく注視している。
視線が人に埋もれてしまいそうな小さな白猫を捉えた瞬間、ドラゴンと相対したかのような形相で雄たけびをあげて突撃した。
「ごきげんよぉぉ!!」
「ご無沙汰しておりますぅぅ!!」
「お迎えにあがりましたぞぉぉぉ!!!」
「ぷにゃぁーー!!」
騎士たちの特攻を、ヒョイヒョイヒョイと避けて避けて避けまくる白猫は「硬い筋肉が迫ってくるー!」と人々の隙間から外へ走り抜け、「我らに指導をー!」と追いかけて出ていく騎士たち。
「すげ…全回避かよ…」
「掠りもしなかったぞ…」
嵐のような光景に、今度は目も疑った。
◇◇◇
わたしめりーさん。今ボークレイグ公爵領にいるの。
自分の脚でえっちらおっちら。途中でバテて近隣住民様(獣さん含む)に助けてもらったり、ギルドに寄って小さな依頼(除雪依頼は赤青組が大活躍)を積み重ねたり、アシュリー家定点ポイントの店や宿で定期報告したり(オマケで荷物と課題も届いてた)と、なんやかんやで月単位かけてオシノビでやってきましたボークレイグ公爵邸。只今応接室でノア様と会議中。
さて、ここに来た理由、即ちお米取引はというと、事前にイリオスお兄様から詳細詰められてたので、取引量・価格・生産予定等、資料と契約書を最終確認し、記名して終了。
あっけな!あっけな!!
「終ーわり♪って顔してるけど、まだだよ?」
「え?」
「指名依頼もあるし、それはまたあとで。その前に…」
米取引を成立後、お茶休憩をしているノア様は、磨きがかった正統派王子様スマイルをかましながら、「ホラぁ、ネタはあがってんだよ。出すもの出しな!」と、マル秘マーク付き『幻米栽培実験計画書』と書かれた分厚いファイルを、テーブルの上にドンドコ積み重ねて凄んできました。
爽やか笑顔と脅し発言の落差が酷い。
「以前我が家でも試食させてもらった珍種の米についてだよ。
アシュリー夫人から『薬草園の小さき友の知り合いの変態が作った希少種の苗を持たせた』と連絡受けてる。」
「ふぐ!」
変態が作った行で御察しでしょう。研究オタクの双子エルフが作った妖精米で、公にできない裏取引です。
ただ、「フン!人族にはこの程度の米がお似合いだ!」と渡された妖精米の苗と玄米は、妖精種を人族界向けに品種改良?した品。エルフ的には品質が劣るジャンキーなB級品らしい。
そこで目を付けたのが、水が豊かで広い平野もあって稲作技術もあるボークレイグ公爵領。米料理から調味料まで新しい特産品や加工品の可能性を小耳に入れさせ、実物食べさせ、公爵家直轄管理と守秘契約の上、B級妖精米(仮称・幻米)栽培契約も進められてました。
上手く根付けば、定期的に焼きおにぎりもツナマヨおにぎりも悪魔おにぎりだって食べられる!けど…目前の分厚いファイルはいいとして…苗の入った箱がなぁ…
「えぇー… もう今日はぐだぐだしちゃだめですかぁ…?」
「フフフ…シャルのやる気スイッチが入らなければコレで釣れると聞いて、家名にモノを言わせて集めた。」
「こ、これは…!」
ノア様がおもむろに置いた木箱には、ずらりと並べられた瓶たち…レッドチリペッパー・クミン・コリアンダー・ターメリック・カルダモン・シナモンにクローブにナツメグ、ローリエも!あああガラムマサラぁ…!ブラックペッパー、マスタードシード、鰹節粉、パプリカパウダー、フェンネル、ガーリックとジンジャーパウダーに八角…と数多のハーブ&スパイス一同。
「カレーが!カレーができるぅぅ!!」
「後で厨房部を貸してもらえるよう話はついてる。」
「あああああ!!」
「ココナッツミルクもあるよ?」
「やりますうううう!!!」
私、チョロかった。
◇
そうと決まれば、早速課題にとりかかりましょう。
にゃんポケから定点ポイントで受け取ったいつもの課題・イリオスお兄様作超仕掛け箱を取り出します。どの面もつるりとした表面にモザイク模様が施され、鍵穴もなければ天地も蓋もわかりません。
気合を入れて全体を探り起動する仕掛けを探します。
「えーっと…あった。 ではー、よーい…スタート!」
起動ボタンをひっかければ、ピコン・ピコン♪という制限時間を知らせる音が鳴り、カウントダウン開始。
まずは、モザイク模様の色が変わった面を上にし、模様パズルをカチリカチリとスライドさせ、パチンと色ごと模様を整えて一面開錠。
次いで側面を上にし魔力を通せば、縦横にマス目と問となる多数の白黒模様が順に浮かびます。戦局を読み解き、次に指すべき駒の正しい位置を押せば二面開錠。このあたりでカウント音がピコン・ピコン♪からビーコービーコー!に変わり焦燥感を煽ってきます。
最後の面は数字暗号と文字列が並び、暗号パターンから先に問を解読。なになに?『白色のパンダは?』…いや、白いパンダはパンダじゃなくて…「シロクマ」と文字打ちすれば三面開錠。
「くっりあー♪」と終了の合言葉を唱えれば音声認識され、無事、蓋が開きました。一気に脱力してソファにぐったりします。
「ふはあぁぁ……毎度ながら、集中力いるし焦るし疲れるわぁ…」
「イリオス殿の仕掛け箱は初めて見たけど…これ他人も開けられる?」
「機密指定魔道具は基本的に対象者しか使えない仕組みですよー 紙飛行機も私仕様だったから、ヴァルクお兄様が初めて乗った時、振り落として森に突っ込みました。」
それでも「難しい難しい!」と大喜びで乗りこなそうとしてました。ハードル高いモノ大好きですよ。エルンストお兄様がヴァルクお兄様専用機(操作レベル激ムズ)を贈るまでずっと遊んでました。
「…王城の金庫より突破する難易度が高いんじゃ…」
「小さい頃から練習の積み重ねですね~ 本人でもタイムオーバーだと酷い目にあいますよぉー」
「ちなみにどんな?」
「オールナイト・本当にあった怪談話。切り裂く悲鳴と断末魔に金属をひっかく不快音を添えて。」
「嫌がらせまで対象者にカスタマイズ…!」
以前、最後の「くっりあー♪」を言い忘れ、無駄に劇場版効果音に重低音な百物語を延々と聞かされた私は、夜に御手洗い行くのが怖くてケロちゃんを放せませんでした。
箱から苗と玄米を取り出しノア様に渡し、品質チェックしてもらいます。玄米の一部は早速試食!と厨房部に廻してました。
「普通に考えてかなり貴重な箱だと思うんだけど…僕に見せて大丈夫?」
「んー…意味がありますね。」
アシュリー家の実力は、ノア様たちボークレイグ家は以前の夏合宿で肌に感じてます。わざわざ見せつける必要はありません。仕掛け箱だって、カンの良い人なら暗号解読の参考になってしまい、逆にリスクが大きい。
「幻米取引は出元が出元だけに、いつもなら他家に持ち掛けません。お米は我慢してねって言われてお仕舞い。でも課題を受け取った時、お兄様はノア様の前で解くよう指示されました。」
「つまり、僕はアシュリー家次代から信用足ると判断されたってこと?」
「そういうことですね。オマケでビジネスパートナーならこのレベルまで鍛えるよって話です。」
「わぁ…ようやくスタートラインかぁ…」
仕掛けを作るだけならエルンストお兄様の方が得意だし、解くだけならヴァルクお兄様の方が早い。でも時と場所と相手に合わせた組み合わせセンスやバランス良さは、やはりイリオスお兄様には敵いません。
そんなアシュリー家次代当主が今後も付き合える程、『素質有』と判断した例は極めて稀。
込められた意味も期待も理解したノア様は「うわぁ~」とぼやいてますが、家名や身分や外見でなく、年若く不足部分が多くも、己を認められた事が嬉しいのでしょう。顔がニヤけてます。うふふ。
「~っ! よし! シャル、このまま『幻米』事業、詳細まで詰めるよ。」
「え?今からぁ?!」
「頑張って進めれば、今年の作付けに間に合うからね。稼働環境も含め、現場視察も入れて…うん。暫く我が家に滞在してもらうよ。」
マル秘ファイルを広げたノア様は、目を通すべき資料を順に広げます。
「まずは、目標となる品質と既存米と両立させたブランド化。そこから長期栽培計画を起こすと、大区分として求められる―――」
ボークレイグ家次代は子供レベルでもすごかった。
さわりだけでも、気候に水質に地質調査、考えられる病気と対応策、従事予定者の人事リストに裏付けと守秘契約、ついでに新規導入した農具や設備まで、自分の手で実演してくれました。人任せにしない反面、携わる使用人や領民とスキンシップや情報交換もきちんと行い、既存米生産者ともチームワークも構築…
怒涛の説明に質疑応答、しかも資料は見やすく言葉もわかりやすい上、気になる点・不明点は適時再調査や試験を指示するノア様は、正に高性能処理能力搭載でリーダーシップにも優れ、カリスマ性まで完備。イリオスおにーさま、青田買いですか一本釣りですか。
◇
「坊ちゃん。もっちりとして粘り気がありますね。」
「噛めば噛むほど甘味がある?」
「水加減…鍋…いえ、炊き方自体も違う方がいいのでは?お嬢様、御存知で?」
「えーと…1:1で水炊きですね。火加減は『はじめチョロチョロなかぱっぱ。じゅうじゅう吹いたら火を引いて。一握りの藁燃やし。赤子が泣いても蓋取るな』って聞いてます。」
「糠のにおい…炊く前に洗いは必要ですか?」
「玄米で食べてもいいですよ。カロリー控えめで食物繊維もあるし。精米した場合三回くらい洗って、炊く前に水を吸わせてください。あと、とぎ汁は美容や掃除に使えます。」
「お嬢様…その辺詳しくお聞きしたいですわぁ」
「いや、えと…」
「さささ、別室にて準備も整っておりますの…坊ちゃん、よろしいですわね?」
厨房部と試食しながら検討会中、紛れ込む笑顔で迫るメイドさん。迫られる私。そしてノア様が…
「母上が待ってる? いいよ。そろそろ指名依頼もやってもらおう。」
母上至上ブレなー!
連れていかれた部屋で待ち構えていたのは、ずらりとメイドが控え、ソファでゆったりと微笑む公爵夫人。その周りにコンセプトが異なるたくさんの可愛らしい衣装や小物。化粧台。大きな姿見。
指名依頼 『永遠の着せ替え人形(満足するまで)』
メイドさんたちがギラギラしながら「オレの腕が唸るぜぇ!」「神の右手が疼く…!」と指をバキボキ鳴らし、スライムさんたちはメイドさんたちからマッサージテクを学ばせて貰い、「楽しそうで嬉しいわぁ」と公爵夫人は幸せそうに微笑み、引き攣った私の退路を爽やか王子様スマイルのノア様が塞いでました。
「アレックスやニッキーじゃダメなのぉぉ?!」
「あの二人が騎獣もできない衣装を大人しく着てくれると思う?ねえ?」
「わふぅ~」
「ぷにゃぁぁーーっ」
◇◇◇
余談ですが。
ぐだぐだのくたくたの体を白に癒してもらい、いやしかし、ここは一矢報いて爪痕残してやろうと、公爵領邸厨房にて初カレーに挑んだ私は、当然の如く失敗しました。ツユだくだくもあるけど…
「…辛っ!」
「わぅうー」
『ぷるるん♪』
「子供は…甘口…!!」
スライムさんや厨房部を始めとした大人の皆さんが「なかなかイケますね~」とぱくぱく食べる隣で、ノア様とケロちゃんと私は辛さに悶絶してました。涙目でヒィヒィ言うお子様部。公爵夫人、大変ご心配おかけしました。
ボークレイグ家厨房部の料理長さんからもスパイスとハーブにお米も貰い、お礼に「王者ビーフもいいが、シーフードも尊い」と地場産品コラボを呟き置き土産。アシュリー家にもメール便2号君で米報告とカレーレシピやアレンジネタを送ったので、早々に双方でスパイスやレシピ研究が深まると思います。
ひよこ豆カレー、早く食べたいなぁ…
付け合わせは何にしようかなぁ…
「やはり福神漬け?」
「わん!」
「……執務中でもカレーパンなら簡単に食べられるかなぁ?」
「わふ?」
ボークレイグ領邸を覆う穏やかな夜の気配。
細い三日月と小さな星々を見上げながら、差し出したカレーパンをもしゃりと噛みつく美丈夫を想像し、こっそりうふふと笑ったり。
わたしめりーさん。今カレーの湖にいるの。
にんじん たまねぎ じゃがいも おにく。たくさんの具たちが一緒に踊ってるわ。
赤白黄色緑に茶色♪るんるんるん♪
ブレンドされたスパイスたちもやってきて、具だくさんたちにお揃いのメイク。
鼻をくすぐるいい香り♪ぐるぐるぐる♪
あぁ、あぁ、おなかがすいてきたぁ~
ノア 「…画伯…っ これは?」
シャル「新しい広報担当・羊のめりーさんです。」
ノア 「羊毛がカレー…羊肉のカレーもアリか…」
シャル「まるごと食べられた!」
※追記20201021 活動報告にて「場外乱闘の更に蛇足」を落としました。
ふーんでへーでほーなどうしようもない読んでも読まなくても同じな話。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2670603/




